ニュース

衣擦れ、足音、残響音まで。「ウマ娘」のリアリティを演出するサウンドチームの挑戦

生命感、実在感をサウンド面からどう実現していったのか?

11月13日~14日 開催

 Android/iOS/PC「ウマ娘 プリティーダービー」のサウンドをよく聞いていると、様々な場所で細かく音が鳴っていることがわかる。11月14日のCygames Tech Conferenceでは、「ウマ娘」のサウンドに関する講演「ウマ娘 プリティーダービーのサウンドデザイン事例~短期間で最高を目指す為に取り組んだこと~」が開催された。

 登壇したのは、サウンド部 サウンドデザインチーム マネージャーの屋敷貴道氏、サウンド部 サウンドデザインチーム サブマネージャーの牧村亮治氏、サウンド部 サウンドデザインチーム サウンドデザイナー垣内隆太氏の3名。

 3名は「ウマ娘」配信の8カ月前より参加しているが、クオリティを上げるために納期まで約2カ月という短期間でほぼすべてのサウンドを作り直したという。徹底的にこだわったサウンドはどのように作られ、また実装されていったのかが講演では語られていった。

左から、サウンド部 サウンドデザインチーム マネージャーの屋敷貴道氏、サウンド部 サウンドデザインチーム サブマネージャーの牧村亮治氏、サウンド部 サウンドデザインチーム サウンドデザイナー垣内隆太氏
講演はサウンドに関するものということで、ヘッドホンでの聴講が推奨された。オンラインカンファレンスならではの取り組みだ

ウマ娘を生き生きさせるサウンドチームの5つのゴール

 3名がなぜそこまでして徹底的にこだわったかというと、参加した時点での開発中の「ウマ娘」アプリに触れたから。「これは良いものになる」との手応えから、あらゆるサウンドを作り直してでもその完成度に見合うような「最高のサウンド」を作り上げることを決意。目標の明確化、速度と品質を重視した大人数での開発、そしてコロナ禍におけるリモート対応など、大きな3つの課題に取り組むことになった。

時間がないなかでの決意

 まずチームが取り組んだのは、サウンドチームが目指すべきゴールの設定だ。サウンドチームは「ウマ娘」の魅力を「史実の要素がそのまま個性になっている」キャラクター性、「まるで生きている」と感じるような臨場感と没入感のある3D演出、そして「繰り返したくなる」何気ない操作が気持ちいいゲームの手触りと分析。そこから、効果音、音声データ、残響生成、レースサウンド、UI音のそれぞれの項目で明確な目標を決めた。それが以下の5つのゴールだ。

・キャラの動きに生命感を与える効果音
・作業効率と品質を両立した音声データ
・スマホで実現する、複雑な残響生成
・臨場感のあるレースサウンド
・“これじゃない”を排除したUI音

キャラの動きに生命感を与える効果音

 「ウマ娘」では、キャラクターの動きに合わせて衣擦れや足音が聞こえてくる。それは単に鳴るだけでなく、動きによる強弱、服装や場所による音質の変化など、環境音も含めて状況に応じた音が鳴っている。

 高い理想ではあるものの、実のところは「ものすごい手間」。キャラクターの動きは3,000ファイルを超えており、その動きに合わせて音を貼らなくてはいけない。さらに状況に合わせて音を鳴らし分ける仕組みづくりも必要だし、そもそも用意すべき音声ファイルの物量もかなり多い。

 ではどうやって解決したのか。はっきり言って、「ものすごい手間をかけました」そう。元も子もないが、とにかくそういうことらしい。

 工夫したのは、キャラクターの動きにSEを貼る際には音の「程度」を指定した点。たとえば衣擦れなら、弱・中・強の強さ3種類に短・普・長の長さ3種類をかけ合わせた9種類を貼る、といった形。実際に鳴る音は、制服やジャージ、勝負服など着ている衣装に合わせて変わるような仕組みだ。靴の材質のほか、背景データにも地面の材質が同じように指定されていることで、環境に合わせた鳴らし分けができるようなっている。

 ちなみに、たとえば「スニーカーで教室の床を歩く音」などの実際に鳴る音データは、それぞれさらに6パターン用意されていて、これらがランダムで鳴る。これは「同じような音が繰り返し鳴ることによる違和感をなくすため」。そのため総合的なファイル数はとんでもない量になっているそうだ。

 さらにストーリーシーンなどでは音を上書きしたり、発生する音の強弱を変えるなど音側で演出をサポートすることもある。鳴らし分けに手付けの音演出を加えることで、1シーン1シーンのクオリティを精度高く実現している。

動きに合わせて手付けで音の程度を貼っていく。衣装と靴、さらに地面の質感で音が自動で変化するように
直接音を割り当てたり、編集することもできる。たとえば「会話中の後ろを横切っていくゴールドシップ」の足音は横切ることがわかるように音の強弱が調整されている

作業効率と品質を両立した音声データ

 ウマ娘たちのいわゆるボイス、つまり音声データの扱いにも課題があった。それは、着手時点ですでに27,000ファイル超実装されていた数。実装当時から現在の環境に適した音声品質に変更する必要があった一方で、どこまで調整できるのか、そもそも調整できるのか、圧縮比率とデータ容量のバランスはどうするのかなどの問題を短期間で解決しなければならなかった。

悲鳴が聞こえてきそうなスライド

 音声データは新たに音響を調整した上で、自社開発した「ラウドネスツール」を使って差し替え。「ラウドネスツール」は既存のファイルの音量レベルを分析し、そのレベルを新規データに引き継げるもので、大幅な作業効率化を図れた。

 またノイズの調整はスタッフ内での調整に加え、CRI・ミドルウェアの協力でノイズ削減に成功。さらにはストーリーなどの必要な音声データに関して、都度ダウンロードと削除する機能を付けることで容量への対応も実現した。

スマホで実現する、複雑な残響生成

 「ウマ娘」をプレイしていて、反響する音の変化に気づいたことはあるだろうか? 本作では、教室、会見場、トンネルなど様々な環境において、声や効果音に「響き」が付いている。

 これは、音の初期反射をディレイやフィルターで作り、その初期反射同士を組み合わせている。初期反射は、音が直接届く「直接音」のあと、直後に反射して聞こえる音のこと。実際には、さらに音が反射して響く「後部残響」がある。初期反射だけの処理にすることで負荷を軽減しつつ、複雑で多様な響きを実現している。

 声や効果音により自然な響きを付けることで、その場所の立体感や空気感が際立ち、リアリティを感じられる。さらに初期反射の組み合わせを変えることで、新たな環境の表現も可能。たとえばライスシャワーのストーリーで登場する「観覧車」のシーンは、既存の初期反射の組み合わせで響きを演出している。今後新たな場所が登場したとしても、同じように対応できるとした。

初期反射を組み合わせて環境音を表現
教室とトンネルでは、音の響きが異なる
ライスシャワーの観覧車シーン

臨場感のあるレースサウンド

 レースシーンでのサウンドは、カメラやレースの進捗に合わせて変動するような仕掛けが入っている。

 たとえばレースシーンでの足音は、アップでは「ドッドッドッ!」と大きく聞こえる一方、引きのカメラに変わると音が小さくなり、「ドドドドド……」と複数の足音が遠くに感じられる。

 これは、足音や歓声を距離ごとに複数用意しておき、同時に再生して実現している。アップ、引きといったカメラの切り替えなどに合わせて、再生する音も切り替わるような形だ。常に大きな音を鳴らさないことでうるさく聞こえず、またレースの臨場感も出せる。歓声もよく聞くとG2レースとG1レースでは大きさが変わっているなど、細かく演出をしているそうだ。

2020年最初の緊急事態宣言前、実際のG1レースに取材に行く機会を得られたそう。その感覚がレースサウンドのデザインに生きているとした。なおガヤはCygames社員によるもの。「何を言っているかわからないけど粒が立っている、という音でよかった」と振り返っていた

“これじゃない”を排除したUI音

 UI音については、ゲームの印象に合わせて「誰もが食べたことのある味を堂々と提供すること」をコンセプトとした。ただし「ウマ娘」らしさを感じさせるため、かわいいだけじゃない部分として「爽快でスポーティなイメージ」も意識している。

リモートワーク対策は「会社と家に機材を2つ揃える」!

 「ウマ娘」の開発体制として特徴的なのは「過去最大規模の開発体制」であったこと。とくにサウンドチームでは納期まで時間がなく短期間でも品質を保つ必要があった。

 サウンドチームでは業務を細分化し、領域ごとにリーダーを設置。さらにその下に適正のあるスタッフを配置して、それぞれの能力や管理を信頼して任せ合うことで進めていった。

役割分担して任せたあとは、徹底して認識をすり合わせていく
ミーティングはいつも笑顔。心理的安全性の高いチームだったという

 また緊急事態宣言後にリモートワークが取り入れられるなかで、「家ではがっつり音を出せない」というサウンドチームならではの課題があった。一方で「感染状況によっては会社に入れなくなる」というリスクもあり、片方だけの環境で仕事を進めることが難しかった。

 そこで、Cygamesは機材を会社と自宅の両方に用意。豪快な解決法だが、早くから対応できたため無理な出社もなくなり、何より安全に仕事ができたという。

 リモート環境ではとくにコミュニケーションをより多く意識するなど、情報交換を積極的にした。雑談からアイデアが生まれることもあり、「最高のコンテンツを作る」ためのチーム作りも大事だったとした。「ウマ娘」の高いクオリティに、サウンドチームが大きく貢献していることがよく理解できる講演だった。

大胆な「機材の二重化」という解決法
普段よりも積極的にコミュニケーションするよう心がけていたという