レビュー
「GINKA」レビュー
かわいいヒロインとのキャッキャウフフだけでは終わらない「ATRI」タッグの新作ノベルゲーム
2023年10月25日 00:00
- 【GINKA】
- 発売元:フロントウイング
- 開発:フロントウイング
- ジャンル:ノベルゲーム
- プラットフォーム:PC
- 発売日:10月26日
- 価格:3,278円
亡くなったと思っていた人に再会できるという体験は現実ではあり得ないからこそ非常に甘美である。それ故にフィクションで描かれるこのようなお話は特別感があり、この先に何らかの代償があるのではないかと感じてしまう。
数々のアドベンチャー作品を手掛けるフロントウイングより発売される「GINKA(ギンカ)」はPC向けのノベルゲームである。物語の舞台となるのはひめ島と呼ばれる離島で、神隠しにあったヒロイン・銀花を中心とした物語が展開される。昨今、日本のノベルゲームはやや衰退気味であり、とくにシナリオを重視した新作のリリースは月に1、2本といったところで、過去の名作がリメイクされたりといい話がない訳では無いが、やや寂しい状態である。
そんな中、発売される「GINKA」は2020年に発売されたノベルゲーム「ATRI」を手掛けたタッグが贈るタイトルとなっている。こちらはPC向けに発売された後、各種プラットフォームへの移植され全世界で30万本の売上を達成し、アニメ化も決定しているなど、異例の人気を獲得した作品だ。「ATRI」は主人公の少年とロボット少女との出会いを描く作品だったが、本作「GINKA」は再会したヒロインとの過去になにがあったのかを中心とした話の構成となっている。「ATRI」を意識した要素は随所に存在するが、異なる作品として捉えたほうが良い。
そのため「GINKA」は「ATRI」らしさを感じさせつつ別の魅力が詰まった作品で、ヒロインや友人たちとの楽しい夏休みだけでは終わらないストーリーが展開される。
正直、事前の知識0で遊んでほしい作品ではあるが、本作の魅力について極力ネタバレをしない形で解説していく。物語については基本的に序盤の展開について触れ、ゲーム内の画像も主にその部分のものを使用する。ギンカのかわいさあふれる本作を購入しようか決めかねている人は参考にしていただけたら幸いだ。
本作が生まれるきっかけにもなった「ATRI -My Dear Moments-」について
まずはじめに本作「GINKA」を紹介する前に2020年に発売されたノベルゲーム「ATRI -My Dear Moments-」について紹介する。さかのぼること2019年12月、アニプレックスのノベルゲーム製作を行なう新ブランドANIPLEX.EXE(アニプレックスエグゼ)が発足された。アニプレックスはこの時点でビデオゲームの販売にも携わっており、そんな中、あえてこの時代に“ノベルゲーム”のブランドが設立されるということに筆者も驚いた。
そんなANIPLEX.EXEの発足と同時に発表されたのがフロントウイングと枕の共同制作による「ATRI -My Dear Moments-」とライアーソフト制作の「徒花異譚」という2タイトルだった。
当初はPC専売タイトルという形でリリースされたが、Android/iOSといったスマートフォン向けにリリースされたほか、Switchでの配信も開始。その後、「ATRI」については初回限定版にゲーム本編のディスクが付属するサウンドトラックが発売されたほか、コミカライズ版も連載をスタート。さらには2024年にアニメ化も決定しているなど、成功を収めた作品である。
大まかなあらすじとしては海面上昇が進む世界で主人公の斑鳩夏生(いかるがなつき)は海辺の田舎町へと帰ってくる。借金を返済するべく潜水艇で祖母が残した遺産を探索をしていたが、そんな中、海底でロボットの少女・アトリと出会う。感情豊かなアトリと夏生との物語が展開されていくが、2人の恋愛が描かれるだけというわけでは決してない。アトリが時折見せる意味深な行動や、本来はロボットが取るはずのない行動を取るなど、物語に深みを生み出す謎も散りばめられており、ストーリーが進むに連れてそれらの謎についても明かされることとなる。
そんな「ATRI」は制作にフロントウイングおよび枕。企画・シナリオはシナリオライターの紺野アスタ氏、原画およびキャラクターデザインはゆさの氏と基4(もとよん)氏が担当している。
今回、満を持して発売される「GINKA」においても紺野アスタ氏とゆさの氏のコンビによる最新作であり、制作にもフロントウイングが携わっているなどかなり関わりが深い。音楽も「ATRI」と同じく数々の美少女ゲームに携わってきた松本文紀氏が手掛けており、「ATRI」をプレイして楽しかったと感じた人には、ピンとくる制作陣が勢ぞろいしている。
個人的に「ATRI」は発売当日に購入し、前述したサウンドトラックも予約して購入したほど個人的にハマった作品である。そんな作品を手掛けたコンビの新作がリリースされることを知ったときには心の中で小躍りした覚えがあるが、ここからは制作発表から約1年の時を経てついに発売となる「GINKA」の魅力を余すことなく紹介していこう。
ヒロインの正体と主人公の過去を中心に展開される「GINKA」のストーリー
本作は主人公の青羽流星がフェリーで物語の舞台となるひめ島へやってきたところからスタートする。流星は幼い頃、両親とともにひめ島で生活をしており、そこでヒロインとなる銀花と出会った。銀花は島の名家である四ノ宮家の娘であり、古くから伝わる儀式を執り行なうため学校にも行けずに練習に明け暮れていた。そんな中、とあることから主人公と出会いをきっかけに逢瀬を続けていく。幼いながらも恋心を抱いていた2人は夏祭りの日にりんご飴を一緒に食べようと約束するも、祭りの儀式で銀花は神隠しにあってしまう。主人公はそのショックから島を離れて本土で暮らすこととなるが「もしかしたら銀花とがひょっこり帰ってきているのではないか」という気持ちがあり、夏休みを利用してひめ島に帰ってくる。
ひめ島の神隠しにあうと基本的に帰らぬ人となる。それ故、銀花が帰ってくるということはありえないのだが、主人公にはとある理由があり、この夏までに銀花ともう1度会いたい理由があった。
島に返ってくると成長した幼馴染や当時の先生とは再会できたものの、当然のごとく銀花はいない。かと思われたが、そんな流星の前に5年前の幼い姿のギンカが現われる。5年の月日が過ぎているため、主人公や幼馴染たちは当然成長しているが、ギンカは何故か幼い姿のまま。さらに、流星以外にはギンカは見えていないことも判明。そんな不思議な出来事を解き明かすべく主人公とギンカの生活が始まる。
序盤からかなり謎が散りばめられており、その中でも物語の中心となる「ギンカは何者なのか」という点が本作の大きな軸になっている。死んでしまったと思われていた人と再び会えるというのは実に情緒的だ。現実ではありえないことを描けるのが物語の強みであり、良さである。さらにそれが好きだった人だとしたらなおさらで、筆者なら一生このままでもいいと思ってしまうだろう。一方で、何故か幼い姿のギンカが現われたのかという点は主人公としてもプレーヤーとしても実に気になる点であり、その理由を探すべく流星はひめ島に滞在する。
ギンカは神隠しにあった当時の姿なので学年でいえば小学5年生。一方の主人公は高校1年生だ。当然、まわりの大人は2人だけで寝泊まりすることを許さず、ギンカは先生が一時的に預かってくれることとなった。しかしながら駄々をこねて流星の仮屋に戻ってきてしまったり、料理作った際には文句を言ったりととにかくかわいい。主人公もギンカのかわいさを理解しており、年上ながらも振り回されている感がとても微笑ましく、ニヤついてしまう場面が満載だ。
物語を彩る流星とギンカ以外の登場人物たち
主人公の流星とギンカ以外の登場人物たちも紹介していく。まずは中学生の海野ひまわり。島には学校が1つしかないため、同じ学校に通っている。流星が島に帰ってきた際に一番最初に再会した。ボケもツッコミも両方こなす元気な女の子で、困ったときに主人公を助けてくれるいいヤツである。
「年上キャラ」として登場するのは涼代リン。主人公の2つ上となっており、すでに高校を卒業しているが、ひまわりと同様に学校などによく出没する。
お次はメガネ男子の七守草二。サブキャラクターの中では主人公と同い年で真面目な性格。主人公のことを敵対視する場面も多々ある。唯一の男キャラクターであるがあまり相棒キャラのような立ち位置ではない。
みんなには先生と呼ばれる荒羅伎なずなは小学校の教師を務める人物。流星が子どもの頃の担任の先生でもあり、作中では学校でのエピソードが多いため、かなり登場する。見た目通りのおっとりとした性格だが、ボケをこなす人物でもある。
最後に物語の鍵を握る謎の少女。髪の色や服装の雰囲気など明らかにギンカに似た見た目をしているが、正体不明の人物。ギンカとともに物語の鍵を握る人物である。
立ち絵が登場しないキャラクターも存在するが、基本的には流星とギンカに加えこの5人が中心となり物語が進む。登場人物を絞ることで各キャラクターへの掘り下げがしっかり行なわれる。各々の行動原理がうかがえるため、個人的には作中の登場人物は多すぎないほうが好きだ。
作中ではあまり話が重くならないよう、ギンカのかわいいシーンが挟まったり、主人公やひまわりたちが小ボケをしたり、夏らしい展開が盛り込まれていたりと、多くの工夫が盛り込まれている。そのため、これまであまりノベルゲームを遊んだことがないという人も引き込まれる構成になっているように感じた。SDイラストを使った演出も数カ所盛り込まれており、これも良い。
また、本作ではギンカが現われた理由だけでなく、主人公の過去も物語を形作る上での重要な軸になる。基本的には主人公の目線から物語が描かれるが、主人公の過去について序盤はあまり明かされない。この2つがじっくりと明かされていく形だ。
CGのクオリティはどれも一級品。SDイラストや音楽など本作の演出面
本作の注目要素として欠かせないのはギンカの可愛さと美しさあふれるCGにある。この点については実際にゲームをプレイして登場する演出とあわせて見てほしいという個人的な思いもあり、あまり掲載していないが、序盤からギンカを大きく描くCGが多い。ノベルゲームのCGの多くは画面の比率に合わせて横長の長方形だが、その形状を活かしてスペースを余すことなく使った迫力のイラストが数多く用意されている。
夕方の美しいライティングだけでなく、月明かりに照らされた夜のシーンを描くCGも非常に綺麗だ。夕方はオレンジ色の光を描いているが、夜は青白い光を1枚のCGで表現しており、ノベルゲームならではの魅力であり、それをありありと感じさせる仕上がりになっている。
なお、このあと1枚だけ公式ページでも公開されていないCGを入れているため、ゲームをプレイして感動を味わいたいという人は本作をクリアしてから改めて読みに来ていただけたら幸いだ。
また、ノベルゲームにおいてSDイラストはそこそこ取り入れられる演出方法であり、アクションシーンなどを見せる際にキャラクターの等身を低くしたイラストとして描くことで、よりコミカルにそのシーンを見せることができる。本作においてもそういったシーンでSDイラストが盛り込まれており、ギンカの可愛い動きが余すことなく楽しめる。この際、SDイラスト1枚で完結させるのではなく、キャラクターの動きがわかる差分があるため、転げ回るシーンなど、見せ方が難しいシーンを上手に表現しているように感じた。
加えて音楽についても言及したい。本作では数多くのノベルゲームに携わる松本文紀氏がオープニング曲やゲーム内楽曲を手掛けている。本作の世界観に合った落ち着いた曲が多数用意されているほか、緊迫感あふれるシーンを際立たせる曲などもあり、本作の魅力をより一層引き上げていると言えるだろう。個人的にはタイトル画面でも用いられている「夢の繭」、日中の穏やかな空気感を感じさせる「向日葵とバイク」、加えてゲームをクリアしてから聞くと感慨深い「約束のあの日へ」が特に好きだ。これらの曲はゲームクリア後にタイトル画面から好きなだけ聞くことも可能になっている。
長いようであっという間な“夏休みらしさ”を感じる一作
作中で描かれるひめ島でのストーリーはとても温かく、同時に不思議だ。ギンカと仲間たちと過ごす夏休みはとっても楽しく。永遠に続いたら良いのになとも感じてしまう仕上がりである。しかし、物語には終わりが必要で、ストーリーを読み進めるにつれて伏線が回収され、終わりが近づいていることをひしひしと感じる。
筆者はメモを取りつつ少しゆっくりプレイしてクリアまで約11時間だった。ボイスをすべて聞きゆっくり読んでも15時間ほどで終わるだろう。終盤は視点が切り替わるなど話の構成がやや複雑になっており、人を選ぶ作品であるようにも感じるが、ギンカの可愛さと巧みなストーリー展開によって最後まで一気にプレイしたくなるはずだ。
もちろん職業によって大きく異なるとは思うが、学生の頃に比べ大人になると夏休みは大幅に短くなる。そのため、大人の夏休みなんてあってないようなものだが、「あの頃の夏休みって楽しかったよね」という気持ちを改めて思い出させてくれる作品だったと感じている。今回レビューを引き受けることになり、スクリーンショットを多めに撮りながらプレイしていた。その際に撮った画像を見ながらこのレビューを執筆しているが、それがさながら思い出のアルバムのようで感慨深い。
作中には選択肢が出てくるため物語は少し分岐するが複雑ではなく、物語のボリュームもほどほどな長さになっているので、あまりノベルゲームを遊ばない人も遊びやすいかと思う。加えて、フロントウイングの作品を遊んできた人にはビビッと来るお約束的な演出もある。筆者はこの演出が出てきたときに思わず声が出た。2023年は名作と呼ばれるノベルゲームが数多く発売された年だが、本作「GINKA」はそれに負けず劣らずの魅力を放つ作品であった。
(C)Frontwing
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