【特別企画】

「serial experiments lain」発売より25周年! “伝説の鬱ゲー”は四半世紀後の現在にいったい何をもたらしたのか

【serial experiments lain】

1998年11月26日 発売

 プレイステーション用ゲーム「serial experiments lain」(以下「lain」)は、1998年11月26日にパイオニアLDCより発売された。

 発売当初はそれほど注目されてはいなかったが、放映当初から一部で根強い人気があったアニメ版がソフト化・配信開始などによって再評価を受け、それとともにゲーム版も着目され始めた。またYouTubeやニコニコ動画などの動画サイトで解説動画などが流行し始めると、いわゆる考察に向いた謎の多い内容の作品であったため、アニメ版とともに数多くの関連動画が公開されていった。そしてその陰惨な内容、特殊なゲーム性によって、今日ではゲーム版「lain」は“伝説の鬱ゲー”としてネットを賑わせるほどの存在となっている。正に本作は、ネットによって再評価を受けた作品の代表格と言えるタイトルだ。

ゲーム版「lain」のメイン画面。もの悲しいオルゴールの音色が終始流れているが、作中BGMはこの1つだけ。オルゴールは実物を製作し、サンプリングしたとのことだ

 また「serial experiments lain 25周年プロジェクト」としてAniqueから対話型AIサービス「AI lain」が公開されるなど、いまだに「lain」の人気は衰えていない。海外にも日本を凌駕するほどの熱心なファンが多数存在し、これほど根強いファンが存在している、と言うことが出来るコンテンツもそう多くは見当たらないだろう。

 本記事ではプレイステーション用ゲーム「lain」の発売25周年を記念し、本作を振り返っていく。なお、発売より25年が経過していること、対応ハード、ソフトともに現在では入手が困難なこと、また現在アーカイブ等の配信はされておらず、制作スタッフより今後も配信の予定はない旨の発言があったことなどをふまえ、本記事内ではゲーム版「lain」の核心部に迫るネタバレ、およびアニメ版「lain」の一部ネタバレを含んでいる。閲覧の際は注意してほしい。

アニメ版の玲音と会話出来る「AI lain」。1998年の収録データを元に音声が構成されており、声優・清水香里さんの放送当時そのままの音声で語りかけてくる。

本格的メディアミックスの先駆け。雑誌連載、TVアニメ、ゲームが同時スタート

 ゲーム版「lain」を語る前に、まずは本作とは別の「lain」も説明しなければならないだろう。「serial experiments lain」の企画は3つの異なる媒体での展開、いわゆるメディアミックスの形態を採っている。

 まずキャラクターデザインを担当したイラストレーター・安倍吉俊氏のグラフィックと、脚本家の小中千昭氏によるテキストによる連載がソニーマガジンズのアニメ誌月刊AXにて開始(1998年3月10日~11月10日)、次いでTVアニメが放送(同年7月7日~9月29日)された。そしてゲーム版がやや遅れ、同年11月26日に発売されている。それぞれの発表の時期こそ多少のずれが生じているが、これら3作品は企画段階から同時にスタートしている。

 これら3作品は基本的な世界観や設定、キャラクター造形などは共通しており、互いに相互補完の関係にはあるものの、基本的には別の作品として扱われている。当時はこのような便利な概念はまだなかったが、いわゆる“別の世界線”の作品群と捉えるのが理解しやすいだろう。

 とはいえ、ゲーム版の家族構成は両親と主人公・岩倉玲音の3人家族に対し、アニメ版では玲音に姉が存在しており4人家族となっているなど、設定が異なる部分も少なくない。またアニメ版ではとくに言及されていなかった玲音の特異な髪型の理由がゲーム版で明かされていたり、逆にゲーム版ではあまり触れられていないネットワークシステム“ワイヤード”が、アニメ版では物語の根幹を成す設定として大きな部分を占めている、といったようにそれぞれの作品がお互いを補完し合うような形になっている。

 「lain」以前にもメディアミックスを謳った作品は多数存在していたが、それらの多くは小説を映画化したり、アニメがゲーム化されるといったような後追いで別メディアの作品が発表される形ばかりで、本作のように企画段階から複数のメディアで展開することを視野に入れたものはほとんど見かけなかった。「lain」は架空のネットワーク・ワイヤードや携帯端末NAVIなど、まるで今日を予見するような近未来の設定が当時としては非常に先進的で、その点が高く評価されている。だが90年代において行われていた3媒体同時進行というメディアメックス戦略も、また注目されてしかるべき点であるだろう。

 ここで「lain」と筆者がどのように出会ったかについて、少々読者諸兄にお付き合い願いたい。それはまったくの偶然と勘違いによって起こったのだった。

 1998年のある日、当時仕事をしていた某ゲーム系メディア企業の総務部から、こんなメールが届いた。曰く「弊社がスポンサーとなる深夜番組がスタートしますので、ぜひ皆さんでご覧ください」とのことだった。普段あまりテレビを観ることはなかったのだが、その初回放送だった日にたまたま深夜までチクチクと仕事をしていたので、息抜きに観てみることにした。それが1998年の7月7日午前1時15分だ。テレビを付けて、そして衝撃を受けた。テレビから流れてきたのは――

「プレゼント・デイ■
    プレゼント・タイム■
          HAHAHAHA――」

 当時気鋭の新進ロックバンドだったイギリスのboaが奏でる鮮烈なテーマソング「Duvet」と、それに劣らず強烈なビジュアルで展開するアニメーション。新番組のTVアニメ「serial experiments lain」のオープニングだったのだ。

「何だ!? 何だ、これは!?」

 混乱した。メールには大物コメディアンKも出演する深夜バラエティ番組とのことだったので、とにかく混乱した。……まあ、ぶっちゃけていえば放送時間を間違えて30分早く観てしまった訳だが、その混乱よりも受けた衝撃の方がはるかに大きかった。アニメ版「lain」を観たことがある方なら、当時の筆者の心境をきっと理解してもらえるだろう。それほど鮮烈なオープニングだったのだ。

アニメ版の玲音。級友の死をきっかけに、リアルワールドとワイヤードの境界が崩れていく物語を描く

 そして、夢中になって毎週アニメ「lain」を見始めたのだが、実は「serial experiments lain」というタイトルには以前から見覚えがあった。当時駆け出し編集者であった筆者はゲーム発売日などのデータ管理を担当していたのだが、その中に「serial experiments lain」というタイトルが長いこと発売日未定として居座っていたことに気付いていた。

 発売元はパイオニアLDC。2年ほど前に「NOeL NOT DiGITAL」という、当時としてはこれまた斬新な……、いや、斬新すぎる尖った作品を発売したメーカーだった。そのこともあって「lain」にも注目はしていたのだが、いかんぜん事前情報がまったく入ってくることはなく、正直このアニメ版放送までいったいどんなゲームであるか想像もつかない状態だったのだ。

女の子とビデオ通話で会話していく「NOeL NOT DiGITAL」。相手の話に含まれるキーワードが“ボール”としてプールされていき、それを選択して投げることによて、そのワードに関連した話題が発展していくという「会話のキャッチボール」をシステム化した作品。プールされたボールは時間が経つと転がって消えてしまい、これもまた「話題に出す機会を逃した」という日常によくあるシチュエーションをうまく表現している

 このように筆者はまずアニメ版「lain」からハマっていったのだが、放送開始当初からすでにゲーム版のCMが流れていた。しかし結局ゲーム版の発売は遅れ、アニメ版放送期間中には間に合わずに終了から2カ月経った同年11月26日にようやく発売の運びとなっている。

 「lain」はワイヤードという架空のネットワークが社会に浸透し、携帯端末NAVIによっていつでも人と人が繋がることが可能という、当時よりもITインフラが発展した近未来を舞台にしている。

 発表された1998年前後といえば、PHS端末が大流行し(携帯電話は通話料・端末ともにまだ高額だった)人々がようやく“電話線の呪縛”から解き放たれた頃である。PCでは薄紫のカラーが印象的だったVAIOノート505やモニターと一体化したiMacが大ヒット商品となった。前年には折からのプリクラブームが牽引し、写ルンですに代表されるレンズ付きフィルムが大流行。写真フィルムの出荷数が過去最高となる。その一方でデジカメもこの頃からブームとなり、携帯電話にもカメラ機能が標準搭載されるようになっていった。数年後には街にあれほど溢れていた現像・プリント店が姿を消し、写真のプリントは自前のPCで、という時代に切り替わる。

 また同様に前年の1997年にはPDA(個人向け情報端末)のザウルスがヒットしている。これまた従来の手帳を駆逐し、PCやPDAを使いこなせなければビジネスマンにあらず、とまで言われるような風潮が漂うことになる。電子マネーの登場もこの頃で、要するに当時さまざまな分野でアナログからデジタルへの移行が一気に進んだ時代だったのである。

 一方で、当時のインターネットはまだ十分に普及したといえるような状況ではなかった。当時のネット利用率といえばまだ一桁台で、大学等の研究機関や軍事関係施設、一部企業などでは以前から利用されていたが、一般家庭ではまだそれほど利用されることが多くなかった。つまり当時のネットは少数のパソコンマニア向けのもので、一般的に普及するにはあと数年が必要となる時代だったわけだ。

 ちなみに、いつでも・どこでも・誰でもネットワークにアクセス出来ることを表す“ユビキタス”という言葉(もともとは“遍在”を表す宗教的な用語)が流行語となるのは2000年代に入ってからのことで、逆説的に当時はまだ“常時接続”が実現出来ていない時代だった。ブロードバンドの定額制サービスが普及し始めるのも2000年代以降で、当時は一般の電話回線やISDNなどのナローバンドを利用した従量制サービスが主流だった。常時接続しようものなら回線利用料が膨大になって、翌月には目が飛び出るほどの利用料を請求されていたのである。当時のネットを利用していたなら、“テレホーダイ”タイムに入るとゾロゾロとネットにアクセスしだす人が増えていったのを覚えている人も多いことだろう。

 「lain」はそんなPCやネット、通話端末が過渡期であった1998年当時に、まるで現代を正確に予言したかのようなネットワーク社会を描いている。インターネットは“ワイヤード”、スマホやPDAは“NAVI”と、現在では日常にありふれているサービスやデバイスがすでに浸透し、ネットでの炎上や犯罪行為なども、25年も前に描かれている。その点において、今日から見ても「lain」は非常に先進的な企画であったといえるだろう。

1998年に発表されただけに、作中に登場するモニターはブラウン管が主流。また張り巡らされた無数の電線が風に吹かれる様は、ネットワークへの接続方法が有線(電話線)が主流であった頃を象徴的に表している。そして作中でも「ずっと(ネットに)繋ぎっぱなしだと、もしかして誰かが電話くれても電話が繋がらないかも知れないし」というセリフがあるように、当時は家庭の電話回線を利用してネットに接続していたことが伺える。先進的な近未来を描いているとはいえ、ところどころに当時のテクノロジーを元にした描写が垣間見えるのが、今になって見てみるとレトロフューチャー感覚で面白い