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「ダイアクロンEXPO2018」開催記念トークショーレポート

タカラのレジェンドクリエイターが勢揃いし、「ダイアクロン」の今と昔を語った

7月1日開催

場所:秋葉原Asoboxホール

入場無料

 7月1日に秋葉原にて開催された「ダイアクロンEXPO2018」では、コトブキヤベース・アキバにて行なわれた展示会とは別に、「ダイアクロン」のクリエイターを招いての開催記念トークショーが秋葉原Asoboxホールにて開催された。ここではその模様をお届けしていきたい。

 登壇したのは、現在のダイアクロンの開発を手掛ける高谷元基氏、旧ダイアクロンの開発者で、現在も「トランスフォーマー」などを担当する大野光仁氏、そして旧タカラ男児玩具の責任者として活躍した奥出信行氏の3名。司会進行をつとめたのは、タカラSFランドシリーズの書籍も手掛けるアニメーション研究家の五十嵐浩司氏。会場には事前抽選で選ばれた約80人のダイアクロンファンが集結した。

大野光仁氏(写真左)と奥出信行氏

 トークは2部構成で、その第1部では、高谷氏が現在のダイアクロンシリーズ開発エピソードを初公開の資料とともに語った。2016年に復活したダイアクロンシリーズは、その主役となるダイアクロン隊員の試作品からスタートした。1/60スケールで全高約3cmの極小アクションフィギュアで、この頃から全身9カ所の関節可動と足にネオジム磁石が入り、乗り物に載せられるライディングフォームが取れることが仕様として決定していた。

 その第1弾となった「ダイアバトルスV2」と同時期に開発が進んでいたパワードスーツは、初期段階では「ビーストサーガ」の「ジップロット」のようなゼンマイ変形ギミックを搭載するという案もあったそうだ。このパワードスーツは、後の「ビッグパワードGV」と連動することで、ダイアクロン隊員の多段強化を実現するような企画の元に進められていた。

 またビッグパワードGVに関しては、合体変形のコンセプトはほぼそのまま製品版へと反映されているが、企画段階ではサイズが約22cmと初代ビッグパワードに近いサイズで検討されていたという(製品版は約26cm)。

ビッグパワードGVとの連動が初期段階から計画されていた
ビッグパワードGVの初期コンセプトイラスト。サイズはやや小さめ

 パワードスーツの拡張ユニットとして発売された「ダートローダー」と「ジャイロセプター」は、両者を装備後のシルエットが話題に。スクリーンにはかつてミクロマンで発売された「アクロイヤー2」の画像が映し出され、客席から笑いが上がっていた。

拡張ユニットのイメージ元はアクロイヤー2!?

 そしてこれから発売となる「パワードシステム マニューバ」シリーズは、「ワルダースーツ」に対抗するために開発された強化パワードスーツであり、企画としては現在Eタイプまで発売されているパワードスーツのFタイプから派生したものだそうだ。現在そこからさらに派生する新マシンも企画されていて、それが「ダッシャー」であることが高谷氏の口から明かされている。

可変メカとして発売される「マニューバ デルタ」には、ダッシャーへのヒントが隠されているという

 今回のイベントでも展示された「バトルバッファローMk.IV<ストライカー>」については、「正式名称は長いので、『ストライクバッファロー』と呼んでください」と高谷氏。さらに高谷氏は「バッファローの仕様についてここで公開会議をしたい」と発言し、急遽に来場者を交えた公開会議が始まった。

オフィシャルの呼称となるストライクバッファロー

 議題に上がったのは、ストライクバッファローにパワードスーツを接続してヘッドユニット化するパーツ「ヘッドユニットコネクター」を付属するかの是非で、マニューバタイプも含めた全パワードスーツに対応可能な有用なパーツとなるが、その一方で「パワードスーツのディテールによる類像現象の顕著化」をデメリットとして挙げている。

 スクリーンには、ファンの間で胸部のデザインが“顔に見える”と評判のパワードスーツAタイプがストライクバッファローのヘッドユニットとなった姿が映し出されると、会場からは大きな笑いが上がった。もちろん採決はほぼ満場一致で、このパーツが採用されることが決定した。

これがヘッドユニットコネクター。パワードスーツがあればプレイバリューも広がる
顔に見えるパワードスーツAタイプを接続させるとこんな感じに
不要という案は数名で、ほぼ全員賛成で採用が決定した

 続いて第2部は大野氏と奥出氏が加わり「タカラSFランドレジェンドトーク」と題して、タカラ時代に展開された男児玩具ブランド「SFランド」について振り返った。

 奥出氏は1972年に発売され大ヒットしていた「変身サイボーグ」部門の責任者として翌1973年に就任し、以降SFランドの様々なプロダクトに携わった。当時は「ウルトラマン」や「仮面ライダー」など特撮番組全盛で、それらのスーツを変身サイボーグに着せて楽しむ「変身セット」のライセンス契約が、奥出氏の最初の大きな仕事だったそうだ。

スーツを着せ替えることで、ヒーローに変身する変身サイボーグ

 1974年に発売された「ミクロマン」は、1年半ほどの開発期間を経て北海道でテスト販売され好評を得たが、当時の社長から「TVCMはやらなくていい」と言われ、記念すべき最初のCMは、北海道でオンエアされたのみの幻のCMとなってしまった。正式発売後1年間は雑誌広告のみの展開となったが、それでも大ヒットとし、2年目に晴れてCMを放送できるようになったと語っている。

当時の男の子は、ミクロマンの様々な乗り物や基地に憧れた

 そして奥出氏が手掛けた商品の中で最大のヒットとなったのが、「マグネモ 鋼鉄ジーグ」だ。もともとは磁石を使った「マグネロボット」としてミクロマン同様のオリジナル商品として企画されていたが、社長判断でお蔵入りとなってしまった。

 その後社長が、ミクロマンの広告などで縁のあった講談社に、雑誌と連動したマグネロボットを発売できないかと相談したことをきっかけに、当時「マジンガーZ」のヒットを飛ばしていた永井豪氏を紹介され、トントン拍子で企画が進んでいったという。

 奥出氏は上がってきた鋼鉄ジーグのデザインを見て、マジンガーZとはあまりにも違っていたとことに驚かされたと述べる。「黄色と緑で、悪人面」というのが第一印象だったが、社長には「永井先生のデザインなのだから、君はその通りにしなさい」と一喝され、渋々商品化を決定する。

 ところが発売した鋼鉄ジーグは売れに売れ、奥出氏の記憶では、バンダイの「超合金」の単体商品で特に売れたという「大鉄人17」を、年間販売数で上回ったそうだ。ちなみに大野氏がトランスフォーマーの「ヘッドマスター」を開発するきっかけとなったアイデアが、この鋼鉄ジーグだった。

 トークは当時のタカラの玩具が提示した「基地遊び」から派生したダイアクロンの話題へと戻る。「オリジナルの商品は、遊びのフィールドを提案してあげないと遊びが続かない」という概念から生まれたのがこの基地遊びであり、変身サイボーグやミクロマンを経て、ダイアクロンの第1弾でロボットが基地となる「ロボットベース」が1980年に発売となった。

 その原点には、当時のヒットアニメを意識して企画された2本のアニメーションがあり、そのうちの1本だった戦艦大和がロボットに変形するアイデアが、ロボットベースとなった。それだけでは弱いので、当時「インチマン」の名前で開発されていた小型フィギュアと組み合わせることで、スケールを統一したダイアクロンの世界観が完成した。

人形が小さくなるほど、基地のスケールは大きくなる。ダイアクロンは基地遊びの面白さを極めた

 そんなダイアクロンが展開中の1982年に、大野氏はチームに参加。このときはミクロマンとダイアクロンの開発が合併してひとつのチームになった頃で、シリーズ後期の「カーロボット」の開発に深く関わっている。当時はダイアクロンの売上が少し落ちてきた頃で、ウルトラマンの「普通の人間が変身して戦う」という設定からインスパイアされ、一般の車がロボットに変形する商品であれば、ミニカーのようにたくさんのバリエーションを展開できるのではないかという発想から生まれたのがこのカーロボットなのだ。

 カーロボットは後に北米ハスブロと提携してトランスフォーマーとなるわけだが、大野氏の先輩の開発陣からは、ミクロマンやダイアクロンの時代から大切にコツコツと作ってきたコンテンツを持っていかれてしまうことに対し、戸惑いの声も上がったという。

 それでもアニメーションとして完成したトランスフォーマーには説得力があり、それまでの日本のロボットものでは見られなかった「見栄を切らない、ハイスピードな変身」には、開発陣の誰もが驚かされたそうだ。

ダイアクロンのカーロボットシリーズのカタログ。実車の魅力も大きい

 こうしてタカラの時代から脈々と受け継がれてきたSFランドのスピリッツを、現在のダイアクロンにも積極的に生かしていくことを高谷氏が宣言し、トークは締めくくられた。

 イベントの最後に、来場者から事前に寄せられた質問に高谷氏が答えるコーナーが設けられたのだが、その中でも最も多かった「ロボットベースは出るんですか?」という質問に、「構想は何パターンか検討中」と返答し、「今人類の中で1番ロボットベースのことを考えているのが私」と力説すると、会場から大きな拍手が上がった。

 高谷氏は「ロボットベースの発売は目標ではなく通過点」とも語り、ファンの期待が続く限り、ダイアクロンシリーズは続けていくことを約束した。