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【特別企画】台湾が初めて赤く染まった日。台北ゲームショップレポート2018
リージョンフリーのNintendo Switchがもたらすアジアゲームビジネスの地殻変動
2018年2月15日 07:00
といっても、台湾で革命が起こったとか、共産主義に染まったという話ではない。ゲームショップの話である。
コンソールゲーム業界では、いつからか3つの色でプラットフォームを語るようになっている。青といえばプレイステーション、緑といえばXbox、そして赤といえばNintendo Switchだ。転じて各プラットフォーマーそのものを指して使うケースが多い。たとえば、E3などで「今年は青が良かったね」、「緑のアレはサプライズだったね」と言う風に使う。
今回、約10カ月ぶりに台湾に入って、様々な関係者に話を聞いてみて「赤の勢いが凄い」と言う言葉を度々耳にした。15年ほど定点観測を続けている台湾ウォッチャーとしては、「ホントに?」と2度聞きしたくなるような驚くべきフレーズだ。
何故ならファミコンの「100 in 1」の時代や海賊版全盛の時代はいざ知らず、2001年のプレイステーション2のアジア進出以降、任天堂がアジアで存在感を示したことは一度もないからだ。台湾はもともとPCゲームのマーケットで、コンソールゲームに関してはSCEH(香港)の台湾ブランチ(現SIET)が徒手空拳で市場を開拓してからは、世界的に見ても突出してプレイステーションびいきのマーケットだ。
その情報を耳にしてからというものの、Taipei Game Show取材期間中もそれが気になって仕方がなかったが、台北出張の最終日にようやく時間が取れたので、半日ほどかけて現地のゲームショップを回ってみた。果たしてどうだったか、その結果をご報告したい。
赤く染まる台湾のゲームショップ
結論から書いてしまうと、台湾におけるNintendo Switchの正規参入により、任天堂が台湾のゲームショップにおいて確かな存在感を見せていた。
台湾でのNintendo Switchの正規展開は2017年12月のことで、まだ2カ月すら経過していないが、もちろん、この2カ月で一気に盛り上がった訳ではなく、日本での発売に合わせて、台湾の代理店が並行輸入でガンガン仕入れており、その下地ができていたところに、任天堂香港が現地の代理店に委託する形で正規販売を開始。「ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド」や「スーパーマリオオデッセイ」といった一騎当千のキラーコンテンツにも恵まれ、一気に火がついた格好だ。
ところで、台湾をはじめ、アジアのゲームショップは“色”を鮮明に打ち出したショップデザインが特徴となっている。ショップ店頭と店内を青、緑、赤のカラーに染めるわけだ。実際には先述したように過去に赤が存在感を示したことはないので、昨年までは青か、緑かだ。先述したように台湾はプレイステーションびいきなので青が強く、7:3で青といいたいところだが、正直な所9:1、もっと極端なスコアかもしれない。
何故ゲームショップが一色に染めるようになったのかについては、アジア独自の事情がある。アジアでは、ほとんどすべてのショップが海賊版や並行輸入品、中古品など、いわゆる非正規ビジネスからスタートしており、プラットフォーマーが正規ビジネスを開拓するために1店舗ずつ訪れて是正を促したという歴史的経緯がある。海賊版の取り扱いを辞める代わりにプラットフォーマーが提供したのが「正規店」のお墨付きで、正規店として認められることで、試遊台を借りられたり、ポップやチラシを優先的に回して貰えるわけだ。この正規店のお墨付きを得るためには、海賊版の取り扱いを止めるだけでなく、そのプラットフォームを積極的に推していく姿勢を明確に示す必要があり、そのハードルは低くない。そのため苦労してお墨付きを獲得した店舗側は、他店舗との差別化を目的に、プラットフォーマーからお墨付きを貰ったことを周囲にアピールするために店舗の色を一色に染め、一目で正規店であることがわかるようにしたのだ。後は右に倣えで、それがいつしか当然の風景になった。
現在ではそれが行きすぎてしまって「うちを選ぶの? あっちなの?」と、一種の踏み絵状態になっている側面もあり、一夜にして緑を青にした店舗もあったと聞く。ここまで来ると明らかに公正な競争を阻害していると考えられるため、中長期的には是正すべきかなとも思っていたのだが、今回、台湾ゲームショップのメッカである新光華商城に訪れたところ、そんな是正は不要であることがわかった。わずか1店舗だけだが、任天堂専門店として、真っ赤な店舗が誕生したのだ。
よくよく見ていくと、ゲームショップに赤いエリアが増えている。それはプレイステーションの正規店であってもそうで、店頭は青一色だが、中に入ると赤いエリアが新たに設置されていたり、赤い領域が増えていたりする。ほかにも店の前に小規模のボックスを設置して、Nintendo Switchを扱っている書店もあったり、やはり彼らはしたたかで利に聡い。割合としては青8:緑1:赤1ぐらいのもので、まだまだプレイステーション一強状態は揺るがないが、SIETが油断すれば、たちまち赤く染まってしまうかもしれないと感じた。1店舗ずつつぶさに視察するほどの時間を取れなかったのが残念だが、“赤くなっていた”というこの1点を持ってアジアのゲームコンソールビジネスが新たなフェイズに突入したことを実感させてくれた。
高い授業料を払った任天堂台湾時代
このように台湾で突如として大きな存在感をみせつつあるNintendo Switchだが、それ以前の任天堂のアジア展開は、率直に言って失敗の連続だった。そこにも様々なストーリー、無数の裏話が存在し、アジアならではのドラマがある。本筋に関係のある話だけ抜き出して失敗の要因を紹介すると、リージョンロックとローカライズの2点に集約できる。
任天堂のゲームプラットフォームは、アジア展開において必ずリージョンロックを掛けていた。リージョンロックとは、ハードとソフトが同じリージョンのものでなければ動作しないというものだ。これは現地のビジネスを守る上で正しい判断だ。なぜなら現地のハードで、並行品のソフトを遊ばれてしまったら、現地のゲームショップは儲からず、ビジネスとして立ちゆかないからだ。
ただ、この考え方が正しいのは「並行品が存在しない」という前提においてだ。台湾をはじめアジアでは、並行品がガンガン入る。それを止める法律も商慣習もないため、海外での発売日の前日には、既に台湾に入っているし、1本でも多く売るためにフライング販売も珍しくない。今回も「モンスターハンター:ワールド」の並行品が、発売に先駆けてシンガポール経由でヨーロッパから入荷し、一部店舗が発売前日から売り始め、関係者はその対応に大露わになったほどだ。並行品は、今も昔も変わらない、“今そこにある危機”だ。
そういうマーケットにおいて、リージョンロックは、現地マーケットの保護に繋がらないばかりか、ゲームファンのゲームプレイを阻害する要因にしかならない。というのも、正規品のハードでは、街に溢れる並行品のソフトは遊べず、逆に正規品のソフトをいくら待とうにも、肝心の欲しいソフトのローカライズが出てくれない。だから、台湾のゲームファンは、やむなく並行品を手に取る。これが台湾のマーケットにとって健全ではないことは現地のゲームファン自身が分かっている。しかし、遊びたいゲームのためには背に腹はかえられないという現実もある。
ローカライズについても同じだ。任天堂は、正規品のソフトは、基本的にローカライズしてリリースする方針になっている。これも考え方としては正しい。台湾にいくら日本のゲームファンがゲームファンが多いとは言え、母国語で遊べた方がより楽しいに決まっているからだ。
しかし、これもハードが十分に普及していること、遊びたいゲームの多くがローカライズされることが前提になる。前述したように任天堂のハードにはリージョンロックが存在するため、正規版のソフトは、正規版のハードでしかプレイする事ができず、そういう限られたハードはなかなかインストールベースが広がらず、結果としてローカライズタイトルも非常に限られてしまう。つまり、台湾のゲームファンが、任天堂ハードを存分に楽しむためには、正規品と並行品の両方のハードが必要というわけで、「任天堂は、台湾のゲームファンのことを本気で考えてくれない」と大不評だったわけだ。かくして正規品のハード、ソフト共に売れず、2014年、任天堂は台湾から撤退した。
任天堂としては初のリージョンフリーの据え置き型ゲームコンソール
前置きが長くなってしまったが、任天堂は今回のNintendo Switchではその方向性を一気に転換した。Nintendo Switchではリージョンロックはなくなり、並行で入ってきた海外版、正規代理店が扱う正規版を問わず、世界中のゲームを遊ぶことができる。
これで現役のすべての据え置き型ゲームプラットフォームでリージョンロックがなくなった。わざわざ“据え置き型”と書いたのは、ニンテンドー3DSおよび、New ニンテンドー3DSにはまだリージョンロックが残っているからだ。ただ、おそらくこれが任天堂にとっても、ゲーム業界にとっても最後のリージョンロックコンソールになりそうだ。
話を戻そう。Nintendo Switchはローカライズについても柔軟だ。正規品の繁体中文版のみならず、日本語版や英語版のパッケージのまま、台湾のレーティング機構のシールだけを貼って販売するという方式を採用している。以前の任天堂ならまずありえなかったスタイルだ。
理由を探ってみるとおもしろい事実がわかった。台湾ビジネスを統括しているのは任天堂香港で、任天堂台湾が復活したわけではなく、現地の販売代理店に委託する形でNintendo Switchの販売を行なっている。販売代理店は1地域1社というのが原則だが、Nintendo Switchは極めて珍しいことに2社が並列する形を採っている。
1社はWeblink(展碁國際)でWiiの時代から流通を担っている実績のあるメーカーだ。もう1社がJustdan(傑仕登)で、Taipei Game Showレポートでもお伝えしたように、並行輸入業からスタートし、日本や米国のゲームメーカーの販売代理を引き受け、今や台湾を代表する大手販売代理店となったメーカーだ。
おもしろいのは、このJustdanは、2017年、Nintendo Switchの並行輸入に全力を注いでいたことだ。その取扱量については不明だが、複数の関係者からヒアリングしたところによれば、日本から台湾に入ったかなりの割合を取り扱っていたとされる。並行輸入というのは、要するに需要と供給のバランスの不均衡を利用した高値転売ビジネスであり、日本でもチケット販売やオンラインショップなど様々なシーンで問題となっている。こうした並行輸入業者は、当然のことながら任天堂にとっても、ゲームファンにとっても好ましい存在ではないが、任天堂はそのJustdanを2017年10月に正規の販売代理店に迎え、Nintendo Switchの販売を委託した。このあたりはアジアウォッチャーとしてはゾクゾクするほどおもしろい部分だ。「ついに任天堂がアジアに向き合ったな」と感じた瞬間だ。
もちろん販売だけではなく、ローカライズスタイルも以前より進化している。先述したように、海外版のまま販売した上で、後日、ローカライズをアップデート対応で行なうようになっている。もちろん無償であり、わざわざ中文版を後から買う必要はない。パッチによるローカライズ対応は、中文ローカライズでは突出したノウハウを持つSIETもあまり例のないことで、最新かつ今後主流となるローカライズスタイルといっていい。
もっとも、台湾の王者として君臨するSIETは、その遙か先をいってるのも事実だ。PS4だけでローカライズタイトルは400本を超え、繁体中文版で世界同時発売が当たり前になっている。あくまでターゲットはグローバルなので、グローバルタイトルである「GT SPORT」や「ワンダと巨像」などは日本より早く中文版を遊ぶことができる。しかも、価格は日本より安い。これは旧SCE Asiaでアジアビジネスを一から開拓したSCE Asiaプレジデント安田哲彦氏の「アジアは物価が違うのだから、世界と同じ価格なのはおかしい」というポリシーが現在まで活きている部分が大きい。つまり、台湾では、PS4タイトルを、日本より早く安く、そして繁体中文で遊べるわけだ。それに比べれば、Nintendo Switchは、日本より遅く、高く、ローカライズも限定的だ。この10数年掛けて積み上げてきたSIETの“勝利の方程式”を、任天堂が突き崩せるのか。今台湾の店先で繰り広げられているのはそういうバトルだ。
そのSIETはTaipei Game Showでも「モンスターハンター:ワールド」がリリース当日にDay Oneパッチで中文ローカライズデータを入れるということが話題を集めていたが、任天堂がさらに一歩先に進んでいるのは、一切のリージョンコントロールを止めていることだ。たとえば、「モンスターハンター:ワールド」は、日本語版には中文パッチは当たらず、Justdanが取り扱う台湾版のみに当たるようになっている。つまり、厳密に言えばリージョンコントロールが行なわれているわけだ。ところが、任天堂のパッチによるローカライズ対応は、すべてのリージョンに対して等しく適用される。
試しに、あなたのNintendo Switch本体の言語設定を繁体字/Englishに切り替えた上で、「ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド」を起動してみて欲しい。タイトルから何からすべて繁体中文版になって驚くはずだ。これは2月1日のアップデートで導入されたもので、繁体字のほか、中国の簡体字、韓国のハングルにも対応している。これにより、居住地と言語が異なる海外駐在員や留学生、長期旅行者なども、場所を問わず自分の言語でゲームを楽しめる。任天堂はNintendo Switchにおいて、プラットフォームレベルで、真の意味でのリージョンフリーを実現しているというわけだ。繰り返しになるが、ここまでの180度の方向転換というのはあまり見たことがない。個人的には久々に驚かされっぱなしのゲームショップ巡りだった。
「当たり前のことをやっただけ」。ユーザーからは厳しい声。真の評価はこれからか
店頭では「スーパマリオオデッセイ」同梱版を中心に、Nintendo Switchが飛ぶような勢いで売れていた。台湾では、ハードを購入した際、そのまま渡すのではなく、店員さんが起動チェックを行ない、初期設定や保護シールをまでサービスでやってくれるところが一般的だが、そういった風景が至るところで繰り広げられていた。
Wiiやニンテンドー3DSと比較すると、中文化されているタイトルも確実に増えている。ローカライズは、任天堂香港がNintendo Switchのアジア展開に合わせてローカライズチームを作り、そこで行なわれている。「ゼルダ」も「マリオ」も「ゼノブレイド」も「カービィ」も主要タイトルがすべて繁体中文版で遊べるのだ。
前例のない事態に、さぞかし台湾のゲームファンは大喜びなのかと思ったら、「海外ではそれが当然で、当たり前のことをやっただけ。もっともっと頑張って欲しい」と、意外と低い評価だった。理由を聞いてみると、「オンラインストアがない」、「ダウンロード版が買えない」、「香港よりも展開が遅い」、「値段が高い」と、なかなか手厳しい。
とりわけ不満なのが、Wiiの時代同様、台湾にオンラインストアがないことだ。このため台湾では原則としてデジタルコンテンツを購入することができず、パッケージを買う必要があるが、非常に人気のため「ゼルダの伝説」や「マリオオデッセイ」など一部の商品は品薄になっている。もっとも、この品薄については、台湾のゲームファン独自の厚いパッケージ信仰との無縁ではなさそうだが、台湾のゲームファンにとっても選択肢が欲しいということと、ダウンロード専用タイトルを購入する機会を提供して欲しいということのようだ。
話していて感じたのは、やはり台湾のゲームファンは、2001年のSIETの台湾進出からカウントして17年に渡って任天堂には期待を裏切られてきたという積年の想いがあり、ちょっとやそっとではぬぐえない不信感を持っている。これからNintendo Switchを購入したゲームファンに対して、どのようなサービスが提供できるのか、プラットフォーマーとしてしっかり活動していけるかどうかによって、任天堂がアジアで根付くのかどうかが決まってくることだろう。
ただ、個人的には台湾のゲームファンとは別の感慨を持った。わずか1年で、180度ポリシーを転換して、ここまで存在感を示せるのは、単純に凄いと思う。SIETが17年かけてやってきたことを、わずか数年で追いつこうとするスピード感にも感心させられる。任天堂の再参入によって、アジアのゲームビジネスは確実に活況を呈しているし、この勢いは当然、中国や東南アジアにも続いていくだろう。
また、短い時間だったが、ゲームショップでNintendo Switchが売れていくのを見ながら、TVやネットからの情報で関心を持ったノンゲーマー層や、かつて海賊版で遊びまくったけど、もうゲームは引退したという往年のゲーマー層、あるいはWiiの正規版を購入したが、中文版のソフトが出ず嫌になって止めてしまった元ゲーマー層など、新しい層がNintendo Switchを手にしているのではないかとも感じた。
台湾で正規のゲームビジネスが興ってから20年弱、ゲームマーケットとして日本や欧米と比べても遜色ないほど成熟してきている。当然次のフェイズは、ゲームを“カルチャー”のひとつとして横方向への広がりを充実させる方向に進化するはずだ。それは、一例を挙げれば、ゲームが万人にとっての遊びとなり、ゲームを主体としたオーケストラコンサートや舞台、アート展、カフェ展開など、“ゲームが日常”となる風景だが、Nintendo Switchおよび任天堂が擁する有力コンテンツはそのキーアイテムのひとつになりうると思う。
かつて中国や台湾のゲームファンは、PSPを改造し、海賊版で「モンハン」を楽しみながら、写真や音楽、映像を楽しむ風景が一般的だった。冷静に見れば海賊版まみれのとんでもない暗黒時代だが、ここで言いたいのは、10年以上前にPSPが今のスマートフォンのように、クールなデバイスとして万人に親しまれた時代が確かに存在したということだ。Nintendo Switchがアジアにおいてそういうデバイスになるのかどうか、Nintendo Switchをもって任天堂がアジアで天下を取る時代が来るのかどうか、ワクワクしながら引き続きアジアの定点観測を続けたいと思う。