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【特別企画】現世代のVR HMDは本当に「買い」なのか!?

「SIGGRAPH 2015」に見る新VRデバイスの潮流

8月9日~13日開催(北米太平洋時間)



会場:LAコンベンションセンター

今年はE3と同じロサンゼルスのコンベンションセンターで開催された

 8月9日から13日にかけて、世界最大のコンピューターグラフィックスの祭典SIGGRAPH 2015が米国ロサンゼルスで開催された。SIGGRAPHでは、ゲームのみならず、ハリウッド映画やインダストリアルデザインといった分野まで広くコンピューターを活用した映像をカバーしている。また、CGの学会に端を発していることもあって、セッションや展示にアカデミックな色合いが強く、イベント運営にも学生ボランティアが数多く参加しているのが特長だ。

 本稿では、昨今大きな盛り上がるを見せるヴァーチャルリアリティ(以下「VR」)について、SIGGRAPH会場で得られた情報を紹介したい。対象が広範なため、ゲームにフォーカスしたDGCやE3とは、趣の異なるものもあるため、ぜひご一読いただきたい。

ドームテントに360度映し出されたアートや車の衝突体験VRも

研究開発中の新VRデバイスが集結

 まず、ホールGに展示されていたVR VillageとEmarging Technologiesから、特に面白いと感じたデバイスを紹介する。

 1つ目は、日本VR学会主催「国際学生対抗バーチャルリアリティコンテスト(IVRC2014)」で昨年総合優勝した「Childhood」だ。「Childhood」は現役筑波大生による作品で、自分のベルトラインあたりに装着したカメラからの映像をHMDで受け、シリコンで造形された“幼児の手”を内側に備えたグローブを装着することで、子供の感覚を疑似体験するVRシステムだ。

 実際に大学の病院内で、大人では気づくことができない危険箇所や子供とのコミュニケーションを阻害する要因を発見するために活用されているという。彼らの本来の研究テーマは、残存する生体機能を活かした障害者支援用の外骨格や、精密な動きが要求される外科医師の手の動きを抑制して手術を支援する装置の研究とのことで、この「Childhood」も本来の研究から着想を得ている。

 もともとがシリアスな目的で開発してきたものでありながら、「Childhood」のアイディアを応用して活用したいというエンターテイメント業界からのオファーも上々とのことだった。「ライセンスモデルでビジネスになるといいですね」と問いかけたところ、「いや、ある程度宣伝になって、授業料くらいまかなえれば……」と、なんとも学生さんらしい欲のない回答が得られたのが印象的だった。

【Childhood】
システム全体は民生品を組み合わせて製作されている。グローブは3Dプリンタで出力

 2つ目は、Disneyのリサーチ部門とカーネギーメロン大学が共同で研究しているグローブデバイス「Po2」。このグローブの機能は実にシンプルで、グローブの内側に取り付けられたバイブレーターが振動する。たったそれだけである。この「Po2」に、Kinectセンサーとモニターを組み合わせたものがシステムの全容で、モニターに向かって体験者が両手の手のひらを近づけると、相互にビリビリが発生して真ん中でスパークしているようにモニターに映し出される。両手の間のスパークは、高く上げた方の手に移動していく。スパークが手のひらに当たると大きな振動を受け、スパークの衝撃を受けるといった趣向だ。

 ブースにアテンドしていた学生に「バイブレーター以外にジャイロや加速度センサーを付けて位置や向きを検出できるようにして、Kinectカメラがなくても動作するようにしては?」と問いかけると、「そういうフィードバックは確かにあるが、すでにKinect等が普及しているので、それらとの連携を含めて考えることで、シンプルさを保ちたい」といった回答が得られた。ドラゴンボール気分が味わえて誰でも単純に面面白さを感じると思うが、ちょっとエンターテイメントとしては物足りない印象だ。

【Po2】
スパークすると衝突した側の手のひらにバイブレーションが走る

 3つ目は、慶応義塾大学の正井克俊氏が主導する「AffectiveWear」で、これは今すぐにでもゲーム用HMDデバイスに搭載されそうなテクノロジーだ。

 最初に、目の周囲を覆うように配置された赤外線センサーが顔表面との距離の変化を測定してユーザーの表情を検出する。実際にデモでは、センサー搭載のHMDを装着する際に喜怒哀楽の表情のキャリブレーションを行なっていた。そうして得られた当人の表情のクセのデータとあらかじめ学習済みの多数の表情データを総合して、ゲームプレイ中の現実の表情変化をVR空間内のキャラクターの表情に反映させることができる。これは、プレーヤーが同一の空間で楽しむゲーム、特にMMOゲームにおいて意味を持つだろう。

 このテクノロジーにより、従来はチャットメッセージと共に、キーボード等の入力操作で行なっていたエモート表現を、実際に自分の表情を動かして一緒にプレイする複数のプレーヤーに伝えることができる。加えて、スタンドアローンの三人称視点のゲームにおいても、自分の表情をリアルタイムにキャラクターに投影できれば、少なくともプレーヤーキャラクターに関して、いわゆる「不気味の谷」を越えられる可能性があるように思えた。

 「不気味の谷」の最大要因は、3Dモデルの造形や質感、レンダリング品質に比べて、モーションアニメ、特にフェイシャルアニメの変化が乏しかったり、ぎこちなかったりすることに起因するため、同時にグラフィックデータ側での工夫が必要なものの、このテクノロジが解決してくれそうに感じる。

【AffectiveWear】
「AffectiveWear」はOculus Riftにちょうどすっぽり入るサイズに作成されている。16箇所のセンサーで表情を検出

 最後は、現在のHMDをさらに進化させるテクノロジだ。ご承知の通り、HMDには左右それぞれの目にズレた絵を見せることで、人間の奥行きを感じる能力をだまして平面の絵を立体だと錯覚させる機能が備わっている。この原理は相当に古く、左右の目の視差を利用するという意味においては、1838年のチャールズ・ホイートストーンの考案から基本的に変わっていない。子どものころ学年誌や学習誌に付いてきたものと原理的には同じものだ。

 ところがNVIDIAのリサーチ部門とスタンフォード大学の研究室が共同で開発した「Light Field Stereoscope」では、ライトフィールドという手法を併用して、より自然な立体視を実現している。ライトフィールド版のHMVには、前後に2枚の液晶パネルが使用されており、2枚のパネルはわずかに離れている。左右用に2枚、前後用に2枚の合計4枚の異なる画像を表示することで、被写界深度を利用した立体感が感じられるのだ。

【Light Field Stereoscope】
2枚の液晶パネルに結像させるための四次元データはNVIDIAのCUDAで計算されている

 2枚の液晶パネルには、単純にレイヤを二重に表示しているということではなく、無限遠点に相当する奥側のパネルと、最小焦点距離に相当する手前側のパネルそれぞれに、前後左右4枚のイメージを肉眼がひとつに結合する際、合焦させたい距離にピントが合うように計算されたイメージを表示している。このうち前後のイメージを変化させれば、任意の距離にピントを合わせられるということになる。CGであるがゆえに、シームレスに焦点距離をアニメーションさせることも可能だ。

 また、本HMDには乗算型の液晶パネルが採用されているのだが、これは加算型の液晶パネルを用いると、暗い物体の後ろ側に明るい物体が隠れている場合に、3D空間中の前後関係と関係なく明るい物体が前に出てきてしまうからだ。乗算型の液晶パネルを使用するとこの問題は発生しないうえ、複雑なシーンで合焦していない部分のボケに良好な結果をもたらす効果もある。

 実際にブースで体験したところ、4種類の同じ画像を、従来の視差を利用した方式とライトフィールド併用方式とを切り替えながらデモを進めてくれた。両者の差は歴然としており、明らかにライトフィールド併用方式のほうが、自然でなだらかな立体感を感じることができた。ただし、視差のみの方式と比較して、目に優しく快適なのは間違いないが、ライトフィールド方式の採用だけで即“VR酔い”を解決してくれるわけではない。プレーヤーの入力に反するカメラの移動や、ヘッドトラッキングとディスプレイ更新のズレのほうが、はるかに影響が大きいため、過度の期待は禁物だ。

 ところで、なぜNVIDIAがHMDの開発に関与するのだろうか。「ついにNVIDIAがHMDに参入か!?」と思い、実際に本研究に関与しているNVIDIAのリサーチ部門のデモンストレーターに聞いたところ、あくまでユーザーがどういったものを求めているのかを調査する一環とのことだった。四つの異なる画像をレンダリングする必要性から、よりGPUパワーが必要になり、結果としてNVIDIAのハイエンドGPUが売れるかもしれないが、それはあくまで副次的なものだと笑って答えてくれた。

このライトフィールド方式HMDの構造は非常にシンプル。それゆえ、安く安価に製造できる

 その他、まだまだ実用化には程遠いテクノロジや、アート色の強い展示が数多く見られた。こういった一面が見られるのも、アカデミック色の強いSIGGRAPHならではといったところだろうか。これらのプリミティブな研究成果が発展して次代の製品を産んでいくかと思うと、素直にエールを送りたい。

ゲームVRの本丸、HMDの雲行きには暗雲が立ちこめている?

SIGGRAPH2015会期中、コンベンションセンター近隣のLA LIVEで新APIセットDesignWorks VRを発表したNVIDIA

 さて、ゲーム関連VRの雄といえば、ヘッドマウントディスプレイ(以下「HMD」)である。年内から来年にかけての発売日も迫り、否応なしに期待感が高まっている昨今だが、SIGGRAPH 2015では今ひとつ盛り上がりに欠けていた。

 各セッションの聴講や個別のヒアリングで得た情報を総合しても、必ずしもすべてがバラ色というわけでもないように思える。というのも、この期におよんでも、リアルタイム、プリレンダを問わず、ソフト側の準備が今ひとつ進んでいないように思えるからだ。確かにSDKが準備され、各種開発環境やゲームエンジンもVR開発のサポートを表明して、順調に対応が進んでいるような雰囲気ではあるが、各メーカーは更なるマシンスペック、とりわけGPU性能の向上に期待して、若干様子見の傾向があるように感じられる。

 ゲームアプリケーション開発サイドの甘えと言われればそれまでなのだが、最もありがちなシナリオは、今ままでのゲームの作りの相場観から脱しきれないことだ。ビジュアル品質を、維持どころか野心的に向上させようとして、高フレームレートを維持しきれず、プレイに耐えないVR酔いしてしまう悪質なVRゲームが多く産み落とされてしまいそうだ。平均60FPSならともかく、いかなるシチュエーションでも最低60FPSや75FPSキープは、なかなか高いハードルである。

 HMDハードウェアのリフレッシュレートが90Hzであろうが、120Hzであろうが、GPUやソフトウェアのドローパフォーマンスとは別の話である。仮にHMDに該当するモードがサポートされたとしても、全視界を覆う特性上、リフレッシュタイミングまでに描画しきれなかった途中のイメージでリフレッシュを行なうことは考えられないため、オブジェクトやエフェクトの多いシーンでは、あっさり処理落ちすることになる。

エキシビジョンホールのNVIDIAブース内VRマイクロブースとUnityブース。ブース出展は控えめながら、Unityは初心者向けのハンズオンも別ホールで開催

 逆に、鉄の意志をもってしてフレームレートを絶対遵守をしたらどうなるだろう。それはゲーム側で、何かしら“サボった絵”を描かざるを得なくなるということを意味する。一番現実的なのは、かなり大胆にライトやシャドウをベイクしてしまうことだろうか。このアプローチを採ればドローパフォーマンスの向上が見込めるが、空間内のダイナミックライトとの兼ね合いで、どの程度違和感を感じるかはなんとも言えない。

 しかし、このアプローチは、より大量のトライアングルを描くことで造形の精密さを獲得し、物理的に正しい複雑な光源計算をより正確に行なうことで、空間の自然な色合いや広がり、立体感を向上させ、さらには得られた3Dレンダリング結果にフィルタをかけてビジュアル品質を向上させ続けてきたゲームグラフィックスの歴史に逆行することに他ならない。

 モニターハードウェアも、CRTから液晶に移行する際に、色再現性の低下やアスペクト比の変化はあっても、画面解像度が大幅に低下することはなかったように思う。実のところ、現在のHMDの解像度は、視野の広さに対してそれほど高くはない。多少高解像度の製品であったとしても、右目用と左目用で半分にし、レンズを通した後に歪みのない像を得るために樽型にレンダリングしなければならないため、どうしても有効に使える部分が減ってしまうためだ。さらにレンズを通して拡大して見る関係上、どうしてもピクセル密度が荒さが目立ち、裸眼と比較してほんの少し暗く感じるのもマイナス要因だ。

 これらのハード、ソフトの後退要因によって、新製品、イコール、パワーアップに慣らされてきた開発者もエンドユーザーも、VR HMDに広がる空間に多少なりとも“寂しさ”を感じるのではないかと予想する。それらを押してでも、圧倒的な没入感と臨場感というエキサイティングな体験が得られるから、多少のアラには目をつぶって我慢する、というのが正直なところではないだろうか。

 「ゲームはグラフィックがすべてではない。脳内補完だ!」と息巻いたところで、全視界を覆うことでより強烈に脳に対して映像を印象付けるHMDでは、通常のTVモニターよりさらに脳内補完することは厳しい。脳内補完はもっと表現力に乏しい媒体でこそ大きく働くものだ。

VR向けのグラフィックスに積極的に取り組むMichael Murdock氏らのTALK.より。VRの良さは、ユーザーのインタラクティブな介在により必然的に作品の物語を伝えられることにあると語っていた

 HMDの魅力は、とにかく第三者に伝わりにくい。よって現状のように、“自分は止まったままで、周りだけが動く”、というふうな偏ったコンテンツばかりだと、HMDは日本で商業的に失敗するだろう。従来通りのコンテンツの魅力に頼りきったやり方は通用しない。なにせプレイしてみないとVRの魅力は伝わらないのだから。

 では、どうすればいいのか。まずは、高級感を演出し、大人のマニアが欲しがるモノにすることだ。かつてのソニー製品やApple製品、カメラ、クルマのように素材や質感にこだわって、モノとしての価値を高める必要がある。何ができるのか、何が面白いのか分からなくても、ファーストインプレッションで思わず手にとってしまうようなモノとしての魅力が欲しい。現在のHMDはその魅力がまだまだ足りないように思える。

 もう1つは、コンテンツのラインナップの修正を図ることだ。実のところ、現状のコンテンツは、まだまだこなれておらず、短時間の体験としては楽しくても、ちゃんと10時間20時間遊べるかというと大いに疑問だ。一般的なユーザーが、せっかくファーストタッチに漕ぎ着けたとしても、王道コンテンツ不在では、いい意味での新感覚体験とはなりにくい。ビジュアル表現の制限はなかなか厳しいだろうが、HMD最大の特性である没入感や臨場感を極限まで追求した尖ったゲームを望みたい。

(谷川ハジメ)