2017年10月30日 12:00
長らく待望され、ついに10月19日に発売されたPS4用レースシミュレーションゲーム「グランツーリスモ SPORT(GT SPORT)」。本作は、レースシムの面白さ、ひいてはスポーツドライビングというものの真髄に触れるための機会を、一般の人々に幅広く提供してくれるゲームだ。
コンピューターゲームの特性のひとつは、現実ではハードルが高すぎて体験できないようなことを体験し、それなしには知るよしもなかった世界を学ぶことができるという点だろう。しかも、他の手段では不可能なほどの具体性と触れやすさを備えて、それを実現できる。これは、ゲーム的な“楽しさ”とは違った面なので、ゲーム評的な文脈では顧みられる事が少ない。とはいえ、レースシムというジャンルでは、これがおそらく最も大事な要素だ。
F1やGTレースを頂点とするスポーツドライビングというのは、熱狂と興奮と知的な刺激に満ちた営みだが、実際に体験するためには金銭・時間的コストが莫大に掛かり、身体・生命上のリスクもはらむという超ハードコアな世界でもある。もちろん才能も要る。誰もが参加できるわけではない。筆者も含めて、そんなものには一生無縁なまま過ごす人がほとんどだ。それを、全てのコストとリスクを排除して、家にいながらリラックスして楽しめるライトホビーの領域に持ち込んでくれるのがレースシミュレーションというゲームジャンルだ。
このジャンルは現実のスポーツドライビングの面白さを原点としているのだから、その中身は“どれだけリアルに近づけるか”がとても大事な評価点となる。また同時に、そのリアルさや、現実に即した体験、学びというものを、普通の人々に伝えるための仕掛けも必要だ。それなしにレースシムをやらされても、理解できない言葉だらけの専門書をドンと渡されるのと同じだ。その中にどれだけ豊富な情報と面白みが含まれていても、専門家でなければ読み解けないだろう。
このため、コンピューターが高性能化して映像やシミュレーションエンジンがどこまで進化しても、受け手のレベルや特性に合わせて多種多様なレースシムが必要だし、実際に幅広いものが存在している。そこで、上述したコンピューターゲームの特性をクローズアップすることになる。現実ではハードルが高すぎて体験ないようなことを体験し、それなしには知るよしもなかった世界を学ぶことができる、ということ。「グランツーリスモ SPORT」は、それを他にない丁寧さで実現した1本だ。
ソロプレイ要素は事実上、全編が「ドライビング スクール」だ
まずレースシムの核となる車両挙動まわりについて結論から言うと、本作の車両挙動を生み出すシミュレーションエンジンは非常に高品質だ。本シリーズは今作ではじめてPS4世代となり、最新のPC用シム等と同等レベルの処理を組み込めるようになった。それはキッチリとゲーム内に反映されていて、いくつかの前提のもとで、本作はPC用を含む他の本格レースシムと同様のリアルで説得力溢れる挙動を体験させてくれる。
いくつかの前提というのを具体的に説明しよう。まず、ステアリングコントローラー(ハンコン)を使用することがひとつ。そして、オートブレーキやオートステアリング等の運転補助系のアシスト機能をオフにすることだ。特に前者は影響が大きくて、PS4の標準ゲームパッドであるDUALSHOCK 4での操作時と、ハンコン使用時では明らかに入力から応答までの感触が違う。ゲームパッド使用時は、ある種の補正が働いて、精度の低い入力でも運転しやすくなっているようだ。
さらに後者の各種のアシスト機能も含めると、デフォルト設定でのドライビングは相当に“厚化粧”が施されている。その味付けは人為的なものにならざるを得ず、それが本作の“味”となっていることも間違いない。
特に多くのプレーヤーが最初に触ることになるキャリアモードの序盤「ドライビング スクール」、Mazda MX-5(ロードスター)でのサーキット走行ではそれが顕著だ。この車は足回りがかなり柔軟に設定されていて、荷重移動や路面変化による振動を極めてスムーズに吸収してしまう。これに上述したアシスト機能や補正が働くことで、ある程度雑な入力でも車があまりにもスムーズに走ってしまう。まるで湖面のヨットのようだ。このように、レースシムに求める激しさみたいなものとは対極にある挙動を見せつけられるため、ほんのちょっと触っただけでは「何か違うな」という印象を抱かせる原因になっているように思える。
だが、それはある意味で本作における意図的な“化けの皮”だ。多数の走行課題からなる「ドライビングスクール」をソロプレイの基本とする本作では、まずは極限まで扱いやすい車で、スムーズなドライビングを、あくまで丁寧にやらせることを意図しているのは間違いない。
キャリアモードは発進・停止といった運転の基礎からみっちり学んでいく「ドライビングスクール」の48課題に始まり、レース中のある局面をプレイする「ミッション チャレンジ」、セクターごとにコースを攻略していく「サーキット エクスペリエンス」と発展していくが、中盤に向かうにつれて荒々しいGTカーでの走行が増え、最後はラリーカー&ダートコースで無数のバンプと格闘していくことになる。そして、次第に本作のレースシム的な深みが見えてくるというわけだ。
こういった流れで進行するキャリアモードは、1つ1つの課題はごく短時間で終了するものばかりだ。とあるコーナーを完璧に曲がるまで練習したらゴールドメダルをとって次へ。レース終盤からスタートして、格落ちのライバルカーを全車両抜き去ってゴールしたら次。という感じで、1発でクリアすれば1プレイ30秒~数分といった短さである。
このように短い課題が連続するソロプレイモードの構造は、本作に“車を使ったミニゲーム集”のような印象を持たせている。レースシム大作の制作陣にしてみれば、そういった印象をプレーヤーに与えるのはおそらくリスキーなことだろう。それでも、このようなゲーム構造をとったことは、スポーツドライビングの面白さを多くの人に伝える、というミッションを最大限に重視していたからだと考えられる。
例えば、“スローイン・ファーストアウト”、荷重移動を最大限に活用したコーナリングといった基礎を知らない人に、いきなりニュルブルクリンク北コースのフルラップをどうぞ、とやったらどうなるだろう。大半は序盤数キロもいかずにスピンしたりコースアウトしたりクラッシュしたりで、“コントロールされた限界走行”というスポーツドライビングの面白さに気づかないまま、プレイをやめてしまうのではないだろうか。逆に、事故をしないようにゆっくり走る人もいるだろうが、それはそれで、日常体験の延長に過ぎず、それとは別次元にあるドライバーズ・ハイの世界に入ることはできないだろう。
だから本作はまず、1セッション30秒以下で終わるほどにゲームを細かく区切って、たった1つのコーナリングをひたすら丁寧にやらせようとするのだ。雑な走りではブロンズメダルももらえないバランスだ。だが基礎を守った走りができればシルバーメダルは簡単にとれる。更に精度を高めて、ステアリング、ブレーキ、スロットルの3軸を理想的に制御できれば、ゴールドメダル。さらにこれ以上ないほど完璧に走れれば、ゴールドメダル基準からマイナス数秒でクリアできる。
これを実際にプレイしていて、ドライビングシムにはかなり慣れているはずの筆者も、日頃、どれだけ雑な走りをしているかを痛感することになった。ブレーキングはできるだけ直線的に。充分に減速して、できるだけ一定の舵角でエイペックスを目指し、コーナー出口のアウト側いっぱいに広がるイメージでスロットルをスムーズに踏んでいく。スローイン・ファーストアウト以外の攻略法は存在しない。
基本的にはこれだけだし、スポーツドライビングの要諦はこれで全てだといえる。しかし、どのコース、どのコーナーでも、異なる長さ、曲率、バンク、前後の流れというものがあって、1回走っただけではわからないことがたくさんある。他のシムで走り慣れたコースでも、これまではコーナーごとの個性というものをよく理解せず、雑に処理していたのだなと気付かされることも1度や2度ではなかった。1,000周は走ったコースのセクター攻略で、なかなかゴールドメダルが取れないというのは、ベテランのレースシマーとしては大きなショックだが、さらにタイムを縮めるための貴重な学びの機会、スキル向上の機会となった。
本作のキャンペーンモードにはそういった学びの機会が大量に詰まっている。だから、「はやく一周走らせろよ」なんて思わないで、全課題でゴールドメダルを取れるよう、丁寧に攻略していこう。どうにも要領がわからないというときには、課題冒頭で示される、攻略方法のメッセージにきちんと目を通してみよう。内容は簡潔だが、クリアするために必要なことは全てそこに書かれている。
そうした学びとスキルアップを乗り越えて、キャンペーンモードにおけるラスボスのように鎮座しているのが「サーキット エクスペリエンス」のニュルブルクリンク北コースだ。
正直、このコースは“フラッシュバック”や“リワインド”と呼ばれる巻き戻し機能のないゲームで攻略するには荷が重すぎる。終盤のコーナーだけを集中的に練習したくても、そこに到達するまで全力走行で5~6分かかるというコースなのである。それを本作では、全10パートという大長編となるコース攻略ミッションで、各パートおよそ2km程度のセクターにわけて攻略できる。「序盤のコーナーは100回以上走ったが、終盤は10回も走ってない」という、他のシムでありがちな状況になることなく、必要な箇所を必要なだけ練習できるというわけだ。
全長20kmを超え、高低差は約300メートル、コーナーは172を数えるという、この難関コースをゴールドメダル以上のタイムで走れるようになれば、どんな人でも、もうドライビングシムの真髄に触れ、その深みにどっぷりはまっているはずだ。本作に触れる全てのプレーヤーをそこに導くために、本作のキャンペーンモードは丁寧に丁寧を重ねて作り込まれている。
本作序盤だけの要素と思われた「ドライビングスクール」は、実は最後まで一貫して続いていたわけだ。
車を愛でる、こだわりの仕掛けと作風。だがコンテンツ量には不足感あり。
本作はシリーズを通したグラフィックスへのこだわりが最高潮に達した作品だ。収録された各車両はすべてメーカーのCADデータ並の精密さで再現され、ポリゴン数などの数字を聞くのも馬鹿らしくなるくらい、緻密に美しく表現されている。HDRディスプレイにも対応しており、日中の太陽を反射してギラつく車体の表現や、夜間のレースでヘッドライトの光とコース上の闇が作り出すハイコントラスト感は、他のレースシムすべてを圧倒する水準にある。
PS4 Proではさらにこのグラフィックスを4K解像度で楽しめるほか、「2K・高画質」というモードもあって、従来の解像度のディスプレイでも、より高品位な映像で楽しむことができる。グラフィックスのクオリティは、プレイステーションプラットフォームを代表する作品としてまさに理想的な水準だ。
このグラフィックスを活かして、他の作品よりもこだわって作られれているのが、車の美しさを楽しみ、愛でるための各種演出である。新しい車両を手に入れるたび、あるいは各種メーカーの車両・ブランド史を一望できる「ミュージアム」で車を閲覧するたび、あるいはメニュー画面で放置するだけでも、それぞれの車がサーキットや市街、ガレージ、各所の風光明媚なビューイングスポットにある様子を、じっくりねっとりと見せつけられるのである。その執拗な見せ方、カメラワークぶりときたら、これを作った人は相当の車フェチに違いないと思われるほどだ。
こういった演出の中でも、サーキットとは無縁の市街や、山道、セレブ感のある建物の脇などで車が動く様子を見せてくるのは、まさに本作特有のポイントだろう。本作にはサーキット専用の競技車両だけでなく、たくさんの市販車も収録されている。市販車は、やはり一般道にあってこそ本来の存在感を発揮する。そんな制作陣の思いが伝わってくる。
収録コースにもこのような傾向がある。本作には全17のロケーション・38コースが収録されているが、実在するのはわずか6ロケーションに過ぎない。実際のトップカテゴリーのレースに使われる有名なものから挙げていくと、ニュルブルクリンク(北コースおよびGPコース)、鈴鹿サーキット、インテルラゴス・サーキット、ブランズハッチ、マウントパノラマ、ウィロースプリングス、となる。
実在コースが少ない代わり、10以上のロケーションが本作オリジナルの架空コースだ。そのどれも、F1やGTEといったトップカテゴリーで使われるような風格がないかわりに、街乗りの延長でスポーツドライビングを楽しむホビイストが好みそうな、日常の風景の中にサーキットが溶け込んだようなコースの数々である。実際に走ってみると、同好の士が集まって楽しむ週末レーシングの趣があって、やはり市販車との相性が良い。
その真骨頂はシリーズでも初収録となった「東京エクスプレスウェイ」、すなわち首都高である。品川・渋谷・新宿あたりの、高層ビルが密集して立ち並ぶ立体的な道路での限界走行。見知った風景の中でシムレーシングというのも奇妙な感覚だが、このあたり、本作における“市販車は、やはり一般道にあってこそ”という思いが強く反映されているように感じられる。
こういったこだわりの影で、やはり犠牲になったとみられるのが総合的なコンテンツ量の不足だ。現状の収録車種が150台あまりというのは、300~500台以上が当たり前という現在のレースシム界隈にあってはあまりにも少なく映る。この中には実在しないコンセプトカーも複数含まれているので、市販車やGTレース、ラリー等の競技シーンで実際に見られる車両の数はさらに減る。「ミュージアム」からフェラーリの車種をチェックしたときに、Ferrari 458と488のGTモデル2種とLa Ferrariという、全部で4車種しかないとうのを見たときのショックは、筆者のみならず多くのレースシム愛好者が共有するところではないだろうか。
さらに、やはりサーキットのバリエーションも物足りない。スパ・フランコルシャンもシルバーストーンもないというのは、レースシムとして本作を走り込んでいく上で致命傷になりうる不足だ。F1で伝統的に使われるようなトップレベルの国際サーキットは大半を収録して欲しいところだが……。
本作は「GT SPORT」の名の通り、ナンバリングを廃した作品である。eスポーツ的な展開を踏まえても、息の長い作品になるだろう。もしかしたら、将来の“PlayStation 5”といったゲーム機でも同名のまま移植され、同じゲームとして続いていく形になるかもしれない。実際、レースシムとしての基盤は本作で完成の域に達しており、将来的に変えていくべき要素はもうほとんどなさそうだ。自動車の世界において、100年前に生まれた、円形のハンドルといくつかのペダルという操作様式がいまだに続いているように。
いずれにしても制作陣は本作を継続的に拡張していくための、基盤として捉えているはずだ。というわけで、コンテンツ量については今後のアップデートに期待しておくことにしよう。
スポーツマンシップに訴えるオンラインレースとeスポーツ
本作は「GT SPORT」の名の通り、スポーツドライビングの面白さを沢山の人に伝えるために作られたゲームであることは間違いない。上述したように、ソロプレイの基本となるキャンペーンモードは、その面白さをきちんと味わえるところにプレーヤーを誘うという作りになっていた。そして、その先にはスポーツドライビングを日常的に楽しみ続けるという仕組みが必要だ。本作においては、そこにオンラインレースが最重要要素として置かれている。
本作のオンラインレースには2系統がある。ひとつは、従来のゲームとおなじように、自由にゲームロビーを立ち上げて、好きなレース設定で走るものだ。もうひとつは、「スポーツモード」として用意された、本作における“公式のオンラインレースセッション”である。
まず、ゲームロビー型について。レース設定はわりと細かく変更でき、周回数は最大200周まで設定できるほか、周回ではなく時間制限で行なう耐久レースも設定できる。車両ダメージによるパフォーマンス変化や、燃料消費・タイヤ消耗、あるいはコース外走行時のトラクション低下具合といったシミュレーション要素の調整もレース設定内に用意されている。参加も自由だ。セッションリストから好みの物を選んで、好きに参加できる。まあ、これは従来通りで、特に変わったところはないし、過不足なく充分な仕様である。
そして「スポーツモード」である。あらかじめ内容が決められた公式レースに参加する形式のモードだ。この中に、常時開催されている「デイリーレース」と、11月上旬から順次開催される「選手権」タイプのカテゴリーが用意されている。面白いのは、開催スケジュールが実時間に沿って決まっていることである。
見たところ、常時開催となるカテゴリー「デイリーレース」ではおよそ30分ごとに次のレースへのエントリーが始まるようになっており、プレーヤーは即座にレースに突入するのではなく、まずエントリーを行なって、本戦が開催されるまでソロで練習およびタイムアタックをする、という形だ。そして予定時間になると、エントリーしたプレーヤーが同実力帯でマッチングされ、最大16台でのレースセッションが実施される。その際のスターティンググリッドは、事前のタイムアタックの順位で決まる。ソロ練習が予選を兼ねているのだ。
レース開催の時間割が決まっていて、そこに各プレーヤーが参加していくという構造は、PCではオンラインレースシムの「iRacing」で見られるものだ。その「iRacing」では各プレーヤーの速さ以上に、クリーンさという評価軸が重視されている。レース中にコーナーカットや他車への接触を行なえばペナルティポイントが溜まって、一定水準を超えると即座に退場、ドライバーレベルが下がって下位のレースにしか出場できなくなるという仕組みだ。
これに近い仕組みが本作にも導入されている。本作のプレーヤーは、速さを表す「ドライバーレーティング(DR)」に加えて、クリーンさを表す「スポーツマンシップレーティング(SR)」という2つの軸で評価されるようになっている。
仕組み的に極めて重要なポイントは、「DRはSR以上にならない」というところだ。つまり、他車を妨害するようなダーティな走りではSRが下がってしまうため、いくら勝利してもDRはいっこうに上がらないというわけだ。DRを上げてトッププレーヤーを名乗るためには、まずクリーンなレースを心がけ、SRを上げなければならないのである。
「iRacing」のようにレース中の危険行為で1発ブラックフラッグ・即退場という厳しい仕組みではないが、長い目で見て、本作の仕組みはクリーンなレースを楽しむ人たちのために有効に機能するだろう。なにしろ常時開催の「デイリーレース」ですら、1回のレースを行なうのにエントリー・練習&タイムアタック・本戦という流れで、1時間にせいぜい2レース程度しかできないのである。機会が少ないので、大事に走りたいという心理が働く。危ない走りをしてSRを下げてしまったら、せっかく上げたDRも台無しになる……。
というわけで実際、何度か実際にやってみた「デイリーレース」でのバトルは極めてクリーンだった。現実のレースと同じように、ほとんどのプレーヤーが極力接触を避けようとするし、コーナーリング中はそれぞれのレースラインを守り、相手にラインを残し、トラブルを未然に防ごうとしている。それができないプレーヤーは“へたくそ”と見なされる世界が出来上がっている。
どれくらいクリーンかというと、SRとほぼ同様の概念が導入されている「PROJECT Cars 2」よりも平均的にクリーンだ。違いは、「PROJECT Cars 2」ではクリーンさを示すセーフティランクと、速さを示すドライバーランクとの間に、直接的な相互関係がないことだ。“超ダーティで超速いヤツ”が存在しうるのである。実際にいるかは別にしても。
それが理論的にありえないというシステムが組まれた本作のスポーツモードでは、全ての参加者がまずクリーンであること、という意識を持つようになる。なかなかうまい仕組みではないかと思う。
やがて「選手権」カテゴリーの公式レースも開催される。次第に、DR/SRに基づく参加制限も強めになってきて、俄然SRを高く保つ必要を参加者たちに強いることになるだろう。
ゲームなのに厳し過ぎる? いや、スポーツドライビングとシムレーシングの面白さは、互いを尊重したクリーンなバトルの中に真骨頂があるのは間違いない。ギリギリでついてくる、しかし決して接触はしない。こいつ、上手いぞ!と思い、相手をリスペクトしながら、その相手を打ち負かすこと。全身にアドレナリンが駆け巡るほどの熱さだ。一方、ルール違反をして、相手のドライビングテクニックを発揮する機会を奪いながら得る勝利には何の価値もない。必要となるテクニック、集中力の底が浅いからだ。追突してスピンさせる技術を極めるなら、デストラクション・ダービーとかのほうが面白い。
……というわけで、本作「GT SPORT」は、レースシムの面白さ、ひいてはスポーツドライビングというものの真髄に触れるための機会を、一般の人々に幅広く提供してくれるゲームだ。現時点におけるコンテンツの不足は否めないが、それ以外の部分、つまりレースシムとしての核となるシミュレーションエンジン、オンラインレースのルールといった部分は、今後長く進化していくための充分な基盤を提供している。今後もプレイステーションプラットフォームにおける定番のレースシムとして、進化を続けながら長く君臨していくはずだ。
もうひと押し欲しいVRサポート
ここまで本作の骨格となるキャンペーンモードとオンラインレースの内容についてご紹介してきたが、本作にはその他にも様々な要素が入っている。ソロで遊ぶときは、AI相手の任意設定でのレースはもちろん、ドリフトを繋いでポイントを稼ぐドリフトチャレンジや、タイムアタックといった1人で追求する遊び、それから2画面分割でのローカル対戦ももちろんサポートしている。
オンライン連動要素としては、ライブリー(カーデザイン)の制作機能と共有機能、様々なロケーションでの車の撮影と共有といった、車そのものを愛でる機能も一通り揃い、ひとまず「グランツーリスモ」シリーズらしい、走る以外の形でも楽しめる方法が多種用意されている。
その中の1つとして位置づけられているのが「VRツアー」だ。その名の通り、PS4用のVRヘッドセットであるPlayStation VRのために用意されたモードで、ここでは任意のコース走れる「VRドライブ」と、任意の車をVRで鑑賞できる「VRショールーム」の2つの機能を利用できる。
「VRドライブ」では、通常のレースのように任意の数の相手とレースをすることはできず、同一車種のライバルカーが1台のみという形でレースを行なう形だ。これは、PS4の性能的に、本作の品質を維持したまま20台以上の車を同時に登場させることが難しいということから、独立したモードにしたということだろう。本編同様の本格レースはできないかわりに、PS VRではかつて見たことのないほどの高品質・高密度のVR映像で好きなコースを走ることができる。
VRが「本編とは関わりのないオマケ」と化すという極めて重い代償を支払ったかわりに、そのグラフィックスは本当に高品質だ。PS VR対応のレースゲームといえばこれまで「DriveClub」が存在していたが、VR利用時のグラフィックスはかなり簡素化されていて、スカスカ感が気になる作りであった。充分なフレームレートを出すためには致し方ないが……。こちら「GT SPORT」のVRモードでは、フラットスクリーンで見るのと同じ水準のレンダリング品質が実現されている。これはこれで、性能的な限界がある中でのVR対応方法としてはアリかもしれない。
ただ、“ライバルカーを1台出せる”なら、ライバルカーの必要のない、タイムアタックモードはそのままVRモード化できたはずだと思う。VRで本気のドライブをして、タイムを出していくのが好きな筆者にとっては、VRでのタイムアタックができないことは大変残念だった。このあたりも含めて、開発陣には、VR利用時に楽しめる遊びの幅をさらに広げる方向でアップデートしてほしいなと思う。できれば、ゲームの全部をVRで遊べるようにしてほしいものだ。
いま「GT SPORT」で遊べるVR要素だけでは、多くのユーザーはPS VRを買う気にはならないだろうし、また、既存のPS VRオーナーでレースゲームに関心がなかった層も、VRドライブを試すために「GT SPORT」を購入する……という気にはあまりならないかもしれない。というわけでなんとなくまだ中途半端な状態な気がするのは間違いない。
このあたりも、今後のアップデートでどこまで良いものになるか、期待もしながら本作と付き合っていこうと思う。