【特別企画】

「ELDEN RING」開発初期の無個性な景色を絵画的に進化させた2つのコンセプト【CEDEC2022】

「ファルム・アズラ」の竜巻は動物の毛並みを応用。個性的な風景の誕生秘話

【CEDEC2022】

開催期間:8月23日~25日

2つのコンセプトを軸に描かれた「ELDEN RING」の世界

 8月23日からオンライン開催中の開発者向けカンファレンス「CEDEC2022」。本稿ではセッション「ELDEN RINGの大気表現 -スカイボックス、およびボリューメトリックフォグを活用したアートの作り方-」について聴講レポートをお届けする。

 講演タイトルのとおり、題材はフロム・ソフトウェアから2022年2月25日発売のアクションRPG「ELDEN RING」。スピーカーは同社3Dグラフィックセクション チーフの佐藤秀憲氏と、グラフィックシステムセクション シニアの二ノ宮絵理華氏が務めた。

 講演の流れは、前半で佐藤氏が同作のビジュアルコンセプトについて説明。その後、同作で活用した大気表現のツール「スカイボックス」と「ボリューメトリックフォグ」の調整について佐藤氏と二ノ宮氏がそれぞれ解説した。最後に各ツールの適用事例を紹介するという流れだ。

地下でありながら紫をベースに宇宙や星空をイメージした「シーフラ河」。実は開発当初には「地底の星空」は存在しなかったという

 本稿では、「ELDEN RING」ファンが気になる同作の絵画的なビジュアルの作り方について、コンセプトや景観の成り立ちを中心に紹介する。

スピーカーの二ノ宮絵理華氏(写真左)と佐藤秀憲氏(写真右)

「ELDEN RING」のビジュアルコンセプト

 佐藤氏が講演の冒頭で取り出したのが「ELDEN RING」開発初期のビジュアルだ。「ELDEN RING」といえば、金色の黄金樹が遠くの空にドンと浮かんだ幻想的なイメージが思い浮かぶ。しかし、開発当初のビジュアルは“よくあるファンタジー”のような個性に欠けるものだった。

【開発初期のビジュアル】
印象が薄く、すべてのエリアが同じような雰囲気

 開発初期のビジュアルは、現実の風景を参考に絵作りをしていた。彩度が低く落ち着いた雰囲気となっているが、開発チーム内での評判はよくなかったという。問題点は、「印象に残らないこと」と、「変化が少ないこと」だ。

 これらの問題点を克服するために、佐藤氏は「絵画的なビジュアル」と「多彩な見た目」という2つのコンセプトを決定した。地球の風景ではあり得ない色を使うこと、強い印象の絵作りを心がけることで、「ELDEN RING」独自のビジュアルを生み出す。また、ゲーム内の地域ごとに異なるビジュアル、天候による変化を加えることでプレーヤーを飽きにくくさせる狙いがある。

【コンセプトに従って生まれたビジュアル】
腐敗が生み出す彩度の高い赤が特徴のフィールド「ケイリッド」
シアンを基調に空中には魔法のエフェクトが浮かぶダンジョン「レアルカリア魔術学院」
ダンジョン「崩れゆくファルム・アズラ」は彩度を低くし、「DARK SOULS」をイメージした
各地の天候は最大8種類。エリアのコンセプトに合わせた多彩な見た目を制作している

 こうしたコンセプトを実現するために活用したツールが「スカイボックス」と「ボリューメトリックフォグ」となる。

 簡単に役割を説明すると、「スカイボックス」は大気の色や太陽や月、雲といった空の様子や空気の感じを表現するツールだ。パラメータの設定で時刻に合わせた変化を行なうなど、3D空間の演出に役立つ。一方「ボリューメトリックフォグ」は、その名の通り霧を描画するためのツール。レイトレーシングの一種である「レイマーチング」を用いて光が大気中で散乱する様子をシミュレーションしている。そうして生み出された霧をマップに配置していくことで空間を立体的に表現している。

スカイボックスの基本機能
ボリューメトリックフォグが可能とする表現

 これらのツールをアーティストが活用し、「ELDEN RING」の絵画的な世界が生み出された。

ゲーム内の各地域から見る活用事例

 上述のコンセプト「絵画的なビジュアル」と「多彩な見た目」にしたがって、「ELDEN RING」でプレーヤーが冒険する各地の風景ができあがった。幻想的な空気感がどのようにして生み出されたのか、「スカイボックス」と「ボリューメトリックフォグ」のグラフィックアーティストによる活用事例を見ていこう。

絵作りの基準となった「リムグレイブ」

 「ELDEN RING」における絵作りの基準となったのが、最初の冒険舞台となるフィールド「リムグレイブ」だ。どのような工程でそのビジュアルが完成したのか、工程の1つ1つを佐藤氏が解説した。

最終的な「リムグレイブ」のビジュアル
【スカイボックスの活用】
まずは青空
雲を追加する
大気の色は緑色にし、地球とは異なるユニークな雰囲気を演出
大気と雲の部分にビネット効果を適用。放射状のグラデーションで情報量を増やした
指定した方角の色を暗くする機能を使用。黄色い空でも黄金樹を目立たせるよう工夫した
【ボリューメトリックフォグの活用】
方角によってフォグに異なる色を設定。日向と日陰のコントラストを強くし、ライトシャフトを強調。崖が単調に見えないようにする
カメラからの距離でフォグに当たるライトの強度を調整。画面の奥行を強調する。画面の手前側はくっきりと見やすく、遠景はかすんだ立体感が演出できる
スカイボックスとグローバルフォグのみを適用した状態。手前の奥行があるが赤色で示す遠景の情報量が少ない
配置式フォグボリュームを追加。橋のアーチが目立つようになった
右奥の崖は書割の雲を配置して隠す
まだ黄金樹が直線的で浮いている。情報量が足りない
黄金樹に光のエフェクトを追加して「リムグレイブ」のビジュアルが完成

各地の雲や霧の基礎となった「湖のリエーニエ」

 「湖のリエーニエ」は広大な湖に霧が深く立ちこめたフィールド。プレーヤーがはじめて訪れた際には高台から見下ろす深い霧が印象的だ。

 同マップでは、「ボリューメトリックフォグ」の機能の1つ「ハイトマップ」を用いて霧が描かれた。ハイトマップは本来地形の高さに応じてフォグを発生させるものだが、ここでは地形に応じて雲や霧の見た目を変化させるために活用したという。使い勝手がよかったため、ほかの場所でも同様に雲や霧を描くこととなった。

「湖のリエーニエ」の全景
従来手法では霧の見た目が一定になりやすかった
霧の形状調整にハイトマップを適用
ほかのマップでもフォグボリュームの印象を差別化するために活用

「ストームヴィル城」の嵐

 多くのプレーヤーが序盤に訪れるであろう「リムグレイブ」のレガシーダンジョン「ストームヴィル城」では、嵐の演出に工夫がある。同地域で常に吹いている嵐は、配置式フォグボリュームの3Dテクスチャをスクロールすることで実現しているという。ほかの地域の吹雪なども同様に表現している。

嵐が特徴の「ストームヴィル城」
配置式フォグボリュームのテクスチャをスクロールさせることで嵐を表現
嵐の中にいると画面が見づらいので表示距離を調整

はじめは狭間の地の地底に宇宙はなかった。「シーフラ河」

 「ELDEN RING」の冒険の舞台である「狭間の地」の地下には広大な空間が広がっている。地下空間の1つ「シーフラ河」では、地底であるにも関わらず天井の部分には星空が広がっているのだ。開発当初「地底の星空」という要素はなく、あとから開発されたもの。その特異な星空の描き方が紹介された。

地底の星空が広がる「シーフラ河」
開発当初「地底の星空」はなかった。マップの大部分が完成した段階で星空が追加されることに
通常の星空はスカイボックスのテクスチャに貼り付けるだけ。しかし今回は洞窟の空間内に星空があるという設定。星や星雲を立体的に表現する必要があった

「崩れゆくファルム・アズラ」の竜巻は動物の毛並みを応用して表現

 ストーリー終盤に訪れるダンジョン「崩れゆくファルム・アズラ」。巨大な竜巻がいくつも渦巻く場所だ。この竜巻を立体的に見せる工夫として用いられたのが、ポストエフェクトの「ファーブラー」という機能。動物の毛並みなどに用いられる機能で、指定方向に毛並みが流れているような表現に用いられる。竜巻に用いるのはかなり例外的な使い方だったという。

竜巻が印象的な「崩れゆくファルム・アズラ」
竜巻形状にモデリングしたメッシュをシェーダーでアニメーションさせたが立体感が不足
近くで見るとポリゴン感が拭えず岩のようだった。「ファーブラー」の適用で竜巻らしさを演出できた

タイトルの方針に合わせたさらなる大気表現を

 佐藤氏は講演の締めくくりに、今後の目標として「ELDEN RING」だけでなく、“タイトルの方針に合わせた絵作り”を掲げた。また、同作の開発ではアーティストが手動で調整した部分が非常に多かったという。可能な部分は自動化を進め、フォグのカスタマイズ性の向上なども目指すとした。次回作でのさらに進化した大気表現に期待したい。