【特別企画】
1台のPCの“その後”を決定づけた名作「テグザー」。現代でも色あせない魅力を持つ同タイトルも今年で38周年!
2023年4月30日 00:00
- 【テグザー】
- 1985年4月 発売
昨今、PCはさまざまなメーカーから発売されているものの、OSだけで考えれば、ほぼ2、3種類しかないといえる。しかし、国産PCがまだまだ元気だった1980年代、特に1980年から1985年にかけては、さまざまな会社から独自OSを搭載したオンリーワンのPCが数多く発売されていた。PC-98シリーズのNECやX1シリーズのシャープ、FMシリーズの富士通といったいわゆる御三家だけでなく、例えば当時のトミーだったり日立やバンダイ、東芝といったメーカーも、ユニークなPCを発売していた。
それらは、それぞれその機種専用のソフトしか動かすことができいため、他機種で人気タイトルがリリースされた時は自分の所有ハードに移植されるまで指をくわえて待つか、その作品が遊べるPCを購入するしかなかった。とはいえ、この時期のPCといえば安くても3、4万円、高ければ10万20万円するものも珍しくはないので、追加購入は現実的ではないのだが……。
そんなPC群雄割拠時代だった1985年1月に、1台のPCがNECから発売される。PC-8801mkIISRと呼ばれたその機種は、それまでのPCよりもワンランク上の表現力を持っていたのだが、とあるタイトルによって一気に知名度を高めることとなった。そのタイトルこそが、1985年4月に登場し今年で誕生から38年を迎えた「テグザー」だ。
本稿では、ゲームアーツの初タイトルとして発売された「テグザー」を振り返っていく。
PC-8801mkIISRにとっての“キラーコンテンツ”。大ヒットとなった「テグザー」を振り返る
本作のストーリーは、以下のようになっていた。
機密保持のため、宇宙空間を航行しながら兵器開発を行う軍事基地U・D・S・W-0322“レイピナ”は、航路上の小惑星が発生させる強力な磁力により、惑星軌道上に補足されてしまう。この磁力線は巨大な建造物のみに作用することが判明したものの、既存の兵器を使用しての破壊は失敗に終わる。そこでレイピナは、開発中の新型兵器・ハイパーデュアルアーマー“THEXDER(テグザー)”を始動、一縷の望みをかけ“ネディアム”と名付けられた小惑星に向けて発進させた。果たして彼らの運命は……。
プレイヤーは自機であるTHEXDERを操作し、迷路状になっている惑星内部を探って磁力線発生装置を破壊するのが目的となっている。ゲームはサイドビューのアクションゲームとして進行し、THEXDERはテンキーで上下左右に移動。ロボットの形をした戦闘形態時にスペースキーを押すと、オート・エナミー・チェイサーが働き全自動照準で毎秒15発ものビームライフルを発射することが可能だ。このときは、上移動はジャンプになる。
戦闘形態でテンキーの2を押せば飛行形態に変形し、空中を自由自在に移動することができるが、壁などに衝突すると自動的に戦闘形態に戻ってしまう。ただし、戦闘形態を保つスペースが確保できない通路などでは、そのまま反転する。飛行形態時、スペースキーを押せばビームライフルを発射できるが、狙えるのは正面のみだ。
SHIFTキーを押すと、自機のエネルギーを10%使用して一定時間被ダメージを防ぐバリアを張る。このバリアには攻撃判定もあり、敵と接触することでダメージも与えられるのだが、そうするとバリアの耐久時間が勢いよく減ってしまうので注意が必要だ。
THEXDERのエネルギーは最初100%あるが、攻撃したりバリアを張る、被弾するなどで減少し、0%になるとゲームオーバー。ステージは全16面が用意されているが、エンディングは無くループするループゲームだった。
この時代のPC用アクションやシューティングゲームといえば、固定画面がほとんど。スクロールする画面を見ながらカラフルな自機が弾を撃って敵を倒す……などというのは、アーケードゲームの専売特許のようなものだった。
そんな最中に登場した本作は、滑らかに変形する自機やPCとは思えない8方向へのスムースなスクロール、美しく煌めくビームライフル(とマニュアルには書かれているが、レーザーのほうがしっくりくるだろう)、戦略性、さらにはPC-8801mkIISRのFM音源を利用したノリの良いBGMが人気を博し、大ヒットとなったのだ。さらに「テグザー」はPC-8801mkIISRにとっての“キラーコンテンツ”となり、本体の売上にも寄与したそうだ。
筆者も、自身が所有している機種向けには発売されなかったにもかかわらず、雑誌で見た記事に惹かれて購入してしまったほど。当然ながら自宅では遊べなかったので、デパートのPC売り場に出向き、そこでデモを流しているマシンを利用して勝手に楽しんでいたものだ(笑)。
1面クリアの動画を見ると、ルールが単純明快なので簡単に先に進めるよう感じるかもしれないが、移動以外の自機のアクションは基本的にエネルギーを消費するものばかり。エネルギーを補給するには、破壊するとエネルギーが得られる敵を倒すしかないのだが、そのような敵はステージの各所に配置されているので、どのような順番で攻撃していくかが大事になってくる。ただ単に、目の前に敵が現れたから攻撃というだけでは、中盤に進むことすら難しいのだ。
このように、単にレーザーを乱射していれば先に進めるというアクションゲームではなく、戦略要素も入っているのも「テグザー」の特徴だった。そのおかげで、やるべき事はシンプルでも簡単に飽きず長く遊べる作品に仕上がっていたため、長期間人気を保ったのだろう。
この当時は無名だったゲームアーツだったが、本作をきっかけとして一躍有名ソフトハウスの仲間入りをし、「シルフィード」や「ゼリアード」といったヒット作を世に送り出していった。今思い返しても、80年代PCソフト黄金期を築いた名ソフトハウスの1社だったと断言できるだろう。
このような感じのタイトルではあったが、ここでは2017年12月2日に筆者が司会を務めたインプレス主催のイベント「レトロゲーム・リアルトーク」にて、「テグザー」作者の一人である五代響氏を招いた時に伺った話をいくつか公開していこう。
事の発端は、五代氏たちがアスキーで「AX」シリーズなどを作っていた1984年のこと。その時点でPC-8801mkIISR用の店頭デモをアスキーが開発していたので、NECから凄い新機種が出るという情報を掴んでいたそうだ。「早くから性能も知っていたしFM音源が搭載されるのもわかっていたので、これはゲームを作るしかない」と思い、五代氏たちはアスキーを辞めてゲームアーツを立ち上げる。当初、PC-8801mkIISRの発売と同時に「テグザー」リリースも考えていたので、当たり前ながら開発機材を貸してもらわないことには話が進まない。そこで、NECにPC-8801mkIISRの開発機材を貸してほしいと頼んだところ、「アスキーという大きな会社だから貸したのであって、登記も済んでいない若者だけのベンチャー企業に貸してくれと言われても無理」と断られたそうだ。今考えれば、それはそうだと笑いながら語ってくれた五代氏だが、このときは貸してくれるまでNECに何度も足を運んだとのこと。
それを繰り返していたところ1984年末を迎え、企業は年末年始が休みということで、NECに「正月休みの間は使わないですよね? その間だけでいいので貸してください」とゴリ押しして、正月明けに返すことを条件に内緒で2台貸してもらう事に成功。その足で新潟のひなびたスキー場へ年末年始合宿へと出かけ、一週間で「テグザー」のプロトタイプを完成させる。この時点では、まだ縦スクロールは実装しておらず、横スクロールだけの1面だったそうだ。
年明け4日くらいに機材返却のためにNECへと出向くのだが、なんと返却すべき開発機材は持参せず、プロトタイプの入ったフロッピーディスクのみ持ち込み「機材返却に来ましたが、こんなのができたので見てください」と。実演したところ、もの凄く喜ばれたそうで「PC-8801mkIISR発売に合わせてリリースしたいので、よろしくお願いします」と言ったところ、貸し出し延長の許諾まで得られたという嬉しい展開に。しかしこのときは内心「返す気はなかったので、返却を迫られたらごねようと思っていた」とは五代氏の弁(笑)。
その後も開発は続くのだが、この頃はトイレを除くとたった5畳の部屋で作業していたそうだ。スタッフの人数は10人だったので、一人分のスペースは約半畳。ところが、トイレに静かなところを好むデザイナーの上坂氏が陣取ってしまったため、用を足したい場合は場合は氏に声をかけて出てもらう必要があったとのこと。しかし、上坂氏がノってるときにはすぐに出てもらえず、向かいにある喫茶店のトイレを借りることも多かったのだが、その喫茶店はゲームアーツが引っ越した数ヶ月後には閉店してしまったとは、諸行無常。
最終的には春に発売となり、1985年1月に市場デビューしたPC-8801mkIISRのキラーコンテンツとして大ヒットしたのは、当時を知る人なら誰もが頷くところだろう。しかも「NECは、これで味を占めた(笑)」そうだ。ちなみに、PC-8001mkIISR版がPC-8801mkIISR版のあとにあまり間を置かないタイミングで登場したのは、「NECに出してくれと頼まれた」からという話も教えてくれた。
「テグザー」は、NECハード系だけでなくFM-7版やX1版、MZ-2500版、さらにはMSX版など、多数のPCに移植されている。このうちX1版はスクウェア(当時)から発売されているが、そうなった理由を尋ねたところ「(この当時)弱小だった企業の飲み会があって、そこでスクウェアが“移植やりますよ”と言ってくれたから、結果的に“任せます”ということになった」そうだ。
同じような感じで、FM-7版もMSX版もアウトソーシングしたとのことで、ゲームアーツ社内で手がけたのはNECハード系だけとのこと。MZ-2500版に関しては「うろ覚えですが、他のソフトハウスから“できちゃったのでどうでしょう?”という持ち込みがあったような気がする」とのことだが、詳細は忘れてしまったそうで残念。
ちなみに、PC-9801版は通常の5インチ2DD版の他に5インチ2HD版、3.5インチ版、さらには8インチ版もあったそうで、これは「ユーザーから8インチ版を出してほしいという要望があったものの、流通からは断られたので通販限定で発売した」と。ただし「98版は何千本と売れたものの、8インチ版は10セットくらいしか出ていないので現存していないと思われる」そうだ。
余談として語られたのだが、「テグザー」というタイトル名は五代氏がサウンド関連で関わっていたMSX用タイトル「テセウス」から“TH”、X1などに発売されていた「エグゾアII ウォーロイド」というロボットアクションゲームから“EX”、そしてナムコがアーケードゲームとしてリリースしていた「グロブダー」より“DER”をもらい、この3つから作った造語だそうだ。THEXDERが搭載している自機のビームライフルは、「グロブダー」のレーザーからインスパイアしたとのこと。
その「テグザー」はPCだけでなく、ファミコン向けにも移植が行われている。これに関しては、ゲームアーツは開発費のみ提供するということで、実際に開発を行ったのはビッツラボラトリーというソフトハウス。五代氏も一緒に手伝ったものの、開発期間がメチャクチャに短く、何もできないまま出荷となってしまったそうだ。
これに関連してのユニークな話題として「パッケージを見るとわかりますが、ゲームアーツの文字はどこにも入っていないし、権利表記も記載されていない。ゲームアーツ的には、ファミコン版は非公式もの」と笑いながら語ってくれた。また「パチモノのようなバージョンをアメリカのシエラ社が発売していたが、中身は横スクロールでジャンプするというもの。イラストも、ドラム缶みたいな絵で酷かった。なので、ちゃんとしたものを作ってくれと言って作り直し、正式版が登場している。そのため、シエラ社からは都合2本の「テグザー」が発売されたということになった」という秘話も公開してくれている。
「テグザー」はその後、続編となる「ファイアーホーク」が発売され、こちらも大ヒットを記録している。現在はProjectEGGなどで気軽に遊べるようになっているので、これまで気になっていたものの未経験という人は、この機会にプレイしてみてはいかがだろうか。きっと40年近くも前の作品とは思えない、爽快感と奥深さを味わうことができるだろう。
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