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「スト6」自動実況機能は約4,000セリフをひとつずつ人力調整! シリーズ初の機能はいかに誕生したか【CEDEC2023】

【CEDEC 2023】

開催期間:8月23日〜8月25日まで

 6月2日発売されたカプコンの格闘ゲーム「ストリートファイター」シリーズの最新作「ストリートファイター6」では、これまでにはなかった様々な新機能が実装されている。その中のひとつ「自動実況機能」について、導入プロセスなどを解説する講演「『ストリートファイター6』対戦を熱く盛り上げる自動実況機能の取り組み」が実施されたので、その模様をお伝えする。

 ステージにはカプコンの開発者であるプランナーの薮下剛史氏、メインプログラマーの岩本卓也氏、ローカライズディレクターのAndrew Alfonso氏が登壇。約1時間に渡ってスライドを使いながら自動実況機能の取り組みについての解説が行なわれた。

プランナー・薮下剛史氏
メインプログラマー・岩本卓也氏
ローカライズディレクター・Andrew Alfonso氏

導入のきっかけは格闘ゲーム初心者へのとっつきにくさを解消するため

 薮下氏は、格闘ゲームは普段からプレイしない人にとっては難しそうで、とっつきづらそうな印象があるため、これをどうにか改善できないかと考えていたという。

 このとっつきづらそうな理由について、格闘ゲームは様々な戦略、テクニック、駆け引きが多く、画面を見ただけでは何が起こってるのか分かりづらいという点や、運が絡まないゲーム性によりストイックに見えるから、といったことが挙げられた。

 格闘ゲームが大好きで自身もたくさんプレイしてきたという薮下氏は、イメージだけの先入観でこんなに面白いゲームをプレイしないのはもったいないということで、シリーズ初となる「自動実況機能」の導入に至ったとのこと。実況が付くことで、今どういう状況かなどをリアルタイムで知ることができ、キャラクターの動きを見ながら専門用語を聞くことにより、理解が深まるのでは、といった狙いがあったそうだ。

 また、最近ではストリーミング配信サービスなどの普及により、格闘ゲームの大会を一般の人も気軽に視聴できる環境が増えており、ゲーム実況を耳にする人も多いことから、親しみやすいという点にも着目したという。

 「自動実況機能」を実装したことで、結果的に格闘ゲーム初心者にゲームを普及する、という役割は果たしているのかなとも語りつつ、SNSなどのプレーヤーの反応を見ると、改善点の発見や、ネガティブな反応もまだまだみられたとのこと。今後のアップデートなどで、さらなる改善を目指していくとした。

セリフの洗い出しは過去シリーズの大会などから参考。新システムは予測で洗い出し

 実況機能を実装するにあたり、大事なのがセリフ決め。セリフについては既存シリーズの大会などで実際に発せられた「実況者がよく反応するポイント」を洗い出したという。「ストリートファイター」の根本的な駆け引きや動作、例えば投げが決まった、ジャンプ攻撃が決まった、体力が少ない、残り時間が少ない、といった従来から変わらない要素を決めていったとのこと。

 ただし、「スト6」は新システムも多く、これらについては過去を参考にすることができず苦戦したという。まだこの世で誰も実況したことがないシステムとなるので、実況者が反応しそうなポイントを予測して洗い出したそうだ。

リアルな実況を実現する「テンションシステム」

 実際の大会の実況では、「投げる!」というセリフ1つ取っても、試合序盤とファイナルラウンドでは言葉の調子が大きく変わるもの。本作でもバトルの進行状況に応じた実況を実現するため、「テンションシステム」という仕組みを開発したという。

 「テンションシステム」は、対戦中のキャラクターの残り体力ゲージや、残り試合時間によって値が変化するもので、この値が大きくなるほどセリフの語尾に抑揚が付いたりと、実況のセリフがハイテンションになっていく。テンション値は1〜5で設定されており、残り体力が少ないときほど値が高くなったりする。ただし、自分の体力だけでなく、敵との体力差なども考慮され、その時の状況によって値はどんどん変動していく。また、ラウンド数や残り時間によっても変化する。

 薮下氏曰く、実況がノリにノッている時ほど、かなりいい試合をしていたことだとコメント。確かに筆者も実況機能を使用してゲームをプレイしたことがあるが、終盤はこちらのテンションもかなりあがって、気持ちよく勝利できた記憶がある。

 刻一刻と状況が変化する格闘ゲームにおいて、リアルタイムで大会さながらの実況が実現できているのはこの「テンションシステム」が大きく貢献していることがわかった。

セリフ数は約4,000! 調整は人力でひたすらトライ&エラー

 実況のセリフは各条件に基づくものが用意され、基本的には1つの条件につきセリフは専用のものとなる。その条件を満たすセリフの総数はバラバラで、特に重要なシーンや、よく起きやすい場面についてのセリフ数は多めに用意したという。また、最終的なセリフ数の決定には「テンションシステム」が大きく影響しているとのこと。

 大量の条件やテンション5段階に加え、本作では特徴的なキャラクターが複数登場するのも大きな特徴となっており、キャラクター共通となる汎用セリフに加え、キャラ固有セリフを含めると全部のセリフ数は4,000セリフになったという。

 これらの膨大なセリフ量の調整については、とにかく人力で、ひたすらトライ&エラーを行なっていったとのこと。もちろん「バトル中どのセリフが何回呼び出されたか」を集計するツールや、開発用デバッグツールを大量に用意し効率化を行なったというが、物量が多くなり、かなりの時間を要したようだ。

 なお、作業にあたったのは企画1、プログラマー1、サウンド1、ローカライズ1の少人数ユニットだったため、トライ&エラーを早いサイクルで回せたとのこと。量産までに長い時間をかけつつ、その分クオリティを上げ、形にできたという。

最も重要なのは実況者の選定。海外版は翻訳しない完全オリジナルに

 実機機能の目指したゴールとして、3つの「伝える」役割が挙げられた。その役割とは、「今何が起こっているのかを伝える」、「盛り上がるポイントを伝える」、「リアル大会の雰囲気、緊張感を伝える」。これらを達成するため、リアル大会のような「生の声」をゲームに取り入れたかったということで、実況者の選定には「緩急を使った盛り上がりを演出できる」、「現役で実況者として活躍され、認知がある」といった条件を設けていたとのこと。条件を基にオファーしたのが日本語版はアール氏と平岩康佑氏、英語版にはJeremy“Vicious”Lopez氏とSteve“TastySteve”Scott氏になったというわけだ。

 なお、台本に関してはもちろん予め用意されたものがあるが、基本的に実況者が喋りたいことを最優先して採用したという。また、セリフっぽくならないよう、「ライブ感」を重視し、多少言葉が聴き取りづらくても敢えてそのままOKしたセリフも多いようだ。

 当たり前のことだが、日本語版と英語版ではセリフが異なる。収録の順序については日本語版が先で、あとから英語版という形になったようだが、日本語のセリフをそのまま翻訳して使用するのではなく、海外の実況の雰囲気をそのまま再現したいということで、完全オリジナルの台本を作成したという。また、台本は実況者本人に監修をお願いしたとのこと。

 例えば、アール氏が使う「パニッシュカウンター 一閃!」というセリフは、日本語としてはかっこいいが、直訳すると「PUNISH COUNTER FLASH FAST」といった、わけのわからないものになってしまうため、英語版ではこういったことを踏まえてオリジナル台本の採用となっているわけだ。また、「ストリートファイター」お馴染みの必殺技「波動拳」は、海外では「プラズマ」と呼ばれる事が多く、こういった海外ならではの言い回しもふんだんに取り入れられている。

 そのほかにも、日本語の長さに完璧に合わせることが難しいため、0.5秒以内の猶予ゾーンを設けたり、「Player1」と「Player2」の名前のコール後に、セリフが自然に繋がるようあえてちょっとしたブレスを入れるなど、様々な工夫が行なわれている。

 実況機能を実装することで、格闘ゲームの難しそうな印象をある程度和らげるということに貢献できたほか、実際のキャスターを起用することで、プロモーションの段階でも大きな反響があり、格闘ゲームコミュニティ中心に訴求力も生まれ、SNSでのリアクションの種となりやすいことなどもわかったという。

 長年続くシリーズで初の新機能実装というのは、かなり実験的でチャレンジなものだったと思う。今回の講演はゲーム開発者にとってとても有意義なものだったのではないだろうか。もしかすると、今後は他の格闘ゲーム、いや、格闘ゲームだけではなく様々なゲームシーンで、こういったリアルタイムな実況を楽しめる日がくるかもしれない。