ニュース
【SIGGRAPH 2018】本格リアルタイムレイトレースでゲーミング体験は変わるのか!?
Nvidia“Turing”搭載プロ向けGPU製品「Quadro RTX」を発表
2018年8月15日 20:36
コンピュータグラフィックスの学会に端を発する世界最大のCGの祭典「SIGGRAPH 2018」が、8月12日(現地時間)より、カナダのバンクーバーで開催されている。隔年で開催地を変えるSIGGRAPHがバンクーバーに帰ってくるのは4年振りのことだ。
今年のSIGGRAPHも、ここ2~3年の傾向を受けて、AR/MRやそれらに対するする感覚フィードバックといったヒトの体験、体感を豊かにするデバイスや、AIや深層学習、機械学習を取り入れた高速化や高精細化の研究発表が多く見受けられる。
その結果、CG出力をアルゴリズムの工夫によって改良する発表は、相対的に目立たなくなっているように感じる。とはいえ、SIGGRAPHが、幅広い分野のCG技術が一堂に会するイベントであることに間違いはない。
会期2日目の13日には、NVIDIAが「NVIDIA@SIGGRAPH」と題して、同社のプロフェッショナル向け最新GPU製品「Quadro RTX」の発表を行なっている。例年SIGGRAPHに合わせて、プレス向けに何かしらの発表を行っている同社だが、「Quadro」の新製品を披露するのは2015年の「Quadro M4000/M5000」以来のことだ。昨年はソフトウェア技術の話題が中心で、既存の製品をeGPUとして利用する話題にと留まったのに対して、本年はハードウェアマニファクチャとしての一面を前面に押し出してきた。
次世代アーキテクチャ“Turing”、しかも世界初のリアルタイムレイトレーシングGPUというのだから、プレスや関係者に加えて、広く一般の参加者を招き入れたのにも頷ける。
本稿では、イベントの模様を通じて新製品「Quadro RTX」のスペックを紹介するとともに、“Turing” GPUの投入によって、次期ゲーミング環境はどう変わるのか、そしてエンターテイメント体験がどう変化していくのかを、まとめてお伝えしたい。
NVIDIA GPUの歴史を振り返る映像を冒頭に上映した後、登壇したNVIDIA CEOのJensen Huang氏は、CG映画の歴史を簡単に振り返った。CPUの演算性能が伸び悩む一方で、NVIDIAのGPU性能はぼぼリニアに伸び続け、CGクオリティの向上に寄与しているというのが、冒頭のストーリーの要旨だ。
事実、フォトリアルなCGを構成している要素のうち、物体のマテリアル、流体などのシミュレーション、撮像から3Dオブジェクトを得るフォトグラメトリ、キャラクターに躍動感を与えるアニメーションなど、どれを取ってもGPUのコンピューティングパワーの向上なくしては実現し得ない。
さらなる映像品質の向上が求められる昨今、新たに注目を集めている技術がリアルタイムレイトレーシングだ。このリアルタイムレイトレーシングを実現するGPU性能を有した製品が、今回発表された「Quadro RTX」というわけである。
「Quadro RTX」は演算性能、搭載メモリの異なる「RTX5000」、「RTX6000」、「RTX8000」の3製品がラインナップされており、いずれも新アーキテクチャ“Turing”GPUを搭載する。そのスペックは「RTX6000/RTX8000」に搭載されているもので、“Turing”CUDAコア4,608基で16TFLOPS+16TIPS、Tensorコア576基で125TFLOPS(FP16)/250TOPS(INT8)/500TOPS(INT4)の演算性能を持つほか、新たに追加されたレイトレース用RTコアが10Gレイ/秒のレイトレース性能を実現している。
それぞれ2,300ドル、6,300ドル、10,000ドルと結構なお値段ではあるが、プロ向けGPU製品ということで、必要に迫られているスタジオにとっては、十分に視野に入る魅力的な価格だと言えるだろう。
この「RTX 8000」を4基搭載するサーバ製品も合わせて発表されており、レイトレースでグローバルイルミネーション(GI)を行う最大96GBサイズまでのシーンなら、従来はレンダリングに数時間かかっていたものが、ものの数分で終了するという。ハリウッドプロダクションレベルの映像で“1日あたり7ショット”こなせるというが、そもそもシーンの条件によってレンダリング時間は大きく異なるほか、レイトレースで品質を上げる方向にも条件が変化するから、導入によってどの程度の高速化になるのか、ちょっと想像がつかない。
さて、この“Turing”とは、いったいどんなGPUなのか。「Geforce GTX 1080」などに搭載されている“Pascal”アーキテクチャまでのGPUは、3Dグラフィックスの描画に重要な三次元行列演算や浮動小数点演算の性能を高めるとともに、ソフトウェア側からプログラムを与え柔軟に制御できるように進化してきた。
そこに対して、“Volta”アーキテクチャでは、AI分野で十分とされるFP16に限定した浮動小数点精度に加え、INT8、INT4といった整数精度での高速処理に特化したTensorコアを追加した。
“Volta”に対して、さらにレイトレースに特化したRTコアを追加したのが、この“Turing”だ。キャッシュ性能や、メモリ帯域幅、GPU間インターフェイスの変化といった性能を左右する要因はほかにもあるが、こと演算性能に関して言うと、レイトレースをアクセラレーションできるようになったのが“Turing”アーキテクチャのすべてであり、最大の特徴であると言っていい。
“Turing”アーキテクチャ誕生の背景には、GPUの活用領域が広がった結果、ゲームグラフィックスの地位か相対的に低下していることが挙げられるだろう。PC向けGPU販売が伸び悩むなか、GPU進化の方向性が変わり、NVIDIAが新たにターゲットとした分野の要求に特化したユニットを足し上げることは、NVIDIAのビジネスにとって重要だ。
ここで一度、レイトレースについておさらいしよう。そもそもレイトレースとは何か。3D空間において、現実世界と同様に光源の影響によって変化する物体の色を、カメラ側から、あるいは光源側から光線の経路をたどって求める手法のことで、反射や屈折、拡散といった光にまつわる現象を、3Dグラフィックスに対して高品位に反映させることができるのが最大のメリットだ。
一方のデメリットは、サンプル数を限定するとはいえ、光源の影響を調べるために大量に計算を行わなければならないことだ。とはいえ、GPUパワーが不足するために、レイトレースを採用することができなかったひと昔前とは異なり、現世代のコンソール機でもアルゴリズムを簡略化したり光源を限定するといった工夫を用いて、リアルタイムレイトレーシングを実現しているタイトルは存在する。
レイトレーシングそのものは決して今に始まったことではなく、冒頭でHuang氏が引用していたように、単純な球体が2つ空間内に存在するだけのものではあるものの、再帰的に複数回の反射を行うレイトレーシングが、1979年の段階で512x512の解像度で1.2時間かけて実現されている。
品質を優先するために、プリレンダリングした素材をコンポジットして最終出力を求めるCG映像において、リアルタイムであることは優先されてこなかったが、もともと潜在的な要求はあった。今まで脚光を浴びなかったのは、CG映像に求められる品質にコンピューティングパワーがまったく追いついていなかっただけのことだ。
良好なレンダリング結果が求められ、かつ現実をシミュレートしたCGが求められるのはCG映像だけではない。建築ビジュアライゼーションや工業デザインの領域でも、リアルタイムCGへの関心は高い。
レイトレースという手法のうち、かなり律儀な部類に入るモンテカルロ法に基づくものであっても、リアルタイムか、それに準じる速度で高品質な結果が得られるのが“Turing”を搭載する「Quadro RTX」というわけだ。
では、NVIDIA GPUの出発点であるゲームにとって、“Turing”アーキテクチャ製品はあまり意味を持たず、大きな関心を持つ必要はないのだろうか。答えは、イエスであり、ノーでもあると言えるだろう。
イエス、つまり意味がないとする理由は、どれだけ良好な結果が得られるGIが実現しても、得られる視覚上の変化は、ごくわずかだというところにある。光の反射、屈折、拡散が、より正確にシミュレートされ、出力品質は確かに大きく向上するが、そこから得られるインプレッションが劇的に変わるとまでは言えない。
というのも、ゲームグラフィックスは、速度を稼ぐために簡略化されてはいもののすでにレイトレースを実装しており、異なるGIモデルのラジオシティ法や、IBLによる擬似光源やスクリーンスペースで結果求める各種方法などとの組み合わせで、すでにかなりの品質に達しているからだ。
また、リッチなビジュアルは間接的にゲームへの没入感や興奮度を高めてくれる要因ではあるが、フレームレートや操作感といった要素のほうがゲーム体験にとっては重要で、必ずしもゲームの最優先事項ではない。また、技術デモのように鏡面反射の強い映像は華やかで目を引くが、そうした表現が活きるゲームジャンルは限られている。
答えがノーであるとする理由、つまりゲームにとって大いに意味があるというのは、映像の表現力や物語の演出力を持つ一流のプロダクションが、ゲームのシネマティクス製作に参入しやすくなるところにある。
現状では、映像プロダクションが当然としている製作手法やデータセットを、ゲーム特有のリアルタイムレンダリングにそのまま対応することは難しい。そのためリアルタイムCGに取り組む映像プロダクションは、UnityやUnreal Engineの特性を習得し、ゲームエンジンに合わせたデータを用意する必要がある。近い将来に“Turing”GPUのコンシューマ製品が普及すれば、データの差異はなくなるか、かなり縮まることから、ゲーム参入への障壁は一気に低くなる。
本格的なレイトレースを活用したコンテンツは、ハードウェアの導入コストとの兼ね合いもあって、当面は3月のGDCでEpic Gamesが発表したのに続いて本イベントでもNVIDIAから紹介されたVRエクスペリエンス「Star Wars: Secrets of the Empire」のように、映像表現に重きを置いたエンターテイメント、例えばディズニーやユニバーサルの大型テーマパーク、セガやバンダイナムコなどが展開する大型アミューズメント施設向けのコンテンツに限定されるだろう。
とはいえ、コンシューマ向けGPUがかれこれ2年ほど“Pascal”世代に留まっていることから、ごく近い将来に“Volta”アーキテクチャをスキップして、PCやコンソール向けGPUを“Turing”に移行させる可能性は十分にある。メモリ帯域幅や演算ユニット数を制限するなどして、プロフェッショナル向け製品とは性能の差別化は行われるだろうが、“Turing”を名乗る製品なら、Tensorコア部分はともかく、少なくともRTコア部分を同一のダイに納めてくるに違いない。
“Volta”アーキテクチャは“Pascal”からの拡張部分がAIに向けたTensorコアの追加だったのに対して、ゲームに対して有意なレイトレーシング拡張を含む“Turing”であれば、コンシューマとの親和性も高いと考えられる。
“Turing”アーキテクチャのハードウェアを触るためのAPIとしては、自社のOptiXに加えて、MicrosoftのDXR、Khronos GroupのVulkanと外堀はすでに埋まっている。加えて、これらのAPIの上位レイヤに位置するゲームエンジンでは、「Star Wars」のVRエクスペリエンスでNVIDIAと協業していることから、Unreal Engineのリアルタイムレイトレーシング対応に積極的な姿勢がうかがえる。
加えて、ゲームではハードウェアの機能の進化に応じて、“できること”が増えた際に、新しいゲームデザインが生まれる傾向がある。スクリーンスペースでは得られない正確な反射や、拡散によって動的に明瞭度を変化させる鏡像を単にリッチなビジュアル表現としてだけでなく、ゲームデザインの核心に取り込んだタイトルが登場するかもしれない。
直近では来週ドイツで開催されるGamescom 2018の会期中に、一般参加可能な「GEFORCE GAMING CELEBRATION」イベントが開催されることから、コンシューマ向け「GeForce」に対して“Turing”アーキテクチャ製品が発表されるかもしれない。まだまだ憶測の域を出ないが、Gamescomに期待して待ちたい。