インタビュー

「HUMANITY」中村勇吾氏&水口哲也氏インタビュー

水口氏を駆り立てた“デモの衝撃”。中村氏「いきなりラスボスから連絡が来た」

【HUMANITY】

対応プラットフォーム:PS5/PS4/PC(Steam)

5月16日 発売予定

価格:3,410円

 エンハンスは、パズルアクションゲーム「HUMANITY(ヒューマニティ)」を5月16日に発売する。1匹の柴犬を操作して、無数に連なった人間達を「光の柱」へと導いていく独創的ゲームデザインが施されたな本作は、ウェブデザイナー/インターフェースデザイナー/映像クリエイターとして活躍する中村勇吾氏が手がけるタイトルで、水口哲也氏率いるエンハンスがレベルデザインとプロデュース、そしてパブリッシングを担当している。

 ステージ上を無意識に進んでいく群衆を誘導してゴールへと導いていくゲームシステムは、後に敵となる群衆「OTHERS」とのバトルへと発展していくという、単純なパズルゲームにとどまらないドラマチックな展開を見せていく。

 プレイできるステージは90以上、さらにVR機器への対応や、、オリジナルステージを制作して投稿、他のプレーヤーが作ったステージをプレイできるなど、ゲームモードも充実している。またPlayStation Plusゲームカタログのラインナップ入りも決定し、エクストラ及びプレミアム会員は追加料金なしで発売日よりプレイが可能となる。

【『HUMANITY』2023年5月16日発売決定トレーラー | PS5/PS VR2, PS4/PS VR, Steam】

 本作をコンセプトから手がけているtha ltd.の中村勇吾氏は、NHK「デザインあ」「デザインあ neo」映像監修、ユニクロのウェブディレクションや、KDDIのスマートフォン「INFOBAR」のUIデザイン、Cornelius、METAFIVEや岡村靖幸さんなどアーティストの映像ディレクションなど、様々なオンスクリーンメディアのデザインを手がけるクリエイターで、本格的なゲーム開発に携わるのは本作が初のこととなる。

 中村氏の映像作品がエンハンス代表の水口哲也氏の目に留まり、中村氏がクリエイティブディレクターとなってtha ltd.がゲームを開発、エンハンスがレベルデザインの構築やパブリッシング等のプロデュースを行っている。

 この「HUMANITY」の発売に先駆け、中村氏並びに水口氏へのインタビューを敢行。中村氏がゲームを手がけることになった経緯や、本作の見どころをなどを聞いた。

左から「HUMANITY」エグゼクティブ・プロデューサー水口哲也氏(Enhance)、クリエイティブディレクター中村勇吾氏(tha)

「群れ」の表現は鳥から人へ。群衆がうごめくテクニカルデモが水口氏の目に留まる

――中村さんがこの「HUMANITY」をエンハンスと一緒に手がけることとなった経緯からお聞かせください。

中村氏:僕らは元々インタラクティブな表現が好きで、その昔ウェブデザインを手がけていた頃は、クリックすると何か反応があるみたいな、当時のFlashなどの技術を使ってウェブの新しい可能性を探っていて、その後スマートフォンのアプリなどでも実験的なことをやっていたんです。

 その過程で、プログラミング的な表現として「群れ」を表現することに興味が出てきて、2016年に「GUNTAI」という鳥の群れを操作してプレイするレースゲームみたいなアプリを作ったんです。数百羽の鳥が群れになってコースを飛んで、コーナーでミスをすると何百羽かが死んで、復活するときにまた何百羽が増えて……みたいな内容のゲームです。


【GUNTAI】

 このアプリを経て、今度はそれを「人の群れ」でやってみようということで、デモを作ってみました。スマートフォンなりSteamなりでインディーズ的に何か出せないだろうかと考えて、社内の数人で自主プロジェクトとして進めていたんです。そのデモがあるとき偶然に、水口さんの目に留まったというのが最初のきっかけでした。


【HUMANITY(WORK IN PROGRESS VER.0.3)】

水口氏:Unityが主催する「Unity Developer's Delight」というイベントに、僕が審査員として呼ばれたときに、中村さんの「HUMANITY」のデモを拝見してとてつもない衝撃を受けて、そのことが1カ月ぐらい頭から離れないほどだったんです。

 そこでこのデモをプレゼンテーションをした山さん(山健太郎氏:「HUMANITY」テクニカルディレクター)とコンタクトを取って、「これをゲーム作品にすることに興味がありますか」と尋ねて、その発案者の勇吾さんに取り次いでもらったんです。

 それまで勇吾さんとは以前1度ご挨拶をした程度の面識で。活動や作品は見たことがあって、「ゲーム作品は作ったことがないけど、すごく興味があります」と返答をいただいて、マーク・マクドナルド(「HUMANITY」エグゼクティブ・プロデューサー)とともに会いにいってお話ししたのが最初でした。

――デモの段階から「HUMANITY」というタイトルだったんですね。

中村氏:そうでうすね。「GUNTAI」で鳥の群体を再現することをテーマにしていたので、人間ならば人間の群れの動きのらしさみたいな感じで「HUMANITY」かな……? みたいな割と軽い思いつきで(笑)。


――見た目はゲームと同じように見えますが、内容としてはまだゲームではなかったんですね。

中村氏:はい、基本的な群衆の動きのロジックみたいなものは実装していて、群れが壁に衝突したり、群れ同士がぶつかりあったときに、どう干渉して元の列に戻っていくのかという、災害行動シミュレーションなどで見るような群衆の動きをより美しくビジュアライズしたような、技術デモに近いものでした。

水口氏:「HUMANITY」というタイトルの力も大きくて、「HUMAN=人間」ではなく「HUMANITY=人間性」だったのも、僕が惹きつけられた一つの理由ですね。テクニカルデモとしてこのまま終わってしまうには凄くもったいなくて、これはもっと多くの人の目に触れるべきだと思ったんです。

 僕もこれまでエンハンスとして他の作品のクリエイティブに関わることはありましたが、この「HUMANITY」は純粋にプロデューサーとして「これをいい形で出せるようお手伝いしたい」と思わされた作品でした。エンハンスとしても自分たちでタイトルを突き詰めるだけでなく、インディーのパブリッシャーとして素晴らしい才能や作品を世に送り出したいという方向性も決めていたので、勇吾さんの「HUMANITY」はその第1弾ということになりますね。


――そんな水口さんの熱意に対して、中村さんはどんなお気持ちでした?

中村氏:元々のプレゼンテーションも、この「HUMANITY」をインディーズ作品として何かしらの形でパブリッシングしてもらいたいことをアピールすることが目的だったんです。僕らの本来の仕事の合間に作ってちっちゃく出す手も考えたんですが、パブリッシャーの方にサポートいただいて、もっと洗練したいという気持ちもあって、最終的には水口さんみたいな面白いゲームを作ってきた人の目に留まればいいな、ぐらいの目標でいたら、いきなりラスボスから連絡が来たんです(笑)。それでご提案をいただいて「もう絶対頑張りますよ」、みたいな感じでご一緒することになりました。

――運命の出会いがあったんですね。とはいえ、テクニカルデモからプレイアブルなゲームを作ることに不安はなかったんですか?

中村氏:そもそもゲーム作りをやったことないので、何も分からないんですよ(笑)。僕はやったことがないことに対して「できるんじゃないか」みたいに考える楽天的なところがあって、この千載一遇のラッキーを生かさない手はないと思って即答したんです。それが後に苦労することになるんですが……(笑)。

――中村さんは本作で具体的にどのような役割だったんでしょうか。

中村氏:僕はゲーム全体の原案と、グラフィックス全般のアートディレクション、UI周りのディレクション、あとはストーリー執筆などですね。肩書きとしてはクリエイティブディレクター。あとは群衆を動かすおおもとのゲームシステムを担当したのがテクニカルディレクターの山、エンハンスの石毛さん(石毛英一郎氏:「HUMANITY」プロジェクト・マネージャー)にレベルデザインの構築をお願いしました。

 主だった役割を持ったコアメンバーはこの3人で、それに弊社とエンハンスさんからプラス12人ぐらいのメンバーが携わっていますが、彼らは職を専門化していなくて、ときにはプログラミング的なこともするし、ときにはデザイン的なこともするみたいに、いろんな人がいろんな意見を言って、入り乱れて作っていったというのが実際のところです(笑)。

抽象的だった世界観に犬を採用したことで、ストーリー性が見えてきた

――開発チームが結成されて、具体的にどのようにゲーム作りをしていったんでしょうか。

中村氏:僕も含め、弊社のメンバーはゲームとして作ったものが世の中に出て、どう受容されてどう評価されるのかを経験したことがないので、作るうえで何が大事で何が大事じゃないのか、価値観の付け所みたいなところまで、最初はまるで分からなかったんです。そこを見据えて、水口さんにはアドバイスをたくさんいただいて、色々な試行錯誤を繰り返していくと、「確かに以前よりもよくなった」みたいなことが多々あったんです。

 例えば最初のデモから大きく変わったこととして、主人公が犬になったことがあります。以前は人の群れの集団自体が操作の対象で、群れの中に魂が1つだけあり、それを中心に全体を動かしてステージをクリアしていくスタイルだったんです。コンセプト的には悪くない内容なんですが、プレーヤーがもう少し感情移入できるようなアイデアがないかと水口さんから提案があって、そこで「人々の外にいる超越的な存在」を用意することにしたんです。それがあの柴犬で、明確な主人公が登場したことで、ストーリーや世界観が見えてきたんです。

――最初にストーリーがあって、犬が出てきたのではないんですね。

中村氏:ストーリー自体は漠然としたものはあったんですが、曖昧で抽象的でした。そこに犬が加わってからは、じゃあこの犬は一体誰と対話するのかとか、どんな役目なのかとか、そういうことを示そうとするうちに、徐々に具体的なストーリーが見えてきたんです。


水口氏:勇吾さんはアイデアを出すとき、サラッと出してくるんですよ。実際には凄く考えていると思うんですけど、ミーティングで「犬はどうかなって思うんですけど」と言われたときに、みんなが「なるほど」って思って、そのハマり方がすごかったんです。

 「普段人間は犬を引き連れて歩いてますよね。でも犬が人間を引き連れて歩くって面白くないですか?」という感じで、犬が入ったことでまだその先ができていない「HUMANITY」というタイトルが結晶化されて、ストーリーやゲーム性にも膨らみを与えて、大きく回り始めた瞬間だったなと僕は思ってるんです。

 そういうアイデアをサラッと出せちゃうのが勇吾さんの凄さで、広告とかテレビ番組とか、瞬間的に人が惹きつけられる力みたいなものを生み出す能力が半端ない人だなって感じたんですよね。

 開発を続けてきた5年間で世界情勢でもいろんな出来事があって、そこに対する思いはゲームにも込められています。群衆の人々も最初の頃と比べると、髪型や肌の色とか、HeとかSheだけじゃなく、TheyとかThemが入っていたりと、5年間かけて少しずつ磨きをかけてきたことを改めて感じたんですよね。


――開発は5年もかかっているんですか? 私が見たメディアでは、2019年に情報が出ていて、2020年発売という情報がありましたが……。

中村氏:最初のデモでは2018年発売予定とか書いてましたからね、適当ですけど(笑)。「今作ってます! もうすぐ出ます!」っていう蕎麦屋の出前を5年続けちゃったみたいな……(笑)。

水口氏:年末になると群衆が「2019」とか「2020」の数字になる画を作ってTwitterにアップして、今年も延びましたって告知してましたから(笑)。





――(笑)。発売が延びた理由はどこにあったんでしょう?

中村氏:理由は色々あるんですけど、制作的なところであれば、プレーヤーがステージを作るレベルエディターの「STAGE CREATOR」と、それらを投稿・閲覧する「USER STAGES」を作るところの影響が大きかったです。レベルエディター自体を作るのも、ちょっとした3Dソフトを作るみたいな感じでしたし、それを使ってユーザーの方が作ったステージに対して、群衆が果たしてちゃんと動くのか、あらゆる可能性に対応していくことが大変でした。


 苦労の甲斐はあって、群衆が数千人レベルのスケールで動くことに対してはすごく満足いくものができたという実感はあります。ゲームの目的はパズル的に人々をゴールまでたどり着かせることなんですけど、単純に人々を動かして人々同士をぶつけ合ったり掻きみだしたりしているだけでも結構楽しくて、ゲームの根本としての気持ちよさみたいなものは作れたという手応えはありました。

――最初に遊んだときの、人々がいきなりステージの端からボロボロと落ちていくのは衝撃でした(笑)。落ちても大丈夫だというストーリー的な説明はあるんですけど、その概念に慣れていない冒頭は結構驚かされました。

中村氏:そこに関しては、放っておくと僕自身が刺激的な方向に走りがちで、人々がどう残酷に死ぬかみたいなことを考えてしまうんですが(笑)、水口さんは「そういうことじゃない(笑)」って指摘をしてくれて、人がボロボロ落ちていくことに対する違和感を残しながらも、プレーヤーの人がそれを認識してある程度あきらめがついたら、後は気持ちよくプレイできるようになるバランスを意識するようにしました。

 あと僕らにはゲームのレベルデザインの経験がないので、最初のデモ映像のようにぱっと見で人々が面白そうに動いている現象みたいなものを繋げていけば面白くなるだろうという発想でやっていたんですが、それだけではゲームとしては成立していなくて、そこでエンハンスの石毛さん入っていただいて、ゲームとしてどうプレーヤーを楽しませるかというレベルデザインの部分をすごくブラッシュアップしていただいたんです。

 群衆をゴールさせるだけなら簡単だけど、金色の「GOLDY」を全て連れていくとなると途端に歯ごたえが出てくるみたいな、そういうバランスは、エンハンスさんとのやりとりの中で生まれたものです。


――ゲームを進めると、ただ群衆を導くだけでなく、敵との戦いが発生するのも意外な展開ですね。

中村氏:「OTHERS」という、人の形をしているけど人とはぜんぜん違う人達がいて、互いに無関係なんですけど、両者はステージに存在するGOLDYが大好きで、その取り合いから始まっていって、その対立がどんどんエスカレートして戦いに発展するんです。

 最初のプレイはアクションパズルなイメージだったものが、後にそれが「バトルアクションパズル」みたいなゲーム性へと徐々に変わっていくところが面白いところなのかなと思っています。


――多少なりでもゲーム性が変わっていくゲームデザインを構築するのは大変ではなかったですか?

中村氏:作り方としては、人々が集まる群衆のシステムが最初にあって、そこからゲームのインタラクションとして可能性があるものを色々実装してみたんです。最初は流動的な人々同士のぶつかり合いで、その中にちょっとしたきっかけを与えると戦況が動くみたいなシステムを組んだりとか、思いつく限りのフィーチャーをテストしてみて、そこからゲームとしてまとまりそうなものをピックアップして実装したんです。ですのでゲーム性が変わるというよりは、数あるギミックの中から厳選したものが今の形なんです。

水口氏:時間をかけた分、そこに対する試行錯誤はたくさんやれたので、レベルデザインはよくまとまったと思います。純粋にゲーム視点で見ると、遊びのルールがたまに変わったりする動きがありながらも、プレーヤーが混乱せず、ポジティブに楽しみながら経験を重ねて、それがゲームが進めば進むほど生きていくような作りにまとめられたと思いますね。

 あともう一つ僕らが決断したものとしては、全ステージに解き方のヒントを見られる映像を用意したことです。どうしても行き詰まったときは、ゲームオプションからヒント映像を見てもらうことを推奨していて、最後まで行けないことは基本的にないようにしています。そこはもう自分との戦いで、「見れば簡単なんだけど、見ないでクリアしたい」という欲求は誰の中にもあるので、そこをギリギリまでくすぐられるんです。もし見てしまったとしても、悔しいなと思いつつ、次は見ないでやろうとか、そういう遊び方ができるんですよね。


中村氏:エンハンスの皆さんとゲームを開発して印象的だったのは、とにかくユーザーテストをまめにやって、それを逐一反映させていたことですね。テストで「ここはちょっとイヤかも」と感じたところを全部書き出してもらって、それをどんどん打ち消してくという作業を地道にやられていたのが本当に凄くて、置いたアイテムを消さずにリトライができる要素とかは、このユーザーテストのプロセスの中でできたものですからね。

水口氏:確かにうちはユーザーテストを大事にしてますね。新しいフィーチャーを入れたら必ずテストして、気持ちの悪いところを潰していくということに力を入れています。

――今年2月には期間限定DEMOを配信されましたが、反響はいかがでしたか?

中村氏:長い間作っていると、自分達が作っているものが本当に面白いかどうか、客観視ができなくなるんですよ。なので「ボロクソに言われなければいいか……」ぐらいに考えていたんですが、皆さんの反響を見る限りは、楽しんでいただいていた方が多かったようです。

 印象的だったのは、今のSNS 時代は多くの人が、人の集団的な動きを俯瞰して見る目線を持ち始めていて、人々が何かしらの秩序で動いているのを見ると、勝手に意味を見出してくれるような感覚があったんですよ。こっちがそこに込めたもの以上の何かを汲み取ってくれていて、「ああ、そういう捉え方もあるんだ」と気づかされた面白さがありました。結果として、あのDEMOの配信はやってよかったと思いました。

VRならではの立体感を生かした演出を導入。人の声をサウンドへと昇華した音作りにも注目

――本作はVRにも対応しています。いわゆる周囲を眺める没入型ではなく、対象を俯瞰して見る箱庭型の視点で、ステージの全てを自在に眺められるようなプレイスタイルでしたが、なぜこの仕様にしたのでしょうか。

中村氏:とりあえず一度VRで見てみようと、あまり深く考えずに作ってみたんですが、VRタイトルっていわゆる空間全体に没入することが主題になっているものが多いんですけど、奥行き方向への開放感があって、前後に細かく整列しているものを高い解像度で立体的に見られますよね。こんなに細やかに立体感を味わえるのなら、そのよさを生かそうということで作ってみたのが今の仕様で、水口さんにも「新鮮でいいね」って言っていただいたんですよね。


PS5版のPSVR2でプレイ時のゲーム画面

 実は僕が昔からずっと一番好きなVRのコンテンツが「Google Earth」で、上空からからミニチュアみたいになった六本木ヒルズを眺めたり、地形の微妙な高低差なんかを感じらながらボーッと見ているのが好きで、その感じに近いかもしれません。

水口氏:みんなが予想するVRの楽しみ方とはちょっと違った切り口で、神様のような俯瞰視点で遊べるのは新しいですよね。

――ゲームのサウンドも結構印象的なものでしたが、こちらはどなたが手がけたのでしょうか。

中村氏:サウンドはJemapurさんというミュージシャンで、彼が出したアルバムが一時期うちの事務所でずっとかかりつづけていたほどハマっていて、それがお願いするきっかけになったんです。

 彼はサウンドプロダクションをもの凄くこだわり抜く人で、今回の「HUMANITY」をというタイトルから、「ゲーム中の全ての音を人の声で作れないか」とお願いしたんです。人の声のサンプリングを引き伸ばしたり変形したりして、「人の声を使った楽器」を作って、それですべてを構成しているんで、シンセの音っぽく聞こえるものも、ちょっとだけ人の声の成分が残ってるんですよ。

 音の9割ぐらいの音は人の声由来で、SEもまた然りで、ステージクリアをしたときの音とかも、よく聴いてみると人の声を加工したもので。

――えっ、そんな秘密があったんですか!? 気がつきませんでしたが、意識して聴いてみると面白そうですね。

中村氏:人の声を音にするという発想は、スタジオジブリ映画「風立ちぬ」が元になっているんです。飛行機のエンジン音とかのSEを人の声で作っていて、それと同じように人の声で音楽を作ってみたら面白そうと考えて、それができるのはJemapurさんだけだなと思ってお願いしたんです。


――元となる声は誰か決まった人だったんですか?

中村氏:はい、細井美裕さんというアーティストで、ご本人も自分の声を楽器のようにして作品を作っている方です。たまにJemapurさん自身の声も入っていて。

――サウンドは満足いくものができました?

中村氏:はい、僕がお願いした倍返しぐらいのクオリティになっていましたね。

いつどの瞬間にどの角度から見ても気持ちよさが途切れない作品に

――ゲームがこの5月にいよいよ発売を迎えますが、初のゲーム開発に挑戦した手応えはいかがでしたか?

中村氏:開発はほぼ終わっているとはいえ、実際にはまだ発売してないですし、感想とかもいただいていないので、一周はしていないんですけど、ここまではただただ大変だったというのが正直なところです。

 ゲーム作りは僕がやっているデザインとジャンルは違うんですが、作業はちょっと似ている気がしたんです。さっき話したように、不快な部分や悪目立ちしているところを削っていくと、ずっといい状態が続くみたいな手応えがあったんですよね。もちろんベースの面白さとか、全体の起伏みたいなものも大事なんですが、ちまちまと嫌なところを潰していくことでたどり着く気持ちよさや心地よさみたいなものは共通しているなと思って。

 僕は本業ではビジュアル的なデザインをしていて、普段はタイポグラフィの配置とかをああでもないこうでもないと言いながら作業をしているんですが、ゲームデザインもユーザーの声を聞いて悪いところを潰してブラッシュアップしていく手順は基本的に同じなんだということを実感しました。


――「HUMANITY」の次となる作品をまた作ってみたいですか?

中村氏:しばらく旅に出て、考えようと思います(笑)。でもやっぱり、僕らが普段取りかかっているメディアデザインの世界って、ゲームの世界と境界線が曖昧なところに近づいていて、水口さんはゲームをそういうところに持ってくる筆頭みたいな方ですからね。

 僕も多摩美術大学のデザイン学科で先生をやっているんですが、アートフォームとしてゲームはまだ認識されていることが少ない印象があるので、ゲームの中のクリエイティビティが他のジャンルと刺激し合うことがあればいいですよね。

――そんなお話を踏まえて、最後に本作についてアピールをお願いできますか。

中村氏:ゲームとして楽しんでほしいというのもありますけど、いつどの瞬間にどの角度から見ても気持ちよさが途切れない作品にしたいと考えながら作ってきたので、いろんな切り口から楽しんでいただきたいですよね。お酒でも飲みながらただ画面をぼーっと見ながら遊んでみるとか(笑)、そういう感じで。

――水口さんは中村さんとお仕事をして、改めていかがでした?

水口氏:最高に楽しくて、本当にやってよかったと思いました。勇吾さんの才能自体がゲームをデザインすることに凄くマッチしていて、体験のデザインや設計をすることがシンクロした部分が多いんです。レベルデザインという流れの中で体験を紡いで、そこにストーリーや達成感を織り込んでいくという作業は、勇吾さんにとっては初めてのことでしたが、一つ一つの体験設計は100点といえるぐらいよくできていて、それをエンディングまで導くために、我々エンハンスがどう設計すればいいかサポートさせてもらった形ですよね。

 ゲームにとってレベルデザインは非常に重要で、それが失敗すると、見た目には新しいけど遊んでみるとイマイチっていう評価になってしまうので、僕らとしては絶対にそうならないように、最後の最後までできるだけ多くの人が遊べて、感動できるものを設計して、それが凄くいいはまり方をしたと認識しています。勇吾さんのチームと我々エンハンスのチームで互いに得意なところを煮詰めて、勇吾さんの持ち味もちゃんと入りきったという手応えがあって、そういう意味では凄くプロデューサー冥利に尽きるプロジェクトだと実感しました。

 ネタバレになるのであまり多くは語りませんが、この「HUMANITY」というタイトルは最初から最後まで「HUMANITY」で、このタイトルのおかげでチームの皆が良い意味で苦労も重ねてきました。


 これは勇吾さんの受け売りなんですが、人間って1人ずつは皆いい人なんだけど、集団になるとおかしなことが起こることがありますよね。その極みが戦争なんですけど、そういったことも含めてHUMANITY=人間性というものをこの作品でどう表現するか、どう感じてもらうかを考えたら、犬が出てきてOTHERSという勢力も出てきて、それを繋げていくストーリーが生まれて。その中には僕も勇吾さんもここでは語っていない、今の世の中を騒がせているいろんなテーマなども隠れていて、それはこのゲームを遊んだ人にしか分からない感動になるんです。

 群衆が動く様子は見た目には派手ですけど、その積み重ねの中にあるものを体験してもらうと、「なるほど」と心に染み入るものがあると思います。僕の願いとしては、ヒントビデオを見てもなんでもいいので、とにかく最後までやっていただきたくて、その体験を味わった人口が少しでも増えたらいいなと願うばかりですね。

――ありがとうございます。発売後のプレーヤーの反応なども含めて、楽しみにしています。