【特別企画】

「鋼の錬金術師」コミックス刊行22周年! 世界累計8,000万部突破の理由を紐解く

3巻で読者を掴み、知見が詰まった哲学を描きあげるダークファンタジーの傑作

【「鋼の錬金術師」1巻】

2002年1月22日 発売

 「鋼の錬金術師」は、漫画家である荒川弘氏初の連載作品として「月刊少年ガンガン」2001年8月号から始まったマンガだ。コミックス第1巻は2002年1月22日に発売され、本日で刊行22周年を迎える。

 2004年には、スクウェア・エニックス社にとって2度目の快挙となる「第49回小学館漫画賞」を受賞。2度のTVアニメ化もあり、世界的にヒットした「鋼の錬金術師」は全世界累計8,000万部を超える大ベストセラーとなった。

 2010年に連載を終了したが、今もなお様々な展開が行なわれており、2021年には20周年記念本の発刊、2023年には実写劇場版公開とメディアミックスも継続。今なお読み継がれる、文字通り不朽の名作である。本稿では改めて「鋼の錬金術師」の魅力、大ヒットの要因、2024年の今こそ読まれるべき理由を紐解いていく。

2011年から刊行がスタートした「完全版」1巻 (ガンガンコミックスデラックス)
外伝コミックやイラストとともに20年を振り返ることができる書籍「鋼の錬金術師 20th ANNIVERSARY BOOK」も発売された

「鋼の錬金術師」を大ヒットに導いた、壮大なストーリーと個性豊かなキャラクターが織りなす圧倒的なエンタメ性!

 「鋼の錬金術師」は、その呼称を二つ名に頂く少年、エドワード・エルリックが主人公だ。

 主な舞台は「アメストリス」と呼ばれる軍事国家。錬金術師だった父が出奔し、残った母を病気で失ったエドワード・エルリックは、弟、アルフォンス・エルリックと共に旅に出る。

 錬金術を学んで才能を開花させたエルリック兄弟は、人体錬成を試みて、亡き母を甦らせようとする。

人体錬成に挑むエルリック兄弟

 しかし禁忌である人体錬成は失敗、その代償としてエドワードは片脚を失い、アルフォンスは異空間へ呑み込まれてしまう。エドワードは自らの片腕と引き換えにアルフォンスの魂を手近な鎧に定着させる。

 「機械鎧(オートメイル)」と呼ばれる義手・義足の身体になったエドワードと鎧のアルフォンスは、国家錬金術師、ロイ・マスタングに見出され、国家錬金術師「鋼の錬金術師」として、自分達を元の身体に戻す方法を探す旅に出る。

 時に「軍の狗」と蔑まれつつも、錬金術を使う新興宗教を壊滅させ、劣悪な労働環境に苦しむ鉱山労働者を解放、合成獣キメラを造り出す「綴命の錬金術師」ショウ・タッカーとの出逢い等を経たアルフォンス兄弟は、国家錬金術師をつけ狙う傷の男・スカーと闘う。

 そして辿り着いた人体錬成の鍵「賢者の石」は、驚くべき方法で造られていた……。

赤い「賢者の石」の原料は……

 ここまでが単行本3巻までの展開で、錬金術のある世界の紹介や背景を、アルフォンス兄弟の活躍に織り交ぜて描かれる。

 漫画の執筆方法や読まれ方が激変したここ最近、漫画作品は単行本1巻の終わりでいかに読者を引きつけるかがヒット作への鍵と言われる。しかし、スマートフォン普及以前の時代には、3巻までで勝負するのが出版社、編集サイドのセオリーとされてきた。

 「鋼の錬金術師」はまさにそのセオリーに沿う様に、3巻までで読者の心を掴み、物語の続きへの興味を湧かせる完璧な構成となっている。

 是非とも3巻までは読んで頂きたいし、読めばその先の展開を追わずにいれなくなるだろう。その勢いのまま、最後まで一気に読めるのは完結作品を新しく読む醍醐味でもある。

 細部を盛り込める要素のある重厚な物語でもあるが、コミカルな、漫画らしい描写を織り込みつつの全27巻、読み終えた後に爽快感が味わえる作品となっている。

アルフォンス兄弟をはじめとした主要キャラクター紹介

 壮大な群像劇でもある「鋼の錬金術師」には多くのキャラクターが登場する。全員は紹介できないので、個人的に想い入れの深いキャラクターを紹介する。※2度のアニメ化でキャストに変更があったキャラクターは、CVを併記。

エドワード・エルリック(CV・朴璐美)

エドワード・エルリック

 本作の主人公、国家錬金術師としての二つ名は「鋼の錬金術師」。亡き母を取り戻したい、弟を救いたいという想いは強烈で、幾多の困難を乗り越える精神力を持つ。

 感受性が豊かで、他者を心底憎むことができない、少年漫画の主人公に相応しい性格。その優しさと精神力で、神と並ぶ最強の敵と対峙する。背が低いことがコンプレックスで、ギャグ要素となっている。

アルフォンス・エルリック(CV・釘宮理恵)

アルフォンス・エルリック

 エドワードの実弟で、鎧の襟元に魂が定着している。兄同様に強い精神力と、人一倍優しい性格。鎧の一部は失われても再生可能で、眠らない、疲れないという闘いにおける強みを、逆に苦痛に感じている。自らの精神が実は兄によって造り出されたものではないかと思い悩む一面もある。

ウィンリィ・ロックベル(CV・豊口めぐみ/高本めぐみ)

ウィンリィ・ロックベル

 アルフォンス兄弟の幼馴染み。本作のヒロイン格だが、3巻でようやく登場。

 医師だった両親を「イシュヴァール殲滅戦」で失った。祖母同様に機械鎧の技術者で、エドワードの義肢のメンテナンスを行なう。

ロイ・マスタング(CV・大川透/三木眞一郎)

ロイ・マスタング

 「焔の錬金術師」の二つ名を持つ、高い攻撃力の国家錬金術師にしてアメストリス軍大佐。希望に溢れた若き青年将校だったが、「イシュヴァール殲滅戦」で多数のイシュヴァール人虐殺に関わった。

 軍最高司令官である「大総統」の座を狙う。

リザ・ホークアイ(CV・根谷美智子/折笠富美子)

リザ・ホークアイ

 アメストリス軍中尉、「鷹の目」と呼ばれる凄腕の狙撃手。ロイ・マスタング大佐の副官であり、父親は「焔の錬金術師」の師でもあった。士官学校時代に「イシュヴァール殲滅戦」に動員され、数えきれないイシュヴァール人を射殺した。

ショウ・タッカー(CV・永井誠)

ショウ・タッカー

 国家錬金術師「綴命の錬金術師」。合成獣(キメラ)を錬成した凄腕の錬金術師だが、その方法はおぞましく、第2巻で「鋼の錬金術師」のダークファンタジーの色合いを決定づけた。彼の「君のような勘のいいガキは嫌いだよ」というセリフはネットミームにもなっている。

傷の男・スカー(CV・置鮎龍太郎/三宅健太)

傷の男・スカー

 「イシュヴァール殲滅戦」を生き延びたイシュヴァール人。あまりに多くの同胞を死に追いやった「国家錬金術師」を仇としてつけ狙うシリアルキラーで、指名手配されている。

リン・ヤオ(CV・宮野真守)

リン・ヤオ

 隣国シンの第12皇子。少数部族ヤオ族を代表し、「不老不死」の法を求め、砂漠を越えてアメストリスへやってきた。エドワード兄弟と知り合い、国家的陰謀に自ら関わっていく。目的のため、自身の身体に敵であった「ホムンクルス」のグリードを取り込んだ。

ランファン(CV・水樹奈々)

ランファン

 ヤオの護衛として影の様に付き従う。ホムンクルスやキメラと互する程の戦闘力を持つ。大総統の追跡から逃れるために見せた衝撃的な変わり身の術は「鋼の錬金術師」の大きな魅力である強い女性を象徴している。

オリヴィエ・ミラ・アームストロング(CV・沢渡陽子)

オリヴィエ・ミラ・アームストロング

 アメストリス軍少将で、隣国ドラクマと対峙する最前線「ブリッグス要塞」の司令官。名家「アームストロング家」の麗嬢にして、大総統の座を狙う野心家でもある。剣の実力もさることながら、卓越した部下の掌握・指揮能力を持つ。

キング・ブラッドレイ(CV・柴田秀勝)

キング・ブラッドレイ

 アメストリア軍の最高権力者「大総統」として、実質的にアメストリス国家そのものを統べる。ホムンクルスで凄まじい戦闘力を誇り、物語中盤まではラスボスと思われたが、実際は人間を凌駕する存在の下に居る駒に過ぎないことが明かされる。

 ストーリーとキャラクターを紹介したことろで、次項では作品の内容について考察したい

「鋼の錬金術師」が科学するダークファンタジーである理由と、深い名台詞の数々

 「鋼の錬金術」は、物質を変換する「錬金術」が可能な架空の惑星が舞台だが、19世紀末頃の欧州~中東を思わせる世界観の中で物語が展開される。航空機は存在せず、長距離移動手段は列車が担う。多数登場する銃器は第二次世界大戦頃を思わせる(序盤でカラシニコフ自動小銃が登場するカットがあるが次第に時代が統一される)デザインが多い。

 現実には、かつて金を人工的に造り出そうと研究された「錬金術」は不可能な発想と結論付けられている。しかし「鋼の錬金術師」の世界では、「錬金術」を魔法の様に使える「錬金術師」が闊歩する。

 だが作中の錬金術には「等価交換の法則」と呼ばれる縛りがあり、同種の物質の変化や再構築にしか用いることができないとされる。アルフォンス兄弟が試みた人体錬成においても、「水」、「炭素」、「アンモニア」等、人間を構成する物質を集めて行なわれた。

 作中において「錬金術」は何でもありの魔法ではなく、「錬金術が可能な世界」という1つの大きな仮説があるだけで、マンガ的な誇張はあるものの、「質量保存の法則」等の物理法則や科学に基づいた描写が行なわれる。一言で表せば「何でもアリ、ではないファンタジー」と言い換えられる。これは作品全体に緊張感をもたらす大きな要素ではあるが、作者である荒川弘氏の自然への畏敬の念が反映していると思われる。

 北海道の農家に生まれ育った荒川弘氏は「鋼の錬金術師」の次作「銀の匙」にて北海道の農業高校を舞台にした辛く、厳しい青春を描いている。

 実体験を元にしたエッセイ漫画「百姓貴族」にも通底するが、家畜や野生動物の生と死が、生活と不可分の物として存在する過酷な北海道の農業を通して得られた自然への想いが、「鋼の錬金術師」からも伝わってくる。「鋼の錬金術師」はファンタジーではあるが、現実を知るからこそ描ける、絵空事ではない展開が、リアルに物語に厚みを持たせてとして心に染みるのだ。

 無国籍で懐かしくもある世界感と、命の生と死という普遍的なテーマへの深い考察。それが荒川弘氏の作家性であり、「鋼の錬金術」が国境を越えてヒットした要因であろう。

 また、その魅力を端的に表しているのが、「鋼の錬金術師」のキャラクターが語る沢山の名台詞だ。これも紹介しきれないぐらいあるが、個人的に思い入れのあるものを選んだ。

「偽善で結構!!やらない善よりやる偽善だ」

 SNSなどで度々引用される、ウィンリィ・ロックベルの父の台詞。イシュヴァール殲滅戦下の野戦病院で、アメストリス人医師でありながらも負傷したイシュヴァール人を治療する自分へ向けられた言葉への反論。現実世界に少なくない、行動する人へ向けられる「冷笑」への強烈なカウンターだ。

「理想を語れなくなったら人間の進化は止まるぞ」

 イシュヴァール殲滅戦を終え、「俺たちゃゴミみたいな人間だろ」と自嘲する戦友のニヒルな発言へのロイ・マスタングの反論。これもまた「冷笑」への強烈なカウンターだ。

「なんで二択なの?」

 23巻で「何かを得るためには何かを切り捨てねばならない」という断定に対する、アルフォンスの反論。

 2023年に「トロッコ問題」を解決するギャルがバズッたが、先駆けた2009年「鋼の錬金術師」でのこの台詞の力強さを心に刻んでほしい。誤って使われることも多い等価交換の法則「何かを得るには何かを失う」の真意を伝える台詞でもある。

【トロッコ問題解決するギャル【アニメコント】】

「俺の人生半分やるから、お前の人生半分くれ!」

 最終27巻の、告白の台詞。

 現在「U-NEXT」で独占配信中の韓国恋愛リアリティ番組「乗り換え恋愛2」でも唐突に引用されていた。 海外における「鋼の錬金術師」人気の高さに改めて驚かされたが、それぐらい普遍的な魅力のある、名台詞と言えるだろう。

U-NEXTの「乗り換え恋愛2」のページ

「作り話だからこそ、本来なら救いの無い話にも救いを作ってあげられるんだよ」

 単行本12巻見開きのコメント。本作が非常に重いテーマを抱え、人の醜さ、弱さを描いたダークファンタジーでありながら、爽快感溢れる大団円を迎えた理由がここに現われている。作品に触れる時に、思い返したい言葉だ。

 単行本のカバーを外すと読める、表紙と裏表紙は紙ならではの楽しみだ。

メディアミックスも大成功!TVアニメ鋼の錬金術師がもたらした物

 「鋼の錬金術師」はTVアニメ、各種グッズや玩具、ゲーム、実写映画と様々なメディアミックスが行なわれた。

 そんな中で特筆すべきは、やはり2度のTVアニメ化であろう。ボンズが製作したTVアニメは、連載開始間も無い2003年に同タイトルで制作され、TBS系列で1年の長きに渡って放送された。

 アニメ化時点ではまだ物語序盤ということもあり、原作の展開をベースにしつつ独自の物語が描かれた。オリジナル展開ではあったが、原作者の荒川弘氏もアニメ製作に協力。まだおぼろげにも見えなかった原作最終回の構想も提供され、オリジナルの最終回を迎えた。その後日談も「シャンバラを征く者」として劇場公開された。

TVアニメも大ヒット

 高視聴率で作品の大ヒットにも貢献したTVアニメ版「鋼の錬金術師」は、アニプレックスの名を一躍世界に轟かせた。アニプレックスは今年20周年記念のライブイベントを大々的に開催し、アニメ界に無くてはならない存在となっているが、そのキッカケがTVアニメ版「鋼の錬金術師」だった。

 そして本作は原作の連載終了が見えてきた2009年に「鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST」として再アニメ化。原作にかなり忠実に描かれた「鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST」は、1年を超える長期放送を以て大団円を迎えた。

再アニメ化の「鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST」

 最初のTVアニメ版放送当初はそのオリジナル展開に原作派の否定的意見も見受けられたが、原作準拠の「FULLMETAL ALCHEMIST」がある現在、両シリーズを改めて見返してほしい。

 また、TVアニメ版「鋼の錬金術師」の海外での人気を語る上で欠かせないのが、中国出身で、現在は日本で靑二プロダクションに所属する声優になった劉セイラさんだ。

 アニメとゲームが好きな中国少女だった劉セイラさんは、「鋼の錬金術師」のスタッフロールで主演の朴璐美さんの名前を見て衝撃を受けたと言う。

 実際は日本で生まれ育った朴璐美さんを、海外から日本に行って声優になった人だと思い込んでしまったことが後に判明するのだが、劉セイラさんは単身来日して語学留学。勘違いから始まって、遂に老舗の声優事務所、靑二プロダクションへ所属するに至った。

 その顛末は書籍「中国少女声優になる」に詳しいが、日本語という難しい言葉の壁と国境を乗り越えて想いを成し遂げた軌跡は、アルフォンス兄弟に重なるものがある。

 また、「鋼の錬金術師」のメディアミックスで一貫してエドワード役を演じる朴璐美さんは、1990年代に俳優・声優としてデビューした。K-POPも韓流ドラマもなかった当時、芸名を付けるか悩んだこともあったそうだが、「王の路を美しく」という名前に籠められた想いを汲んで、本名のままでデビュー。結婚して日本国籍を取得した現在も、朴璐美として活動し続けている。

【vol.0【山路和弘&朴璐美夫婦でYouTube始めます】】

 その凛とした強い意志がなければ、あるいは劉セイラさんが日本で声優となることもなかった訳だが、大勢の「強い女性」が作品の大きな魅力でもある「鋼の錬金術師」に相応しい名キャスティングだと言えるだろう。

劉セイラさんの著書「中国少女、日本で声優になる。 (本当にあった笑える話) 」

魅力溢れる物語であり、知見が詰まった哲学でもある「鋼の錬金術師」

 「鋼の錬金術師」で描かれた「イシュヴァール殲滅戦」は、過去にあった、軍事行動の名を借りた大量虐殺がモチーフになっていると思われる。荒川弘氏は「鋼の錬金術の人」と古書店で覚えられる程沢山の資料を基に描写している。しかし2024年の今、「イシュヴァール殲滅戦」の様な行為が、過去の話でも、架空の物語の中にしかないものでもないと言えるのではないだろうか。

 また、「鋼の錬金術師」冒頭では、「義務あっての権利」という誤った言説をうそぶく悪役も登場する。しかし「鋼の錬金術師」における「等価交換の法則」の真意は、「何かを得る為には何かを差し出さねばならない」のではなく、「何かを失った人は、それに見合った代償を得られるべき」という荒川弘氏の想いが籠められたものであることは、物語を読み終えると伝わってくる。

 未見の方はもちろん、最初のTVアニメ放送しか見ていない方、長期連載作品故に途中で止まってしまった方も、2024年の今改めて、「鋼の錬金術師」を最後まで読み返してほしい。

作品のすべてを収めたガイドブック「鋼の錬金術師 CHRONICLE」も販売されている