「Half-Life: Alyx」レビュー
Half-Life: Alyx
もう異次元転生といってもいいレベル。VRはここまで来てるぞ!
- ジャンル:
- VRシューティング
- 発売元:
- Valve
- 開発元:
- Valve
- プラットフォーム:
- Windows PC
- 価格:
- 6,290円(税込)
- 発売日:
- 2020年3月24日
2020年4月7日 00:00
外は4月の陽光が差し込んでいるが、筆者は現在じっとりと陰鬱な湿気がこもった地下トンネルの中にいる。周囲からは、カサカサというヘッドクラブの足音、遠くから聞こえる悲鳴のようなゾンビの咆哮。
ゾンビが苦手な筆者だが、今考えてみると、これまでのゾンビはどんなに怖くてもガラスの向こう側にいるだけましだったと今なら思う。何しろ今回紹介するPC用VRシューター「Half-Life: Alyx」では、すぐそこに、自分と同じ空間の中にゾンビがいるのだ。泣きそうだ。
Valveが3月24日に発売した「Half-Life: Alyx」は、VR初のAAAタイトルといっても過言ではないその圧倒的なクオリティの高さや次元の違う没入感から、Steamで“圧倒的好評”を博している。本作は、同社のデビュー作となった「Half-Life」シリーズの第2作「Half-Life 2: Episode Two」の5年前の事件が描かれるVR専用のシューティングゲーム。舞台となるのは「Half-Life 2」と同じシティ17。プレーヤーは、主人公は「Half-Life 2」にも登場したアリックス・バンスとなり、コンバインに連れ去られた父親、イーライ・バンス博士を救出するため危険な作戦に身を投じる。
巨大ロボの存在感に息をのみ、銃口を向けられ両手を上げる
「Half-Life」は、敵を撃つだけだったシューティングゲームに、初めて映画のようなストーリーラインを導入したゲームとして知られている。そのドラマティックな演出は、もちろん「Half-Life: Alyx」でも健在だ。
15年前の事件によって、主人公アリックスが暮らす東欧の街シティ17は、地球侵略を企てるコンバインによって支配されている。街では顔をマスクで覆った警備兵が不審者を見張っており、3本の長い足を持つストライダーが屋根伝いに街を徘徊している。
ゲームが始まると、プレーヤーはシティ17にあるとある建物のベランダに降り立つ。「Half-Life 2」では完成していた要塞はいまだ建築途中で、3本足のストライカーが屋根を伝って移動している。移動しようとすると、ストライカーがすぐ間近を通過していった。巨大な機体がいきなり視界に入ると、思わず「ひえっ」と声が出る。
この世界では、机を開くためにカーソルを合わせてボタンを押すのではなく、取っ手を掴んで開く。ドアはノブを回して押す。半開きのシャッターは、両手でつかんで引き上げる必要があるし、打ち付けられた木切れは叩いたり引っ張ったりして外す必要がある。余談だが、スタート地点にはマーカーが置いてあり、ガラスに自由に絵や文字を書くこともできる。
アリックスは要塞の建設を監視していたが、父親でレジスタンスの中心人物の1人であるイーライ・バンス博士から連絡を受けてそちらに向かう。だが突然の襲撃によって、父親とアリックスはコンバインの兵士に捕らわれてしまう。台詞は英語だが、カットシーンでは視線の先に字幕が出る。
筆者もこれまでいろいろなVRゲームを遊んできたが、この「Half-Life: Alyx」は、リアリティの次元がこれまでとは違っている。アリックスの父親が捕まってしまうシーンでは、エレベーターが開いた先にいた兵士にいきなり銃を突き付けられ、思わず現実でも手をあげた。銃口を向けられる事に対してリアルな恐怖を感じた。VRという多くの制約があるプラットフォームで、演出によって生み出される映画的なリアリティは、自分が四畳半の和室にいることを完全に忘れさせてくれた。
Valveが開発した新VRヘッドセットValve Indexでプレイ
さて、「Half-Life: Alyx」を遊ぶには、VRヘッドセットとPCが必要だ。対応しているヘッドセットはValve Index、HTC Vive、Oculus Rift、Windows Mixed Realityの4つ。その中でもValve Indexは、ゲームと同じ同じValveから2019年11月に発売された最新のVRヘッドセットだ。筆者はすでにHTC Viveを持っていたが、ややガタが来ていたこともあり、せっかくのAAAタイトルを最高の環境で遊びたいと思い、「Half-Life: Alyx」購入後に、後追いでValve Indexを購入した。
Valve Indexの詳細についてはValve Indexレポートを参照して欲しい。HTCと共同開発したHTC Viveと同様に、ルームスケールトラッキングでのプレイが可能で、よりリアルなプレイ体験を味わうことができる。
Valve Indexのコントローラーはバンドで手に固定して使うグリップタイプ。上面にはアナログスティックとA、Bボタン、細いトラックパッド、背面にはトリガーが付いている。また、内蔵された87ものセンサーで、5本の指それぞれの位置や手ぶり、圧力を測定してVR空間内に反映させることができる。
そのため、手を開いて、ものを掴んで拾い上げるという動作を、とても自然に再現することができる。ゲーム内では、ドラム缶を掴んだり、シャッターを掴んだりと色々なものを掴む動作をするが、トリガーを押すことで物をつかむHTC Viveよりも実際の動きに近いぶんリアリティを感じることができた。
Valve Indexは筆者が所有しているHTC Viveの初期型と比べてみると、解像度、リフレッシュレート共に高く、ディスプレイにRGB LCDという最新の技術を使っているため、画面がさらに鮮明に見える。初期型のHTC Viveは解像度が片目1,080×1,200のOLEDディスプレイでは、ディスプレイに網目模様が見えてしまう“スクリーンドア効果”は無視できないレベルで気になったが、Valve Indexも完璧に克服したとまでは言えないが、エッジのシャープさや遠くのディティールが鮮明になり、理想のバーチャルリアリティへ一歩近づいた感じだ。
だが解像度よりも印象として大きいのは“約130度”という視野角の広さだ。人間の横の視野角は約200度と言われている。HTC ViveやOculus Riftは110度であり、バイザーをかぶった時には、筒を目に当てて、その先の風景を見ているような見え方になる。Valve Indexでもまだまだ人間本来の視野角には遠く及ばないが、この20度の違いによって両サイドから感じる圧迫感は大幅に改善されている。
つまりよりその世界にいる感覚を強く感じることができる。さらに144Hzという高いフレームレートが素早い視点移動時の3D酔いを軽減してくれる。初期の頃のVRゲームでは、アナログスティック移動するとほんの少しの移動でもしばらく立ち直れないほど激しい3D酔いになっていたものだが、今作ではそれが移動方法の1つとして採用されているのだから、技術の進歩を感じる。
今回は自宅の和室から家具を全部出して作ったVRルームで、おおむね3×3mくらいの空間内を動き回りながらプレイした。狭い空間でゾンビに襲われた時、偶然だが部屋の壁とゲーム内の壁がだいたい同じ位置にあり、壁の隅に身を寄せながら、必死でリロードしてゾンビを撃ち殺した時には、そこは和室ではなく、完全にシティ17の隔離ゾーンだった。
プレイの推奨環境はクアッド・コア以上のCPUと、NVIDIA GeForce GTX 1070以上のGPUとなっている。筆者が今回使用した環境は、第7世代Core i7-7700(4コア/8スレッド)にNVIDIA GeForce GTX 1070 Ti、RAMは16GBと推奨環境ぎりぎりのスペックだったが、これでもなんとか最高画質のウルトラで遊ぶことができた。
難易度は4段階。おなじみの敵も多数登場
ゲームの難易度は最も難しい「ハード」から、「ノーマル」、「イージー」、操作すら覚束ない人でも楽しめる接待モードの「ストーリー」の4段階。一番簡単なストーリーでは、敵の数は必要最小限で、柔らかい。ヘッドクラブゾンビも、すぐには襲ってこず、椅子に座っていたり、壁に向かって立っていたりするので、ゆっくり狙いを付けてから撃つこともできる。シューティングが苦手だが、ゲームの雰囲気は味わいたいという人にはぴったりのモードで、筆者も今回はこのイージーでプレイした。
物語はこれまでのシリーズがそうだったように、いくつかのチャプターに分かれている。ストーリーの継ぎ目にローディングが入り、その後、シームレスにストーリーが続いていく。セーブとロードはメニュー画面を開いて行なう。
序盤はどう動けばいいのかを説明してくれるTipsが出るので、その説明を読みながら進むことで、必要な動きを修得できる。父親と共に捕まった後、脱出し、装備を整えて奪還に向かうところまでがチュートリアルになっており、物語に引き込まれているうちに、操作を覚えることができた。
隔離ゾーンには「Half-Life」ファンにはおなじみのヘッドクラブやバーナクル、ヘッドクラブ・ゾンビがリアリティあふれる姿で序盤からガンガン登場する。最初は金網越しだったり、窓越しの登場だったりとこちらの心の準備をする余裕があるが、ストーリーが進んでいくとだんだん容赦なく襲い掛かってくるようになる。
4種類の移動方法から自分に合ったものを選べる
ここからは本作の基本システムや操作について紹介したい。操作はValve Indexでのプレイを基本に、HTC Viveでのプレイとも比較してみたい。
移動方法は4種類。足のマークを移動したい場所に置いて瞬間移動する「ブリンク移動」、指定した地点まで高速で移動する「シフト移動」、頭の向いている方向に一歩ずつ移動する「連続移動(頭の向き)」、コントローラーの向いている方向に一歩ずつ進む「連続移動(手の向き)」のいずれかから選ぶことができる。これらはゲーム内の設定画面からいつでも変更可能だ。また、梯子を上ったり降りたりする動作は、デフォルトでははしごを掴むと自動で上下に移動するが、よりリアルに両手で登る動作を選ぶこともできる。
筆者は今回ブリンク移動でプレイした。Valve Indexでは、アナログスティックを動かすと黄色いワイヤーフレームで描かれた足と、移動地点までの距離を表す弧のラインが表示される。スティックを離すとそこに移動する。一気に距離を稼ぐことができるし、じわじわと少しずつ進むこともできる。慣れると自由自在に行きたい場所に移動でき、酔いも少ない。ちなみに上から下に飛び降りるような場所移動をすると、ちゃんと飛び降りた時の着地音が鳴る。HTC Viveでは同様の移動を、トラックパッドを押し込み、離すという操作で実行する。
素手、銃、マルチツールを使い分けて進んでいく
ゲーム内で使用できる道具は、ハンドガン、ショットガンなどの銃と、謎解きなどに使うマルチツール、そして素手だ。コントローラー中央のスライダを押し込むと、銃、素手、マルチツールのアイコンが縦に並ぶ。選択したい場所に手を動かすと、選択状態になる。銃を持っていない左手は基本的に素手なので、アイテムを掴んだり、ドアを開けたり、はしごを登ったりするのは左手を使う。
ただし重いものを持ち上げる時には、一度銃を閉まって両手を使って作業しなければならない。両手で開けないと動かないシャッターを引き上げると、その向こう側からゾンビが襲ってくる。慌てて銃を取り出して撃つ。常に銃を持っているわけではなく、銃がない時には全く無防備だ。そのあたりの緊張感も、VRゲームならではのものだろう。
「グラビティグローブ」でアイテムを収集
本作の要素でもっともVRらしさを感じることの1つがアイテム探索だ。本作では空間内にあるほとんどのアイテムを手で掴むことができる。ロッカーや引きだしを開けたり、木箱を撃って壊したり、箱を開けたりするのはこれまでのシリーズでもできていたことだが、本作ではさらに、ダンボールをひっくり返してちゃごちゃと詰め込まれていたゴミの中からマガジンを見つけたり、戸棚に並んだアイテムをどかすとその後ろに隠れている樹脂(銃の強化アイテム)を見つけることもある。
手が届かないところのアイテムは、引き寄せて取ることができる。アリックスは、ゲーム序盤で「グラビティクローブ」という重力を操ることができるグローブを手にいれる。例えば床に落ちているマガジンを拾う時、そちらに手をかざしながらトリガーを引くと自分に向かって引き寄せることができる。遠くにあるものを掴んで引っ張るという感じの動作で、その後飛んできたものをキャッチする。
かなり遠くにあるものも引き寄せることができるので、手が届かない場所にあるアイテムを取ったり、天井にフジツボのようなモンスター、バーナクルが大量にくっついて進めない場所の先にあるアイテムも手に入れることができる。ものが自分に向かって飛んでくるという魔法のような挙動はかなり楽しく、時には謎解きのために必要になることもある。
樹脂を集めてハンドガンを強化。途中からショットガンも入手
銃は最初はハンドガンが一丁だけで、途中でショットガンも手に入る。ハンドガンを使うには、マガジンをちゃんと銃の底から差し込んで、スライドを少し弾いて弾を装填する必要がある。弾がなくなったら、空になったマガジンを抜いて、背負っている(という設定の)バックパックから替えのマガジンを取り出し、それをまた装填しなければならない。
Valve Indexではマガジンのリリースを親指で操作するボタンで行なうが、HTC Viveは柄を握り込んだ場所にあるグリップボタンを使う。実際の銃ではグリップ横のボタンを押すので、動作としてはValve Indexのほうがらしいが、操作はHTC Viveの方が簡単だった。銃を構えた右手に左手を近づけると、左手で下から銃をホールドすることができる。この動作をするとき、HTC Viveでは柄がぶつかってしまうことがあり、どちらも一長一短ありといったところだ。
謎解きに大活躍する「マルチツール」
マルチツールは、先端にコネクタがついた充電器のような形をしたマシン。銃をカスタマイズするマシンを起動したり、ドアを通電させたりと様々な局面で活躍する。
時々設置してある銃のカスタマイズ装置は、マルチツールで起動させ、集めた樹脂を使って銃をカスタマイズすることができる。機動すると、カスタマイズに必要な樹脂の数が表示され、持っていれば装置に銃をセットするとパワーアップしてくれる。
ロックされたドアは、電源アイテムをセットしたり、断線している経路をマルチツールで接続することで開く。どの場合でもツールを起動すると、ミニゲームのようなものがあり、それを上手くこなすことで先に進むことができる。
隔離ゾーンの奥にある秘密を暴け
色々と説明してきたが、本作の最大の特徴であり魅力は「Half-Life」の世界に実際に入ってしまえることだろう。すべてのシステムはこの一点を実現するための装置に過ぎない。VRゲームだから、「Half-Life」っぽいスピンアウト作品だろうと、VRゲームをしたことがあれば余計に考えるはずだ。だがValveは完全にその予想を上回る、「Half-Life」そのものの世界をVR内に構築した。
本作が非常に高い評価を得ているのは、「Half-Life」ファンを十分納得させることのできるクオリティ、ボリューム、そして面白さを実現できているからだろう。もちろん「Half-Life」で遊んだことがない人にとっても、VRゲームを遊んだことがない人にとっても衝撃的な体験になることは間違いない。
PCでVRゲームを遊ぶには、PCのスペック、高価なヘッドセット、プレイする場所と高い高いハードルをいくつも超える必要がある。だが、本作はそのハードルを全部突き破ってでも遊ぶ価値がある。それは、本作がこれまで幾多あった、単にVR体験をさせるためのゲームではなく、VRというプラットフォームのために作られた「Half-Life」の新作だからだ。その面白さはバーチャル空間の物珍しさで終わるのではなく、世界中に多くのファンを持つ大人気シリーズの続編として、間違いなく面白いゲームに仕上がっているからだ。
Valveは本作と当時に、MOD開発が可能なSource 2ツールを公開している。「Half-Life」が「Counter-Strike」を生み出したように、「Half-Life: Alyx」からまた新しい何かが生まれるかもしれない。熱を取り戻したVRの進化に期待したい。
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