インタビュー

【完成版】宮本茂氏「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」インタビュー

映画作りの中で光るゲーム作りの経験。宮本氏が映画で目指したものとは?

【ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー】

4月28日 全国ロードショー

 今月28日、任天堂が世界に誇る「スーパーマリオブラザーズ」シリーズを原作とした長編アニメーション映画「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」が日本国内で公開となる。先に公開された北米では2週連続で週末興収1位を獲得するなど大ヒットを見せているだけあって、本作の公開を首を長くして待っているファンも多いことだろう。

 4月19日、映画の公開に先立ち、任天堂の代表取締役フェローである宮本茂氏へのインタビューセッションが都内で開催された。宮本氏はプロデューサーとして、立ち上げの段階から今回の映画製作に関わり、「怪盗グルー」シリーズでおなじみのILLUMINATIONと共同で本作を作り上げた。本稿では、そんな宮本氏に映画製作の秘話やクリエイター論について伺った濃密なインタビューの模様をお届けする。

宮本茂氏
【『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』最終トレーラー(吹替版)】

ゼロから完成まで取り組んだ今回の映画制作

――「マリオブラザーズ」が発売されてから今年で40年が経ちますが、なぜこのタイミングでマリオの映画を作るに至ったのでしょうか?

宮本氏: 僕らは映像コンテンツの制作自体にはかなり前から取り組んでいました。任天堂が制作するマリオの映画、という意味では確かに本作が初めてですが、これは僕がもともと「マリオはデジタル技術の発展と共に進化していくべきであり、ゲームしか作らない」という考えを持っていたからです。僕らは新しいハードが完成するとその度に趣向の違うマリオのゲームを作っているので、次にどんなマリオのゲームを作るか分からない。そのため、映像作品の中で設定が追加されることでゲームが制限を受けるのが嫌だったのです。例えば映画の中で「マリオには身長の低い妹がいる」という設定が追加されてしまうと、身長の高い妹がいた方が面白くなるゲームを開発するときに困るじゃないですか。

 しかし、これではゲーム機を持っていない人にはマリオを届けられません。これからも任天堂のIPを育てていくためにはゲーム機の外へ飛び出ることも必要だと考え、数年前からマリオのモバイルゲームや映画作品にも着手し始めました。映画の制作にあたっては、誰かから出資を受けると自分たちの自由に作品をつくれないので、任天堂自らが制作するかたちで本作を作り始めた、という経緯になります。もう7年程前のことですね。

――任天堂は今回の映画制作にどの程度関わっているのでしょうか?

宮本氏: スタートから全ての過程に関わっています。僕とILLUMINATIONの最高経営責任者であるクリス・メレダンドリさんが全て決める権利を持っていましたから、最初から相談しながら作っていました。

 もちろんアニメーション制作の多くはILLUMINATIONが担ってくれていましたが、任天堂でもキャラクター制作やデモシーン制作に経験がある社員を集めて「映画プロジェクト」チームを結成し、毎週会議を行っていました。我々は映画作りに関してはプロではありませんので、あくまでもマリオに詳しい観客としての目線を提供していこうということで、「ここでヒップドロップをしてはどうか」とか「クッパを振り回して投げてはどうか」といった提案を積極的にしていました。

――映画を制作するにあたって、なぜクリス・メレダンドリ氏率いるILLUMINATIONとタッグを組むことに決めたのでしょうか?

宮本氏: 僕が初めてクリスさんとお会いしたとき、彼とはモノづくりにおける優先順位が似ていると感じたからです。

 たとえば僕はゲーム制作においていつも、完成から発売するまでの間にスタッフを集めて反省会をするようにしています。というのも、ゲームが発売されて結果が出る前に、上手くいかなかったことを振り返っておきたいからです。

 発売してもし売れたとなったら、失敗や反省などどうでも良くなってしまいます。でもその前に、傷に塩を塗るくらい失敗を見つめておくと、やり残したことは何か、次は何ができるか、そういったものが出揃います。続編のネタも、大体ここで出るんですよね。なので、売れ行きによって右往左往しなくもなります。これは、モノづくりにおいて非常に重要な心構えです。

 これまで任天堂のIPを映画化したいという話はたくさんあったんですが、どのプロデューサーも大体「私なら業界随一のクリエイターたちをたくさん知っているから是非任せてくれ」といったプレゼンをするんです。クリスさんはそうではなく、自分が失敗したときの話をしてくれたんです。こういう人はなかなかいないなと。彼は過去の失敗からちゃんと学べる人で、それを知った時に、ILLUMINATIONと映画を作りたいと思いました。

クリス・メレダンドリ氏(左)と宮本茂氏(右)

交差するゲームづくり経験と映画製作

――今回の映画を制作するにあたって意識したことは何ですか?

宮本氏: マリオの映画を見に来る人たちが何を求めているかを考えた時、やっぱりアクションシーンだと思いました。皆さんがゲームの中で経験したアクションがより本当に感じられるように、アクションシーンはとても大事に作りました。

 はじめの内は、せっかく映画を作るのだから映画らしいアクションシーンを作らなければいけないと考えていたんですが、入り組んだ背景や複雑なカメラワークを使ってしまうと、どういうアクションをしているのかが分かりにくくなってしまうということに気が付きました。

 横井さん(横井軍平氏。任天堂にて「ゲーム&ウオッチ」や「ゲームボーイ」を生み出したゲームクリエイター)も言っていたのですが、僕らはゲーム制作において常に、横で見ている人も分かりやすいような画面づくりを意識していました。「横で見ている人が、『代われ!』って言うのが大事なんだ」と。ゲームが3Dになってからもできる限り努めてきた部分ですが、これは映画でも一緒でした。

 映画の冒頭には往年の「マリオ」ゲームのように、横スクロールでアクションするシーンなども登場するのですが、アクションシーンはむしろゲームに近くてもいいのかなってそこでみんなで割り切れたんです。映画にアクションシーンはたくさん登場しますが、見た目の分かりやすさはゲームに近い感覚で作っています。

 それから、家族で一緒に映画館に行って子供と大人が一緒に楽しめる作品を作りたいという想いもありました。そう考えた時、やはりこの映画は根っから明るい作品でなければならないと思い、とにかく楽しい1時間半を過ごしてもらえるように意識しました。

 先に公開した北米では、お父さん世代の観客が涙しながらこの映画を見たと言ってくれることがあるんです。僕らとしては泣ける映画を作ろうとしたわけではないですが、子供の頃に遊んでいたマリオがスクリーンで動いているのを見ると感動するのだと思います。そういう反応をいただくと僕らとしても嬉しいしありがたいですね。

――映画の中で宮本さんがお気に入りのシーンはありますか?

宮本氏: 本当だったら「全部です」と言いたいところですが、ひとつ挙げるとしたらエンドクレジットですね。なんといっても音楽が素晴らしいんです。おなじみのマリオの音楽が素晴らしくアレンジされていて、その上アニメーションも非常に凝っています。最後の最後まで見ていて楽しいと思いますよ。

――今回の映画ではおなじみのキャラクターたちにそれぞれ新しい設定がありますが、これらはどのようにして生まれたんでしょうか?

宮本氏: これは僕が最初のころにクリスさんに言った言葉でもあるんですが、ゲームの映画化って大体面白くならないんですよ。なぜならゲームとはインタラクティブなものであり、物語はプレイヤーの中で自然と出来上がっていきます。そしてクリエイターである僕らはプレイヤーがどんどん動きたくなるような工夫をします。例えば「なんでピーチ姫はいつも助けられる側なのか」といった意見があったりしますが、ピーチが自分で城から逃げたらゲームになりません(笑)。ゲームを成立させるために必要な要素、というものがあるわけです。

 これに対して映画は全く逆で、脚本側で観客を裏切るような展開を用意したりして、能動的に観客を引っ張っていかなくてはならない。そういった展開を用意するためには、キャラクターの造形も深く作り込まなければいけません。そうしてアイデアを膨らませたのが、今回のキャラクターたちになっています。例えばピーチ姫は、本作の中ではただ助けられる存在ではなく、キノピオたちを守るために戦うお姫様です。

 その中では映画ならではの発明がいくつかあって、それがキノコ王国とピーチ姫の関係です。王国だけど王様がいないということは、王様は亡くなったことにしないといけないのかな、なんだか複雑で難しいなと思っていたら、脚本のマシュー・フォーゲルさんがうまく説明づけてくれたんです。このマシューの発明で、長年の謎がスッキリしました。

勇ましく描かれているピーチ姫(右)

――クッパがピアノを弾きながらピーチに対する愛を歌い上げるシーンは特に印象的でしたが、どのような経緯で出来上がったのでしょうか?

宮本氏: あれはもともとILLUMINATIONの提案でできたシーンです。英語版のクッパの声を担当してくれた俳優のジャック・ブラックさんがとてもノリノリで、スタッフと一緒になって歌を作ったそうです。

 クッパの造形に関しても沢山議論をしまして、僕らの想いは、ただの極悪人ではなく、どこか人間味のある憎めないキャラクターにしたいというものでした。ILLUMINATIONは、最初は「悪役はかなり極悪じゃないと観客が感情移入できない」と言っていたんですが、いろいろと試すうちにピアノを弾いていたり、歌を作っていたりして、どんどん現場主導で緩んでいきました(笑)。こちらから怖いクッパに演出し直した場面もあったくらいなんですが、ピーチとクッパの2人は本当にキャラクターとして成長したなと思います。

クッパ

――登場キャラクターの中でも特に主人公のマリオの造形描写、ブルックリンの配管工としての暮らしからキノコ王国にたどりつくまで、その過程が詳しく描かれているのが新鮮でした

宮本氏: これに関しては実はもともとあった設定なんですよ。マリオとルイージはニューヨークのブルックリンに住むイタリア系移民で、配管工をしているうちにキノコ王国にたどりついた、という設定は関係者の中では共通認識として以前からあったんです。なので映画を作るにあたってもこの設定を活かそうと思っていました。

 マリオの家族を登場させたのは今回の映画が初めてですが、実は劇中に登場するマリオの両親なんかは、20年以上前に小田部羊一さん(「スーパーマリオブラザーズ」のキャラクターデザイン監修などで知られるアニメーター、キャラクターデザイナー)と一緒に作ったスケッチがもとになっているんですよ。

 イタリア系移民というとやはり家族が多いイメージですし、ニューヨークの都会にマリオとルイージが二人だけで住んでいるというのも中々考えられませんから、昔からマリオの家族を作るというのは課題のひとつだったんです。今回正式にマリオに家族ができたことによって、マリオというキャラクターが一層リアルな存在になったと思っています。

――日本の舞台挨拶では今回の映画を経て「マリオがひとりの人間になった感覚を得た」と語られていましたね

宮本氏: はじめはマリオが大きなスクリーンに映し出されることに対し「大丈夫かな?」と感じている部分もありました。しかしILLUMINATIONのスタッフたちとよく相談しながらキャラクターを練り上げていくことで、昔自分が8ビットで描いていたマリオがやっとひとりの人間になったんだと感じました。

 そもそも僕は子供のころずっとNHKの「ひょっこりひょうたん島」が好きで、人形作家に憧れていたんです。そして任天堂に入ってから、はじめはコイン投入口やコントロールパネルのデザインをしていたんですが、ある時「ドンキーコング」のドット絵を描くことになりました。すると、ゲームの中で自分の描いた絵を動かせる、アニメーションを作れるということに気づき、ここでなら長年の夢が叶えられるかもしれないと思ったのを覚えています。そういう意味でいえば、今回実際にマリオがアニメーションになることで、自分の夢が一つ叶えられたような感じがしますね。

世界中のマリオファンに助けられて今回の成功がある

――日本語吹き替え版の脚本は独自に作られたと聞きましたが、これはなぜですか?

宮本氏: 実は僕はもう十年以上、社内の「朝ドラ評論家」として有名なんです。毎朝NHKの朝ドラをチェックしては、ここのシーンが素晴らしいとか、なってないとか、そんなことを周りの人に言っているんです。嫁さんにはあまりにうるさいから「どっか他でしゃべって」と言われているくらい(笑)。

 そこで気づいたことがひとつあって、僕が面白いと思う朝ドラはセリフ回しがうまいんです。アドリブが上手く使われていて、自然な会話になっていると良い。なので今回の映画製作に関しても、日本語版の脚本は僕が監修をして日本独自のものを作ろうという提案をして、収録や編集まで立ち会ってこだわって作り上げました。

――劇中にはいたるところにファンの心をくすぐるトリビアが仕込まれていましたが、これらはどのようにして作られたのでしょうか?

宮本氏: 今回映画製作をして本当に実感したのは、世界中のあらゆる業界に任天堂ファンの人がいるということです。本作の制作陣でいえば監督やアニメーターたちはみんな任天堂ファンで、僕が知らないようなゲームのことまで詳しく知っている。だから僕らがあれこれ説明する前から細かいネタを脚本に取り入れてくれたんです。

 例えば劇中にはマリオの商売敵として「レッキングクルー」からスパイク(旧名ブラッキー)が登場したり、マリオがよく行くピザ屋の名前が「パンチアウト」になっていたりと、多くのトリビアが仕込まれていますが、その多くはアニメーターたちから提案されたものです。むしろ僕らの方が後から資料を探して調べていたくらい(笑)。ファンの方には是非こういった小ネタを探してほしいです。

――日本に先駆けて映画が公開された北米では素晴らしい興行成績を記録していますが、これに関してはどう感じていますか?

宮本氏: ラッキーそのものですよね。僕が思うに、この世の中には良い作品はごまんとありますが、そのほとんどは埋もれてしまいます。現代ではインターネットが発達して誰もが発信をできるようになったので、なおさらこの傾向が強い。しかしそんな中でも何とか人に気が付いてもらえる作品を作ってきたのが任天堂という会社の歴史だと思っています。

 今回の映画に関していうと、最近になってまた北米でマリオブームが再燃しているという感覚はありました。僕は渡米する時、税関で色々聞かれるのが面倒なのでいつも自分から「マリオを作った人だよ!」と言うんです、それで大体通してくれました(笑)。

 でも最近は同じように言うと、「最近ニンテンドーワールドがオープンしたよね!」とか「最近マリオのレゴ売れてるよね!」といった話題で盛り上がってしまいます(笑)。世代が一巡りして、みなさんが家族ぐるみでマリオを楽しんでくれているんだなという実感がありました。そういったことも追い風になって、今回の成功があるのだと思います。

――任天堂は今後も映画を作っていきますか?

宮本氏: 昨年には「ニンテンドーピクチャーズ株式会社」も設立しましたし、今後も映像コンテンツ事業には取り組んでいくつもりですが、現段階で具体的な計画があるわけではありません。今はまず「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」をなるべく多くの方々に楽しんでいただきたいですね。