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【SIGGRAPH 2018】「StarVR」オリジナルVR体験「Ape X」をブース出展
リリースが迫る製品版「StarVR」は2グレードを展開
2018年8月24日 11:48
ゲームの世界では一時の興奮から覚めて、落ち着きを取り戻して久しいVR/ARだが、CG全体でみると、VR/ARはまだまだホットなトピックだ。というのも、建築や産業の分野で、物理的な作業に着手する前段階で視覚化する「ビジュアライゼーション」が、引き続き注目を集めているからだ。
こうした需要を当て込んで、SIGGRAPHでは、ハード、ソフト各社とも、従来からの映画等の映像プロダクション向けの内容に加えて、近年は産業界に向けてブース展開を行なうケースが増えている。
こうしたなか、新製品「StarVR One」と「StarVR One XT」の2種類のVR HMDを引っさげ、今回のSIGGRAPHで積極的にブース展開を行なっていたのがSterVRだ。OculusやHTC、あるいはPlayStation VRとは異なりBtoBにフォーカスする同社の従来機「StarVR」を、ロンドン、ニューヨーク、ロサンゼルス等に展開するIMAXシアターが大量導入を決めたことは記憶に新しい。
先週バンクーバーで開催されたSIGGRAPH取材でのブースの模様をレポートすると共に、日本を含むアジア太平洋地域でビジネス開発を担当するMarch Lu氏から独自に情報を入手することができたので、こちらも含めてお伝えしたい。
2製品展開となったStarVRの圧倒的なスペック
2015年のE3の模様、2017年のSIGGRAPHの模様とお伝えしてきた通り、StarVRは、あまたあるVR HMDのなかで飛び抜けたFoV210度を誇る「StarVR」を手がけてきた。長らくDevelopment Kit(DK)の状態であるにもかかわらず、冒頭で述べた通り、2016年のIMAXへの大量導入に加え、昨年末には日本国内でSEGA VR AREA SHINJUKUに導入されるなど、いよいよ製品然としてきた感がある。
そして、ついにリリース版となったのが、今回SIGGRAPHで発表された「StarVR One」(以下「SVR1」)と「StarVR One XT」(以下「SVR1XT」)だ。両製品とも、今後2カ月のうちに正確なリリース日と価格が公表される。
製品版「SVR1」、「SVR1XT」を、現行のDK版「StarVR」との差分で説明すると、変更点は大きくふたつだ。
ひとつめは、ディスプレイに関するもので、水平FoVは210度と変わらないものの、垂直FoVが130度に引き上げられる。水辺210度、垂直130度という数字は、かねてから目標にしてきた値で、早々に達成をアピールしてきた水平方向に対して、実は垂直方向は達成できていなかったようだ。ここにきて遂に達成の目処がついたということだろう。
FoVの拡大は、2枚の5.5インチLCDで5,120×1,440ドットの解像度(片目あたりは2,560×1,440ドットのWQHD)を実現していたものから、1,600万サブピクセルのAMOLEDに変更されたことによると考えられる。AMOLEDの解像度は発表されていないが、AMOLEDにはRGBG4つのカラーマトリクスで1ピクセルを表示するタイプが存在するので、片目あたり2,560×1,600ドットのWQXGAパネルだとすると約1,600万サブピクセルという計算が成り立ち、両目を合わせると5,120×1,600ドット解像度と推測できる。PPIを維持したまま垂直方向に160ピクセル増加しているとすると、画面サイズは大きくなるから、垂直FoV130度が達成できたこととも辻褄が合う。
現状、5インチ程度で同解像度のディスプレイを採用するスマートフォンがないことから、確かに“特注”、つまり本機が初採用ということにもなるだろう。ピクセル数が垂直方向に140ピクセルと約11%増加しているのだとすると、画面サイズは5.5インチから6インチ程度に拡大していると思われる。画面のアスペクト比が変わるため、対角線の長さで表現する画面サイズの比較はあまり意味を持たないかもしれないが、ひとまずの参考にはなるだろう。
また、パネルの変更で、FoVに加えてリフレッシュレートも62Hzから90Hzに引き上げらている。現行のVR向けパネルには、OLEDであれば90Hzのみならず、120Hz駆動可能なものもあるため、90Hzへの引き上げは妥当なところだろう。正式リリースを前に3年が経過する間に進んだディスプレイ技術を取り込んで、妥当なものに更新したと言える。
ふたつめの変更点は、Tobii Technologiesのアイトラッカーを搭載したことだ。この分野で定評のあるTobiiのセンサーとトラッキング処理高速化チップ「Tobii EyeChip ASIC」をインテグレートしたことは、素直に評価できる。スペックは、すでにHTC Viveを対象にしてTobii Pro VRインテグレーションとして提供されているものが参考になるだろう。「Vive」の場合、アイトラッキング周期は120HzでFoVは110度といった数字が読み取れるが、FoVはHMDの限界に起因する制約と思われるため、「SVR1」、「SVR1XT」では、もう少し広がるのかもしれない。
いずれにしても、Tobiiのアイトラッキングで、ユーザー体験は大きく変わる。第一に、アイトラッッカーにより左右の目のパララックスが読み取れるようになるため、フォーカスを合わせるためのキャリブレーションがほぼ不要になる。視力の問題も絡んでくるため、完全に不要とまでは言い切れないものの、一般的な健常な視力であればキャリブレーションフリーと考えていいだろう。
上記に加えて、動的なfoveatedレンダリングが導入される。動的なfoveatedレンダリングといえば、2016年のSIGGRAPHの段階でNVIDIAのリサーチ部門が研究成果を発表していたことから、「NVIDIAの技術を基盤にしているものか?」と質問してみたところ、Lu氏からは「独自のものだ」という回答が得られた。
もっとも、アイトラッカーを供給するTobiiが、以前より動的なfoveatedレンダリングが可能だとアピールしていることから、実のところは、Tobiiの提供するセンサー、チップとライブラリをそのまま使っているだけのようだ。Tobiiセンサーで取得された注視点は、チップでのプロセスを経て、アプリケーションやゲームエンジンから取得できる。
ゲームプレイ中の人間の目は、自動車の運転中と同等かそれ以上に激しく動かして、複数の物体の動きを追いかけたり物体間や物体と自分との距離を計測しており、注視点は常に1カ所に固定されているわけではない。おそらくはTobiiが提供するライブラリ側で、注視点の状態を、固定的な位置、サッケード運動による一時的な移動、特定の物体に注目して追跡している状態などど適切に判断して、最適なfoveatedレンダリングの中心点にすべき座標を返すのではないかと思われる。
そうであれば、あとはアプリケーション側の問題で、カメラの注視点とは別に、取得したアイトラッキング注視点を中心に、Gバッファの中身を偏向してfoveatedレンダリングすればいいことになる。描画については、NVIDIAがVRWorksの一環でMulti-Res Shadingとしてfoveatedレンダリングを提供していることから、アプリケーション側で特に難しいことをしなくても、比較的簡単に対応できるように思える。
それでも現時点では、アプリケーションによってアイトラッキングの対応に差があり、すべてのアプリケーションで動的foveatedレンダリングされるわけではない。マウスやタッチペンのように透過的にドライバが組み込まれ、OSレベルからサポートされるようなデバイスではなく、アプリケーションの実行に必ずしも必要なデバイスではないことから、最低限の組み込み作業は必要になるということだろう。
では、今度は「SVR1」と「SVR1XT」の違いは何かというと、両者のポジショントラッキングの精度差の1点のみだ。位置情報の認識方式は、どちらも広義のライトハウスに違いはないが、「SVR1」はSteamVRに準拠するため、SteamVR対応ベースステーション、具体的にはHTCのViveベースステーションで動作する。他方、「SVR1XT」はというと、アクティブLEDマーカーが特徴のPhaseSpaceのトラッキングシステムが、引き続き採用される。
両者の方式の大きな違いは、ポジショントラッキングの精度で、SteamVRではベースステーションから250Hz程度の周期で照射される赤外線をHMD側のセンサーで受光して自己のポジションを求めるのに対して、プロダクションレベルのモーションキャプチャにも使用されるPhaseSpaceでは、HMDに複数設置された周波数の異なるLED発光を、高所に設置したカメラで960FPSという高フレームレートで撮像してポジションを検出することで最大20マイクロ秒の分解能を持つ。20マイクロ秒サイクルは5万Hzということになるから、非常に高精度だ。またLEDの発光周波数が変えることでそれぞれのLEDにユニークなIDをもたせているため、たとえ急な動きで位置が交錯しても誤りを起こすことはない。
まとめると、「SVR1」ではコンシューマ製品でポジショントラッキングを行なうことで、安価で導入しやすい環境を提供する一方、「SVR1XT」では価格はともかく、現状考えられるソリューションのうち最高の精度でポジション検出を行う環境を提供している。
今までの「StarVR」には「SVR1XT」に相当するものしかなかったことから躊躇していた企業も、「SVR1」のシステムが提供されることで導入の予算的ハードルが一気に下がることになる。
ドバイでプレイなVRエクスペリエンス「Ape X」をブースで体験
さて、実際にブースで体験できたエンターテイメント性のあるアプリケーションはというと、ドバイモール内にある世界最大のVR施設を標榜するVR Park Dubaiで絶賛稼働中のVRエクスペリエンス「Ape X」(エイペックス)ひとつだけがデモを行なっていた。
Unreal Engine 4をゲームエンジンに実現されている「Ape X」では、プレーヤーは改造されたメカエイプ「Ape X」となり、ドバイが誇る世界一の高層タワービル「ブルジュ・ハリファ」の頂上で、迫り来る人類の攻撃と対峙する。時代背景と舞台の違いこそあれ、設定自体はどことなく、というかほとんどそのまま映画「キングコングの逆襲」のメカニコングのような気がするが、オマージュとして受け取っておこう。
体験ブースには、「ブルジュ・ハリファ」の先端を模した2メートルほどのタワーが設えられ、ここを中心にしてVR世界が展開する。HMDの中の世界でも「ブルジュ・ハリファ」の先端と同期するから、臨場感を煽る最高の舞台装置となっている。
操作には、Viveコントローラーを使用し、作中でのメカエイプの攻撃は、左右のパンチと腕に埋め込まれた銃器からの銃撃と、理屈は抜きにして非常に楽しい。
眼下に広がる近未来的なドバイのスカイスクレイパーを見ていると、SFテイストな敵機の攻撃も自分の銃火器による攻撃も、もうなんでもアリな気分にさせてくれる。パンチを放っているときは、どうしても1930年代のオリジナルや、1960年代の和製キングコング映画を思い出さざるを得ず、脳内妄想による自分を客観視している姿と、VR HMDを通じて展開される主観とのギャップが、むしろよりキャラクターとの一体感を高めてくれる。
VR世界のなかでできることは、タワー頂上の移動と、片手でタワーを掴んで身を乗り出すこと、敵機をなぐって破壊すること、銃火器で砲撃すること、これがすべてなのだが、独特の高揚感が得られるのがVRアトラクションのいいところだ。
StarVRのLu氏によると、どうやらこの「Ape X」をご当地展開したいという構想があるらしい。現時点では特に決まった話はないそうだが、是非ともスカイツリーを舞台にして東京に凱旋してほしいものだ。
なお、現時点の「Ape X」はTobiiのアイトラッキングによる動的foveatedレンダリングには対応していない。焦点を合わせるためのトラッキングには別途コンフィグレベルで対応していたが、「Ape X」開発時にはTobiiアイトラッキングモジュールは搭載されていなかったため、まだ未対応ということのようだ。また、Unreal Engineの「SVR1」、「SVR1XT」対応にもこれからの部分があるようだ。
そのためHMDの視覚的進化は垂直方向のFoV拡大を除いて現行の「Star VR」と同一であるため、それほど目立った変化はないということになる。もちろん水平FoV210度垂直130度は大変に広い視野角で、その体感は文句のつけようがないほど感動的だ。
その一方で、SteamVRへの対応はすでに有効であったため、Viveベースステーションのみならず、Viveコントローラーも本コンテンツでは使用可能になっていた。これは、本家ドバイのVRエクスペリエンスではPhaseSpaceポジショントラッカーを使用しているが、それはあくまで今まで「SVR1」が存在しなかったからであって、コンテンツのポジション要求精度が高くなければ「SVR1」のシステムで十分リプレイス可能だということを証明している。実際、コンテンツ側のあたり判定を大雑把に取るなどの工夫もあってか、攻撃、被弾、位置のどれをとっても、Viveベースステーションで問題なく動作していた。
その他のVR体験デモとしては、ビジュアライゼーションとしてAutodeskの「VRED」とZero Lightの「StarVR Automotive VR Experience」での自動車と街並みのビジュアライゼーションデモが行なわれていた。いずれも実際の試作前にデザインや質感を確認することが目的で、複数人でVR空間内で設計に対する検討ミーティングを行なうこともできる。
VREDでは注視点の検出が行なわれてるという話だったが、foveatedレンダリングはなされていないとのことだった。一方の「StarVR Automotive VR Experience」では、Tobiiのアイトラッカーにすでに対応しており、デバッグ表示で画面に現在の注視点を表示できるほか、foveatedレンダリングによって注視点から周辺に行くに従って解像度密度が低下していく様子を確認することができた。
このように製品版に相応しい“枯れた”HMDになった「StarVR」だが、ゲーマーの関心事は、コンシューマ向けの製品がリリースされるかどうかだろう。
Lu氏によると、現時点でコンシューマ向け製品の計画はないそうだ。では、「SVR1」がコアゲーマーの手の届く価格でリリースされることはないのか探ってみたが、価格に関してはガードが固くノーコメント。Viveベースステーションやコントローラーはすでに所持しているとして、「SVR1」HMD単体で1,000ドル~2,000ドルレンジ、「HTC Vive Pro」の2倍くらいまでに入って来れば、ゲーマーもターゲットになるのでは? という問いに対しても、首を縦にも横にも降らなかった。
ただ間違いないのは、今後2カ月以内に「SVR1」と「SVR1XT」双方の価格と発売日が発表されるということだ。予想外に低価格で嬉しいサプライズとなる可能性もないこともないため、日本国内の新たなVR施設展開のニュースとともに、StarVRからの続報を待ちたい。