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行方不明のキービジュアル原画を救え! バンナム社員が立ち上がった“ゲームの顔”の発掘と保存
商品化の即戦力にもなる原画保存のススメ
2020年9月2日 23:22
- 9月2日 開催
現在、バンダイナムコスタジオの社屋に過去に発売された同社の手描きキービジュアルの原画が展示されているのをご存知だろうか? ゲームにおけるキービジュアルは、いわばユーザーとの最初の接点であり、以降も“ゲームの顔”となるような存在だ。
特に1980年代から90年代にかけては、手描きのキービジュアルが多く作られた最盛期。名作や傑作も数多く開発されており、そのゲーム体験とともにキービジュアルの印象も強く残っている、という方もいるのではないだろうか。
しかし、こうした手描き原画はつい最近まで一元管理されておらず、そもそも何がどこまで現存しているかどうかすら不明な状態だったという。CEDEC 2020では、バンダイナムコスタジオ 第3スタジオ 第11プロダクション リードアーティストの指田稔氏が、いかにしてこうした原画を発掘、保存し、資産として活かしているかを語っていった。
バールを手に、鍵のない封印されしロッカーを開けに行く
通常キービジュアルの原画は、撮影して複製されたものが各スタッフに渡されて、そこから実際のキービジュアルへとデザインされていく。指田氏は内部のスタッフとして様々な開発資料に触れることがあったが、その中になぜか原画が含まれていないことが多々あったという。
そこで社内へヒアリングしていくことになるが、やはり管理場所については曖昧で、要は一元管理されていないことが判明した。指田氏の考察では、当時の感覚だと一通りの販促制作が終われば原画は「用済み」であり、置いておく場所がない。そのため管理がなされずに処分されてしまったものもあるのでは、とした。
それでも、社内からの情報で「埋立地の倉庫に、鍵を紛失して開かないままになっている、当時の販促の保管ロッカーがあるらしい」との情報を得た。この倉庫はもともとアーケードゲームを出荷するための物流拠点で、その時点ではほとんど物置状態となっていた場所だった。
そしてバールを準備し、宝物を探すかのようにそのロッカーを開けに行ったところ、これが当たり。結果として、1980年代から90年代前半のポスターや原画などが90点ほどがサルベージできたという。
時を前後して、ヒアリングによってファミコンなどのコンシューマ機向けの原画は丁寧に保管されていることが判明したり、社屋を引っ越すタイミングで社内一斉メールを送り、キービジュアルに関する資料集めをお願いしたりなどして、原画集めに奔走していくこととなる。
その中では廃棄寸前となっている原画の存在に気づき、直前に保護できたこともあったそうで、指田氏はこうした資料は「誰かが腰を上げないと簡単にこの世から消えていく」ことを痛感したそう。
かつては「用済み」とされがちだったこうした原画だが、現在から見れば価値のあるものでもある。特に生で見る手描きの原画は、その筆致も相まって「印刷とは比較にならないほどの情報量」があり感動的という。
一通りの原画を集めた後、新社屋の1階にキービジュアルの原画の展示を行なうようにしたところ、若手の社員にもそれなりのインパクトがあったそうだ。原画の収集は他の社員にも耳にも届いており、イベントや関連グッズのビジュアルとして起用されることも増えているとした。
指田氏が次に取り掛かったのは、原画たちの保護処置とデータベースの作成だ。ひとつひとつ丁寧に扱い、保護する作業になるため時間が必要で、逐次作業を進めている状況だという。
「やっていて苦労する」のは、ときに「わからない資料が出てくる」こと。たとえば、“謎の白いドットの集まり”が出てきて、あまりにわからないのでひとまず避けて保管していたところ、ある日「あ、これ『ファミリーテニス』のドットだ!」と気付いた。「それが面白くもある」そうだが、こうした作業の繰り返しとなるため時間も根気もいる作業だそうだ。
また並行して、原画のデジタルデータ化とリマスター化も行なっている。リマスターデータはアミューズメント施設「MAZARIA」の店舗内展示パネルに使用されるなど、実際に使用された例もある。またフランスのアートウォッチブランド「ラプス」とのコラボ商品でも、リマスター化した原画が使われている。「ライセンス商品としては初出し」のものもあり、バンダイナムコの重要な資産となっているようだ。
ただし、デジタル作画が増えてきた1990年代後半から2000年代では、キービジュアルのデータベース化がむしろ難しいという。データがどこにあるかは手描きの原稿以上に居場所が特定しづらく、今後の課題になっているとした。
「ギャラクシアン」や「ゼビウス」の原画から当時の状況を読み解く
続いて指田氏は、作成されたキービジュアルから垣間見える、当時の状況や様子などを解説していった。「本気でやろうと思ったらこの時間では足りないし、合宿みたいになる」ので紹介はほんの数タイトルにとどまったが、現役のアーティストらしい目線がふんだんに盛り込まれていた。
たとえば「ギャラクシアン」は、指田氏いわく「おそらく1枚絵としてのキービジュアルが作られた第1号」。キャッチコピーに「宇宙怪獣」と書いてあったり、飛び立つ戦闘機が何を示しているか不明だったり、「世界観は提示されているがゲームとの整合性はない」ものとなっている。
当時は「スター・ウォーズ」がブームであり、「機動戦士ガンダム」の人気がこれから出ようとしている中で「どちらの影響もまったくないのは興味深い」ポイントであり、これは「ゲーム=不健全のイメージが広まっていたなかで、先進性を出したかったのでは」と考察した。アート的にはイギリス出身のイラストレーター、ロジャー・ディーンの影響が強く、当時の氏の“尖った”テイストを取り入れたのかもしれないと話した。なお旧ナムコ作品には、ロジャー氏の影響が見られることが多いそうだ。
「ゼビウス」はゲームのビジュアルにこだわって開発されたタイトルだが、当時の資料からもそれはよく見て取れる。しかし指田氏がそこで気付いたのは、現存する原画と実際のキービジュアルではどうも雰囲気が違うことだったそう。
「原画が複数存在するのでは?」とも思ったそうだが、旧ナムコが発行した1983年創刊の広報誌「NG」創刊号の表紙と手元の原画が一致することから、「すでに“用済み”だった原画に書き加える形でリメイクしたのでは?」と推察。もったいない気もするが、改変後の方が「ストーリーを感じさせる」として指田氏は気に入っているとした。
さらに「リッジレーサー」はキービジュアルの原画があるものの、実際のパッケージでは3DCGのものが使われている。プレイステーション発売当時は「3Dであること」が最大の謳い文句であり、「ギリギリまで練られたのでは」とした。こうした3DCGの登場以降、手描きの原画は数を減らしてく。
指田氏は作業を進める中で、「懐古主義だ」との言葉も実際に受けたそうだが、「古い資産こそ読み取り方の角度を変えることでまったく別の価値が出てくる」と語る。直接商品化に結びつくこともあれば、これらを温故知新として新たな作品を形づくる礎ともなる。
聴講者からは「原画を実際に見てみたい」との声が多くあり、指田氏も「展示会、やりたいですね。はやくコロナ開けないかな」とその実現が待ち遠しい様子だった。指田氏はその文脈とともにキービジュアルの魅力を提供する手段を準備中であり決まり次第案内があるという。指田氏が案内するキービジュアルの世界を楽しみに待ちたい。