インタビュー

SCE Asiaプレジデント織田博之氏インタビュー

SCE Asiaの事業戦略とソニーグループとのリレーションについて

今は無き光華商場(2005年撮影)。台湾の代表的な電脳街のひとつで、コピー品の巣窟だった
現在の台北地下街の様子。10年足らずで、コピーまみれの市場が、正規市場へと生まれ変わった
台北のみならず、アジア各地に存在するソニーショップ。織田氏が就任したからといって、即ソニー販売チャネルを活用するという話にはならないようだ

――なるほど、面白いですね。私はこの10年間、SCE Asiaさんのビジネスを見てきて、そのビジネス内容をシンプルに表現すると、海賊版と並行輸入品、それから中古品との仁義なき戦いだったと思うんです。

織田氏:ホントにそうですよね。

――新体制下での今後10年のビジネスはどのようなものになりそうでしょうか?

織田氏:海賊版はおかげさまでPS3とPS Vitaのプラットフォームのおかげで、ほぼなくなりました。あとはそれなりに単価の高いものですから、どういう風にお客様にちゃんと発売していけるか。つまり、セールスネットワークです。ひとつはリアルタッチポイント。店頭で体験できるストアをどれだけ拡充していくか。同時にオンラインの時代ですので、どういう風にダウンロードでものを売る時代に、オンラインという場で何かできないかという、それはちょっと模索というかトライアルになっていくと思いますが、そういう風に仕掛けていきたいなと思っています。

――それはPlayStation Networkを使ったアジア独自のサービスですか?

織田氏:そうです。これはまだぜんぜん形になっていないジャストアイデアですが、これからパッケージメディアとダウンロードって形は違うけれど同じ売り方じゃないですか。それ以外のことができないかなと。例えば我々もPS HomeやPS Plusのようなものもやらせていただいていますけど、それだけのプラスαで何かできないかを考えていきたいなと。本当にまだ何の具体的なアイデアもないのですけれど、特にそのネットワークということに関してポテンシャルを感じております。

――海賊版や並行品については、台湾や香港はほとんど目立たなくなりましたが、まだ中国や東南アジア地域では存在し続けています。これらの残る課題に対してどのように対処していこうと思われますか?

織田氏:中国をスペシフィックに申し上げると、ご存知の通り市場開放がされていない、イコール市場が健全に育たない。これはもうどちらかというと、そこを管轄する方に気づいていただいて、我々としてもそういうアピールもしていきたいと思うのですが、やはり市場を開放することが国益にもつながる。いわゆる健全に市場が育って、産業も育つということになると思うのですね。今のレギュレーションの環境では、まだゲームコンソールを売るということは非常にハードルが高くてできないので、出来ればそこに早く気がついていただいて、我々がちゃんと商売できるような環境になっていただければ、非常に嬉しいなあと思います。

 それ以外の地域に関しても、並行輸入品の問題はあると思います。それに対しては、アジアの正規品のソフトウェアとコンソールでスペシャルパッケージを作るとか、本当にお客様にとってベネフィットがあるようなプロモーションを仕掛けていきたいなと、考えています。

――セールスプロモーションに関して、今後ソニーの販売チャネルを使うことはあり得るのでしょうか?

織田氏:やはり例えば見せ場、ショーブースとしてはソニーのチャネルは非常に使えると思います。後はそこと、現存のトラディショナルのゲームチャネルとをどういう風に役割分担をしていくのかを、ちゃんとプランニングをした上でどのようにソニーのチャネルを使うか考えたいと思います。我々がソニー出身だから、じゃあゲームをソニーのチャネルで優先して売ろうかということにはならないと思います。

――現在でもアジア地域の一部のソニーショップにはPS3が置かれていて、ゲームが遊べたりしますよね。その方向性が今後強化されるのか、それとも別のアプローチを模索するのかというのは興味があるところですが。

江口氏:台湾に限って言いますと、今ソニー商品を取り扱っていただいているソニーチャネルのほとんどは私が取引してきた販売店様ばかりなんです。おっしゃるとおり既にプレイステーションを置いていただいているところはあります。でも先ほどの話にもどっちゃいますけど、やっぱりゲームソフトがないとただの箱ですよね。じゃあゲームショップがどういう売り方をされているのかをよく見ていると、やはりソフトの話をどんどんやって、「こういう新作がでたよ」と、「君このまえこれ買ったよね。これ好きだったよね。だったらこれ良いよ」みたいな、やはりソフトの話ができないとゲームビジネスは難しいと思います。

 じゃあ今、僕が「もっとやってくれ」とお願いしたらやってくれるところはいっぱいありますけれど、その人たちがすぐにゲームソフトの話ができるようになるかというと難しいと思いますので、どのようなチャネルでどのような売り方を進めていくか時間をかけてしっかり考えたいです。繰り返しになりますけれど、我々がソニー出身だからすぐにソニーチャネルで売ろうというのはちょっと違うと思います。

織田氏:提案型はできると思うのです。たとえば、ゲームとヘッドマウントディスプレイとは相性いいですよね。今日もちょっと冗談で言っていたのですが、「18禁大丈夫だよね?」と(笑)。現在のレギュレーションだと、日本でいうZ指定のゲームは、一般の人の目に触れないように隔離部屋を作って見せる必要がありますが、ヘッドマウントディスプレイなら堂々と出せるじゃないですか。18禁という言いかただと語弊がありますけど(笑)、ヘッドマウントディスプレイは、そういうソフトウェアのベストミックスだと思うのです。そういう提案を出すのはありだと思いますよね。アイデア的には色々あると思うので、そういった意味ではどんどんやって行きたいなと思います。

――これまでSCE Asiaでは、ゲームソフトに関しては、グローバルのタイトルをアジアに持ってくる。そしてアジアのタイトルをグローバルに持っていく。この2軸でずっと活動されていたわけですけれども、今度その動きはどのようになるのでしょうか?

織田氏:SCE Asiaではご存じのようにローカルで作られている台湾のXPECさんとか、シンガポールのNYPさんとかいろいろな学校も含めてですね、コラボレーションをやっていっているのですが、その部分はますます強化をしていきます。特に今年1月11日に香港や台湾でPSMのSDKがオープンになりましたので、今後はそういうツールをどんどん地域でも公開していって、ローカルのデベロッパーさんをどんどん育てて、アジア発で世界に通用するゲームを生み出していきたいですね。シンガポールで作った「ロケットバーズ」なんかは、結構欧米で売れたと聞いています。今後も引き続きがんばっていきたいなと。

――今まで実施していたアジアのクリエイターに対する育成プログラムや、台湾メーカーに対する開発支援といった取り組みは今後も続けていくのですか?

織田氏:そうですね。ただ、形は少しは変わるかもしれません。関係部門と調整をはかりながらですけど、しっかりオプティマイズして、できるだけ育てていきたいなと思います。

――台湾の高雄や広東にインキュベーションセンターがありますよね。こちらは今後どうなるのでしょうか?

織田氏:高雄に関しては、ちょうど活動が第一期が終わったところで、今これから次のステップを検討している所です。広東に関しては、動漫城と協力を進めています。我々は動漫城に対してプログラムの提案であるとか、いろんなクラスルームに講師を派遣したりして、彼らの活動を最大限サポートするような体勢はもう社内に整えていますので、それはこれからも動漫城さんと話をしながらですね、ローカルの学生さんであるとか、そういう所に対する啓蒙も含めていろんな事業を含めて力をいれていきたいなと思います。

気になる中国展開について。織田氏「そこまで一足飛びにはいけない」

言葉を選びながら中国戦略について語る織田氏
2012年6月に広東省で開かれた広東動漫城オープニングセレモニーの様子
SCE Guangdongのオフィス。SCE Guangdongは今後も正規販売開始に向けた出先機関として機能していくようだ
SCE Asiaの担当エリア。ASEAN諸国はまだこれからのようだ

――今回、お伺いしておきたかったのは中国展開についてです。昨年6月に、広東動漫城との協業を発表されて、共にインキュベーションセンターを設け、中国展開の拠点としてSCE広東という法人を作りました。しかし、その後の進捗は少し停滞している感じがあります。いまどのような状況で、今後どのようになっていくのでしょうか?

織田氏:中国市場に関しては今まさに色々な社会的な環境も含めて、非常にセンシティブにならざるを得ないですね。

 一方で、広東のブランチの一番大きな役目と言うのはやはり中国のお客様が何を一番欲しているのかの情報を集めることだと思っています。もしかして新しい習近平体制になって、市場開放の方向に進むかもしれない。その時に遅れをとらないように、十分に現地のお客様のニーズであるとかそういうデマンドであるとか、その辺をちゃんと集めておくにはやはり中に物理的なオフィス組織がないと遅れを取ってしまいます。なかなかこちらからは動かせないので、ひとまずはそういったところを強化していきたいかなと。

――SCE広東設立のタイミングでは、広東省を通じてPS3を販売していけるのではないかという期待が感じられたのですが、そうではなかったということですね。

織田氏:そうですね。いろんな意味でいますぐにはそこまで一足飛びにはいけないと。マクロの環境もありまして。

――そういった点では1月に入って、中国の中央政府がチャイナデイリーを通じて、ゲームプラットフォーマーさんに対してシグナルを鳴らしていましたよね。私はあれは明確にSCE Asiaさんに対するシグナルだと受け取ったのですが。

織田氏:どうなんでしょうね(笑)。非常に判断に迷うニュースだと思います。こちらも可能な限り確認はしていますが、どういう所からニュースがでてきて、誰がどういう発言をしているのか出てこないわけです。

 その一方で、習近平体制下でいろんな規制緩和の流れにあるのは間違いないと思うのですね。ただしニュースそのものが出元不詳ということもあり、SCEとしてはオフィシャルにコメントする立場にありません。何が起きているのだろうと首をひねっているところです。

――なるほど。質問を変えますが、対中国ビジネスのプロフェッショナルとして、中国向けのデジタルエンタテインメントビジネスは今後どのようになると予測されますか?

織田氏:そうですね、実は既にPCオンラインゲームというのは中国が世界最大のマーケットになっています。このマーケットはこれからも伸びていくでしょうし、それから今後いつになるかはわかりませんが、ゲームコンソールが市場開放になったとしても、ある意味では非常に確立されているPCゲーム市場にどういうふうに入り込んでいくかは、色々と工夫が必要だと思うのですね。

 一方で先ほど台湾の話も出しましたけれど、中国のお客様も購買行動が非常に積極的なのです。新しいもの新しいプラットフォームの色々な携帯電話を含めて、世界で一番流行っているものは一番早く触りたいというか、それに飛びつくお客様が多いので、我々もとにかくその流れには遅れないように積極的にそれができる環境になったらやっていきたいと思いますし、非常にポテンシャルはあると考えています。

――そういう時にSCEさんが販売するコンテンツというのは、やはりPS3やPS Vitaというハードウェアとゲームソフトということになるのですか? それとも今はまだ見ぬ、新世代のコンテンツやサービスになるのでしょうか?

織田氏:それはいつのタイミングで市場開放するかですね、としか現段階ではお答えしようがないですね(笑)。

――わかりました。SCE Asiaの担当エリアは非常に広いわけですけれども、織田さんの体制になって、たとえばソニーではアジアの担当になるインドは。今後SCE Asiaでもアジアの担当になったりするのですか?

織田氏:いいえ、インドはまだヨーロッパの担当です。我々は東アジアである香港、韓国、台湾と、ASEAN諸国だけになっています。今の所は具体的な変更の計画はありません。

――たとえば、いまミャンマーが民主化の過程にありますが、未参入の東南アジアマーケットに対しての働きかけというのは、どのようにしていくつもりなのでしょうか?

織田氏:ASEAN諸国に我々は十分に入り込めていないのですが、もちろん、急速に伸びるマーケットに関しては常に注目をしていきたいなと考えています。

――やはりエマージングマーケットに関しては、関税の問題が大きいわけですが、関税と同時に関税の掛からない並行品がいっぱい入っていて、そうした中で正規のビジネスがなかなか育ちにくい。がんじがらめな状況なわけですけれど、織田さんの体制では、そこに対してどのような戦術で進出を図っていくつもりですか?

織田氏:並行輸入という点では、オンラインでコンテンツをその国の言語で売ることができれば、並行輸入は怖くないと思います。先ほどもいいましたが、非常に逆説的な言い方をしますが、並行輸入を肯定しているわけじゃございませんが、アジアの担当のエリアに他のエリアからものがはいってくる。そのものは非常に困った現象であるわけですけど、インストールベースが増える。そこに、例えば、ローカル言語のゲームソフトがアジアとして販売できれば、これはビジネスとして大きいと思うのです。

――SCE Asiaさんの枠組みからはみ出してしまいますが、現在、グローバルでモバイル向けのゲームマーケットが大きな市場になりつつあります。デジタルエンターテインメントを展開していくという立場からは、モバイル向けのゲームマーケットもまた無視できない存在だと思いますが、こちらについてはどのようにお考えですか?

織田氏:そうですね。まずはPS Mobileもサービスそのものが始まっていませんので、アジア地域でも早く始めるように社内でも折衝しているところです。今のAndroidとかiOSベースのところのコンテンツの供給はSCEとしてやっておりません。我々としてはプラットフォームのアドバンテージを活かしたコンテンツの開発をPSNを通じてやっていくという立場です。

 将来的には、今既に分化が始まっていると思うのですが、カジュアルゲーマーさんとコアゲーマーさんが分かれてきているので、モバイルでゲームを遊ぶカジュアルゲーマーさんを、我々のコアゲームの方に誘導するような仕掛けができてくるといいのではないかと思っています。

――そこでも織田さんの果たすべき役割はありそうですね。

織田氏:そうですね。いろんな所に自分の今までのSCEの中だけにとらわれず、いろんなビジネスオポチュニティーを提案していくというのがアジアは大事かなと思います。

――ゲームプラットフォームビジネスというものが変容しつつあります。以前はPS2やライバルメーカーさんのゲームコンソールだけ持っておけば、ひととおり遊べましたが、今ではそういう時代では無くなっています。そうした中で、SCE Asiaさんが果たすべき役割は何だと思いますか?

織田氏:やはり魅力的なコンテンツをいち早くお届けすると、それによってプラットフォームの魅力を上げる。“バック・トゥー・ベーシック”。これしかないと思っています。

――噂されている次世代機をいち早くアジアで出すというよりは、PS3やPS Vitaなど既存のプラットフォームを磨き上げていくことが大事だと?

織田氏:次世代機も、それがあるとするならばもちろん重要だと思いますが、いずれにしてもバック・トゥー・ベーシック”ですね。

(中村聖司)