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【特別企画】世界の隅々までゲームを届ける! バザールのアジアゲームビジネス奮闘記(前編)

“人から人”、“ムスリム”向けのゲームプラットフォームでインドネシア攻略を目指す

4月取材

取材地:インドネシア バンドン

 バザール・エンタテインメント(以下、バザール)というゲームメーカーをご存知だろうか。新興市場向けのゲームプラットフォーム「Game Bazaar」をインドネシアで展開しているゲームメーカーだ。

 創業者は、元ソニー・コンピュータエンタテインメント(現ソニー・インタラクティブエンタテインメント)で長年アジアビジネスを担当してきた大和田健人氏。2014年に創業して以来、テストマーケティングの地に選定したインドネシアの内陸都市バンドンに在住し、日本とインドネシアを往復する生活を行なっている。

 バザールについてはちょうど3年前、まだテストマーケティングを行なっている時代にバンドンを訪れ、その取り組みをレポートした(参考記事その1その2その3その4)。

 あれから3年が経過し、同社を取り巻く環境も大きく変化した。中でももっとも大きな転機となったのは2017年9月に正式発表されたブシロードとの資本提携だ。この提携でバザールは70万ドルを獲得し、テストマーケティングを繰り返しながら、出資先を探す旅は終わりを迎え、ついに正式ローンチという本当の旅をスタートさせた。

 アジアウォッチャーとして、バザールの取り組みは定期的にウォッチしていたが、細かい話は現地に行かなければわからないというところで、3年ぶりにバンドンを訪れ、正式サービス後の動向を取材した。

 本稿では、まず前編としてバザールのユニークなビジネスモデルと、最新の取り組みについてレポートし、後編ではバザールがビジネスのコアバリューとして掲げ、独自に推進している“マイクロeスポーツ”に対する取り組みについてお伝えしたい。

【バンドン】
2015年以来、3年振りに訪れたバンドン。朝はカラッと晴れ、その暑さが雨雲を呼び、夕方からはスコールが降る。市民市場の風景も変わらず、ジャカルタに比べてローカル感が漂う都市だ

ゲームコンテンツを人づてで渡す独創的なビジネスモデル

新興国を対象にしたゲームプラットフォーム「Game Bazaar」
「Game Bazaar」を使えばP2Pで50MBのアプリが10秒でダウンロードできる

 まず、改めてバザールのビジネスについて紹介すると、インフラの脆弱な新興国を対象に、P2P型のコンテンツ配信プラットフォーム「Game Bazaar」を介して、独自のモバイル向けゲームコンテンツを提供しているゲームプラットフォーマーだ。平たく言えば、ネットが遅い地域でも、WiFiネットワークを使うことで、人から人へダイレクトにコンテンツを供給することを可能にするP2Pサービスだ。

 モバイルゲームビジネスは、極端に言えばApp StoreやGoogle Playにゲームコンテンツを置くだけで始められる。それだけで世界中に配信でき、ヒットすればロイヤリティを抜いた金額が手に入る。かつてないほどシンプルなビジネスモデルと言えるが、新興国ではそうはいかない。インターネットの回線速度が遅すぎて、マルチプレイどころか、ゲームコンテンツを手に入れることも難しい。課金決済もハードルが高い。クレジットカードを持たない人が多いし、プリペイドカードも単価が高く、なかなか手を出せない。ゲームパブリッシャーとしても、インドネシアは人口が多く、高い潜在需要があるのはわかっていながら、諸問題に攻めあぐねなかなか手を出せないのが現状だ。

【新興国の課題とバザールのソリューション】

 そこに目を付けたのがバザールだ。常道と言えるApp StoreやGoogle Playでの配信を初期段階で構想から外し、人を介した配信に切り替え、独自のゲームコンテンツ配信プラットフォーム「Game Bazaar」に加えて、コンテンツの配信を行なってくれるディストリビューター向けアプリの2種類を同時開発した。

 バザールはディストリビューターに対して管理用アプリと、商材となるゲームコンテンツを提供し、ゲームをプレイするために使用する独自の仮想通貨Bazaar Goldを販売する。ディストリビューターは、ユーザーに管理用アプリを介して、ゲームコンテンツの配信と、Bazaar Goldを販売する。ユーザーがゲームでBazaar Goldを使ってくれればバザールとディストリビューター、ゲームパブリッシャーの三者が儲かる仕組みだ。

【バザール・ディストリビューターのご紹介】

 Bazaar Goldは1ゴールドは1,000ルピア(約7.8円)単位で販売されており、これが1プレイあたりの最小単位となっている。その内訳は50%がバザール、35%がコンテンツホルダー、15%がディストリビューターの取り分となる。実際には、現在ローンチキャンペーン中ということで、ディストリビューターを増やすために、バザールの取り分はゼロにしているという。

 大和田氏は新たなディストリビューターの開拓のために、自身とスタッフで手分けしてバンドンに点在する大学を訪ね、学生達が集う学食や広場に赴き、スマートフォンを持ち込んで、「Game Bazaar」の魅力を“布教”している。

【テレコム大学】
広大な敷地に団地のような寮を抱え、数万単位の学生を抱えるテレコム大学。イベントが行なわれたのは週末だが、寮から多くの学生が出入りし、あたかも街のようだ

イベントのオープンに合わせてスタッフと打ち合わせする大和田氏
ブースに訪れた学生に、大和田氏がディストリビュータープログラムについて説明している
訪れた大物ディストリビューターに報酬を手渡す大和田氏

 大和田氏やスタッフは、集まってくれた学生達にゲームを無料で遊ばせ、興味を持ってくれたユーザーには、Game Bazaarをインストールして貰い、高速インターネット回線がなくても、すぐにゲームアプリがインストール可能で、かつ何百ものゲームが基本無料で楽しめることをアピールする。

 ゲームを遊んだり、そのビジネスモデルを聞いて興味を覚えたユーザーは、その場でディストリービューターになることができる。ディストリビューターとなったユーザーは、“バザールの代理店”として、管理用アプリを介して仲間達にゲームを配信し、ユーザーがそれらのゲームでBazaar Goldを使ってくれた分だけ、ロイヤリティ収入が発生するという仕組みだ。

 ちなみにディストリビューターへの報酬は、まだ人数が限られているため、手渡しで行なわれている。今回の現地取材中にも、ディストリビューターが集まるタイミングがあり、137人ものユーザーを抱える大手ディストリビューター(といっても学生だが)に対して、大和田氏自身が月額の成果報酬として67万ルピア(約5,300円)を支払っていた。

 一見大した金額ではないように思えるが、インドネシア月給が400万ルピア(約31,500円)ということを考えると、学生のバイトの報酬としては十分高額だ。もし、フルタイムでディストリビューターの活動に勤しめば、その収入は倍以上となり、インドネシアでは十分生活していける額を稼ぐことができる。バザール自身は、まだロイヤリティ収入を受け取っていないため、投資フェイズで持ち出しばかりということだが、バザールのディストリビュータービジネスだけで、飯が食えるディストリビューターが生まれつつあることに衝撃を受けた。

 バザールの目標は、彼のような活発的なディストリビューターをバンドンのみならずジャカルタ、バリなど、インドネシア全土に広げることだ。アクティブなディストリビューターはまだ数百人単位ということだが、これを数万人、数十万人単位まで増やし、ディストリビューターが新たなディストリビューターを生み出すねずみ算的な流れを作って行きたいという。ここインドネシアで、人から人のゲームビジネスが、史上初めて成功するかもしれないという興奮を覚えた。

創業から4年。失なわれつつある有意性と、新たなチャレンジの模索

リノベーションされたバンドン国際空港
空港の待合室で「荒野行動」をプレイするゲームファン。3年前は考えられなかった光景だ。インドネシアでもリッチコンテンツが楽しめる時代になっている

 無事バンドンでのローンチに成功し、一見順風満帆に見える「Game Bazaar」だが、実は大きな問題に直面しているという。それはインドネシアにおける“高速インターネット回線の普及”だ。インドネシアの人びとにとってはありがたい話だが、“脆弱なインフラ”に対する独自ソリューションをウリにしてきたバザールにとっては逆風になる。日本のように、ストアでアプリをダウンロードして、サクサクプレイできる環境があれば、わざわざディストリビューターを介して人づてにアプリを手に入れる必要はなくなるからだ。

 3年前訪れた時には、インターネットの回線速度が0.1Mbpsすら出ず、しかもプツプツ切れ、テキストメッセージのやりとりがやっとという実情に衝撃を受け、それと同時に、当時大和田氏が提唱していた「Game Bazaar」のゲームプラットフォームとしての有意性を確信した。

 しかし、3年振りに訪れてみると、インターネットがどこでも快適に利用できることに気づいた。4Gが至る所で入り、10Mbps以上のスピードが出る。静止画やWebページの表示はもちろんのこと、YouTubeやTwitchのようなストリーミング再生も楽々行なえる。空港やカフェでは無料WiFiも多く、バンドン国際空港の出発ロビーでは60Mbps出ていた。街にも、以前はなかった「Mobile Legends」のような100MBを超えるようなリッチコンテンツの広告が目立つ。あきらかに時代が変わっていた。

 当然、バンドン在住の大和田氏自身も、その潮目の変化を敏感に感じ取っていた。資金調達に手間取った結果、技術的な有意性のあるタイミングでローンチできなかったことを悔いつつも、“ゲームというものにあまり縁のない新興国の人びとに対してエンターテインメントを届ける”という会社の使命まで否定されたわけではないということで、豊富なテストマーケティングで得られたユーザーの意見を元に、「Game Bazaar」と同時平行して、新たな施策に乗り出している。

 ひとつは「Bazaar TV」、もうひとつが「Game Bazaar」のてこ入れ策としての「マイクロeスポーツ」だ。今回のバンドン取材では、その2つを取材することができた。

【インドネシアも高速インターネットが導入へ】
左がバンドン国際空港、中央がトランジットで立ち寄ったバリのデンパサール国際空港、右が筆者の東京の自宅。バンドン国際空港では、60Mbps、Ping9ms、ジッター0.53msという非常にクオリティの高い高速回線が引かれていることがわかる。一方、デンパサール国際空港のように、やはり依然として遅いエリアは存在することがわかる

ソーシャルからゲームへの自然な流れを目指す動画ソーシャルアプリ「Bazaar TV」

「日本の祭り」のバザールブース。「Bazaar TV」初お披露目の場となった
ゲームのほか、ホラービジュアルノベルやファッション、ロマンスノベルなど、女性も強く意識している

 「Bazaar TV」は、インドネシアの10代の若者の間で爆発的な人気を集めている「動画ソーシャルアプリ」のカテゴリに属するアプリだ。UIは中国やアジアで人気を集めているTik Tokに近く、従量制課金で容量を気にするユーザーでも気軽に閲覧できるようにするため、動画形式にアニメーションgifを採用。バザールによる公式動画のみならず、会員登録すれば誰でも動画を投稿でき、それをシェアしたり、コメントを付けたりして仲間と一緒に楽しむ。将来的には、YouTuberのようなどんどん発信してくれるユーザーに対する褒賞プログラムも用意していくという。

 もっとも、この「Bazaar TV」でバザールがゲームビジネスを止めて動画ソーシャルビジネスに鞍替えしたというわけではない。本業はあくまでゲームプラットフォーマーで、「Bazaar TV」はゲームを配信するためのプラットフォームに過ぎない。

 「Bazaar TV」では、動画のみならず、広告モデルを採用した無料ゲームアプリや、現在インドネシアで大流行しているというテキストノベルスタイルのホラーゲームなども配信している。「Bazaar TV」とテキストノベルはバザールの自社開発で、ゲームアプリと広告はドイツから仕入れており、ゲームをプレイして広告を見て貰った回数に応じて、ドイツのメーカーと売上をシェアするモデルとなっている。

 この「Bazaar TV」は、丁度筆者がバンドンを訪れたタイミングで、ソフトローンチがスタートし、テレコム大学で行なわれた文化祭「日本の祭り」のバザールブースで、「Bazaar TV」のお披露目を行なった。

【日本の祭り】
「日本の祭り」はテレコム大学が年に一度開催している日本文化に特化した文化祭。日本好きの学生たちが企画しており、日本のゲーム、アニメ、マンガ、カラオケ、お化け屋敷など、実に様々な日本カルチャーを楽しむことができる

 単に「Bazaar TV」のデモ機を置いただけでは人が集まってくれないため、ピコピコハンマーとヘルメットを会場に持ち込み、「たたいて・かぶって・ジャンケンポン」を遊ぶと、ブースの壁紙に使われている京都の庭園をバックに写真が撮れるというイベントを開催。そのイベントに参加してくれたユーザーに対して、「Bazaar TV」を紹介し、Google Playからダウンロードしてもらうという地道な作業で会員数を増やしていた。

 「日本の祭り」は2日間で数千人が訪れたと見られるが、「Bazaar TV」には200人近くが登録したという。オフラインイベントでの獲得率としては上々の数字ということで、ここからリピーターとなるファンを増やし、ファンによる口コミ効果で広がるかどうかが今後の鍵を握る。

【たたいて・かぶって・ジャンケンポン】
バザールブースでは、「Bazaar TV」をアピールするために、「たたいて・かぶって・ジャンケンポン」で人を集めていた。対戦後は2人で日本の風景をバックに写真が撮れるご褒美も用意。後ろで見ながら、若者の関心を高めるのはなかなか大変だと思わされた

 筆者もさっそく体験してみた。機能的にはフィードを上下スクロールで閲覧しながらソーシャルなアクションを取れるだけと至ってシンプルな内容だが、とにかく動作が軽い。なんだからさらさらしすぎていて、もう少しフックになるような要素が欲しいと思うところだが、この軽さが若者にフィットするのだという。大和田氏によれば、わずか2カ月で開発し、アプリサイズは1MBを切っているという。今後、大学でのテストマーケティングを行ないながら、学生達が求める機能を拡充していきたいということだ。

【Bazaar TV】

 ちなみにこの「Bazaar TV」は、現時点ではインドネシアのみの展開となる。その理由を大和田氏に尋ねると、「Game Bazaar」がバンドンのみに展開先を絞っているのと同じ理由で、「ムスリム(イスラム教徒)に対してゲームビジネスを成功させたいから」という意外な答えが返ってきた。

 ご存じの通り、インドネシアはアジア最大のイスラム教国だが、ムスリムは一般的に言って、ゲームを始めとしたエンターテインメントへの関心が低く、他のムスリム諸国でもゲームビジネスが大きな成功を収めている国はない。1日5回のサラート(礼拝)や、ラマダン(イスラム暦9月)におけるサウム(断食)、シャハーダ(行動規範)に基づく食事制限や賭け事の禁止など、他の宗教では見られないムスリム独自の規律が存在しており、単なるローカライズ、カルチャライズだけではなく、宗教を意識したいわば“レリジョライズ”が必要になることが参入障壁を高める要因となっている。

 逆に言えば、ムスリムはそれだけ大きな潜在需要を残しているマーケットでもあり、大和田氏は「インドネシアで成功を収めれば、世界中のムスリム国で成功できる」と自信たっぷりに語ってくれた。

 では、バザールが「Game Bazaar」に導入しているレリジョライズとは一体どのようなものなのか。それはレポート後編でお伝えしたい。後編のメインテーマは、バザールが「Game Bazaar」の新たな施策として進めている「マイクロeスポーツ」。ぜひご期待いただきたい。

【ムスリムの攻略に挑むバザール】
ユーザーもムスリムなら、スタッフもムスリム。大和田氏は、日本人として未だかつてないムスリム圏ゲームマーケットの攻略に挑んでいる