【特別企画】

誰もが迎える“死”を想う。「不滅のあなたへ」は連載開始から本日で7周年

「聲の形」を手掛けた大今良時氏の大河ファンタジー

【不滅のあなたへ】

2016年11月9日 連載開始

 前作「聲の形」でその名を世に知らしめた漫画家 大今良時氏の大河ファンタジーマンガ「不滅のあなたへ」は連載開始より本日で7周年を迎える。

 「不滅のあなたへ」は週刊少年マガジンにて2016年50号から連載を開始した作品。第一部「前世編」(2020年1号まで)および第二部「現世編」(2020年8号~2022年47号)と分かれており、2023年8号より第三部「来世編」の連載がスター ト。連載当初から今もなお多くの読者の心を打つ作品として人気を博している。また、コミックスは2022年時点で累計発行部数は300万部を突破。2019年には第43回講談社漫画賞 少年部門を受賞しており、一般読者のみならず業界からも本作品が高く評価されていることが伺える。

 本作の見所は、襲い来る敵と戦い世界を守るというシンプルな少年漫画的な見所はもちろん、大切な仲間たちの「死」とどう向き合うのか、無機質な存在だった主人公が人と関わっていくことで変化していく様子が最大の見所だ。

 本作はあまり類をみないストーリーから正直「ファンタジー漫画」という説明では収まり切らない。丁寧に作り込まれた世界観や設定、人間的にもとても魅力的なキャラクターたちが登場するが、そのほとんどが夢を叶えられずに生涯を終えてしまうといったもどかしさを主人公を通して目の当たりにしていく。じゃあどこに救いはあるのか、自分や大切な人の「死」とどう向き合うのか、読みながら読者自身も考えさせられるような作品だ。

2021年にはNHKエンタープライズによってアニメ化。同年4月より放送がスタート後、昨今のアニメ放送では珍しく2クール分の20話を放送し、最終話の放送と同時に続編の制作決定の告知が行なわれている
「不滅のあなたへ」のあらすじ

 本作は、遥か昔に存在したであろう星から始まる。

 「私」と自称する観察者により、一つの球体が地上へ投げられ、はじめはその変化の様子を観察していく様子が描かれる。

 主人公のフシは万物を保存するために観察者によって作られた不死身の存在。

 球体だったフシは、石にぶつかることで苔となり、そしてオオカミから少年へとその姿形を変化させながら刺激を求めて歩き続ける。

 旅をしながら様々な人に出会うことで感情やアイデンティティーが形成されていき、次第に人間としても内面が変化していく。

 ある時、自身の対象を写し取る能力の条件が物理的刺激だけでなく「対象を強く思い出すこと(記憶)」、「対象が死ぬこと」であることに気づく。

 自分と出会った仲間が死ぬことで相手の姿形になれると知ったフシは、時に罪悪感と戦いながらも沢山の「仲間」の姿を借りて自分や人々をめがけて襲いかかってくる「ノッカー」と戦っていく。

 大河ファンタジーとヒューマンドラマが融合した重厚感あふれるストーリーになっている。

 物語の導入は、北極のような場所でたった1人の少年がオオカミに向かって独り言を話す空虚な雰囲気からスタートする。

 観察者による淡々とした語りも相まって、筆者は正直、読み進められるのか一抹の不安がよぎった。しかし、球体が少年の体になる辺りから、そもそも人ではないフシの異様な行動や発言が気になりどんどん物語へ引きずり込まれていった。フシに出会う各キャラクター毎のエピソードも盛り込んだオムニバス風にもなっており、読者を飽きさせない展開が続く。

 また、繊細な感情描写や、少年マンガならではの迫力あるアクションシーンもしっかり描かれており、まさに大今良時氏のマンガとしての表現技術の高さが遺憾無く発揮されていると言えるだろう。

 今回は「不滅のあなたへ」第一部「前世編」をメインに、重要なキャラクターや本作の魅力を名台詞と共にご紹介したい。以降はネタバレを含む内容が登場するため注意してほしい。

【【週刊少年マガジン】『不滅のあなたへ』公式PV【第2弾!】】

物語を紡いでいく個性豊かなキャラクター達

フシ
 本作の主人公。物語の始まりでは丸い球体の形をしているが、あらゆる物から強い刺激を受けることでその性質を記憶・模倣する機能を持つ器物。はじめは意識や感情を持たない状態だが、力尽きたレッシオオカミのジョアンの体を手に入れたことで意識を獲得、その後ジョアンの飼い主である少年の体を得て次第に自我を確立していくようになる。

 その後も刺激を受けた様々な人や物など状況に応じて変化するも、ジョアンの飼い主である少年の体が最も自我に近い姿としているため、少年の姿を基本としている。「フシ」とは、作中出会う村の少女(マーチ)によってつけられた呼び名だが、その名の通り、死んでもすぐに再生する能力があり、不死身であることからそう呼ばれるようになる。

観察者
 真っ黒なローブをまとった「この世界を保存する」ためにフシを作り出した神のような存在。

 突然現われてはフシに話しかけるが、フシ以外には見えていない。登場人物の中には姿は見えずとも、なんとなく存在に気づくキャラクターもいる。ボンからは「ミスターブラック」と呼ばれる。

マーチ
 ままごと遊びが大好きなニナンナに住んでいた幼女。父・母・赤子の妹がいる。

 大人になることを夢みており、フシの何も知らない赤子のような様子に母親のような感情を持って接していた世話好きな心優しい女の子。木や壁を登るのが得意。

パロナ
 マーチと同じニナンナに一人で住んでいる少女。幼い頃に両親と姉を亡くしており、姉はパロナが幼い頃にオニグマ様の生贄となって亡くなってしまった。ままごと遊びに付き合うなど、マーチとは家族のような仲。美人且つ聡明で弓矢や体術が得意。

ピオラン
 タクハナ出身。オニグマへの生贄を選出する偽祈祷師の老婆。だが、本来は罪人。

 年相応の博識で、フシに言葉や色々な知識を教える。フシにとっては血は繋がっていないがおばあちゃんのような存在でもあり、またピオランもフシのことを本当の孫のように慕っている。

グーグー
 兄のシンと共に召使いとして働く少年。

 ある日、転がる丸太からリーンを庇って顔面を損傷する重傷を負ったところ酒爺によって救われる。以降は変貌して顔面を隠すため常に仮面をつけて生活をする。顔面損傷の治療の際、酒爺によって酒を貯蔵する内臓を埋め込まれるという非人道的な人体改造も行われてしまった結果、体内のお酒を仮面の着火装置に通して炎を吹き出すことができる。

トナリ
 ジャナンダ島で暮らす14歳の褐色肌の元気で明るい少女。殺害の容疑でジャナンダ島へ島流しとなった父親を追って7歳の時に島へ渡った。8歳の時に父親にもらった白紙の本に自分の経験(日記)を物語として書き留めている。トナリの日記がキーとなっていることも度々あり、ストーリー中でも重要な存在。

ボンシェン・ニコリ・ラ・テイスティピーチ=ウラリス
 ウラリス王国の第一王子。ボン様・ボン王子などと呼ばれ国民に慕われている。

 誰に対しても分け隔てなく尊大さを持っているが、思考の幼稚さが抜けない王子。死者や幽霊と会話ができる霊能力の持ち主でもあるがその様子を見た周囲からは奇人だと思われていた。

【敵サイドのキャラクター】
ノッカー
 フシの器だけでなく記憶ごと奪ってしまう存在で心臓のような見た目をしている。

 人間のファイ(魂)を肉体から解放しようと人々を襲う。カハクの左腕に宿るノッカーのことは人間と意思疎通を行なうため「裏切り者」としている。

サイリーラ(ベネット教)
 反フシ派のベネット教の大教督。フシをノッカーを呼び寄せる「悪魔の使い」とし憎んでいる。

いつかは誰もが迎える「死」という現実。だからこそ心打たれる物語

 本作の魅力はなんといっても、原作者である大今良時氏の得意とする繊細なキャラクターの感情描写や、命の儚さや尊さが時折容赦なくストレートに描かれているところではないかと筆者は思う。

 フシは永遠に生き続ける不死身であるが故、フシと周りの人間では命・時間の価値観が異なってしまう。そんな不死身のフシが、様々な人と出会いと別れを繰り返し「人間の死」について深く痛み、悩み、そして時に関わることを恐れながらも現実を受け止め変化していく。

 それは決して他人事ではなく、自我や感情を持つ我々人間にとって、誰にでもいつかは必ず訪れる避けては通れない“死”というテーマをマンガという形で優しく突き付けられているような感覚にもなる。基本は少年マンガであり、天地創造のような壮大なファンタジー作品だが、読む人によってはありのままの表現に目を背けてしまいたくなるような部分もあるだろう。

 それでも、あえてそのような表現を用いることで本作のテーマに向き合う原作者の覚悟や葛藤が垣間見えるのだ。故に、キャラクター達が残すストーリーや台詞には身近に感じられるようなテーマやシーンがあり、切ないながらも強く温かく、時には寄り添ってくれたり気づかせてくれたりする。作中で筆者が特に印象深く残っている台詞をいくつか紹介したい。

「僕のこと……ずっと覚えていて。」(少年/コミックス1巻 )

コミックス1巻

 少年が息を引き取る間際、最後にジョアンに言った台詞だ。

 たった一人でその時まで気丈に生き続けた少年の最後の願いは、覚えていてもらうことだった。フシがこの少年になるキッカケとなった台詞ではないかと思う。筆者はこの先のストーリーを読み進めてから気づいたのだが、この作品の鍵が「記憶」になっていることをこの時点で示唆していたのだ。

「とにかく今、しらない全部のことをしりたいわ。大人になるってしっていくことでしょ?」(マーチ/コミックス2巻 第9話)

コミックス2巻

 ヤノメでハヤセに捕まってしまったマーチがパロナとフシの助けで脱出し、ニナンナに戻る道中に言った台詞。

 大人になるにつれて知っていく度に、興味のあることないことの選別をしてしまって、自ら視野を自分が見える範囲にだけに絞りがちだ。物事を知っていくというということは自分の視野が広がりいろんなものが見えてくる、それこそが大人になるということだと、小さなマーチが教えてくれる素敵な台詞だ。

「自分の生き方は与えられるものじゃない!自分で勝ち取るんだ!」(パロナ/コミックス2巻 第11話)

 目的もなく、得られるまま流れるがままに行動をしていたフシに放ったパロナの台詞。

 これはある程度大人になってくるとハッとするのではないだろうか。実際フシも後にグーグーに対し、このパロナの言葉を受け売りで言っているシーンがある。与えられた生き方をするのもそれもまた人生だとは思うが、せっかくの人生なら自分の生き方を他人に委ねるよりかは自分の意志で勝ち取っていくほうがきっと気持ちがいいはずだ。

 余談だが、アニメ版のOP主題歌になっている宇多田ヒカルさんの「PINK BLOOD」にも「王座になんて座ってらんねえ 自分で選んだ椅子じゃなきゃダメ」という歌詞があるが、パロナの言葉とどこか通ずるものがある。SNS社会に生きる現代人は、無意識に周りの価値観に合わせ自分を蔑ろにして、生き辛さを感じている人も多いだろう。まさにこのパロナの台詞は現代社会にこそ突き刺さるのではないかと筆者は思う。

「俺が死んでも俺はお前にだけは「想ってもらえる」ってことだろ?」(グーグー/コミックス3巻 第19話)

コミックス3巻

 フシの「器」の獲得条件が物理的刺激や親交のあった相手の死から強いショックを受けた時(感情による刺激)であることを知ったグーグーの一言。

 どれほど寂しかっただろう、辛かっただろうと考えると胸が張り裂けそうになるグーグーの境遇。そんなグーグーもフシに出会い、やっと自分が思う「家族」に出会えたことでグーグーも読者も報われた気がするシーンでもある。自分が死んだ後にも自分のことを想ってくれる人がいるのはこの世に存在した証になるとても幸せなことだ。

 グーグーのストーリーでは、過去に囚われず自分を認めてこれからを生きていくことの大切さを教えてくれるような台詞もあり、筆者は作中でも特に共感してしまったキャラクターだった。

「忘れられて本当の意味で死んでいくんじゃろうな」(ピオラン/コミックス4巻 第33話)

コミックス4巻

 フシがノッカーに獲得した器をいくつか奪われてしまったことでこれまで「その姿になることでできたこと」、「その器がどんな人だったのか」が思い出せなくなった時に、ノッカーは器だけでなく、フシの記憶も奪ってしまうと気づいたピオランがフシに言った台詞。

 この作品の重要なテーマであるといえる「記憶」についてここでも触れており、これをピオランは「二度目の死」とも例えている。この後フシは「そうはさせない、おれ強くなる」と、ノッカーに記憶を奪わせないことを決意している。

 亡くなった人のことを忘れてしまうことによって、その存在そのものが消えてしまうのは亡くなった人もそれを見送った人もお互いに悲しいことだ。二度も死なせないというフシの強い意志が生まれた印象的な一コマだった。

「僕はフシが大好きさ」(ボンシェン・ニコリ・ラ・テイスティピーチ=ウラリス/コミックス9巻 第75話)

コミックス9巻

 ベネット教にノッカーを呼び寄せる悪魔として指名手配されていたフシ。そのフシと関わりがあるとして捕えられてしまったボンが、異端審問でフシへの関心を捨てベネット教への忠誠を誓うか問われた時の台詞だ。

 緊迫した空気の中「大好きさ」というボンの穏やかなフレーズが際立っていて、ある種のベネット教へのボンの反骨心を感じた。自分が死刑になることをわかっていても最後までフシを裏切らなかった。

 自分に嘘をついて生きるより、自分の意志を尊重して死ぬことを覚悟したボンが凄過ぎて筆者はここでますますボンが好きになった。王族で変わり者だが、常識人で誰にでも平等に心優しく接することができるボンの姿に癒されていた筆者は、グーグーに続き涙無しには読めないエピソードだった。

 紹介した台詞以外にも、作中にはたくさんの名シーンや台詞が盛り込まれている。原作者の緻密なキャラクターの作り込みにより、敵にも味方にもそれぞれに価値観があり、キャラクターの台詞が立体的で生きているのだ。そのため、読む人によって物語の見え方が違ったり、刺さるものが違ったりするのもこの作品の魅力と言えるだろう。

丁寧な作り込みと随所に込めれられているメッセージ性

 原作者の大今良時氏は本編だけではなく、各コミックスの表紙にも仕掛けを仕込んでいる。

 既に本作を読んでいる方はお気づきかと思うが、まだ読んでいない方は是非、実際に「不滅のあなたへ」を読んでハンカチを用意してもう一度表紙を見てみてほしい。

 筆者は、原作の表紙はもちろんだがアニメ版のシーズン2ビジュアルも素敵だと思った。本作を読むと中央に描かれている「仲間」という言葉に込められている意味がとても深いものだと感じる。

アニメ「不滅のあなたへ」シーズン2のビジュアル。街の風景がボンのマントに描かれているところもかっこいい。極め付けは右下の椅子に座るフシだ。これは筆者の考察に過ぎないが、フシに息を引き取る直前の「少年」が「この方がかっこいいだろ?」と言っていた時の状態ではないだろうかと考えると、涙腺が緩んでしまう

 マンガにはどの作品にも原作者のメッセージが込められていて、なんとなく手に取ったマンガで勇気づけられたり、はたまたその後の人生に影響を与えることもある。「不滅のあなたへ」は読みながらハッとしたり、考えさせられたり、ひたすら感情の赴くままに涙を流して心のデトックスをしたり、シンプルにファンタジーの世界を楽しんだり、老若男女問わず必ず何かを感じられる稀有な作品といえるだろう。

 今回は第一部を中心とした内容を紹介したが、現在「不滅のあなたへ」は週刊少年マガジンにて絶賛連載中だ。単行本は20巻まで発売されているので、是非フシの永遠の物語を「観察」してみてはいかがだろうか。