【特別企画】

1本の槍が運命を変える「うしおととら」コミックス1巻発売から33周年

1人の少年と1匹の妖怪が織りなす冒険物語

【「うしおととら」1巻】

1990年11月17日 発売

 「週刊少年サンデー」で藤田和日郎氏によって連載されていた怪奇バトルマンガ「うしおととら」。1990年11月17日にコミックスの第1巻が発売されてから本日で33周年を迎える。

 「うしおととら」は中学2年生の少年「蒼月潮(あおつきうしお)」が家の蔵の地下に封印されていた妖の「とら」ととらを封印していた「獣の槍」を見つけたところから物語が始まる。とらに刺さった槍を抜いたことで潮の生活は一変し、様々な妖(バケモノ)と呼ばれる妖怪たちや「獣の槍」を手に入れるためにやってくる人間たちとの戦いに身を投じていく。そして物語は「白面の者(はくめんのもの)」という邪悪の化身との戦いと、日本列島を崩壊から守るための壮大なストーリーへとなっていく。

 本作の魅力は潮の人柄ととらとのやり取りだ。もちろん潮やとらに襲い掛かる妖たちや人間たちとの壮大なバトルやシリアスになっていくストーリーも魅力ではある。ただ、物語の中で普通の中学生だった潮が様々な妖や人たちと出会い成長しながらも、自身の中にある信念や純粋な心を失うことなく1人の少年として地に足がついた状態で歩んでいく姿が非常にかっこいい。そして幼馴染の中村麻子(なかむらあさこ)や学校の同級生たちとのやり取りは年齢相応で、どんなに大変な体験をしても変わらない性格が凄い。

 最初こそとらに食べられないように獣の槍を手放さない潮だったが、とらと行動を共にしていくうちに親友や兄弟のような関係性になっていく。2人のやり取りはとてもコミカルで見ていてクスッとなるような場面もしばしばあり、この関係性も本作の魅力だ。

【TVアニメ「うしおととら」PV公開】

槍に選ばれた少年が1匹の妖とともに非日常に身を投じていく

 本作の主人公である蒼月潮は家にある蔵の地下に転落し、「獣の槍」という槍によって封印されていた妖と出会う。彼は妖と出会ったことで自身の周囲に様々な妖怪が見えるようになってしまった。自宅を訪ねてきた幼馴染たちが妖怪に襲われているのを助けるために「獣の槍」を妖から抜いてしまう。この槍を手にしたことで潮は様々な妖や槍を欲しがる人間たちと対峙していくことになる。また、槍で封印されていた妖に憑りつかれた潮は妖を「とら」と名付け、序盤は潮はとらが悪さをしないように、とらは潮を隙あらば食べるために行動を共にしていく、という物語の展開だ。

 今回は潮ととら、そして潮たちが出会うたくさんのキャラクターたちの中で序盤に出てくるキャラクターや印象に残っているキャラクターたちを紹介したい。

蒼月潮(あおつきうしお)

蒼月潮

 本作の主人公の少年。中学2年生で勉強は苦手だが運動は他の部から助っ人を頼まれるほど運動神経がいい。本人は絵をこよなく愛していて美術部に所属しているが、お世辞にも絵はうまくない。他人に優しく特に女性の涙が苦手。とらと出会い「獣の槍」を手にしたことで平凡な学生生活から妖や獣の槍を巡る人々との戦いに身を投じていく。

とら/長飛丸(なかとびまる)/字伏(あざふせ)

とら

 潮の家の蔵に封印されていた妖。齢2000歳以上といわれるほど長い時間を生きてきた妖であり、元々古代中国から渡ってきた妖怪。人を食べることを好むようだが、潮と出会ってからは人を食べることもなく、井上真由子にもらったハンバーガーがお気に入り。

獣の槍(けもののやり)

中心の潮が左手に持っているのが獣の槍

 蔵の地下にとらを封印していた槍。元々「白面の者」という大妖怪を滅するために古代中国で打たれた。槍の使い手が槍を使うと姿が変わる。また槍の使い手の魂を吸い、全て吸い取ると獣へと変貌させる。

鎌鼬たち(雷信(らいしん)/十郎(じゅうろう)/かがり)

 潮たちが旅に出た際に出会った鎌鼬(かまいたち)の兄弟で、潮が初めてとら以外に心を通わせた妖。人に化けて生活しており、潮と知り合った後は時折潮を助けてくれるようになった優しい妖。

凶羅(きょうら)

 潮が持つ獣の槍の奪還ととらの抹殺を命じられてやってくる男性。強大な法力を使い非常に強い。潮を追い詰めるが、獣の槍の前に敗れてしまう。潮に殺すように言うが、潮が拒否したため、敗北と同時に屈辱を味わうことになった。その後潮ととらに復讐を目論む。

中村麻子(なかむらあさこ)

中村麻子

 潮の幼馴染。気が強く世話好きな性格で正義感も強い。潮が旅に出ている間など、彼と行動を共にしている時以外にも妖によって怖い目に遭っている。

井上真由子(いのうえ まゆこ)

井上真由子

 麻子同様、潮の幼馴染。麻子の親友でもあるが、性格は麻子とは正反対でおっとりとしていて天然っぽさもある。妖に襲われた際にとらに助けてもらってからとらに対しても好意的となっている。

蒼月紫暮(あおつきしぐれ)

 潮の父親で寺の住職。飄々としておりどこかつかみどころのない人物で、大事なことを潮に伝えることなく旅に送りだしたりと最初は謎多き人物となっている。

白面の者(はくめんのもの)

白面の者

 世界が形成されたときにわだかたまった陰の気から生まれた邪悪の化身。陽の気から生まれたありとあらゆるものを憎み破壊することを好む。本作品の中では9本の尾を持つ動物の姿で描かれており、時に人の女性の姿に変化することもある。巨大な力を持っており、自身を滅ぼすために作られた獣の槍を恐れている。

潮の人柄ととらとのやり取りが読者を引きつける

 本作の魅力は何と言っても潮の人柄だ。

 日本中を冒険していく中で、様々な妖や人間たちと出会うが、潮の中にある一本の筋が曲がることはない。どんなに嫌な目に遭っても辛い思いをしても、潮自身の心が擦れてそれていかない。連載当初から真っ直ぐで純粋で、人に優しく他人をとても思いやる心を変わらずに持ち続けている潮の人間性が、出会った妖や人々の心にも響いていくところは読んでいてほっこりする。また潮自身が起因とする出来事で他人を傷ついてしまったり亡くなってしまった時の潮の傷つく姿が、純粋な少年の姿をそのまま現しているのが読者の心に刺さる。

 筆者が最初にそれを感じたのは潮が自身の母親について知るために北海道の旭川に向かっている道中、岩手県で出会った鎌鼬の3兄弟とのエピソードだ。

 故郷を人間の都合で奪われ、住むところを転々としてきた鎌鼬兄弟の次男である十郎が人間を激しく恨み、無差別殺人を繰り返していた。そんな十郎を止めるべく他の鎌鼬が潮に助けを求める。十郎と戦う中で鎌鼬たちが住処を人の手によって奪われたことを知った潮は、人間が鎌鼬たちにした仕打ちに謝罪しながら、自分では何も助けてやれないことの不甲斐なさと自身の過去を重ねながら、その気持ちをおもんばかって涙する。潮の嘘のない言葉と涙が真っ直ぐ十郎に届き、十郎は自身の行ないを償うように自身を獣の槍で貫く。心が通った瞬間に十郎を喪うという衝撃的な展開は潮の心に大きな衝撃を与える、というものだ。

 潮にとってとら以外の妖と心が通った瞬間であり、心が通じたからこそ喪ったことへの喪失感が潮に現われているのがちゃんと読んでいて伝わり、こちらも胸がぎゅっとなる。そんなエピソードが序盤以降どんどん潮に降りかかってくる。正直何も知らない中学生に経験させるにはかなり酷な出来事ばかりだが、それを真正面から受け止めていく潮の姿が健気すぎて、子ども心に憧れを抱いたし、大きくなって読み返せばその姿が眩しく見える。

 筆者が最初にこの作品に出会ったときは小学生だったので、潮が傷つきながら進んでいく姿はとてもかっこよく映ったが、今読み返すとちょっと胸が痛い。

筆者が思い出深いエピソードが載っている第5巻

 そんな潮を上手くサポートしているのがとらだ。2000年以上生きている大妖怪だけあって、性格が少し子供っぽくてもどこか包容力がある。潮と生活を共にすることで潮の性格に触れて潮のことをよく知っているだけあって、潮の精神面のフォローがとにかく上手い。潮とのやり取りを見ていると悪口を言い合える親友という感じだが、こういった精神面フォローに関しては弟を思う兄のような感じにも見える。

 物語がシリアスになっていても潮ととらの何気ないやり取りや気遣いから出てくる軽口などがコミカルに描かれており、物語の緩急になっていてシリアスになりすぎず読みやすい。この1人と1匹のやり取りは本作の魅力の1つだ。

 本作は30年ほど前の作品ではあるが、今読んでもそのおもしろさは色あせないと感じた。最初に筆者が本作と出会ったのは小学生で、あの時と今で若干潮や周りのキャラクターたちに対する印象が違ってはいるものの、潮の性格だったりとらとのやり取りは今見てもおもしろい。コミックスは33巻と外伝、ワイド版は18巻、文庫版は19巻と少し長いがぜひ手に取って読んでみてほしい。

うしおの父・紫暮と母・須磨子の物語などが描かれる外伝も発売されている