ニュース
将来のHDRを見越して開発した「GT SPORT」
今あるどのTVでもリアルな「GT」の画像は見られない
2016年12月4日 17:11
12月3日~12月4日の期間で開催されている「PlayStation Experience 2016」。この会場で「グランツーリスモSPORT」(以下、GT SPORT)のメディア向けセッションが開催された。ここではポリフォニー・デジタルの山内一典氏より、GT SPORTのHDR対応についての話題をメインに話を聞くことができた。
まず「『GT SPORT』は4K、60p、HDR、ワイドカラー、VRすべてに対応する」と山内氏。4Kについては、プレイステーション 4 Proの1800pチェッカーボードレンダリングを採用している。
HDRについては、PS4、PS4 Proどちらでも対応しており、SDRに取り組んだのは3年前からとのこと。その頃は世界中どこを探しても、HDRを出力する画像はなく、キャプチャーするデバイスもなかった。そこで山内氏はHDRをキャプチャーするデバイスの開発から始めたのだそうだ。「結果として通常のデジタルカメラの100倍くらいのダイナミックレンジを持つカメラを、ソニーのカメラ部隊と共同で開発し、それを『GT SPORT』に使った」(山内氏)。
山内氏がターゲットとしているダイナミックレンジのピークが10,000ニット(ニットは明るさの単位)。通常のテレビが100ニット程度なので、その100倍の明るさを、『GT SPORT』ではハンドリングできるようにしようと作っている。「大事なことは、今世の中にあるSDRのテレビから、今発売されつつあるHDRのテレビ、今後出てくるであろうHDRのテレビまで、一貫してサポートするということ」と山内氏は語る。
「SDRは100ニットの世界。これから始まる映画館やいまのBlu-rayディスクがターゲットとしているのが1000ニット。『GT SPORT』がサポートしているのは1万ニット。将来出てくるHDRのテレビが1万ニットをサポートするのはそう遠くないだろう」(山内氏)。デモをしてくれたソニーの「ZD9」というテレビは1,500ニットをサポートするとのことで、すでに1,000ニットをオーバーしている。「毎年倍くらいのペースで明るくなっているので、遠からず1万ニットをサポートするテレビは出てくるだろう。そういった将来までを見越して『GT SPORT』を作っている」と山内氏。
そしてワイドカラーについても3年前から取り組んでいるということだが、HDRと同様に今までになかった取り組みをしたとのこと。通常のRGBセンサーベースのカメラではなく、スペクトルベースの、直接光の波長を測定するようなカメラで作り上げているという。
「今の世の中にある10%程度のクルマは、sRGBの色空間に収まっていないので、正確に表現できない。このため、それ以上に広い色空間を採用することで、『GT』としては初めて正しいクルマのボディーカラーを表示できた。これまでの『GT』では、例えばフェラーリの赤は正しい色ではなかった。『GT SPORT』になって初めて正しいフェラーリレッドが表現できるようになった」(山内氏)。
ワイドカラーでの表現を可能にするために、データキャプチャー、マテリアルの作成、レンダリング、そして出力まですべて、ワイドカラーでのフローを作ったとのこと。なお、HDRやワイドカラーというのは、通常のPS4でもサポートしているので、体験することが可能だ。
会場ではHDRのデモムービーを見せてもらったのだが、なぜムービーにしたかというと、PCがHDR表示に対応していないから。「ここのピクセルがエネルギーを持っているのが伝わればと思った。通常のRGBは8ビットのグラフィックスだが、『GT SPORT』におけるRGBのピクセルは各32ビットの値を持っていて、太陽の明かるさまで各ピクセルがエネルギーを持つことができる。なので露出を変えたりとか、デフォーカスをすると、ピクセルのエネルギーを感じることができる」(山内氏)。
「4K、ワイドカラー、HDRといった映像は、非圧縮の18Gbpsにも及ぶストリーム。こういった映像を取り扱えるものはビデオゲーム機以外ない」と山内氏。放送はもちろんだが、映像の録画再生機器も対応していない。HDR対応の映画館でも、まだここまでのスペックは出ていないという。「ビデオゲームの出力する映像のクオリティが、その他の映像体験を越える、ある意味歴史的な瞬間」(山内氏)。新しいビデオゲームしかできない映像の世界が生まれたとも言える。
今回のPlayStation Experience 2016でのキーワードとして設定したのが「Feel The Light(光を感じよう)」。今回出展したデモでは曇りや晴れ、夕方などのライティング、天候を変えることができるそうだ。そしてこれらは完全なHDRで表示することが可能となっている。
「僕らが普段見ている光の違いをとにかく正確に、繊細に表現したいというのが『GT1』からの一貫したテーマなので、20年間まったく同じことをやっていることになる。まったくぶれていなくて、同じ方向に走り続けてきた。ようやくここに来て、4K、HDR、ワイドカラーといったことがハードウェアで可能になったので、そこに向かって走り続けている。そういう状態」(山内氏)。ライティングについてここまでこだわったテレビゲームはないだろう。
クルマというのは世界を移す鏡だ、と山内氏。どのようにクルマを照らすかということが、「GT」にとっては重要であるとも語る。
このあと実際に動いているHDRの映像を見せてもらったのだが、その差は歴然としていることがわかる。しかし山内氏が言うように、この世界を体験できるのはPS4で作り出した映像だけ。「GT SPORT」のSDR映像だけを見ていると自然な感じがするのだが、比較してみてしまうとやはり見劣りがするのも現実だ。なお、ライティングの変化について、現バージョンでは10秒くらいの時間がかかっているのだが、製品版では数秒まで縮めるとのことだ。
このあと質疑応答に答えて、山内氏は以下のように語った。
――これ以上に技術的に突き詰めていくことはあるのか
山内氏 TRUE HDRの世界は誰も経験したことがなく、映画業界も含めて初めて。「GT SPORT」で出ている絵というのは、誰もハンドリングしたことがない光の量。その中でどういった表現が効果的なのか、どういったワークフローがよりよいのか、そういった所は開発の余地があると思っている。多分映像の世界に限定しても、HDR革命というのは、これまでの映像から表現が一変してしまうと思っている。
なのでSDのテレビがHDになったとき、HDのテレビが4Kになったときそれぞれに感動があったが、HDRというのは、それよりもはるかに異なる、もっともっと大きなことだと思っている。今見ていただいているHDRの映像はまだ、何にも記録で気ないし再生できない。ここで見るしかないという世界。
今はもうすでに1,000ニットの表現を越えたテレビがあるし、来年には3,000ニットを越えるだろう。今後3年間で2,000万台のテレビがHDRに対応すると言われている。なのでHDRのインパクトというのはおそらくVRよりもはるかに大きい。
世の中のテレビがすべてHDRに対応していくのはそれほど遠くない。今後HDRでどう映像表現が変わっていくのか、僕としても注目しているところ。3年前からTRUE HDRに取り組んでいるというのは、おそらく2歩も3歩も先に行っていると思うし、もっとこの世界を極めたいと思っている。
ワイドカラーで言うと、マツダのロードスターの赤は「ソウルレッド」と呼ばれる色で、普通のデジカメで撮るとオレンジ色にかぶってしまう。こういった色も初めて正確に出せるようになったのがHDR、ワイドカラーの世界。またマクラーレンという会社は、おそらく意識的だと思うのだが、主立ったカラーが通常のsRGBのカラースペースから外にいる。普通に取るとマクラーレンの色はきれいに撮れないし、出せない。
いずれデジタルカメラも進化していくと思うので、HDRやワイドカラーに対応すると思うが、まだもう少し時間がかかるのではないか。2KでHDRというテレビも来年からはガンガン出てくると思うが、まだそれはきちんと見ていないのでどうなるのかは分からないのだが。僕らもSDRとHDRのテレビを並べて開発しているのだが、いったんHDRの世界を体験してしまうと、SDRには戻れない。空の表現でも、HDRの映像では階調が残るのできれいに見える。
――「GT SPORT」は1万ニットまで対応するということだが、これからテレビの性能がよくなると、よりきれいな「GT SPOR」Tを遊べると言うことか
山内氏 まさにその通り。1万ニットという世界は、PS4が採用している「HDR10」という新しいフォーマットの最大値。GT SPORTは最大値までサポートしているので、テレビを買い換えただけ幸せな気分になれるということだと思う。
おそらく、HDRがこのようにインパクトのある技術だということはあまり知られていない。なので急激にこの魅力というのは広まっていくのではないか。なおゲームそのものには露出補正があるので、SDRはSDR用にチューニングできるし、SDRモードとHDRモードを選べば、きちんとそれに収まるように露出のコントロールは行われる。このためSDRだと白飛びしてメーターが見えないということはない。
いまGT SPORTがやろうとしているTRUE HDRやTRUEワイドカラーというのは、誰もやっていない世界なので、自動車メーカーの皆さんもまだそのポテンシャルに気づいていないのだと思う。これまでのあらゆる映像デバイス、表現媒体がクルマの色を正確に表現できていなかったということを、僕らも初めて気づいたというか、確かに本物と同じだというのは作ってみないと分からなかった。そのあたりは今後、自動車メーカーの皆さんがGT SPORTというツールをどう使っていくのかというのは分からないところ。可能性はあると思うが。
――今得た開発の知識を、ほかのソニーのチームと共有しているのか
山内氏 まだ僕らだけがひたすら突き進んでいる状態。息を止めてどんどんと前に進んでいるので。
慣れといのは非常に恐ろしくて、映像デバイスであれ、紙メディアそれぞれがそうだが、デバイスに応じて「こんなものだろう」という基準があると思う。その中でこれは合っている、合っていないという判断をしてきた。
実際僕らがここのボディカラーをスペクトルベースで測定して、本当の色をキャプチャできる段階になって初めて、これまでの映像デバイスではこの色は出ないといったことを分かってきた。実際にそのようにマテリアルを作って絵を出してみると、これまで出ていなかった色が実際に出ていると分かる。今はその段階だろうと思う。
なお、まだ自動車メーカーの皆さんにはTRUE HDR、TRUEワイドカラーの世界をお見せしていない。なので今後、そういった機会は増えていくだろうと思う。
広いダイナミックレンジであったり、広い色域というのは、その分だけすべてのライティングを調和させるのがすごく難しい。ナローなレンジなものというのはちょっとずれても気づかない。それが広くて正確に出てしまうと、ちょっとした違いがすごく気になってくる。
――HDRの魅力はなかなか伝わっていないと思うが、その伝え方について何かあれば
山内氏 まずはこういったセッションをメディアの皆さんと共有することで、「結構すごかったよ」ということがユーザーに伝わっていくのが第1段階。とにかく記録することができないので、徐々に体験する機会を増やしていくしかないと思う。
ビデオゲーム機はすごく面白い時期にきていると思う。最初は荒いドット絵が動いていたのが年々進化を重ねて、今やほかの映像メディアを越えようとしている。何千万円、何億円もする、ハリウッドが使っているようなカメラを用いても、こういう映像をそのまま撮る、再生するということはできない。