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【GDC 2013】「Journey(風ノ旅ビト)」のゲームデザイン解説

デザインの対象は「感情」! プレーヤーを魅了する次世代ゲーム話法への挑戦

3月25日~29日開催(現地時間)

会場:San Francisco Moscone Center

thatgamecompanyゲームデザイナーのJenova Chen氏

 Game Developers Choice Awards 2013で「Game of the Year」を含む6部門を勝ち取った「Journey(風ノ旅ビト)」。2012年3月にプレイステーション 3ダウンロード専用タイトルとしてリリースされた後、世界のありとあらゆる賞レースで話題を席巻してきた。

 セリフも文章も一切登場せず、未知の世界を冒険する主人公とプレーヤーは一体となり、見るもの、聞くもの、感じることがそのままゲーム体験として残るという作りが特徴。ぼんやりと遠くに見える山の頂上を目指すことが示されながら、“飛ぶ”というアクションを使って砂漠や遺跡などを進んでいく。

 クリアまでのゲームプレイ時間は2時間程度で、難しいパズルや、敵との戦闘があるわけでもない。主人公の成長要素はあるものの、どちらかと言えばステージを進みやすくしたり、コレクションの意味合いが強い。

 ではなぜ、「Journey」がここまで評価を得られたのだろうか? Game Developers Choice Awards 2013発表の翌日となる3月28日には、開発スタジオthatgamecompanyの共同設立者でゲームデザイナーのJenova Chen氏によるセッション「Designing JOURNEY」が講演され、その制作の根源を話していった。

どのゲームにも表現できなかった「感情」をデザイン

thatgamecompanyは「感情」主体のゲームデザインを標榜
アイディアは2006年の時点で持っていたという
「Journey」をプレイしたことで「人生がいい方向に変わった」という少女の手紙。まだ見ぬゲーム表現の可能性を感じる

 Chen氏は、「Journey」で最も重要になっているのは「感情」のデザインだと語った。技術や、アートスタイル、メカニクスに加えて、「感情」も今後のゲームにとって必要だと考えたのだという。

 人間の生活というのは、何をするにしても「感情」の起伏を伴う。文学にしろ、ローラーコースターにしろ、映画にしろ、全ては感情が揺さぶられる。特に映画を見れば、ホラー、ミステリー、ファンタジー、コメディなど感情に寄り添ったジャンルが事細かに分類されている。ゲームにもそういった感情的なジャンル分けがあってもいいではないか、ということだ。

 またゲームを感情で分類すると、多くのゲームは「より強い力を得ること」に終始するものになっている。力を得れば、それを使いたくなる。FPSにしろオンラインゲームにしろ、ゲームの中で自分の力を誇示していくようなものが、現在の主流というわけだ。

 もちろんそれ以外にも、カジュアルなゲームやシミュレーションなど、当てはまらないタイトルもある。しかしthatgamecompanyが目指しているのは、既存ゲームのどれとも違う感情を起こさせるものだという。

 今回の「Journey」は、「宇宙飛行士が月の裏側まで行くと、宇宙の広大さに打ちひしがれて人が変わってしまう」という逸話からヒントを得ている。畏敬の念、何も知らないこと、そしてミステリーという3つのコンセプトを持たせることで、宇宙飛行士の心の揺さぶられ方を再現しているという。

 また話のベースには、Monomythと呼ばれる神話的英雄譚の手法を参考にしている。この手法は「スター・ウォーズ」、「マトリックス」、「ライオン・キング」などにも応用されているアメリカでは典型的な英雄譚で、簡潔に言えば主人公が様々な試練を経て成長する物語のこと。

 「Journey」では感情の起伏を視覚的な面からもアプローチしており、プレーヤーの感情に合わせて主人公やステージのテーマカラーを変化させている。これにより主人公の状況にプレーヤーは感情移入しやすくなり、セリフや説明がなくとも何が起きているかが感覚で掴めるようになっている。

 特に「Journey」では、クライマックスでの開放感がことさら強調されている。ここで詳しくは書かないが、綿密に練られたストーリーテリングによって感情はさらに大きく揺さぶられ、それがゆえにこの場面で大きな感動が生まれていることは、すでにプレイしたゲームファンならお分かりだろう。

感情には音楽が重要な役割を果たす。音楽を手がけたAustin Wintory氏はゲーム音楽として初めてグラミー賞「Best Score Soundtrack For Visual Media」部門へのノミネートを果たす
砂漠の山をフィールドにすることで、登ったり降りたりの緩急をつけて移動が単純にならないようにした
ゲームの進行によって主人公とステージの色合いも変化していく。右はプレーヤーの感情の起伏
クライマックスにこそ「Journey」の本質がある
プレイした人なら「そうそう」となるグラフ

武器や報酬の概念を捨てたオンラインプレイ

オンラインプレイのデザインし直しを狙った
余計な小道具を捨て、人間対人間のコミュニケーションを選択

 また「Journey」にはもう1つのコンセプトがあり、Chen氏が2009年に実際に体験した「World of Warcraft」での出来事から来ている。当時学生で忙しく、ほかの学生ともコミュニケーションが取れなくて寂しい思いをしていたChen氏は、3年間プレイしていた「World of Warcraft」のプレーヤーにそれを求めた。しかしプレーヤーたちはボスを倒すことや戦略のことばかりで、Chen氏のことなど意に介さなかったのだという。

 プレイすればするほど孤独になっていくことを感じたChen氏は、以前からアイディアのあった「Journey」でオンラインプレイをデザインし直すことを思い立つ。武器や報酬といった概念を捨て、人と人との関係性を考えたときに、思い至ったのが「広い砂漠で1人と出会う」という状況だ。

 オンラインプレイを導入するため、プレーヤーがこの状況から想起する感情の妨げになるようなシステムは排除した。ロビーのようなインターフェイス、頭上に表示されるハンドルネーム、チャットやボイスチャットも廃止し、代わりにシームレスに切り替わるマッチングシステムを搭載した。

 出会えば一緒に行動してもいいし、そのまますれ違ってもいい。Chen氏は最初から最後まで誰と出会ったかもわからないようにしようとしたそうだが、これはパブリッシャーのソニーから「繋がりを広げるためにクリア後には表示させてみては?」と提案があり、これを受け入れた。

 こうして、「Journey」はオフ/オンラインの両方で、ゲームプレイにおける新しい感情表現の方法を獲得していった。ゲームシステムだけでなく、プレーヤーの感情を明確にデザインをすること。ゲーム表現が成熟期に入り、今後はより“大人”なストーリーテリングが重要になってくるという象徴的なタイトルが「Journey」なのではないか。次世代ハードの話題と共に、次世代のゲームデザインにも期待していきたい。

孤独な旅路、1人の人間が向こう側からやってきたらどうするだろうか……
協力プレイを研究するプロトタイプも作られていた
主人公が獲得する能力とステージの難易度を考慮しながらゲームの攻略を進めるように、調和と孤独の間をなんとか縫っていく人間の社会性は似ている、という指摘

(安田俊亮)