【特別企画】

ゲームの未来の一翼を担うクラウドゲーム。E3で何が発表され、何が発表されなかったのか?

Google Stadiaで幕を開けたE3 2019クラウドゲーム情報ひとまとめ

【E3 2019】

6月11日~13日開催

 Googleが3月にStadiaを正式発表したことでにわかに活況を呈しているクラウドゲーム。VRやARのように、産業としてのゲームを前進させる革新的なテクノロジーとして、一般メディアやTVでも取り上げられる存在になっている。E3 2019でも既報のように6月6日にGoogleが「Stadia Connect」をYouTubeで配信し、“2019年はクラウドゲームの年”を強く印象づけた。本稿ではE3 2019でクラウドゲームについてどのような発表が行なわれたのか、逆に何が発表されなかったのかまとめておきたい。

【Stadia】

 E3 2019の先陣を切ったのはGoogleだった。E3初日から数えて5日前の6月6日という絶妙なタイミングでプライベートイベント「Google Connect」を実施し、独自のクラウドゲームプラットフォーム「Stadia」について、ローンチ時期、サービス概要、タイトルラインナップ、ビジネスモデルなどを発表した。

【Stadia Connect Official Recap】

 案内役を担当したのは、長年ソニー・コンピュータエンタテインメント(現ソニー・インタラクティブエンタテインメント)でプレイステーションビジネスに携わり、Atari、Gaikai、Microsoft等でエンターテインメントビジネスのエグゼクティブを歴任し、現在GoogleでStadiaビジネスを統括するPhil Harrison氏。Harrison氏といえば、E3をはじめ、GDCやgamescomで度々メディアカンファレンスのプレゼンテーションを行なってきた“ゲーム界の顔”の1人であり、E3の幕開けとして相応しい人物と言える。

 ただ、その発表内容は、世界のジャイアントであるGoogleとしてはやや大人しめで、発表内容にサプライズはなく、概ね予想範囲内に収まるものだった。発表されたタイトルラインナップは31本。新たにローンチされるゲームプラットフォームとしては多く、「DOOM Eternal」(id Software)や「Borderlands 3」(2K)、「Ghost Recon Breakpoint」(Ubisoft)など、E3 2019で話題を集めたフレッシュなAAAタイトルも含まれていた一方で、期待されたファーストパーティータイトルは1つもなかった。

【Stadia Founder's Edition】
事実上のスターターキットとなる「Stadia Founder's Edition」。129ドルで、クラウドゲームプラットフォームに参戦する準備が整う

 ワールドプレミアとして「Stadia Connect」のオープニングに登場した「Baldur's Gate III」も、その後E3 2019で行なわれた「PC Gaming Show」にも登場し、PC版もリリースされることが明らかになった。自社ゲームスタジオStadia Games and Entertainmentの画期的な新作が1つぐらい出るかと期待されたが、ゼロだったのは残念と言うしかない。

【Baldur's Gate III】
PCゲーマーには懐かしのシリーズとなる「Baldur's Gate」シリーズの最新作

 1点「おっ」と思ったことがあるとすれば、現在もっとも深いパートナーシップを結んでいるUbisoftの新作「Ghost Recon Breakpoint」のデモで、協力プレイ中のメンバーの映像をピクチャーインピクチャーで3つのリアルタイムストリームしていたことだ。ゲームコンソールは、処理性能以前に、厳しいメモリ管理の中で、安定的にゲームを動作させることが至上命題で、ああいったことはやりたくてもなかなかできない。ただ、ストリーミングなら、映像側で何をやろうがクライアント側の負担はほとんど変わらない。クラウドゲームの確実な未来を感じさせてくれたワンシーンだった。

【Ghost Recon Breakpoint】
Stadiaが提供する「Stream Connect」と呼ばれる機能を使って仲間のビューを共有しているところ。ストリームならこういうことがサクッとできる

 Googleは、すでに日本を含め、世界中のゲームメーカーと接触し、通常のサードパーティー契約のほか、ファーストパーティー、あるいはセカンドパーティーとして、Stadiaに独占的にタイトルを供給してもらう交渉を行なっているとされる。E3でも日本をはじめ世界中からクラウドゲーム関係者がロサンゼルス入りし、周囲のホテル、あるいはYouTube主催のパーティー会場等で、様々な交渉が行なわれたようだ。

 そこから漏れ聞く限りでは、デベロッパーとの契約内容は、従来のゲームビジネスでは考えられないほどデベロッパー側の取り分が多く、これに飛びつくデベロッパーは少なくないようだが、それらのStadia独自タイトルはE3のタイミングで影も形もなかった点を踏まえると、11月のローンチにはほとんどが間に合わない可能性が高い。ということはStadiaは、2019年11月の時点では、世界中のゲームファンが飛びつくような状況にはならず、スロースタートになるということだ。

 E3 2019でもGoogleのE3チャンネル「YouTube Live at E3」にPhil Harrison氏が登場したが、E3に相応しい新発表はなく、主にゲームファンに向けて、よりわかりやすくStadiaの魅力を紹介するという内容だった。

【Phil Harrison // Google Stadia Interview from YouTube E3 Live】

 新情報としては、Stadiaが2019年11月のローンチと同時にスタートするサブスクリプションサービス「Stadia Pro」に加えて、各ゲームパブリッシャーは、Ubisoftの「Uplay+」のように、メーカー独自のサブスクリプションサービスを提供可能なこと。また、2020年にサービス開始を予定している基本無料のベーシックサービス「Stadia Base」に、オンラインマルチプレイ機能が含まれることなどだ。

【YouTube E3 Live】

 Harrison氏が、他のクラウドゲームプラットフォームとの違いについて問われると、「Stadiaはピュアなクラウドゲームプラットフォームであり、物理的なコンソール、物理的なメディアなどの制約を受けず、まったく同じゲーム体験をあらゆるデバイスに提供できること」を挙げていた。MicrosoftのProject xCloudはXbox One、SIEのPlayStation Nowはプレイステーション 4、NVIDIAのGeForce NowはWindows PCという母体を持ち、それらとの互換性を無視して専用のゲームを作ることは難しいが、Stadiaはそもそもが物理的なハードを持たないため、一切の制約抜きでゲーム制作が行なえるというわけだ。

【Phil Harrison氏】

 また、最大の強みであるYouTubeとの連携についても言及。すでに発表されていることだが、Stadiaでは、YouTubeを通じてゲームの配信を行なうことができ、その視聴者は動画をクリックすることで、そこにジョインすることができるという。ストリーマーがゲーム配信をする場合、現在では視聴者が「おもしろい!」、「遊びたい」と思っても、購入、ダウンロード、アップデート、アカウント登録など、凄まじい量の関門が待ち構えているが、Stadiaならそこが完全にシームレスになる。

 Googleは当然そこにアフィリエイトプログラムを導入し、YouTubeのライブ配信から、Stadiaにジョインしたユーザー数に応じて、ストリーマーに対して報酬を提供する。ストリーマーにとっては新たな収入源になるし、Stadiaとしては確実性のあるプロモーションになる。StadiaはYouTuberにとっても魅力的なプラットフォームになることが見込まれる。

 ただ、それもこれも、すべては世界のゲームファンが「これはStadia買うしかねえな!」と驚喜させるStadiaならではのコンテンツを用意できるかどうかだ。

 E3 2019の時点では、残念ながらそれは用意できてなかったと言わざるを得ない。期待されたStadiaのブース出展もなかったし、Stadiaタイトルの展開を予定するメーカーもStadiaの試遊台は1つもなかった。2019年11月にローンチする北米をはじめとしたTier1エリアのメディアにはこっそり見せていたようだが、掲載されている記事を見る限り、既発表タイトルを対象にしたデモで、「ちゃんと動いたよ、遊べるよ」という単なる試遊に留まっている。つまり、3月のGDCから、出展内容が進化していない。

 一方、Project xCloudを擁するMicrosoft Xboxも同レベルだった。Stadiaと違って、一般の参加者が触れられる形でProject xCloudの試遊コーナーは用意されていたが、Xbox Oneタイトルが遊べるというだけで、そこに新しい仕掛けや、斬新なビジネスモデルはなく、遊びとしての進化を感じられなかった。

【Project xCloud】

 Head of XboxのPhil Spencer氏は「ゲームファンに新たな選択肢を提供したい」と語っており、Xboxの本流を担うサービスにすることは考えていないことを明らかにした。本流はあくまで今後もXbox Oneであり、2020年のホリデーシーズンに登場する次世代Xbox“Project Scarlett”。物理的なコンソールを使ったゲームビジネスは今後も続けていく。そういう意味では、一般誌があおり立てる、“Google対Microsoftのクラウドゲームプラットフォーム戦争”は起こりえない。両社が見ている風景は最初からまったく異なるものだからだ。

 このほかAmazonやNetflixもクラウドゲームの噂が絶えないが、E3 2019ではAmazonは不気味な沈黙を保ったまま。NetflixはE3をホストするESA(Entertainment Software Association)が主催したライブイベント「E3 Coliseum 2019」でゲーム事業への参入を明らかにしたが、予想されていたクラウドゲームではなかった。2018年、視聴者が分岐を選ぶインタラクティブな映画「ブラック・ミラー: バンダースナッチ」が話題を集めたNetflixだが、まずはゲーム作りのノウハウづくりからといったところだろうか。

【Developing Netflix Originals into Video Games】

【Facebook】
GAFAMの一角を占めるFacebookは引き続きVR押し

【WOM6】
クラウドゲームを目指す新興プレーヤーのWOM6。ブースは空っぽでイメージ映像だけを流していた

 こうして書き連ねていくと、筆者はクラウドゲーム否定派なのかと思われたかもしれないが、実際はまったく逆だ。

 クラウドゲームが、ゲーム産業のマジョリティを占める程まで大きくなるかどうかは別にして、その一角を担うようになるのは時間の問題だと思う。それはVRやARよりももっと早く、確実にやってくる未来だと思う。

 具体的な例を挙げよう。たとえば、E3 2019でとあるタイトルに感激し、そのすべてを理解するために前作からプレイしようと考えたとする。

 そこで日本に帰国したら、さっそく実現に移すために自宅でXbox OneやPS4、あるいはPCを起動する。ところが、久々の起動なのですぐプレイする事は許されず、OSやビデオカードのアップデートがはじまったり、ゲームを購入してもダウンロード、インストール、アップデートのプロセスが発生する。連日のE3の取材でクタクタに疲れているので、待っている間に椅子に座ったまま寝てしまうわけだ。

 これは別にE3のような海外出張に限った話ではなく、日常でも起こる話だ。相応の努力を払ってゲームが遊べる時間を確保したはずなのに、その事前の手続きに時間を取られ、遊ぶ機会を逸してしまう。こういうときに、現行世代のゲームコンソールの限界を感じる。

 これはゲームの歴史を遡れば、いくらでも挙げられる話で、「ドラゴンクエストII」を筆頭にテキストベースのセーブシステムが煩雑になりすぎた結果、バッテリーバックアップシステムが生まれたし、ゲーム体験をリッチにするために光学ディスクが採用され、光学ディスクからのローディングが長く、かつ頻繁になった結果、PCと同じようにHDDインストールが標準になった。そろそろ我々は、ゲームのダウンロード/インストール/アップデートから開放されてもいいのではないか。

 Project xCloud体験レポートでは、Xbox One Xオーナーの視点からレイテンシーについてやや厳しく指摘したが、これも本質的な問題ではないと思っている。クラウドゲームにおけるレイテンシーの問題は、5Gが一般化すれば全部解決する、というほどシンプルな問題ではないのは確かだが、すでに我々は「Ultima Online」でブリタニアで冒険をはじめたときからレイテンシーと戦い続けており、どのみちゼロにはできないことは我々ゲーマー自身がよくわかっている。重要なのは、そのレイテンシーを甘受してでも遊びたいと思わせるゲーム体験が提供できるかどうかだ。

【5G】
VERIZONは5Gをアピール。ただ、クラウドゲームは5Gが来たら即バラ色かというと、それほどシンプルな話でもない

 ゲーマー達はその当時から、PKとして暗躍するために、あるいはPKKとして正義を貫くために、最速のプロバイダを選び、極端なケースでは、基地局の近くに引っ越したりもした。もし、Stadiaが日本にやってきたら、当時とはアプローチは全然違うだろうが、同じようにネットワークのレイテンシーを最小化する工夫をするだけの話だと思う。

 レイテンシーに対するゲーマーの捉え方は「Ultima Online」から花開いたMMORPGが格好のサンプルだと思う。MMORPGはネットワーク遅延のほか、高密度による表示遅延、その他様々な事情によるサーバー処理遅延など、絶えず様々な遅延が発生している。最近は少なくなったがアップデート直後はアクセス集中でサーバーがダウンすることもあり、これもとんでもない遅延に含んで良いと思うが、ゲーム自体が魅力的で、大事な仲間がいれば、ゲームファンはレイテンシーを軽々と乗り越えられるのだ。

【Stadiaが求めるインターネットスピード】
最低10Mbpsで、ベストクオリティで35Mbps。これを常時、安定してたたき出せる環境でなければならない

 だが、それもこれも、そうした遅延を許容しても「遊びたい!」と思わせるタイトルがなければ話にならない。筆者は今回、「Cyberpunk 2077」のデモを見て、「これはキアヌに会うためにXbox One Xの4K環境でジャック・インするしかないな!」と思ったし、「FINAL FANTASY VII REMAKE」を試遊して、自宅のPS4 Proでガッツリ24時間連続で遊びたいと思ったし、Nintendo Treehouse: Liveの「あつまれ どうぶつの森」デモを見ていて、早く妻とJoy-Conおすそ分けプレイでキャッキャウフフしながら一緒に魚釣りしたいと思った。しかし、Stadiaをはじめとしたクラウドゲームプラットフォームには、そういう「これは絶対やるしかないな」と思わせる煌めくタイトルがない。そういう意味では、E3 2019におけるクラウドゲーム周りの発表は、ゲームファンの期待に応える内容ではなかったといえる。

【Cyberpunk 2077】

【FINAL FANTASY VII REMAKE】

【あつまれ どうぶつの森】

 最後に、ゲームファンは本当に「遊びたい!」と思ったときに、万難を排してでも遊ぶ格好のエピソードを紹介して締めくくりとしたい。これはPCゲーム業界で語り継がれている伝説の1つだが、PC向けリアルタイムストラテジーとして一世を風靡した「Age of Empires」(1997年、Ensemble Studios)があまりにおもしろすぎて、当時のMicrosoftスタッフが飛行機の機内でノートPCを開いて、シリアルケーブルで接続して対戦をしたという。その風景を想像すると思わず笑ってしまうが、気持ちはよくわかる。当時は常時接続環境はなく、オンライン対戦に従量課金が発生していた時代だから、筆者も仲間とPCを持ち寄ってシリアルケーブルによる対戦はよくやったものだ。

【Age of Empires II Definitive Edition】
E3 2019では「Age of Empires II Definitive Edition」がプレイアブル出展されていた。名作は何度でも蘇る

 そこまでして遊びたいと思わせるゲームコンテンツ、クラウドゲームプラットフォームならではのコンテンツを生み出せるかどうか。クラウドゲームプラットフォームがブレイクするかどうかはまさにその1点に尽きると思う。今年最大の山場は、11月のStadiaローンチだ。そこまでにどのような発表が行なわれるのか。どのようなゲーム体験が可能になっているのか。ゲームファンの1人として、クラウドゲームの明るい未来を信じている1人として、楽しみにしている。