【特別企画】
【eスポーツ探訪】南海は日本eスポーツ界の“四番”なのか。令和のボーイズリーグ「eスポーツキャンプ」
2022年8月29日 00:00
- 【eスポーツキャンプ】
- 8月22日~25日開催
- 会場:オチアリーナ
- 参加費:59,400円(宿泊費、食事代等込み)
8月22日から25日の日程で開催された泉佐野市主催の高校生向けeスポーツイベント「eスポーツキャンプ」。筆者も初日の8月22日と23日視察してきた。イベントの模様はぜひイベントレポートを参照いただきたいが、わずか2日間の取材ながら、非常に濃密な時間を過ごすことができ、東京から足を運んで本当に良かったと思った。
「eスポーツキャンプ」は、市区町や学校、そして保護者同意のもとで、高校生を対象に行われた合宿イベントという点で、日本eスポーツ界において非常にエポックメイキングな出来事であり、しかも、泉佐野市のコンテンツ実証事業の採択を受けたことで、これ単発で終わりではなく、トータルで数億規模の予算を投入しながら、継続的に実施、規模の拡大を目指していく一大事業の幕開けでもある。本イベントを起点に日本のeスポーツ界でこれから何が起ころうとしているのか、それらの取り組みは、我々eスポーツファンに何をもたらしてくれるのか。イベントレポートでは紹介しきれなかった部分をレポートしてみたい。
「eスポーツキャンプ」を取材するにつれて痛感したのは、南海の存在の大きさだ。今回、主催は泉佐野市だが、泉佐野市自体が実施しているのではなく、企画運営は南海グループがその役を担っている。具体的には、中核企業である南海電気鉄道、今回の高校生向けツアーを販売した南海国際旅行、そして“南海グループのeスポーツ部門”といえるグループ子会社 eスタジアムの3社だ。これに、「LJL(League of Legend Japan League)」や、「PJS(PUBG Japan Series)」の運営など、長年日本のeスポーツシーンを支えてきたeスポーツ総合商社ウェルプレイド・ライゼストがタッグを組み、4社共同で実施されている。
南海の存在感はまさに至る所で感じられた。まずなんと言っても参加者数の多さだ。取材の案内を受けて概要を一読したとき、正直なところ「この条件で高校生を集められるのか?」と余計な心配をしたくなった。筆者はeスポーツを長年見てきているため、3泊4日、ゲスト盛りだくさんで59,400円という価格設定が、出血プライスであり、ヤバいぐらい格安であることを理解している。ただ、それはあくまで“こちら側の理屈”であって、限られた時間で働いた虎の子のバイト代を出す高校生、あるいは、どうせお金を出すなら価値に見合うだけの体験をさせてあげたい親御さんにとっては、どうでもいい話だ。
その点で言うと59,400円は、“一夏の青春代”としてはやや高く感じられる。加えて、eスポーツキャンプは初開催で実績も知名度もない。開催地も関空なら便が良いがその分だけコストが嵩み、クルマや鉄道だと時間が掛かる場所だ。これはなかなか厳しい戦いになるのではないか、というのが筆者の見立てだった。
ところがふたを開けてみると45人参加(1名コロナ陽性で欠席)と、想像を上回る参加数で、ツアーが定めている最小実施人数の20人の倍以上を集めた。なぜここまでの集客ができたかというと、関係者は「南海への信頼感」だと口を揃える。
もちろん、「オフラインでVALOをやりたい」、「Jasperさんを生で見たい」、「OooDaさんと話したい」。それぞれ色んな理由があっての参加だとは思われるが、単なるeスポーツ体験キャンプに終わらせない、複数ゲストの参戦や、サプライズの誕生お祝いなどなど、中身の充実具合も南海の尽力が大きく、実際に手足を動かすウェルプレイド・ライゼストのスタッフにも「南海さんの突破力には脱帽です」と、その実行力を評価する声が多かった。
それから後援の多さ。主催が泉佐野市なのに、大阪市浪速区役所、大阪市生野区役所、堺市、阪南市、高石市、貝塚市、岬町と、周辺の市区町も後援として名を連ねている。泉佐野市の冠イベントに、別の市区町が名を連ねるのは、常識的に考えてあまりおもしろい話ではないはずだ。にも関わらず名を連ねているのは、南海と組むメリットをそれぞれの市区町が理解しているからだろう。
そのわかりやすいメリットのひとつと言えるのが「eスタジアム」の存在だ。今回、南海電鉄ら4社は、現在なんばに展開しているeスポーツ施設「eスタジアム」を南海鉄道の沿線に増やしていく計画を明らかにした。9月に南海電鉄 泉北高速鉄道沿いの和泉中央駅のエコール・いずみに「eスタジアムいずみ」、そして11月28日に、本イベントの会場の最寄り駅りんくうタウンの駅構内に「eスタジアム泉佐野」をそれぞれ展開していく。
ところで「eスタジアム」とはそもそも何なのか。それを知るために「eスタジアム泉佐野」予定地をさっそく訪れてみたが、現在はPCR検査場として使われており、まだ影も形もなかったため、なんばにある「eスタジアムなんば」に今回の出張の帰りがけに立ち寄ってきた。
現地では、ストアマネージャーの松本隼人氏が対応してくれた。余談だが、聞けば立命館大学を卒業したばかりで、ゲーム研究で知られる中村彰憲教授の門下生だという。当然eスポーツにも慣れ親しみ、大学生大会で入賞を果たしたこともあるという。その経験と実力の両方をかわれてeスタジアムに入社。大学でゲームを修めた人材が南海グループでeスポーツに携わる。こういうキャリアパスが普通になりつつあることがすでにおもしろい。
話を戻すと、eスタジアムは、学生向けのeスポーツ体験施設だ。なんば店は、南海グループの商業施設なんばスカイオの2階、南海なんば駅から歩いてすぐの立地にある。春に5階から2階に異動し、さらに好立地になったという。30㎡ほどのスペースに、ゲーミングPCとモニターのセットが9台。物産展や各種キャンペーン等を行なえるぐらいのオープンスペースで、eスポーツカフェというにはやや小ぶり。
衝撃的なのは利用料金が無料なところだ。2時間1サイクルで、帰りがけの学生をターゲットに、eスポーツに親しみを感じている学生達がたまり場として使える施設を目指しているという。売上は、ゲームグッズの販売と、週末等の施設貸し出しぐらいで、基本的にはお金は出ていく一方だが、この取り組みを通じて、グループ全体として獲得が至上命題とされるZ世代の若者達がeスポーツに親しみを感じてくれて、南海鉄道の利用者が増え、利用者の中から将来のプロゲーマーが生まれてくれればそれでいい、という。
いささか大時代的な施策のようだが、これが外連味なく受け取れるのは、南海は歴史的にも、子どもや学生の育成に繋がる取り組みを手弁当でずっと行ってきた歴史があるからだ。
特に有名なのはスポーツへの取り組みで、戦後わずか5年後の1950年に大阪難波に大阪スタヂアム(大阪球場)を建設し、野球復興を成し遂げたことは、南海社員にとって大きな誇りのひとつで、プロ野球団 南海ホークスを40年保有し続けたことと必ずセットで語られるほどだ。
さて、筆者が訪れた際は、男女の学生2名が「VALORANT」をプレイしていた。松本氏によると、いずれも学校ではeスポーツ部に所属し、部活動を終えて、息抜きに部活動とは別のタイトルを遊びに来ているのだという。ちなみに、近隣の学生だけでなく、京都など遠方からも電車で駆けつけてくれる学生がいるという。目的は松本氏と話をするためで、ゲームの遊び方やセオリー、ゲームとは関係ないお悩み相談もすべて無料対応。eスポーツに関心のあるすべての学生の“駆け込み寺”として機能しているようで、末永く続いて欲しい施設だ。
さて、eスポーツキャンプにおける南海の存在感、3点目として指摘できるのが、学生向けイベントならではのきめ細かい運営方針だ。今回、5人1組のチームごとに、1人専属コーチが付き、基本的にチーム単位で行動し、食事も共にする。ゲームではごく普通の夜の活動は一切禁止で20時には強制的にホテルに引き上げさせ、その代わり朝練は6時から可といったレギュレーションだ。まさにスポーツ合宿そのもので、これは“令和のボーイズリーグ”だと感じた。
ボーイズリーグ、正式名称 日本野球少年連盟は、野球ファンならご存じの通り、南海ホークス名監督の鶴岡一人氏が1970年に創設した法人で、現在も本部は南海グループが保有する南海ビルの中にある。硬式野球を通じて青少年の健全な育成を目的とし、リーグ出身のプロ野球選手は、桑田真澄、ダルビッシュ有等々、枚挙に暇がない。特徴的なのは、青少年の健全な育成を第一義とすることから、変化球の使用禁止や、投球回数の制限など、青少年の体を守るために細かいルールが設けられているところだ。今回のeスポーツキャンプのやや厳しめの規則は、ボーイズリーグに通ずるところがある。
50年の歴史と伝統を持つボーイズリーグと比較すると、学生向けeスポーツは、青少年の健全な育成に対する配慮はまだまだ不十分というより未踏の領域だ。今回の規制も、科学的な根拠や検証に基づいたものではない。eスポーツの練習時間はどれぐらいが妥当と言えるのか? 練習が青少年の脳や手に与える影響は? まだまだわからないことだらけだ。
この点については泉佐野市も南海関係者もまだ不十分であることを認めており、現在、eスポーツ研究に熱心な神戸大学と連携して、依存の問題やメンタルヘルスに与える影響を検証し、科学的見地から、eスポーツにおいても青少年の健全な育成が可能となるように準備を進めているという。eスポーツの教育的効果、依存に対する研究については進んでいるようで進んでいないのが現状で、こちらの進展にも期待したいところだ。
以上、雑感を書き連ねてきたが、筆者が本稿でお伝えしたいのは、南海グループのような、交通インフラと不動産を保有し、地域密着で長年の実績から住民の支持が厚い企業体が本気になると、もの凄い勢いで物事が進むということと、eスポーツをスポーツ振興とまったく同じ文脈で捉え、グループの“第3の事業”としてeスポーツを推進しつつある南海の今後の展開にeスポーツファンとして期待したいということだ。
泉佐野市と南海グループら4社は、eスポーツキャンプ終了後に合同で記者発表会を開き、先述した「eスタジアム泉佐野」の開設のほか、eスポーツキャンプを年3回のペースで今後も継続的に実施していくこと、そして、まさにボーイズリーグを彷彿とさせるプロへの道筋を作るアカデミー選手育成プログラム「eスポーツキャンプPlus+(仮称)」といった構想を発表した。
事業費用は泉佐野市と南海グループの折半となる見込みだが、両者の思惑は少しずつ異なるようだ。泉佐野市は財源に「企業版ふるさと納税」の仕組みを使い、eスポーツを通じて税収増と、新型コロナによって消失したインバウンド需要に変わる新たな集客企画を同地に根付かせること、これを同時に叶えたい。
一方、同市にeスポーツユーザーを輸送する役目を担う南海グループは、それを積極支援しつつも、最終目的地はそこではない。南海が次のステップとして考えているのは、eスポーツキャンプやeスタジアム、そして今回発表されたアカデミー選手育成プログラム「eスポーツキャンプPlus+」をパッケージ化して、文字通り全国展開することだ。
おもしろいのが、今回のeスポーツキャンプは一切配信していないことだ。もちろん、練習風景をだらだら配信することにあまり価値はないが、JasperにMOTHER3、OodaにZETA DIVISIONと、これだけ役者を集めているのだから、練習の合間のJasper&MOTHER3のステージイベントや、OooDa&ZETA DIVISION実況解説による決勝戦を配信すれば万単位の視聴者は簡単に集まっただろう。当然、今後そういった展開も視野に入っており、現在はどういった形でパッケージ化するのがベストなのか、学生達に最高の体験を提供できるのか。あえてクローズドな環境で実証実験中というわけだ。
そして、いざ全国展開となっても慌てなくて済むように、最初から全国にリーチできるウェルプレイド・ライゼストと組んでいるわけだ。同社のeスポーツキャンププロデューサーの武藤一輝氏は、「おかげさまでほぼ毎週大阪出張です」と苦笑していたが、大阪の地にeスポーツ振興を本気で考えている地方自治体、企業体が存在するということを知ることができたのは大きな収穫だった。
日本で都合何度目かのeスポーツ元年が叫ばれた2018年以降、多くの自治体や企業体がeスポーツの効能に気付き、それなりの予算を投下してeスポーツ振興に取り組んだが、実を結んだと言える施策はそれほど多くないのではないか。ファッションとしてのeスポーツ、トレンドとしてのeスポーツに着目しただけで、主役であるeスポーツプレーヤーまで目が行き届いていないのがその理由だと思う。
泉佐野市と南海グループの取り組みは、1970年にスタートしたボーイズリーグの取り組みを、この令和の時代に、新たなスポーツであるeスポーツを活用する形で蘇らせようとするものであり、久々にワクワクさせられた。ぜひ泉佐野市や大阪に留まらず、全国規模で大きなうねりとなることに期待したい。
写真協力:ウェルプレイド・ライゼスト