(2016/4/7 00:00)
ついに「Quantum Break」が発売された。「アランウェイク」を制作したRemedy Entertainmentの最新作である本作は、“時間”をテーマにした複雑でエキサイティングな物語が展開する。そのストーリーは謎に満ちており、プレーヤーはいくつもの疑問と格闘しながら物語を進めていく。
弊誌では体験レポートと、インプレッションで本作の魅力を語っている。「Quantum Break」の“凄さ”はゲームと実写ドラマへの高い次元での融合にある。ゲームでしかできない表現、実写でしかできない表現を組み合わせ、本作でしかできないストーリーテリングを実現している。プレーヤーは本作に触れることで改めてゲームの演出、ドラマの演出を考えることになるだろう。ゲームクリエイターにも強い影響を与えるであろう独特のゲーム空間を本作は実現している。
いささか複雑で難解であるが、だからこそ謎解きや物語の解釈が楽しい作品だ。もちろん時を操るという「X-MENのような超能力」を活用する戦闘や、隠されたアイテムを探す探索要素など楽しさもたっぷり詰まっている。ぜひ触って欲しい作品だ。
世界を止める時の断裂、敵として立ちはだかる親友……謎に満ちた冒険の始まり
「Quantum Break」は主人公ジャックとその親友ポール、そしてジャックの兄ウィリアムの物語だ。ポールとウィリアムは「タイムマシン」の研究をしていた。しかしタイムマシンの暴走により恐ろしいことが起きてしまう。“時”の断裂が起き、時間が不規則に止まってしまうのだ。
ジャックはタイムマシンの近くにいたために、止まった時の中を動ける能力を得た。しかも精神を集中させることで空間の一部分の時を止めたり、過去の映像を見たり、他の人には探知できないほどに早く動くことができるようになった。
……しかし、ポールもまた同じ「時を操る」能力を得ていたのだ。彼はなぜかジャックより年上になっていて、強大な力を持つ企業軍隊「モナーク ソリューション」を率いてジャックを追い詰める。ジャックは謎だらけの状況の中、ウィル(ウィリアム)が用意していたという“対抗手段”を見つけ出すため、行動を開始する。
「Quantum Break」のストーリーは謎だらけだ。ウィルとポールの関係は? モナークはどのような組織なのか? ポールは何故年をとっているのか? さらにジャックの前に様々なキーワードが提示される。「時の終わり」、「対抗措置」、「17年」、「グラウンド・ゼロ」、「ライフボート・プロトコル」……最初ジャックはプレーヤー同様何もわからない状況のままヒントを求めて活動するしかない。
大きな謎であり、ジャックの助けとなるのがモナークの一員である女性ベスだ。彼女は何故かジャックを知っていて、ウィルの「対抗措置」も知っている。ベスはモナークに所属している立場を利用し、組織内部からジャックを手助けしてくれる。
……そして、恐ろしい事態は進行していく。世界が時を止める時空の歪みはその頻度を増していく。さらに場所によっては何度も時間を繰り返すような動きを見せる。時空の歪みに巻き込まれた人々はそれを自覚できない。この歪みが大きくなってしまったら……ジャックやベスは、この世界の破滅を止めることができるのだろうか? そしてポールはどのような思惑を持っているのだろうか。
「Quantum Break」はこの時が壊れていく描写がすさまじい。この表現はゲームならではの圧倒的な描写力、そしてインタラクティブ性で描かれる。ジャックの周りで時は止まり、そして再び動き出す。第2章では崩壊を繰り返すタンカーの中をジャックは進んでいく。圧倒的な質量を持つ物質が崩れては巻戻っていく。まるでビデオのリモコンをメチャクチャに操作しているような狂った世界に放り込まれる恐怖を本作は見事に「体感」させてくれる。本作では時を操る楽しさと共に、時間が狂う恐怖も思い知らされる。
さらに「Quantum Break」では“実写パート”がある。ここでは役者達の迫真の演技でストーリーが進行する。本作はジャックを始め主要な登場人物にはすべて役者が配されており、ゲームパートでもリアルなグラフィックスで彼らの表情は描写されている。しかし……違うのだ。追い詰められたときのキャラクターの目つき、顔に浮かぶ汗、息づかいなど、CGでは表現が難しい雰囲気や、カメラワークなどが見るものを圧倒する。ゲームと実写ドラマ、2つの手法でしか表現できない物語というものがあることを、「Quantum Break」は提示してくれる。
筆者はポールと共にモナークの中心人物として強い存在感を放つマーティンと、卑怯な感じが楽しいハッカーのチャーリーがお気に入りだ。彼らの実写パートでの表情の使い方がすばらしい。マーティンの酷薄さと、見るものに強いプレッシャーを与える威圧感、「こいつはヤバい」と感じさせる雰囲気はやはり映像で光る。
チャーリーはゲームパートではほとんど登場せず、ジャックとも絡まないのだが、物語では重要な役割を果たす。徹底的に自分の保身に走り、物語がプレーヤーの目指す方向に進む事に対して足を引っ張り続ける。憎たらしいが愛嬌がある。
一方で、ゲームパートでの役者の描写のすばらしさも触れておきたい。特にジャックとウィルはどこかユーモラスな雰囲気があって、CGでもきちんと表現されている。繰り返すがゲームと実写の2つの表現方法があるからこそ、「Quantum Break」はすばらしいストーリーテリングを成し遂げているのだ。
時を止めて戦え! ジャックの優れた戦闘能力
戦闘アクションの面白さも強調しておきたい要素だ。タイムマシンの影響からジャックは限定的な時間を操る能力を手に入れている。任意の空間の時間を止める「タイムストップ」の能力は敵の反撃を止め一方的に攻撃できる。動きが止まった敵に銃弾を浴びせると、再び時が動いた瞬間に敵は蜂の巣になる。「ジョジョの奇妙な冒険」のディオになったような気分になれる攻撃だ。
「タイムドッジ」は敵に突進する能力。うまく相手にぶつかるように使えば敵は吹っ飛び、吹っ飛ぶ敵は時間の流れがゆっくりになるので集中して攻撃できる。中盤からはさらに「タイムラッシュ」という技を覚える。他のキャラクターがゆっくりとしか動けない中での移動が可能になり、相手の背後に回り込んだり、機銃で撃たれている中進むことも可能だ。
「タイムブラスト」は任意の範囲に大爆発を起こせる。奇襲にぴったりの技だが、プレイになれればさらにうまく活用できそうだ。「タイムシールド」はその名の通りシールドを張り巡らせる。敵の弾をかわせるし、体力が減ったときシールドの中では回復力が高まる。またシールドを張ると周囲の敵を吹っ飛ばせるので、近づかれたときも便利だ。
かなり無敵感を味わえる能力だが、敵は常に数で勝っており、さらにこちらを包囲するように動いてくる。しかも時の静止に対抗する装備を身につけてくるのだ。タイムストップが効かなくなり、高速移動する敵も出てくる。さらに重装甲で高い火力の「ジャガーノート」という人間戦車みたいな敵まで出てくる。正面からの攻撃をはじいてしまうのだ。弱点である背中をどう狙うかがテーマとなる。
武器も様々だ。アサルトライフル、サブマシンガン、ショットガンにマークスマンライフル、射程距離や反動が異なるので自分の得意な武器を見つけていこう。プレイでは弾の確保も重要になる。敵の姿を壁越しに見れる「タイムビジョン」では、弾が入っているバッグもピックアップされるので、バッグのある場所を頭に入れて戦いたいところだ。
歪んだ時間をくぐり抜けろ! 崩壊と再生を続けるタンカーから脱出
そして“時間”を活用したアクションだ。ジャックは「タイムビジョン」を使うことで、特定の場所で過去の映像を見ることができる。その場所ではビデオの巻き戻しのようにオブジェクトが動く。タイムビジョンは映像だけでなく、動くものに実際に触れることができる。鎖で釣り上げていた鉄骨を落下させた後、鉄骨の上に乗り、時間を巻き戻してエレベーターのように上に上ることすらできる。
過去に巻き戻す場所は限られており、戻せる時間も短い。プレーヤーはいつ時間を巻き戻しジャックを動かすか、パズルのように考えて解き明かさなくてはいけない場面もある。オブジェクトの動きを一定時間止める「タイムストップ」や、ダッシュして通り抜ける「タイムドッジ」と合わせなければいけない場所もある。
圧倒的なのが前述した第2章のパート2「グラウンド・ゼロ」でのタンカー崩壊のシーンだ。ジャックはウィルが使っていた船を整備する施設「ドライドッグ」に向かうが、そこでポールと出会うものの後一歩で取り逃してしまう。そしてポールはタンカーをつり下げていたクレーンを破壊する。ジャックは崩壊するタンカーのど真ん中に放り出されてしまう。
大質量のタンカーが地響きを立てて崩壊していく。しかし時間の断裂の影響により、崩壊しては戻る事を繰り返すようになってしまう。ジャックはその中を走破していく。地形そのものが巨大な“死の罠”となっている状況の中、ジャックは必死に前に進んでいく。このシーンは動画でこそその凄さが伝わるだろう。ぜひ見て欲しい。
このほかにも静止する空間は様々な場面を見せてくれる。あるパーティの場所では花火が炸裂した瞬間に時間が静止し、美しい景色を見せてくれる。転んで書類をばらまく男の横を通るときもある。しかしこの時の断裂が無秩序に起きることで、未曾有の大災害が起こり始めていくのだ。この破滅をいかに食い止めるか、プレーヤーは徐々にこの世界が直面している危機を認識し、ジャックに感情移入して物語を進めていくことになるのだ。
ちりばめられた伏線。2度目のプレイもたまらなく面白い
「時をかける少女」、「バック トゥ ザ フューチャー」、「ターミネーター」など、“時間”を大きな仕掛けにしたSF作品は数多い。物語の中で登場人物は過去を良い方向に改善しようと格闘していく。「Quantum Break」では、ジャックやウィルと同じように、ポールもまた来たるべき“何か”に立ち向かうために戦っている。
本作の面白いところはその後の物語に影響を与える決断をポールが担うところだ。この時、プレーヤーはジャックではなくポールとなって決断する。ポールは未来を“ビジョン”という形で断片的に見ることができ、その情報をプレーヤーに提示する。そしてプレーヤーがポールとなって決断を下すのだ。
この決断の興味深いところは、プレーヤー自身はポールの知らない情報も知っていることだ。ゲームではジャックとなり状況を体験しており、実写パートでは様々な人物の葛藤を見ている。ベスがモナーク内で秘密裏に活動していることや、他のキャラクターの思惑も知っている。そういったポールの知り得ない情報を知っている上で、ポールの決断を後押しするのである。
ドラマや映画で主人公が間違った決断をするとき、視聴者の我々は感情を揺さぶられる。「Quantum Break」ではプレーヤーの決断でポールのその後と、状況が左右されるのだ。物語がどう展開するかに一層引きこまれるし、もう一方の決断も見たくなる。このように、「Quantum Break」は何度もプレイしたくなる仕掛けが随所ちりばめられているのである。
物語は様々な謎を提示して進行していく。「彼女はあのときそういった」、「あれはこういうことだったのか」、「私は未来を見てきた」などなどキャラクターの言葉は思わせぶりなことばかりだ。そして「Quantum Break」ではことあるごとに“インタビュー”が挿入される。ジャックは何者かにインタビューを受けていて、「俺はあのときはこうだった」という感じで語るのだ。その時間軸がどこなのかはプレーヤーは全くわからない。
さらにことあるごとにジャックの前に現われるストリートアートは、ジャックの行動があらかじめ決まっているかのようにジャックが直面した状況を精密に描き出している。この絵はいつ、誰が描いたのだろうか? 物語の構造そのものもいくつかの時間軸が入り交じる。今の状況は誰がいつ準備したかなど、物語が進むとわかるものもあれば、謎が深まる場合もある。この複雑で絶妙なストーリーテリングは、ぜひ体験して欲しい。
「Quantum Break」は1度ゲームをクリアして繰り返しプレイすることでさらに楽しくなるように作られている。キャラクターの言葉の意味や、目の前の状況のきっかけとなったこと、ゲーム内で入手できるメモやメールの真実の意味など、クリアすることで気づかされることも多い。伏線をあらん限り詰め込み、重層的なストーリーをいかにして見せていくか、開発者が力を入れて物語を組み上げていることが複数回プレイすることではっきりと見えてくるのである。
ストーリーをじっくり楽しみたい人にこそ強くオススメしたい「Quantum Break」だが、本作は残念な部分もある。一部「和訳されていないコンテンツ」が存在するのだ。ポールやウィル、そしてベスが吹き込んでいる音声での日記、そしてジャックのインタビューはメニューからいつでも見ることができるが、これが和訳されていないのである。スタッフがこだわり抜き、物語を補足するコンテンツがきちんと把握できないのは本当に残念だ。可能なら今後翻訳パッチを出してもらいたい。英語が苦手な人でも本作のこだわりのストーリーを隅々まで楽しませて欲しい。
もう1つ触れておきたいことがある。「Quantum Break」の中にはほんの少しだけ「アランウェイク」に関係したものがある。作家アランウェイクの著作が置いてあるところがあったり、「アランウェイク」内でも見ることができたTV番組「ナイトスプリングス」が見れたりするのだ。この仕掛けは筆者にはたまらなくうれしかった。「アランウェイク」ファンはニヤリとさせられる仕掛けだ。
「Quantum Break」は複雑なドラマ、サスペンスな雰囲気、エキサイティングな戦い、そして圧倒的なビジュアルを楽しめる作品だ。Windows 10のマシンでも本作がプレイできるところもうれしい部分だろう。特に本作が提示する“実写とゲームの2つの手法で語られる物語”は今後のゲームのあり方を大きく変える可能性もある。多くの人に触れて欲しいタイトルだ。