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「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド」が実現した“かけ算の遊び”
独自の“化学エンジン”がもたらす直感的で一貫性のあるゲーム世界
2017年3月2日 18:54
いよいよ3月3日に発売を控えた「ゼルダの伝説」シリーズ最新作「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド」。世界最強のソフトハウスである任天堂が満を持して放つシリーズ最新作だけあって、世界中のゲームファンが注目していると言っても過言ではないタイトルだ。
GDC 2017では極めて珍しいことに、「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド」のゲームデザインに踏み込んだセッション「Change and Constant: Breaking Conventions with 'The Legend of Zelda: Breath of the Wild'」(変化と不変:「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド」における慣例の破壊)が発売前にもかかわらず実施された。
しかも枠は90分、ゲーム、アート、テクニカルの3パートのディレクターが総出演するという、事実上の基調講演とも言える内容で、「ゼルダ」ファンの多いデベロッパー達の心を鷲掴みにした魅力的なセッションだった。セッション3本分のボリュームがあり、長いレポートになること必至だが、セッションの模様をたっぷりご紹介していきたい。
藤林ディレクターが2Dプロトタイプで提案した“かけ算の遊び”とは!?
最初に登壇したのはゲームディレクターの藤林秀麿氏。藤林氏は、20年に渡って「ゼルダ」シリーズの開発に携わってきた「ゼルダ」クリエイターで、近作では「ゼルダの伝説 スカイウォードソード」のディレクターも務めるなど、総合プロデューサーの青沼氏の右腕とも言える存在だ。
その藤林氏が最初に見せたのは、初代「ゼルダの伝説」風の「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド」プロトタイプ。リンクが青く、丸太や葉っぱなど見慣れないオブジェクトがあるが、よく見ないとその違いに気づけない。
藤林氏は自身がゲームディレクターを務めることが決まり、新しい「ゼルダ」で自分は何をしたいのか、それを実現するためには何が必要かを考えたときに、キーワードは「原点回帰と当たり前の見直し」という、近年の任天堂タイトルが一貫して行なっているテーマを「ゼルダ」にも持ち出し、初代「ゼルダ」が世界に先駆けて実現した“オープンワールドアクション”という原点、それはつまり、広いフィールドを自由に探索し、スクロールさせるごとに新たな発見、新しい出会いがあり、ドキドキワクワクするゲームだ。
藤林氏は、「ゼルダ」の舞台であるハイラルの大地には「ロマンに満ちあふれている」と語り、この原点を、現代に蘇らせることを目標として設定した。しかし、その後に生まれた「ゼルダ」は、「ゼルダ」ファンならご存じの通り、ガチガチの手続きで埋め尽くされたゲームになっている。手順に従わないとイベントが進められなかったり、作り手側の都合で乗り越えられない壁がある。あらかじめ適切な手順を踏んでおかないと適切な難易度にならないなど、藤林氏は「これではいけない」と自己批判した上で、「これらは『ゼルダ』の当たり前になっていて、この当たり前を見直すことから着手した」と熱っぽく語った。
それはつまり、受動的なゲームデザインから、能動的なゲームデザインへの転換を意味する。能動的なゲームデザインとは何だろうか?
藤林氏がまず最初に着手したのは通行不可の壁を自由に登れるようにしたことだ。通行禁止の柵や壁が一切なくなり、岸壁や建物などあらゆる壁面を登ることができる。従来の「ゼルダ」では、壁どころか、身の丈ほどもない柵すら越えることができず、それは「別のルートを当たりなさい」という暗黙のルールだったが、これからどこにでも進むことができるため、「おまえはどこに進む?」とクリエイター側が問いかけることができる。藤林氏はこれこそが能動的なゲームデザインだという。
高い壁を登った後は、やることはひとつ。飛び降りることだ。「ブレス オブ ザ ワイルド」は、小さな帆のようなアイテムで、自由に空を滑空することができる。これによりさらに移動の自由度は飛躍的に高まる。アクション×フィールドのかけ算により、無限の遊びのバリエーションが生まれる。藤林氏はこれを“かけ算の遊び”と呼び、これを「ブレス オブ ザ ワイルド」の共通テーマに掲げた。
また、「ゼルダ」に欠かせない謎解き。「ゼルダ」の謎解きの特徴は、炎や風、水など、予備知識を必要とせず、理科の知識が謎を解くためのヒントとして使われているのが大きな特徴となっている。しかし、従来の「ゼルダ」では、ダンジョンの炎のパズルなどは、ひとつひとつが、そのダンジョン専用、そのパズル専用に作られており、言わば“足し算の遊び”で、莫大なリソースが使われている。
藤林氏は、この謎解きも、“かけ算の遊び”の要領で解決できないかと考えた。そこで藤林氏は、アクションと関連するオブジェクトを決め、それらがどのように影響するかを事前に設定し、その上で能動的に遊べるようなゲームデザインを考案した。
言葉や口だけで説明してもスタッフには伝わらないため、冒頭に紹介した2Dプロトタイプを、テクニカルディレクターの堂田卓宏氏に相談して作って貰い、プリミティブな実験を行なった上で、スタッフに見せ、藤林氏が実現したい“かけ算の遊び”を伝えていったという。
藤林氏は、2Dプロトタイプと、「ブレス オブ ザ ワイルド」での実際の完成映像を比較して見せてくれた。岩を上から落としたり、草原地帯に火を付けて燃やしたり、リンゴの木に火を付けることで焼きリンゴを作ったり、敵が撃った矢を打ち返したり、木を切って丸太を川に浮かべて、さらにその上に乗ったり、いずれもこれまでの「ゼルダ」ではできなかったことばかりだ。
それではこれを技術的にどのようにして実現しているかについて、テクニカルディレクターの堂田氏にバトンタッチして解説が行なわれた。
テクニカルディレクター藤林氏が導入した物理エンジンと化学エンジン
藤林氏から、シンプルなルールの上に、地形、アクション、オブジェクトがかけ算され、プレーヤーが自由に解法を考え、能動的に遊べる「ゼルダ」を提示された堂田氏は、それを実現するために、アクションゲームとしての「ゼルダ」のプリミティブな部分に立ち返った。
堂田氏は、エンジニアとして「ゼルダ」シリーズのみならず、「マリオ」シリーズや「Wii Fit」や「Wii Sports」など様々な任天堂タイトルの開発に携わっている人物だ。その技術屋としての堂田氏が、アクションの根本原理とは何かと考えたときに、それは物理と化学であり、アクションゲームとは、コリジョン(物理判定)とムーブメント(移動)、ステート(状態)を組み合わせたものということになる。この中でコリジョンとムーブメントが物理で、ステートを変化させる要素が化学ということになる。
続いて堂田氏は、物理について解説を行なった。ゲームにおける物理は、ゲームにとって都合の良い物理で、ファミコン時代から様々なゲームで“ゲーム物理”が生み出されてきた。堂田氏によればこのゲーム物理とは嘘物理であり、なぜわざわざ物理法則を導入するのに嘘をつくのかというと、それは操作性やレスポンス、ゲームデザイン上の要求を満たすため、あるいはゲームの処理を軽くしたり、リアリズムの追求のためだという。逆に、嘘までついて物理法則が必要なのかというと、ユーザーは現実世界の現象を介してゲームシステムを信頼するため、その信頼関係を結ぶためになくてはならないものだからだという。その上で巧妙に嘘をつく。それは「ゼルダ」シリーズも例外ではない。堂田氏の解説は、名講師の授業のようで非常に明快で分かりやすい。
そして本題である「ブレス オブ ザ ワイルド」では、オープンワールドを採用しているため、スケールの大きなゲーム物理を作りたいと考えていたという。しかし、その一方でネックとなったのは自由度の高さ。堂田氏はその自由度の高さについて「スタート地点の岩をラスボスまで持ち運べるような自由度」と説明し、場内の笑いを誘っていたが、これを実現することは可能だが、実現するためには無限のシチュエーションに対応する必要があり、あまり楽しくない反面、投入されるリソースは莫大となり、あまり現実的ではなく、これでは作り手が息切れしてしまう。
堂田氏が導入したいゲーム物理は「楽しい物理」。そこで、物理法則については、その一切合切を、物理エンジンとして定評のあるHavokに委ねることを決定する。Havokを導入することで一定の安定性、堅牢性を確保できるため、その上で巧妙な嘘をつくことを考えたという。
そして堂田氏が考案した“巧妙な嘘”によって実現したゲーム物理は以下のようなものだ。
堂田氏は、こうした巧妙な嘘を積み重ねることで、自分自身もMAGNESISで鉄板を持ち上げると、敵に落として見たいという欲求に駆られたり、木を切って川に落とした丸太を見ると乗ってみたくなったり、壁上りを動きオブジェクトにも適用できるということは巨大なボスを登ったらどうなるのか、また、STASISで止めたまま勢いを付けたオブジェクトをボスにぶつけたらどうなるのかなど、開発しながらユーザー視点で様々な欲求がわき上がってきたという。ここの遊びはシンプルだが、それを組み合わせることでかなり複雑な遊びが可能になる。堂田氏は、藤林氏の“かけ算の遊び”の魅力の片鱗を感じたという。
堂田氏はこれで満足せず、「ブレス オブ ザ ワイルド」の“かけ算の遊び”をもうひとつの法則でさらに一歩推し進めることにした。化学だ。そもそも、堂田氏らテクニカルチームは、「なぜ世の中に物理エンジンはいくらでもあるのに、化学エンジンはないのか?」という素朴な疑問を持っていたという。「ゼルダ」シリーズの謎解きが証明しているように、物理同様、化学がもたらす自然現象は、直感的なヒントをもたらしてくれる。そこで堂田氏らテクニカルチームは、前代未聞の“化学エンジン”の開発に着手する。
堂田氏の定義は、「ルールに基づいた動きの計算機」が物理で、これに対して化学は「ルールに基づいたステート(状態)の計算機」となる。言い換えればステートの変化を計算するのが化学エンジンで、構成要素は、火や水、氷、風など実態を持たない「エレメント」と、木や草、岩などの「マテリアル」の2つだけ。ルールはシンプルで、エレメントはマテリアルを変化させ、お互いのステートを変化させる、マテリアル同士はステートに干渉しない。たったこれだけだ。
「ゼルダ」の化学エンジンがユニークなのは、風や電気といった存在もエレメントとして扱いステートを変化させることだが、化学エンジンの目的は、世の中の化学現象を正確に再現することではなく、世界をシンプルにモデル化し、一貫性のあるステート計算機を用意すること。「ゼルダ」開発チームが目指す“かけ算の遊び”、これは言い換えれば“遊びの化学反応”で、化学エンジンの導入により、二重の意味での化学反応を実現できたことになる。
「ブレス オブ ザ ワイルド」が物理エンジンと化学エンジンの法則に支配される世界になったことで、ゲーム内に目にするすべてのものが繋がり、直感的で一貫性のあるものとしてデザインされている。それは楽しい嘘もふんだんに含んでおり、楽しい物理、楽しい化学になっているようだ。堂田氏は「自分は天才だと思える体験を楽しんでほしい」と語り、大きな拍手を集めた。
ただ、堂田氏の挑戦はこれで終わりではなかった。ある日、上司の青沼氏(英二、総合プロデューサー)から1通のメールが届く。その内容は「Nintendo Switchでも出すことになった」という簡潔だが、テクニカルチームにとっては極めて重大な内容だった。
メールの文面を再現したスライドが表示されると会場は爆笑となったが、堂田氏は「デベロッパーとしての客観的な感想として、対応は簡単だった」と話は意外な方向へ進んだ。その理由は、Nintendo SDKという開発環境がしっかり用意されており、ハードも素直で使いやすく、トリッキーな実装が求められず、これまで扱ってきた任天堂ハードの名でもっとも実装が簡単だったという。この大胆な発言に、再び場内から笑いが起こったが、実際、Wii U版をそのままNintendo Switchで走らせた際、同等以上のフレームレートが出ており、最適化の必要性が薄かったという。
もっとも、新しいゲームハードのローンチタイトルは、ハードの魅力をわかりやすく伝えるため、ジョイコンなどの新ハードのギミックをフル対応させる使命があるが、「ブレス オブ ザ ワイルド」ではそれはあまり取り入れていないという。理由はWii U版とまったく同じゲームデザインを提供したいと考えたいためで、Wii U版との違いは、Nintendo Switchを持ち出して遊べるというポータビリティの部分と、グラフィックスとサウンドの強化に留まる。
「もう1つもたらしたものがある」と堂田氏が見せたのが1枚の写真。腕組みをして「ブレス オブ ザ ワイルド」のゲーム画面を見つめているが、見ているだけなのにゲームが進行している。この種明かしは右腕に隠れる左手でジョイコンを操作していたというオチ。「『ゼルダ』は『ブレス オブ ザ ワイルド』で自由を手に入れたが、Nintendo Switchによりプレイスタイルの自由も手に入れた。この遊び方は我々にとっての正解ではないが、楽しく遊べるならそれも正解」と語り、スピーチを締めくくった。
アートディレクター滝澤氏が実現した“嘘をつきやすい絵作り”
そして最後に登壇したのがアートディレクターの滝澤智氏。滝沢氏は、屈指の名作として現在でも高い評価を集めている「ゼルダの伝説 時のオカリナ」から、一貫して「ゼルダ」シリーズのビジュアルを担当してきた「ゼルダ」シリーズの“アートの番人”だ。
「ゼルダ」シリーズといえば、新作が出る度にアートの雰囲気が大きく変わる。しかも、リアルよりから、かなりカジュアルなタッチまでその振り幅の大きさも特徴となっている。「ブレス オブ ザ ワイルド」は、2011年に公開されたテクニカルデモが、最初に公開されたものとされるが、当時はかなりリアル寄りのビジュアルだった。しかし、最終版の「ブレス オブ ザ ワイルド」は、どちらかといえばカートゥーンスタイルに近い、この5年の間に何があったのだろうか?
滝沢氏は、その疑問に答えるように、無数のコンセプトアートを見せてくれた。その中には、テクニカルデモの映像も含め、ポップカルチャーの影響を強く受けたリンクや、ミュージシャンのリンク、宇宙からの侵攻を受ける「ゼルダ」など、様々な紆余曲折があったことが窺える内容になっていた。
その中で実験的に取り組まれたのが、過去作をHD化する試みだ。滝沢氏は、この取り組みを“なんちゃってHD化”と呼び、「ゼルダ」をHD化するという商業的な目的ではなく、あくまで「ブレス オブ ザ ワイルド」の絵作りのためのブレスト材料として試すというものだったが、中でもアートチームの目を惹いたのが「ゼルダの伝説 風のタクト」のなんちゃってHD化だったという。
発売から10年以上が経過しても色あせないオリジナリティ、気持ちの良いプレイ感、そして何より嘘のつきやすい絵作りになっている。ご存じのようにこのなんちゃってHD化は「ゼルダの伝説 風のタクト HD」として商品化されるに至るが、「ブレス オブ ザ ワイルド」の絵作りを決める上で、「ゼルダの伝説 風のタクト HD」は大きな転機になったという。
かくしてカートゥーン寄りとなった「ブレス オブ ザ ワイルド」のビジュアルだが、スローガンは「スッキリのどごしながら芳醇な味わい」というビールの広告ようなフレーズに決定する。
このスローガンに隠された意図としては、「風のタクト」の弱点の克服があったという。「風のタクト」の弱点の克服は、キャラクターをはじめ、すべてのオブジェクトがスタイライズド(ディフォルメ化)されすぎており、現実世界の現象から直感的に遊び方を連想させる物理エンジンや化学エンジンとの相性が悪い。無理に実装しても、世の大人たちが、「子供っぽすぎて自分とは関係ないと思われてしまうのではないか」という懸念もあった。
そこでこのスローガンを掲げることで、カートゥーンスタイルは維持しつつ、大人風の絵作りに寄せたアートスタイルを確立することに成功する。最終的に、プレイアビリティとリアリティを絶妙にバランスを取った嘘のつきやすい絵作りに適したビジュアル表現に落ち着いた。最終的に完成したアートスタイルは、過去の「ゼルダ」シリーズのどれとも異なるが、ゲームデザインから考えればこのアートしかなかったという。
滝沢氏は、まとめとして「グッとくる」という日本語の表現を提示した。感銘を受けたり、心に強い衝撃を受けたときの表現だが、「ブレス オブ ザ ワイルド」のビジュアルは、滝沢氏にとってグッとくる表現であり、嘘をつきやすい絵作りだけではグッとくる絵作りはできず、そのためには時として想像力の暴走が必要になるという。滝沢氏をはじめ、アートチームのスタッフはそういう“暴力的な仕事”が好きだと笑顔で語っていた。
滝沢氏は最後に「アートディレクターは複数の選択肢があった場合、『俺がグッとくるからそうしよう』と決める権限を持っている。発売前の現段階は、世界で一番、『ブレス オブ ザ ワイルド』の絵作りにグッと来ている男で、皆さんもグッとくることを心から願っている」というアーティストらしい独特の表現で、最新作をアピールした。
最後に再び登壇したディレクターの藤林氏は、「『ゼルダ』の当たり前を見直すことは、変えることだけではなく、変えないことでもあったことはわかっていただけたと思います。『ゼルダの伝説』は2016年で30周年を迎えました。「ブレス オブ ザ ワイルド」は長い開発期間の中で、まったく新しいゲームでありながら、原点のおもしろさを見つめ直したタイトルになっています。もし、皆さんがお話しした内容に興味を持っていただけたらぜひ遊んでみていただきたい。きっとおもしろい発見があると思います。その発見が、今後のゲーム開発の一助となればこれ以上の喜びはありません」とGDCらしいまとめかたをし、大きな拍手を集めた。発売まであとわずかとなった「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド」。数年に一度の傑作の予感が隠しきれない印象で、プレイできる日が本当に楽しみだ。