【特別企画】

年内に中国人口の70%をカバー! Tencent Cloudに見る中国クラウドゲーム最新事情

まずはWeGameの体験版としてクラウドサービスをスタート

【ChinaJoy 2019】

8月2日~5日開催

 Googleが3月に正式発表したクラウドゲームプラットフォーム「Stadia」の登場以降、クラウドサービスのゲームへの進出が一層激しさを増している。それはほぼすべて水面下で行なわれているため、ゲームファンにとっては今ひとつピンとこない話かもしれないが、Google(GCP)、Amazon(AWS)、Microsoft(Azure)、アリババ、テンセントなど、この星を代表する超大手たちが文字通り地球規模でしのぎを削っている。

 どのメーカーも、来たるべき5G世代、その先にあるあらゆるサービスがクラウド化する時代の到来に備えてシェア獲得に力を注いでいるが、その有望な“使い道”の1つがクラウドゲームだ。オンラインゲームのサーバーサイドをクラウド化するという話と、今後増えてくる、ゲームそのものクラウドで提供するという話は、次元の異なる話だ。現時点でも多くのゲームにおいてクラウドサービスが使われているが、ゲームがクラウド化すれば、その使用規模はケタ違いになる。

 そして、その格好のショウケースとなるのが自社によるクラウドゲームプラットフォームとなる。GoogleのStadia、MicrosoftはProject xCloudなどがその代表格となるが、今回のChinaJoy取材でもそうした動きを見ることができた。本稿ではChinaJoy取材で得られた中国のクラウドゲーム事情をお届けしたい。

中国でもクラウドゲームはまだまだこれから。革新的なクラウドゲームコンテンツの発表待ちか

 今回筆者は、中国ならではのクラウドゲームプラットフォームやクラウドゲームの出展に大きな期待を寄せてChinaJoy会場に足を運んだ。5Gやクラウドにおいて中国は、世界の先端を行く存在だからだ。クラウドゲーム元年の今年、さぞかしChinaJoy会場もクラウドコンテンツで溢れかえっているだろうと期待したのだ。

 ところが結論としては、まったくそんなことはなく、モバイルゲーム一強状態がより鮮明になっていただけだった。そのワンパートとしてクラウドを使っている、あるいは今後使っていくというレベルで、正直な所かなり肩透かしだった。

 中でも中国最大手のゲームメーカーであるTencentは、BtoCフロアに3つのブース(Nintendo Switch、PC、モバイル)を展開し、全方位戦略をアピールしていたが、その中にクラウドゲームはなかった。詳しくは後述するが、Tencentのクラウド部門Tencent Cloudが業界関係者しか立ち入らないエリアに特設展示としてクラウドゲームをアピールするという状態だった。ゲームファン達は入れない場所に展開していることから想像できるように、Tencentのクラウドゲームは、まだ法人向けのアピールの段階に留まっている。

【Tencentもまだクラウドゲームはメインではない】
中国最大手のTencentは3つのブースを展開していたが、クラウドゲームの姿はなかった

 これはTencentのみならず、中国全体の傾向のようで、ChinaJoy会場でもゲームファン向けのクラウドゲームはほとんどアピールされていなかった。BtoCエリアでは、達龍雲電脳や順網遊技といったいくつかのコンテンツパブリッシャーが、5G時代とクラウドゲームの到来をアピールしていた。同様にBtoBではHUAWEIが5Gを使ったテクノロジーデモを展開していた。

【クラウドゲームを展開していたメーカー】
達龍雲電脳
順網遊技

 もっとも内容的には、単なるブランディングや、E3やGDCで数年前から展示されている「5Gとクラウドによって、ゲームはこう進化します。我々はそのすべてを提供できます」という構想レベルの内容で、個人的に期待していた“クラウドならではのゲームコンテンツ”は影も形もなく、その意味では日本のシンラ・テクノロジーの遺伝子を受け継ぐクラウドゲームメーカーGenvid Technologiesをはじめ、日本や欧米のゲームメーカーの方が一歩も二歩も進んでいると感じた(参考記事)。

 2日掛けて会場を一巡りし、この事実を受け入れざるを得なくなったとき、「中国ですらまだこの段階なのか」と、ちょっと残念だった。意地悪い言い方をすれば、Stadiaをはじめとしたクラウドゲームメーカーの出方を待っているのかもしれず、クラウドならでは革新的なゲームコンテンツは、中国に期待するのはまだ早いのかなという印象を持った。

【HUAWEIブース】
HUAWEIは5G時代のコンテンツ事例の1つとしてクラウドゲームを紹介していた。TencentやNetEaseのクラウド化した既存のゲームをプレイアブル出展していたが反応は今ひとつ

中国でもついにTencentが本格トライアルを始動

 ChinaJoyのクラウドゲーム取材で、唯一の収穫だったのがTencent Cloudだ。

 Tencent Cloudは、広大なChinaJoy会場を探すまでもなく、ChinaJoy会場入口手前のカフェを丸ごと借り切るというユニークなスタイルで出展を行なっていた。ちなみにこの入口は、メディアを含めた業界関係者専用となっており、業界関係者の誰しもが目にするだけでなく、会場を歩き疲れた関係者が足を止めるのに最適な場所にある。

【Tencent Cloudブース】

 カフェの中は、同社が提供しているサービスやコンテンツを紹介するパネルが壁中に張られ、ドリンクを片手にテーブルの上に設置されたPCやスマートデバイスを使ってTencent Cloudを通じて提供されているコンテンツを実際に試すことができた。

 コンテンツは、当然ゲームに限らず、音楽、映画、アニメなど多種にわたっていたが、メインとして扱われていたのがクラウドゲームだ。クラウドゲームは、カフェに入ってすぐ右手にある2台のiMacで自由に試遊することができた。法人向けの出展ということで、試遊を開始するとすぐ担当者が付いて、サービスや特徴について説明してくれた。

【Tencent Cloudブース】
1階のみならず、2階も丸々借りきっており、2階ではクラウドに関するセミナーも開催されていた

 実際に試してみてすぐ気づいたのは、Tencentは現時点では、まだ独自のクラウドゲームプラットフォームを立ち上げたわけではないということだ。目の前のモニターに映し出されているゲームは、いずれもTencentのPCゲームプラットフォーム「WeGame」のタイトルで、提供中タイトルの“体験版”だ。全部で10タイトルほど提供しているということで、このChinaJoyに合わせて試験的に提供を開始したという。

【WeGame】

 つまり、PCベースのゲームの体験版をクラウドゲームとして提供しているということになるが、体験版はもともと製品版から、特定のシーンだけを切り取ってビルドとして構成したものだ。なぜわざわざそんな回りくどいことをするのかというと、3つの理由あるという。

 1つは、Windowsアプリケーションを、あらゆるプラットフォームで提供できること。2つ目はAPKファイルをダウンロードする必要がなく、すぐプレイを開始できること。3つ目はコピー対策だという。

取材に応じてくれたTencent Cloudの楊氏

 このWeGameは、ValveのPCゲームプラットフォームSteamの対抗サービスとしてTencentが2016年に誕生した中国向けサービス。登録会員数は3億人、MAUは3,000万人に達し、ゲームプラットフォームとして強大なパワーを持つ。Tencentは、まずはここに試験的にクラウドゲームの提供を開始したわけだ。

 体験版の内容は、登録開始から5時間無料で遊べるというもので、気に入ればそのままダウンロード購入するという流れになる。実際にプレイしてみたが、クラウドゲーム特有のもっさり感は感じたが、言い換えれば“多少負荷の掛かったMMORPG程度”であり、普通に遊ぶ分には十分に許容範囲だ。ゲームもMMORPGやカードゲーム、恋愛シミュレーションゲーム、ストラテジーゲームなど、比較的クラウド環境でも遊びやすいゲームが選ばれており、まさにトライアルを始めたばかりといった印象だ。

【5時間無料チケット】
ブースで配布していた「中国式家長」5時間プレイチケット

【クラウドゲームタイトル】
上から順にMMORPG「My Time at Portia」、恋愛シミュレーションゲーム「中国式家長」、カードバトル「三國殺」。比較的クラウドゲームでも遊びやすいジャンルが選ばれている印象だ

 レイテンシは平均して60msぐらいだろうか。早いときで30ms、遅いときで80ms程度。担当者の説明によれば80msを下限にサービス網を構築しているという。80msといえば、十分オンラインゲームはプレイ可能だが、FPSやMOBA、レースゲームといったシビアな入力が求められるゲームはやりたくないなというレベル。eスポーツ水準で言えば完全に不合格だが、ゲームとして楽しむ分には及第といった数字だ。

【レイテンシ】
80msの遅延によりややもっさり感があるが、描画そのものは滑らか

 ただ、この80msは、ここ上海限定ではなく、中国全土で80msを実現するというからおもしろい。担当者はこの日、筆者がはじめて目を輝かせたのを見逃さず、間髪入れずにスライドを使って説明してくれた。

 まずこのプロジェクトは、TencentのWeGame部門と、Tencent Cloudのクラウドゲーム部門の共同プロジェクトで、中国主要都市にゲーム専門のデータセンターを設置し、WeGamesユーザーはそこにChrome(あるいはそれに準ずるブラウザ)を通じて接続する形でクラウドゲームをプレイする。

 DCまでの距離は接続拠点によって変わるため、一定以上離れてしまうとレイテンシが悪くなってしまうが、それを避けるためECと呼ばれるゲームのグラフィックス処理を専用行なうサブのデータセンターを、第2都市、第3都市に張り巡らせ、DCとECを太い専用線で繋ぐことで中国のどの位置からでも80msを実現するという。

 このクラウドゲームネットワークは、今年に入って急ピッチで敷設中で、現在DCは、北京、上海、広州、成都、重慶の5カ所に対して、ECは済南、杭州、福州、武漢の4カ所に留まっているが、年内に長沙、鄭州、貴陽、石家荘、南宇にも設置し、9カ所体制を整える。これによって中国全人口の70%をカバーできるという。

【WeGame&Tencent Cloud】

 ただ、現時点で決まっている計画はここまでで、今後のクラウドゲームの計画は未定で、まずは10タイトルの体験版の技術テストを通じて各種データを集め、最適なビジネスモデルを模索していく。肝心のクラウドならではのゲームコンテンツの開発については、担当外のためわからないということだったが、WeGame&Tencent Cloudの枠組みでは動いている気配はなく、現時点ではコンテンツドリブンの革新的なクラウドサービスが生まれつつあるというよりは、Tencent Cloud主導によるWeGameの機能拡張という側面が強い。

 ただ、ソニー・インタラクティブエンタテインメントが提供しているクラウドゲームサービス「PlayStation Now」の苦戦が示しているように、ゲームファンはクラウドゲームという形態を求めているのではなく、その先にあるクラウドゲームでしかなしえない革新的なインタラクティブエンターテインメントを求めている。既存のゲームをクラウド化している限り、クラウドゲームが成功することはないし、ワクワクさを求めてやってくるゲームファンの心を掴むことはできないだろう。

【クラウドならではのゲーム体験】
Stadia版「Ghost Recon Breakpoint」が実現するSteam Connect機能。こういうならではの機能が求められる

 ただ、取材の後に、関係者と情報交換をしていてドキッとさせられたのは、Tencentは、クラウドゲームの技術テストを別々の部門が複数同時に行なっているということだ。旧スクウェアが、複数の開発部門で同時にプロジェクトを走らせ、一番良いものをナンバリングを付けて「ファイナルファンタジー」の新作としてリリースするという伝説に近いエピソードだが、実際Tencentは、QQとWeChatという2大SNSを保有しており、社内で競わせることで常に鮮度を保たせるという独特のカルチャーを持っている。

 今回ChinaJoyで取材したWeGame&Tencent Cloudの枠組みによるクラウドゲームサービスは、Tencentの中で本流なのか傍流なのか、それとも単なるトライアルにすぎないのか、そこはよくわからないが、ひとつだけ言えるのはTencentもまた本気でクラウドゲームを立ち上げようと考えているということだ。Tencentの動向には引き続き注目したい。

 その一方で、既報の通り、クラウドゲームでキャスティングボートを握るGoogle Stadiaが、中央ヨーロッパ時間の8月19日19時、日本時間の8月20日2時より、gamescom 2019に先駆けてストリーミング放送「Stadia Connect」を配信する。そこでは筆者のみならず、世界中のゲームファンが期待しているStadia独占コンテンツも発表される見込みだ。どういったコンテンツで我々を驚かせてくれるのか楽しみだ。

【Stadia Connect 8.19.2019 - Game Announcements】