【特別企画】

eスポーツは次世代の人材を育成する教育ツールとして、どのような可能性を秘めているのか?

NASEF主催「eスポーツ国際教育サミット2021」レポート

3月20日開催

会場:CLARK NEXT Tokyo

 北米教育eスポーツ連盟(以下NASEF)は2017年にアメリカで発足されたNPOで、教育現場におけるeスポーツの導入を支援する団体である。アメリカではNASEFの提供するeスポーツを活用したカリキュラムによって、様々な学校がeスポーツ教育を導入しており、またNASEFは学生大会やイベントの開催も意欲的に行なっている。

 そんなNASEFの日本本部が昨年11月に設立され、2021年4月から本格的にその活動を始動させることになる。3月20日に開催された「eスポーツ国際教育サミット2021」はその先駆けとなるワークショップで、NASEFが今までに行ってきた教育研究の成果発表や、eスポーツの教育分野における可能性について論じられた。

NASEF JAPAN概要

 日本でもつい先日、第3回目となる「全国高校生eスポーツ選手権」が開催されたように、eスポーツと教育は徐々に密接な関係になりつつある。日本社会にはまだまだゲームに対する僻んだ見解が根強く残るが、そんな中でeスポーツは日本の教育現場にどのような影響をもたらせるのだろうか。

【eスポーツ国際教育サミット2021】

eスポーツの導入による学力・人間力向上の実績

 本ワークショップで度々強調されていたのが、eスポーツを生徒に学ばせることは必ずしも生徒たちにゲームをさせるということではない、という点だ。eスポーツと一口に言っても、そのコミュニティは非常に多面的であり、eスポーツはプレーヤーのみでは成り立たない複合体である。つまり生徒たちはeスポーツに関わることで、ゲーム内の技術以外でも成長することが見込めるというわけだ。

 本ワークショップの基調講演として動画出演したカリフォルニア大学アーバイン校の情報学教授コンスタンス・スタインクーラー教授によると、ゲームに取り組むことによって問題解決能力や言語能力が向上する傾向が複数の研究者によって指摘されているという。またこれまでの教育研究では、生徒たちがスポーツに取り組むことでGPAが向上すること、また生徒の学校生活における満足度が向上し、より良好な人間関係が形成されるといった傾向が指摘されているという。NASEFはeスポーツが特定の生徒たちにとってスポーツに取って代わるものになると考えており、eスポーツの導入によって生徒の学力やQoLの向上を目指しているというわけだ。

コンスタンス・スタインクーラー博士

 NASEFは発足からの3年半、様々な学校でeスポーツの教育分野における有効性を調査するためのフィールドワークを行なってきた。1年目に6校を対象に行msった調査では、NASEFのeスポーツカリキュラムに参加した生徒たちの間で学力の向上が見られ、また人間関係の満足度と社会感情学習の面で著しい進歩が見られたのこと。生徒からは学力の成長を実感する声に加え、「ゲームに真剣に取り組むことで自分の感情と向き合うことを学び、また他人の感情により共感できるようになった」といった声も出ていたようだ。

eスポーツカリキュラムの生徒たちへの影響を示したグラフ、最も伸びている2項目が人間関係と社会感情学習だそうだ

 またスタインクーラー博士は、これらの効果がサンプルの中のより貧しい学校で最も顕著に表れていることを指摘した。eスポーツは導入に必要なリソースが比較的安価であり、そのため課外活動に資金を回す金銭的余裕のない学校でこそ、より有効に作用するというわけだ。

 もちろんこれらの効果は必ずしもゲームよってのみ得られるものではないだろうが、スタインクーラー博士が強調するのはeスポーツが生徒たちに提供する「コネクテッド・ラーニング」の可能性だ。ゲームは現代の子供たちによって“強烈な関心の的”であり、だからこそ生徒たちはeスポーツに取り組む際に自主性を発揮する。また教員たちが往々にして子供たちほどゲームに詳しくないことも手伝って、eスポーツでは教員と生徒がより対等な関係で接することができるという。生徒たちが自主的にeスポーツに取り組み、また生徒間でも互いに技術を教え合うコミュニティができたとき、それが「コネクテッド・ラーニング」になるのだという。

 スタインクーラー博士はこれからもこうしたフィールドワークを続けていくらしく、eスポーツの教育現場での有用性についてさらなる研究結果を期待してほしいと述べた。eスポーツが教育に良い影響を与えるというのは喜ばしいことだが、筆者としては日本でも同じような結果を得られるのかどうかが気になるところだ。今後のNASEF JAPANの研究に期待したい。

日本の高等学校におけるeスポーツカリキュラムの成果

 冒頭で「全国高校生eスポーツ選手権」について言及したが、これは一般社団法人全国高等学校eスポーツ連盟(以下JHSEF)が主催する大会だ。この大会、そしてJHSEFの直接的な働きかけの甲斐あって、今日本ではeスポーツ部を抱える高等学校が増えてきている。JHSEFは発足当初からNASEFと基本合意契約を締結しており、両者は互いに協力し合ってeスポーツを日本の教育現場に広めていこうと活動している。本ワークショップでは早くからeスポーツを導入してきたクラーク記念国際高等学校、阿南工業高等専門学校の2校の教員と、JHSEFの理事、NASEF JAPAN代表を交え、クロストークセッションが執り行なわれた。

クロストーク登壇者一覧

 eスポーツが高校生にどのような影響を及ぼすのかという議題について、教員たちはまず生徒たちの総合力の向上について言及した。クラーク国際高等学校でeスポーツ専攻に携わる笹原圭一郎教諭は過去2年間のeスポーツ教育の中で、eスポーツを通じて生徒たちがより総合的な人材へ成長していることを実感しているという。例えばクラーク国際ではeスポーツを通じたメンタルトレーニングや、地域密着型イベントの運営指導なども行っているといい、これらを通じて生徒たちは実社会に応用できるようなスキルを身に付けているという。クラーク国際ではeスポーツ専攻修了生の進路として、プロゲーマーの他にも、メディア・IT系の分野や、マーケティングの分野も勧めているとのことだ。

笹原教諭のプレゼンテーションより

 阿南工業高等専門学校でeスポーツ研究会を指導する小松実教授も同様な意見を持っているようだ。阿南高専の生徒たちはeスポーツを通じて、学校の専門科目でもあるネットワーク技術やプログラミングにより強い興味を示すようになったとのこと。また小松教授は、生徒間の人間関係の向上や、オンライン環境による海外とのつながりを通じて、生徒たちの社会人基礎力の向上も実感できていると述べた。阿南高専は「全国eスポーツ選手権」の常連校だが、ゲーム外での人間的成長もその実力を裏付けているということなのだろう。

小松教授のプレゼンテーションより

 JHSEF理事の大浦豊弘氏もこの議題に言及し、全国のeスポーツ部で生徒たちがどれだけ自主的な活動をしているかを強調した。eスポーツ部を創設した高校の中には、熱心な生徒が自ら校長先生に直談判をし、加えてメンバーも自力で集めたような例もあったとのことで「eスポーツには生徒たちを動かすパワーがあります」とした。

大浦理事

 次に議題はeスポーツのバリアフリー性に移った。eスポーツは性別や身体的ハンディキャップの影響が少なく、プレーヤーが皆平等に戦えるというのも利点の一つであるが、この性質が教育現場に非常にマッチしているのだという。例えば阿南高専ではとある発達障害の生徒をeスポーツによって支援しており、入学当初は教室に入るのも困難だった生徒が、eスポーツを通じて人と関わることを学んだ事例があるという。障がい者施設を訪問し、入所者にゲームを教える体験をさせることで、当該の生徒は社会とのつながりを学び、より自主性のある生徒へと成長することができたそうだ。

小松教授のプレゼンテーションより

 こうした実績があっても、未だeスポーツを学校で学ぶことに不安を感じる方は多い。ゲーム依存症が取りざたされている背景もあって、保護者の中にはeスポーツ教育にすぐ理解を示さない方も少なくないそうだ。しかしNASEFやJHSEFはeスポーツ教育の理解を広めるような運動も行っている。例えばJHSEFでは脳神経外科医でありスポーツ外来で実績を持つ朝本俊司医師を理事迎え、医学的知見からゲーム依存症の問題に積極的に取り組んでいる。

 NASEFは学生大会の後には必ず保護者も交えた「ピザパーティー」を開催しているといい、eスポーツに取り組む生徒たちが自らの口からeスポーツで学んだことを保護者に語ることで、eスポーツ教育への理解を得ているという。NASEFは「ゲームはあくまで教育のツールであり、目的ではない」というスタンスを徹底しており、子供たちがゲームに興味を示し、それが実際に良い影響を与えているのだから、取り上げるよりは教育に活用しよう、という論理で保護者達の理解を得ているそうだ。

松原昭博NASEF JAPAN代表
NASEF JAPANの理念

 eスポーツ教育はまだデータが少なく、導入に際しての課題も多いようだが、しかし実施校では確実に成果が得られているようだ。NASEF JAPANがeスポーツ教育の有用性を広めてくれれば、徐々に社会の理解も得られるようになるかもしれない。

eスポーツ×教育の今後

 ワークショップの後半にはeスポーツが教育分野に活かされている更なる実例が紹介され、今後の可能性について論じられた。中でもゲシピ株式会社が実施しているeスポーツ英会話プログラムなどは非常に興味深く、eスポーツ教育に未開拓の可能性があることが伺えるようだ。

星槎国際高等学校のeスポーツゼミの様子、生徒たちにゲームについてのプレゼン発表を課し、自主性を養っているとのこと
ゲシピのeスポーツ英会話ビジネスモデル、ボイスチャットを通じて英会話を教える仕組みのようだ

 NASEF JAPANは来年度から本格的に始動し、今回のようなセミナーの定期開催に加え、学生大会の開催やeスポーツキャンプの実施など、様々な活動を行っていく予定があるようだ。eスポーツ教育といわれてもまだまだ耳馴染みしないが、一つ言えることは生徒・学生の学習に新しい選択肢が与えられようとしていることだ。eスポーツ教育に救われる生徒が一人でもいるのならば、それは実施する価値のあるものなのだろう。まだまだ課題も多いようだが、今後のNASEF JAPANの活動には期待がかかる。