インタビュー

最高のゲーム作家デヴィッド・ケイジ氏に聞く、物語への哲学。「Detroit: Become Human」は、彼に何をもたらし、その先に何を見るのか?

【Detroit: Become Human(PC版)】

2019年秋発売予定

価格:3,990円(税込)

 「Detroit: Become Human」は、これまでのQuantic Dreamの作品以上に大きな反響を生み出した。Quantic Dreamはこれまで「HEAVY RAIN 心の軋むとき」、「BEYOND: Two Souls」といった作品でファンを増やしてきたが、「Detroit」は日本のユーザーにとってさらに大きな反響があった。

 今回、「Detroit: Become Human」のPC版がEpic Gamesストアで発売決定となった。発売は2019年秋で価格は3,990円(税込)。現在予約を受け付けている。前2作はすでに販売されており、これまでPS4専用だったQuantic Dreamの作品がハードの垣根を越えて遊べるようになった。

 今回のインタビューではもちろんこのPC版を販売する意図や想いも聞くのだが、そこよりも「Detroit」の成功とフィードバックが、現代最高のゲーム作家の1人であるデヴィッド・ケイジ氏に何をもたらし、そして彼がこれからどんな物語を紡いでいくかに重点を置いた。彼の物語への情熱、作り手としてのスタンスが垣間見えるインタビューになったと思う。

物語の方向や語りたいメッセージは“内なる声”から生まれるもの

 今回、ケイジ氏はメディアによる複数のインタビューを受けており、弊誌は一番最後だった。そこで最初に、「これまでのインタビューではまだ語れなかった『Detroit』への想いといったものはありますか?」という質問をぶつけてみたが、ケイジ氏はニヤリと笑い「それは、君の質問で導き出して欲しいね」と答えた。その答えは筆者を身震いさせた。自縄自縛のプレッシャーからスタートするインタビューとなった。

Quantic Dreamのデヴィッド・ケイジ氏

 その上で月並みな質問で恐縮ではあるが、最初に聞くのはやはり「Detroit」の反響。「Detroit」はこれまで以上に日本のユーザーからの反響が大きく、新しいファンを増やしたという印象があるが、ケイジ氏はそれに対してどう思うだろうか?

 「これほどの好評を得るとは思ってもいなかったよ」とケイジ氏は答えた。Quantic Dreamの作品は日本で受け入れられしっかりとしたファンを得ているのだが、「Detroit」の高評価はそれを遙かに超えていた。ファンアート、コスプレ、そして開発者へ寄せられたメッセージなどユーザー間での盛り上がりも印象的だったという。

 自己分析として「Detroit」が日本で熱狂的に受け入れられたポイントはやはり「ストーリーテリング」だ。エモーショナルな物語がしっかりとファンを掴んだ。そして「アンドロイド」をテーマにしたことが日本のユーザーに響いたのではないかとケイジは感じたという。日本のユーザーは「ロボット」をテーマにした物語に強く興味を持ち、共感してくれる。そういう素地があったと感じているとのことだ。

 「Detroit」は女性ファンを多く得たが、ここは反響で驚かされた部分だという。女性受けを狙って作ったと言うことはなく、出た作品に女性ファンがついた。実際のファンの男女比率は同程度とのこと。「ゲームでアンドロイドの捜査官・コナーを演じたブライアン・デチャート氏はハンサムだからなあ」というのもケイジ氏の印象。デチャート氏は日本のファンへ向けた実況番組なども配信した。

 日本のファンの反響で意外だった部分は? という質問にはケイジは「ユーザーの選択の具体例」を上げた。「Detroit」はゲーム内のユーザーの選択がプレーヤーのデータとして残る。それによりユーザーの統計、国ごとの傾向など、ビッグデータが形成されるのである。興味深かったのは家政婦アンドロイドのカーラと彼女が守るアリスがバスのチケットを見つけるシーンがある。これはその前にあった男女が落としたもので、チケットを持っていればバスに乗り逃げることができる。

 欧米のユーザーはチケットを男女に返さず利用することを選んだのが40%ほどだが、日本のユーザーの85%がまず男女にチケットを返すことを選んだという。ほかにも“思いやりの高さ”が上げられる。日本のユーザーは親切な傾向が高く、他人に対して公平な態度を取ることを好む。暴力的な判断を好まないと言ったところで、他国のプレーヤーの傾向と大きな違いが出たという。

 この国によって人間の価値観や判断に傾向が出るというのは興味深い。ある意味それぞれの国での「性格」が出る結果でもある。人間ドラマを追い求めるケイジ氏にとって、こういった人物像は今後のキャラクター造形に影響を与えるのではないだろうか?

 ケイジ氏ははっきりと「それはありません」と答えた。国籍で人物像が決まったり、性格の傾向が出るという考えは、ケイジ氏の物語にはない。ケイジ氏のキャラクター達はどんな物語を描き、観客に何を訴え、どういったテーマを語るかで形成されていく。「この国のひとだからこう」ではなく、「こういうキャラクターだからこう判断する」というのが重要なのだ。外側からキャラクターが構成されるのではなく、内面に持つものがキャラクターの行動や反応で現われるのだという。

 また「この国の人達はこういうものを好む」という反応が得られても、それに合わせて物語を変えることはできないという。物語を描くのは情熱であり、何かを訴えたいという想いだ。それは外側から「これが求められている」といわれても、それに合わせることは、ケイジ氏のものづくりの方法論ではできない。しかしユーザーの反響から得られたデータは間違いなく「社会学」であり、そのデータはファンに向けて開陳したいと思っているとのことだ。

 「物語を書くときには色々な考えが浮かんできます。もちろん『こうすればウケるかも』という想いも頭をよぎりますが、そこに従うと結局ウケ狙いの、自分が作る物語とは違うものしかできない、そう思っています」とケイジは言葉を重ねた。ケイジ氏が耳を澄まし、聞き取るのは「自分の中からの声」。自分がどうしても伝えたい想い、皆に向かって共感してもらいたい、理解してもらいたいメッセージ、こういったものをユーザーに届けたくて、物語を作っているとのことだ。

新しい“物語り”で問われるのは、細部と全体のバランスと、本質の主張

 映画や小説は1つの結果を描く。主人公にはたくさんの選択肢や行動の自由があるが、1つの決断が物語の流れを決めていく。一方でケイジ氏はゲームとして、選択肢による多彩な結果、物語が様々に展開していく“全体”でユーザーにストーリーを提示したいと思い続けている。その物語のアプローチの上で、「Detroit」は1つの到達点になったのではないだろうか? という質問をぶつけてみた。

 「確かに1つ到達した、という実感は持ちました」とケイジ氏は答えた。ケイジ氏はゲームクリエイターとして22年のキャリアを持つが、「Detroit」は確かな手応えを掴んだ1作になった。もちろんこれまで手がけたゲームにも学べたことはたくさんアリ、それによって成長できたが、「Detroit」は1つの到達点になったという。そしてそれは新しい旅立ちのスタートポイントだ。ケイジ氏は「Detroit」を新たなスタートポイントとして、新しい挑戦を始めているとのことだ。

 “分岐する物語”を提示できる新しい物語の形を手にしているのがケイジ氏の強みだ。しかしその分岐の傾向も気になるところだ。ケイジ氏自身は1つのシチュエーションで物語が細かく分岐する方向性が好きなのか、それとも選択肢1つで物語がSFになったり、ミステリーになるような物語そのものがジャンプするような大きな変化が好きなのか、どっちなのだろうか?

 「それはとてもテクニカルな、物語の作劇上の方法論での質問だと思う」とケイジ氏は答えた。分岐というのは微妙で複雑だ。物語を作る上で選択肢が与えられるというのは、無限の可能性を秘めているが、ストーリーとして楽しむためには強い「構成力」が要求される。「心がけるのは“良い庭師であれ”ということなんだよ」。

 選択肢(branch/枝)は想像力の働く限り、無数に、無限に発展していく。しかしそれは枝が絡み合い、生い茂り、ふくらむばかりで、何を表現するか、何を伝えたいかがわからなくなる。作り手がやることはその枝を“刈り取る”こと。整え、整理することで物語はテーマ性を持ち、メッセージ性を強くできる。もちろん刈り取りすぎた幹ばかりの醜い木もダメだ。それは“盆栽”の様に、美しく、きちんとまとまり、全体としても強くしっかりとテーマを体現し、メッセージを訴えなくてはならないとケイジ氏は語った。

 現在ケイジ氏は新しいゲームを、複数同時に手がけているという。それは何か、いつ出るか、どんなゲームかは言えない。ただ1つ、「新しいストーリーテリングに挑戦する」ということだけは間違いなく、そして常に行なっていると言うことだ。

 そして「Detroit」のPC版発売の意義である。ケイジ氏は「それをユーザーが望んだから」と答えた。PC版への展開は自分達の物語をより広く、多くのユーザーに自分達の作品に触れて欲しいという想いがあったからだ。ハードの垣根はPS4が発売されていない国のユーザーに物語が届けられないと言うことでもあった。PC版を発売することで新しい市場、新しいユーザーを獲得できているという実感も得ているとのことだ。

 ちなみに、PCバージョンでも「Detroit」は、PS4版で非常に高いクオリティを実現したフルローカライズの環境で、日本語音声・日本語字幕でのプレイが可能となっている。高性能なゲーミングPCがあれば綺麗な環境で遊ぶことができる。ストーリーなど内容はPS4版そのままだ。

 最後にケイジ氏はユーザーへのメッセージとして「是非プレイして、本作を好きになって欲しいです。PS4のユーザーに喜ばれた物語を、PCゲーマーの皆さんにも味わっていただきたいです」と語りかけた。

 「これまでに語れなかった『Detroit』への想い」をケイジ氏から引き出せたか、という宿題にはいささか自信がない。しかし、ケイジ氏の作家性に一歩踏み込めたインタビューにはなったのではないだろうか?

 物語の分岐によるダイナミックな変化をユーザーに提示し、1つの物語の結末ではなく、広がりを楽しむことができるというのは、アイディアを削り、洗練させて1つの道として提示する従来の物語とは異なる、次世代のストーリーテリングと言える。

 もちろんそれは古典的なアドベンチャーから提示されている「ゲームの可能性」ではあるが、ケイジ氏は映画に劣らないクオリティと、役者達の演技、CGならではの演出など、「最高峰のゲーム」でしか到達できないストーリーテリングを実現させたところに唯一無二の価値がある。今回ケイジ氏の作家としての思いや、作り手の方法論の一部を聞くことができたのは、とても楽しい体験だった。