【特別企画】
「ドルアーガの塔」40周年! 日本のアクションRPG史上にさん然と輝く名作を当時のゲーセン事情と共に振り返る
2024年7月20日 00:00
- 【ドルアーガの塔】
- 1984年7月20日 稼働開始
1984年7月20日、ナムコ(現:バンダイナムコエンターテインメント)が開発したアーケードゲーム「ドルアーガの塔」が全国のゲームセンターで稼働を開始し、本日2024年7月20日で40周年を迎えた。伝説級の名作STG「ゼビウス」(ナムコ、現:バンダイナムコエンターテインメント)の作者である遠藤雅伸氏が、次回作として満を持して世に贈りだしたのが本作「ドルアーガの塔」だ。
本作は「ゼビウス」同様、壮大なバックボーンを持つ“バビロニアン・キャッスル・サーガ”と呼ばれる一連のシリーズ作品の1作目にあたる。美しいBGMやファンファーレ、印象的な効果音などサウンド面でも好評を博した。本作をプレイしたことがない人でもフロアスタート時やゲームクリアしたときのファンファーレをどこかで聞いたことがある、という人は少なからずいることだろう。そしてなにより、全60階層にも及ぶ各ステージに隠された宝箱を出現させる、という謎解きの要素が大きな話題を呼び、大ヒット作品となった。
後に本作エンディング直後からの続編となるアーケードゲーム「イシターの復活」(1986年7月8日~)や前日譚に当たるアクション「カイの冒険」(ファミリーコンピュータ:1988年7月22日発売)、最終章となるアドベンチャーゲーム「ザ・ブルークリスタルロッド」(スーパーファミコン:1994年3月25日発売)なども発売された。またテレビアニメ(※1)やMMORPG(※2)にもなるなど、今日まで長くファンに愛され続けている作品だ。
※1 ……アニメ第1期「ドルアーガの塔 〜the Aegis of URUK〜」(2008年4月4日~6月20日放送)、第2期「ドルアーガの塔 〜the Sword of URUK〜」(2009年1月8日~3月26日放送)@@
※2 ……「ドルアーガの塔〜the Phantom of GILGAMESH〜」(2008年4月1日~2016年4月1日)@@
本作はアクションRPGの開祖ともいうべきタイトルとしても名高く、また1980年代半ばより隆盛したファンタジーブームにおいて、その先駆けとも言える作品だ。本記事では「ドルアーガの塔」が後のファンタジーゲームに与えた影響や、1980年代当時のゲームセンター事情なども加味し、改めて本作の魅力を振り返ってみる。
RPGの黎明期に、いち早く“キャラクターの成長要素”を取り込んだアクションRPGの先駆け的作品
「ドルアーガの塔」の目的は、主人公ギルを操作し、悪魔ドルアーガに支配された全60階層の塔を踏破して囚われた恋人カイを救い出すこと。各階は複雑な迷路状の構造になっており、通路に落ちているカギを拾い扉を開けることで次のフロアへ進むことができる。
操作は4方向レバーと1ボタンで行ない、ボタンが押されている間は剣を構え、体当たりで敵を攻撃することができる。ボタンを放すと剣を収めて盾を正面に構え、この状態ではモンスターの呪文攻撃を盾で防ぐことが可能だ。
そして本作で最も重要な点は、各フロアに隠された宝箱を出現させ、中から各種アイテムや主人公ギルを強化する装備を手に入れる、という点だ。本作には経験値やレベルアップという概念こそないものの、このアイテムを入手して主人公を継続的に強化する……つまり“成長”させるというRPG的な要素は、まだRPGという概念すら浸透していなかった日本のゲーム界隈において(※)実に革新的システムだった。
※……RPGの始祖と称される「ウィザードリィ」(サーテック)や「ウルティマ」(オリジン)はともに1981年発売。国産RPG初のヒット作となった「ザ・ブラックオニキス」(BPS)は1984年1月発売、アクションRPGのヒット作「ハイドライド」(T&E SOFT)は同年12月発売
これまでのゲームにおけるキャラクターの強化といえば、アイテムを取得しての一定時間のパワーアップや、ゲージを消費してのオプションの追加などがほとんどで、つまりは自機(キャラクター)がやられてしまうと強化がリセットされてしまう、というものばかりだった。そしてゲームオーバーになってしまえばそれまで進めたステージ数などもすべてがリセットされ、次のプレイは最初からのスタート、ということになる。
しかし本作では基本的に一度入手したアイテムはプレイ中継続して所持し、いわゆる残機が減ってもゲームオーバーになるまでは強化が継続するようになっている(※)。また同様に画期的だったのが、一旦ゲームオーバーになっても次のプレイ開始時に攻撃ボタンを押したままスタートボタンを押すと、前回プレイ時のアイテムを所持した状態でクリアしたフロアの中から選択してゲームを開始することができた点だ。これまでのゲームのコンティニューでは、ゲームオーバーになったステージからの再開という形がほとんどだった。だが本作のように、クリアしたステージの中から選択して再開できるというスタイルは極めて珍しかった。
※……マトック(つるはし)系は使用回数を超えると消失するように、例外的なアイテムはいくつか存在する。またフロア59、60ではクリア手順から外れた特定の行動を取ってしまうと“ZAP”と呼ばれる現象によって大半のアイテムを消失し、序盤の階層へ戻される
また本作でもう1つ特徴的だった点が、エンディングの存在だ。本作では全60階層をクリアするとエンディングを迎え、スタッフロールのあとゲームが終了となる。言い換えればどんなに残機が残っていても、フロア60をクリアした時点で強制的にゲームオーバーとなるのだ。当時のステージクリア型のゲームでは、最終ステージをクリアすると最初に戻るか、途中のステージまで戻されて以降最終ステージまでのループが繰り返されるのが通例だった。
このクリア(つまりはゲームオーバー)を目指してプレイする、というスタイルは極めて異例だった。なぜなら当時のアーケードゲームはどれだけ得点を稼げるか――つまりどれだけのハイスコアをたたき出せるか、という点が重要視されていたからだ。本作のように最終ステージクリアでゲーム終了となると、それ以上得点が稼げなくなってしまうわけだが、本作のプレーヤーはエンディングを見ることを目標にプレイを続けた。このエンディングの導入に対する批判は、ほとんどなかったように思う。
以上のように、「ドルアーガの塔」はゲーム内容の新規性に加え、それまでのアーケードゲームにはない革新的な点がいくつもあった。こうして本作は多くのファンを獲得し、大ヒットを飛ばすことになる。
ファンタジーブーム到来前に現れた王道ファンタジー。 あの雑魚モンスター定着にも一役買っていた……?
本作を第一作とした“バビロニアン・キャッスル・サーガ”は、バビロニア神話をモチーフにしたシリーズとなる。主人公のギル(ギルガメス)はギルガメシュ叙事詩の英雄ギルガメシュから、ヒロインのカイはシュメールの女神キからなど、名称を神話から引用しているものも多い。
本作は「囚われの姫を救うため、英雄が困難に立ち向かう」という、極めて王道的なファンタジーを描いている(ヒロインのカイは“姫”ではなく“巫女”だったが)。ペルセウスや八岐大蛇、聖ジョージの神話・伝承を紐解くまでもなくファンタジーの代表的なモチーフだが、ゲームでこのような剣と魔法の英雄譚――いわゆるヒロイックファンタジーを描いた作品はそれまであまり見られなかった(※)。
※……「ドンキーコング」(任天堂)をはじめ、さらわれたヒロインを主人公が救出するという筋立ての作品は幾つか存在していた
日本でも大ヒットとなったゲームブック「火吹山の魔法使い」が発売されたのは1984年の12月、TRPG「ダンジョンズ&ドラゴンズ」(以下「D&D」)日本語版が発売されたのは翌85年。爆発的なTRPGブームのきっかけとなった「D&D」リプレイ「ロードス島戦記」の連載開始は1986年で、「ドラゴンクエスト」の発売も同年となる。この頃より日本ではファンタジーブームが到来し、以降ファンタジー=ヒロイックファンタジーという図式は定着していった。
また本作は、続編である「イシターの復活」が稼働開始した1986年にゲームブック化されている。「ドルアーガの塔」3部作(創元推理文庫刊、鈴木直人著)は、当時屈指の名作ゲームブックとして話題を呼んだ。本作が発売された当時は、ゲームのストーリーや設定などを紹介するメディアはほとんどなかった(そもそもゲームメディアそのものも現在ほど存在していなかった)。ゲームのストーリーなどは、アバンムービーやインストカードに書かれたものがほとんど全てと言っていい状態だったのだ。
そんな折りに発売されたゲームブック「ドルアーガの塔」は、ゲームをプレイしただけではうかがい知れない奥深いストーリーや設定をプレーヤーに提示し、好評を博した。想像で補完するしかなかった冒険を、鮮明に形として表現していたのだ。ゲームではただの長方形の羅列だったダンジョンが、このゲームブックではモンスターたちが生活する一種の“世界”として生き生きと描かれていた。思えば、このゲームブックで描かれていた世界観は後のアニメやオンラインゲーム化した際に、少なからず影響を与えていたように思う。
言うまでもなく、ゲームとは疑似体験である。囚われの美姫を救出するというゲームでもほとんど体験したことのないシチュエーションに、当時のゲーマーたちは奮い立った。この難解なゲームをクリアし、カイを救い出そうと躍起になってコインを注ぎ込んだものだ。だが当時のゲームの限界か、フロア60で再会したカイの姿を見て、膨らんだ期待を裏切られた人も多かったのではないだろうか。当時のドット絵で描かれたカイは、お世辞にも可愛いと言えるようなものではなかったからだ。
また本作ではスライムやドラゴンなど、ファンタジーゲームではおなじみのモンスターが多数登場している(※)。このうちスライム系は本作でも最弱の部類に入るモンスターだが、本作に登場しているものが本邦におけるコンピュータゲームのスライム像に多大な影響を及ぼしたことはご存じだろうか。
※……ローパーのみ出典が「D&D」のオリジナルモンスターだった。「D&D」日本語版ルールブックの発売日が翌1985年の6月だったこともあり、長らくローパーはプレーヤーの間で“謎のモンスター”だった
RPGの始祖「ウィザードリィ」では“BUBBLY SLIME”や“CREEPING CRUD”といった最弱レベルのスライム系モンスターが登場しているが、ゲームに登場するモンスターとしてのスライムの歴史を遡っていくと、1974年発売のTRPG「D&D」にたどり着く。
「D&D」に登場するスライムはドロドロとした粘液状のモンスターで、洞窟の天井などに張り付いて下を通りかかった者めがけて落下し、全身に覆い被さるという恐ろしいモンスターだ。粘液状のため武器による物理的な攻撃はほとんど意味を成さず(※)、火や特定の魔法でしかダメージを与えることができないというやっかいな特性を持つ。つまり、「D&D」のスライムは決して弱いモンスターではなかったのだ。
※……本作のポスターには剣で真っ二つにされるスライムが描かれている
現在日本においてスライムをイメージすると、「ドラクエ」や「ぷよぷよ」に登場するようなプルプルとした弾力のある、丸みを帯びた体のものを思い浮かべるだろう。前述の通りスライムのザコ化は「ウィザードリィ」に端を発すると思われるが、原典である「D&D」のような不定形の粘液状モンスターから弾力のある丸みを帯びたザコへと変容したのは、本作「ドルアーガの塔」が発端となっているのは間違いない。この後、初期PCゲームにおけるアクションRPGの勇「ハイドライド」(1984年発売)や「ドラゴンクエスト」(1986年発売)を経て、現在のスライム像が定着していくことになる。
なお、本作のスライムがあのような饅頭型のプルプルとした外見になったのは、“上下左右を向いた差分が不要で容量を節約できるから”とのことだ。また作者の遠藤氏はこのようなスライム像の定着について、自らを「日本版スライムA級戦犯」と称しているとのことである。
そういえば当時、筆者は本作に登場するモンスターの名称で気になっていたものが2つあった。本作のタイトルにもなっている悪魔ドルアーガと、ドラゴンのクオックスである。当時も今も設定オタクである自分は、この見慣れない2つの名前が気になり、図書館などでバビロニア神話に関する書籍などを調べてみたことがある。現在ならばネットですぐ検索できるようなことだが、当時インターネットの商業サービスはまだ行われておらず、誰もがネットを使えるようになるにはあと十数年必要となるような時代だった。
前述のようにファンタジーのブームはまだ訪れておらず、それらの書籍もほとんどが日本人になじみが深いギリシア・ローマ神話関係のものばかりだった。それ以外だとわずかに北欧神話系の書籍が見つかるくらいで、当時バビロニア神話の専門書などはほとんど見つけられなかった。それでもわずかな書籍を調べてみたが、どこにもドルアーガやクオックスという名称を見つけることができなかった。
「いったいどこから持ってきた名前なんだろう?」と思いつつも出どころ不明のまま数年が過ぎ、やがてネット時代に入ってから意外な出典が判明した。ドルアーガは「AD&D」(※)に登場するモンスター(神?)で、クオックスはライマン・フランク・ボームの「オズ」シリーズ8作目「オズのチクタク」に登場する善良なドラゴンだったのだ。
※……正式名称は「アドバンスト・ダンジョンズ&ドラゴンズ」。入門者向けだった「D&D」が追加シナリオなどで独自ルールが増加し複雑化していった結果を受け、より上級者向けとして「D&D」から分化したルールセット
……通りでバビロニア神話の書籍をあさってみても出てこないわけである。一応解説しておくと、ドルアーガの初出は「AD&D 1st Edition」のマニュアル、「Deities & Demigods」に登場している。これは神格存在や悪魔などを網羅したもので、ドルアーガはバビロニア神話のカテゴリーに掲載されている。だがどうもドルアーガという名称はヒンドゥー神話の女神ドゥルガーを英語読みにして採り入れたものらしく、さらにかなりの独自解釈も加えられた存在のようだ。「D&D」や「AD&D」は、このようにヨーロッパ圏以外の神々やモンスターを独自解釈して採り入れることがあったので、これもその一例なのだろう(※)。
※……例えば旧D&Dコンパニオンルールセットに登場するヒューマノイドモンスター“Mujina”は通常人間の姿をしているが、その正体は目鼻や口がなく、怪力で両手用武器を片手で振り回す。原典は小泉八雲の怪談などに登場するのっぺらぼうと、人を化かすと言われる“狢”を混合し独自解釈を加えたもの
作者の遠藤氏は本作企画の際、まだ和訳されていなかった「D&D」や「AD&D」のルールセットを入手して研究したとのことだが、このことによってバビロニア神話がモチーフの本作に悪魔“ドルアーガ”が登場したのだろう。クオックスもしかりで、そもそもヨーロッパ圏の民間伝承が由来のサキュバスが登場している時点で、バビロニア神話以外からもさまざまな要素が採り入れられていたことに気付くべきだったのだ。
当時は本気で出典が見つからず、一時は国立国会図書館まで行って調べてみようかと思ったくらいだ。まあ当時は18歳未満で、年齢制限上利用することはできなかったわけだが……。今となっては笑い話にもなるだろうが、ここでは事の元凶は当時の「AD&D」版元であるTSRだ、ということにしておこうと思う。
まさに謎が謎を呼ぶ宝箱の出現条件。ネットのない時代の“リアル口コミ”による情報が飛び交う
さて、本作「ドルアーガの塔」をプレイしたことのある人ならば、真っ先に頭に浮かぶのが“宝箱の出現方法”だろう。本作では全60階層のフロア一つ一つに宝箱が隠されており、その出現条件は各フロアで異なっている。これらの宝箱からクリアに必須となるアイテムや主人公ギルを強化する装備を手に入れ、さらなる強敵が待つ次のフロアへと進むわけだ。
前述の通り、各フロアからの脱出(=ステージクリア)は鍵を拾い扉から出るだけなので、階層を先に進めること自体は非常に簡単だ。だがそのようなプレイをしていると、本作では早晩進行が詰むことになる。
ゲームクリアに必須となるアイテムの数こそ多くはない。だが、例えばフロア6でキャンドルを入手しておかないと以降ゴースト系モンスターが見えなくなったり、フロア19でブックオブライトを取らないと以降の階は真っ暗になり、迷路の構造が分からなくなって移動することもままならなくなってしまう。また、大抵はそのようなアイテムを入手するためのキーとなるアイテム、というものを前の階で入手しておかなければならない。このように、例外的に取らなくてもいい罠アイテムを除いてほぼすべての階で宝箱からアイテムを入手して進まないと、クリアが非常に困難になってしまうのだ。
初期のフロアでこそ、グリーンスライムを3体倒す(フロア1)、ブラックスライムを2体倒す(フロア3)などわかりやすい条件のものが多いが、先のフロアへ進むにつれて難解な条件をクリアしないと宝箱が出現しなくなる。そこで、幾つかフロアで宝箱を出現させる条件を挙げてみよう。
・ブルーナイトと剣を振りながらすれ違う(フロア15)
・スタートボタンを押す(フロア31)
・ウィザードの呪文を剣を出した状態で受ける(フロア38)
・ドルイド、メイジ、ソーサラー、ウィザードの順に倒す(フロア44)
……どうだろうか。フロア31の条件など、普通にプレイしていてはまず気付かないはずだ。ローンチ当初は、本作の宝箱は「パックマン」のフルーツターゲットや「ディグダグ」のベジタブルターゲットのような、いわゆるボーナスアイテム程度のものだと思われていた。しかし先のフロアへ進むにつれて、徐々にプレーヤーはすべてのフロアでアイテムを入手しないと先へ進めなくなることに気がついていく。
1984年当時と言えば、インターネットはおろかパソコン通信すらサービスを開始していなかった時代(※)だ。もちろん携帯電話などまったく普及していない状態で、当時発刊していたログインやコンプティークといったゲーム系雑誌はPCゲームの紹介が中心で、アーケードゲームの攻略をするような雑誌は(後述する一誌を除き)当時ほとんど存在していなかった。
※……大手パソコン通信のPC-VANが1986年4月26日サービス開始、NIFTY-Serveが1987年4月15日サービス開始、草の根BBS局大手の東京BBSが1987年10月1日開局
勢い情報のやりとりは、ゲームセンターという非常に狭いコミュニティで口コミを介して行われるのが精々だった。ちなみに筆者が当時住んでいた地域のゲームセンターにはいわゆるコミュニケーションノートを置いていた店舗が1つもなく、純粋に噂話レベルでしか情報のやりとりが存在していなかった。
こうして筆者も友人数人と一緒に攻略を進め、84年の末までになんとかフロア14までの宝箱を出せるようになっていた。だが年が明けてすぐに、とある大事件が起こることになる。