SCE Asiaプレジデント安田哲彦氏インタビュー

正規参入を目前に控えた中国市場。SCE Asiaの中国展開戦略を聞く


6月21日収録

会場:広東動漫城(広東省従化市)



 6月21日、SCE Asiaは、大きな節目を迎えた。中国広東省にある駐在員事務所を中国法人に昇格させる形で、SCEGD(Guangdong:広東)を設立したのだ。台湾、韓国、香港、タイ、マレーシア、ベトナム、インドネシア、シンガポールなど、まさにアジアをまたに掛けてビジネスを展開するSCE Asiaだが、SCEのアジア部門としてSCE Asiaが設立されてから、唯一未踏の地が中国だった。今回の法人設立は、その具体的な足がかりとなるものであり、中国で正規ビジネスをスタートさせる上で大きな一歩となる。

 GAME Watchでは、6月21日から連日に渡って広東動漫城のオープニングセレモニーのレポートを皮切りに、SCE Asiaの広東動漫城での取り組みや、広東省という日本のゲームファンにとってはあまり縁の無い都市におけるゲームビジネスの実態をレポートしてきたが、中国取材の締めくくりとして、今回の広東動漫城との提携を主導したSCE Asiaプレジデント安田哲彦氏へのインタビューをお届けしよう。

【広東動漫城合同記者会見】
広東動漫城のオープニングセレモニーの後、中国メディアを集めて記者会見が開かれた。質問は安田氏に集中し、広東動漫城を提携先に選んだ理由や、SCE Asiaがこの地に“動漫ハリウッド”を作り上げる噂の真偽、そして今後SCEの新製品をこの地で発表するかなど、広東動漫城そのものより、SCEに期待を寄せる質問が多かった。安田氏は質問に笑顔で応じ、長年培ってきた信頼関係によって実現した事業であることをアピール。噂や可能性については否定しなかった


■ 広東動漫城との提携経緯、そしてSCE Guangdong(広東)の設立について

SCE Asiaプレジデント安田哲彦氏
SCEGDを担当するSCE Asia中国事業企画部部長本間和彦氏
セレモニーの様子

――広東動漫城での3つの発表おめでとうございます。発表を終えてみていかがですか。

安田哲彦氏: 今回、意外と皆さん素直に喜んで頂いていて、中国の中央政府の方も来て頂いていて、特に問題は無くアグリーしていただいて嬉しかったですよ。

――ここにたどり着くまでに、どのような紆余曲折やドラマがあったのですか?

安田氏: 中国ってこれだけ広いので、中央政府と、地方政府の距離が関係する問題が大きい。これは何かをしたいからといってすぐできるものではなくて、会いに行って話をする。今回は私達ばかりではなく、広東動漫城の方が行って頂くという事も多かったんですが、皆さんご苦労なさってましたよね。

――そもそも、なぜ広州、そして、なぜ今のタイミングになったのでしょうか。

安田氏:やっぱりご縁があったというか、我々を受け入れる態勢を一生懸命作ってくれたのが彼らなので、逆に「我々はこういう条件でなくてはやりません」ということをきちっとのんでくれて、話に応じてくれたからだと思います。

――それはどのような条件でしょうか?

安田氏: 最終的には販売活動をしたいわけです。ただ、そこから話がスタートしてしまうと、“損得”と言うことになるので、当面はそういうことを抜きにして、教育活動中心に話を進めていくことになりました。

――発表を迎えるまで、仕込みの段階から含めると何年くらいになるのですか?

安田氏: 隣に座っている本間さんが台湾で教育プログラムをやってくれたんだけど、その期間も入れれば7年ですよね。1度SCEの別のチームがSCE Asiaとは別に中国のビジネスをスタートして、1度引かざるを得ない事態になってしまった。その失敗の大きな理由が、「政府の中のどこかのセクションが、良いよって言ったからやりました」といって始めたことです。最終的には中央政府がOKしていないということでダメになったのですが、今回はその轍を踏まないように慎重にやったわけです。

 ただ、こちらから全てお願いベースで行くと、色々な問題が出てくる。中国への展開の前に私達はただひたすら台湾でやった教育活動を今度は香港でやって、そのうちにシンガポールからもリクエストが来て、こちらも進めていきました。シンガポールでは、3年間協力活動を続けたのですが、その終了時に、さらに5年間延長してくれと言われました。

 シンガポールではNYP(ナンヤン・ポリテクニック)という大学の講義を受けた学生が350人いて、この人達が卒業するときに私はご招待頂いたのですが、その中の35人が色々な表彰をされました。その賞は、プレイステーションに関するものだけではなく、ルーカス・フィルムなど色々なところからの“優秀賞”で、私はこの授与式に参加させていただき、35人全員と握手して、盾を渡すことをステージでやりました。非常に嬉しかったですね。その後、広州の方からも「こちらでもクリエイター育成に、協力してもらえないだろうか」と打診があったのです。

――今回の中国側の強力は、そうしたSCE Asiaの長年の取り組みを見てきて、高く評価していることが背景にあると考えて良いのですか?

安田氏: 多分お問い合わせいただいたのはそこだと思います。私達が外国の商品を持ち込む商売だけでなく、それ以外の人材教育を通じた産業育成も一生懸命取り組んでいるということがわかってもらえたのだと思います。

――長年のSCE Asiaの地道な活動が奏功したと言うことですね。

安田氏: そうですね、ただ、1番苦労したのは現場です。本間さん、大和田さんをはじめ、努力した結果、社内ではなくて、第三者に認められたと言うことですね。ものすごく彼らに感謝しています。すごく時間がかかったんですが、これ以上の近道もなかったんじゃないかと思います。

―― 今回の発表の中では、SCE Guangdong(SCEGD、広東)の設立がもっとも大きなものだと思います。SCEのコーポレートのプレスリリースなどもまだ出ていない状態ですが、SCEGDとはどのような活動を行なう法人なのでしょうか。

安田氏: まず、今後、広東動漫城に講師の方をお招きしていくことになりますが、それを中継する場所にしたいと思っています。次に、我々も将来ビジネスをするにしても、ユーザーさんに受け入れてもらえるようなマーケティングをしていかなくてはいけない。今まだ残ってる海賊版の問題の調査も含めて、ビジネスを進めていく上で、必要なことだと思っています。組織としては、会長が私で、社長が本間さんです。本間さんは台湾の社長も務めていて、台湾の組織を移すのではないか、と思われるかもしれませんが、本間さんが台湾も兼任しています。

本間氏: 今は台湾や広東、その他の地域を回らなくてはならないので、拠点というか、住んでいるところは日本です。今回のために、広東に赴任する、という予定は今のところありません。

安田氏: すっかり私と同じような出張スタイルに勝手にしやがりましたね(笑)。ただ、中央政府から販売の許可が得られることがあれば、今後はもっと時間が取られる環境になるかもしれません。今は現在の環境が活動に都合が良いというところです。

――中国法人では、人員はどれくらいを想定していますか。

本間氏: 北京まで入れて、現在事務所には6名がいます。

――資本金はどのくらいでしょうか。

安田氏: まだ発表していませんが“ちょっと億円”くらいです。最初から物を売ってスタートできる、というわけではないので、少し余裕を持った予算でのスタートをしていきます。

――これまで広州にあったのは、事務所というか、駐在員事務所だったわけですが、これを法人に昇格させた意味について教えてください。

安田氏: 当初から法人化のタイミングは、見計らっていました。今回広東動漫城が正式にできあがったタイミングで進めました。

――それはハードやソフトを販売する目算がある程度立ったからと言うことでしょうか。

安田氏: 先ほども言った通り、販売の前にたくさんやる事があります。今日式典をご覧になっていただいた通り、あれだけの人と乾杯して、教育活動を頑張りますよ、といったからには、色んな事をやっていかなくてはならない。そして実行する現場の人は大変なことになるわけですから、そのために事務所をちゃんとしたのです。

――今回の中国法人設立は、プレイステーション 3を始めとした、プレイステーションプラットフォームのハードウェア、ソフトウェア、そしてオンラインサービスの販売設立を前提とした組織と捉えて良いのでしょうか?

安田氏: 理想ではありますが、そうとって頂いて構いません。時期は未定ですが。ただ、実際のインフラはどうなっているか、といった調査も含めて、今後やっていかなくてはならないことが山ほどあります。各国もそうですが、政府発表と比べ、実際にはできていないことも多い。そういった未整備の環境では、ユーザーさんから文句を言われることになってしまう。私達としてはそれはできないので、一歩ずつ着実な展開を目指したいと考えています。

【SCEGD】
SCEGDは、広州市のオフィス街である広州東駅すぐ近くの中信広場と呼ばれる高層ビルにある。まだ中国では正規ビジネスが展開できないため、在庫品や販促グッズなどは何もなく、まさに駐在員事務所といった雰囲気だった


■ 各施設の狙いについて。「何処までコンソールゲームを続けるか、考えなければならない」

今回講師を務めたSCE Asia中国事業企画部 事業企画課 課長 大和田健人氏
SCE Asiaサービス&コンテンツ企画部部長 藤井卓氏
プレイステーション体験センター
人材育成プログラム

――今回、「プレイステーション体験センター」でPS3を出展していましたが、その他にもSCEにはPSPやPS Vitaといったハードウェアがありますが、中国ではどう展開していくつもりなのですか?

安田氏: 今は各ハード向けのソフトウェアの制作をしているので、それに合わせてやっていきます。しかし、何処までコンソールゲームを続けるか、ということはうちの会社も考えていかなくてはいけない。また、ハードありきか、ソフトありきか、というところでは、ソフトを中心に考えていかなくてはいけない場面も増えてくると思っています。広東動漫城の生徒さんが、カジュアルゲームや、ソーシャルゲームを作りたい、というのなら、それを教えなくてはいけない、ということも出てくるでしょうね。

――今日の大和田さんのゲームの企画講座でも、PS3向けやPSP向けではなく、モバイル向けのゲームの企画が賞を受賞してましたね。中国のユーザーさんが希求しているのもそちらじゃないかと感じました。

安田氏: 100%そうだとも言い切れませんが。何にしてもすんなりいける状況ではありません。違法ダウンロードの問題があってみたり、海賊版、改造品、並行輸入品などもあり、はっきりとした実線を引きにくい国だと思っています。

――今回教育プログラムのパイロット版を実施しましたが、広東動漫城で実際の育成プログラムの実施はいつごろを予定していますか?

大和田健人氏: 新学期というのは9月から始まるので、それを目標にパイロット版の準備をしています。

安田氏: 大和田さんが進めているのはパイロット版で、実際の授業はまた違ってきます。ただ、大和田さんが一生懸命進めることで、実際のカリキュラムで大変なところを講師を呼ぶ側も認識できるようになる。宣伝なんかも同じで、サンプルを持って媒体を回り、記事を作ってもらいにいけば、広告代理店の仕事がわかる。だからこそ見積もりが高いか安いかもわかると思いますね。同じようなことを、カリキュラムで進めていると思います。

――9月からのカリキュラムはどのようなものを想定していますか。

安田氏: まだ決定というところまでいっていません。台湾やシンガポールのものをそのままやって良いかどうか、本間さんや大和田さんが選定しているところです。生徒さんと接しながら見ているところではないかなと。あまりレベルが違うことをやってしまうと申し訳ないので。

藤井氏: 機材の準備なども進めています。機械もそのまま持ってくるわけではなく、こちらのレギュレーションに従わなくてはいけないこともあります。現実的なところから、一歩一歩組み上げていくところです。

――教育プログラムにおけるターゲットプラットフォームもPS3ではないかもしれない?

藤井氏: PS3、PS Vita、そしてカリキュラムにもあったPS Mobileといったものの中から、1番フィットするものを探して、できればソフトメーカーの方々の応援もいただいて、講師として来ていただくようなこともできればと思っています。9月からはトライアルとして、まずは数回やっていくつもりです。

大和田氏: 実際の運営自体は、広東動漫城が主体としてやっていきます。我々は、環境やノウハウの提供をさせていただく形です。計画自体は彼らのスケジュールで動いています。

――契約は何年間なのでしょうか。

安田氏: 何年までという契約はしていません。

藤井氏: 具体的なものはこれからで、まずはパイロットを走らせなければいけません。そこからリーズナブルな計画を立てて実行していく。その流れは、台湾やシンガポールでも同様でした。いきなりこれでずっと行くということはないです。シンガポールもだからこそ延長したんです。

安田氏: どこの国でも同じものを当てはめよう、というのが、1番失敗する原因なんです。中国でもそれなりにあった方法というのが出てくると思います。

――安田さんの手応えとしては、中国ではどういったカリキュラムが良いと思いますか?

安田氏: 実はまだ生徒さんと直接会う機会がそんなにないんです。ただ、皆さん、面白かった授業、燃えた授業ってあるじゃないですか。そういうものの1つになって欲しいと思います。今回見た大和田さんの授業も、終わった後にすぐ帰るのではなく、まだ受けていたい、という様相でしたね。

――今回の広東の教育プログラムでも、座学だけで終わるのではなく、一定の成果物を出していこうという方向なのでしょうか。

安田氏: もちろんです。ただいきなり日本と同じものを作ろう、というものではなく、色々やっていこうと思っています。

――現時点で招聘する日本の講師などは決まっているのですか?

安田氏: それはまだです。

藤井氏: プロの先生よりも、生きた商売をしている人の話を聞きたいと生徒さんも望んでいると思うんですよね。最終的に商売に繋がるような話が良いんじゃないかと思います。

安田氏: 現地の講師も良いと思いますし、台湾やシンガポールからの人達も良いんじゃないかと思っています。「俺達も講義を受けた、だからそのノウハウを教えるよ」というのも面白いと思います。こういった教育プログラムを実施するのは、今回で4カ国目になるので、今回はこれまで以上にバラエティに富んだものにできますよね。もちろんまだ集大成、というところまでは行かないけれども。

本間氏: 中国の広さは、それぞれの得意分野で話ができると言うこともあると思います。上海の方はこういう方向の話が得意で、北はまた違った話を、ということもある。地域ごとに変わってくると思います。

――対象となる学生さんは中国全土なのでしょうか、それとも広州の学生さんなのでしょうか。

安田氏: 全土から来てくれるんじゃないかな。もちろんそれなりの手続きが必要になると思います。大阪の人が東京で勉強するというほど簡単な話ではないと思います。住むにしても働くにしても、若干手続きが必要になると聞いています。

――学生は公募なんでしょうか、それとも大学を指定して、ある程度の人数をがっと入れるという形でしょうか。

安田氏: 公募と言うより、口コミとか、そういった形で、自然と集まってくると思います。

藤井氏: 学生さんの場合は、基本は広東省の学生さん達です。我々はその学生さん達に対してカリキュラムを提供していきます。

――対象は学生なり、専門学校を卒業した社会人に対して、教育を施すという形でしょうか。そしてその最終的な目的はどのようなものになるのでしょうか。

藤井氏: シンガポールも台湾の方もそうだったのですが、皆さん始めて次に迷われるのは、産業に軟着陸させる難しさですね。いきなりプロの会社に入るというのは難しい。しかし卒業した人が違う地域の人達に対して、講師になるなど、そういう組み合わせもできる。軟着陸させるためのもう1クッションができれば良いかなとも思っています。

安田氏: 我々は15年前から著作権保護の取り組みをやっていますが、海賊版を買うなとか、中古をやるなとかをずいぶんやってきたけど、所得に困っていたりとかでなかなか成果が上がらない部分もある。そこでそういうアプローチだけでなくて、こういった教育活動をしていくことで、自分の作ったものをコピーされてしまったり、不正に使われると言うことを具体的に味わってもらいたいなというのも1つの大きな啓蒙活動です。

――ということは、物作りとしてはみんなで大型タイトルを作らせるのではなく、個人レベルの小さなものになるのでしょうか?

安田氏: それも重要だと思うんです。何億円、何十億円掛けて作るのだけがゲームではないご時世になってきましたので。

――先ほど視察した「プレイステーション体験センター」はそれなりに大きな規模で出展されていましたが。運用はどこがするんでしょうか?

安田氏: 運用は広東動漫城と共同でやっていきます。プレイステーション 3を体験できるのは生徒さんも嬉しいと思うんです。広東動漫城がこうしてスタートすれば、中国全土から役人の方達や業者の方達が見に来ます。その時にあまり格好悪く見えないように、それなりに力を入れて作っています。

――内容は定期的に変えたり、ゲームの遊び方を案内するコンパニオンを配置したりするのですか? 中国ではプレイステーション 3を触ったことがないという人もいるわけで、彼らに「グランツーリスモ5」をゲームパッドで遊んでくれと言っても、どれがアクセルやら、ということになりませんか。

安田氏: コンパニオンは配置しませんが、まず、あのコーナーを見た人に、「欲しい!」と思ってもらいたいわけじゃないですか。どうやって手に入れよう、という事がを考えてもらえる機会になれば良いなと思っています。

――販売が実際に解禁になったら、あそこで販売もするんでしょうか。だからある程度余裕も持たせてあるスペースなのではないか、と思いました。

安田氏: やれるんならやりたいと思っています。スペースも色々なことができるようにですね。

本間氏: 学生や制作に関わった人は、「愛用者」になってくれるんです。販売という視点でも、教育プログラムは良い効果をもたらしてくれます。

――今回に関しては、通常のPS3タイトルや、立体視タイトルやPS Moveタイトルなど、PS3が中心でしたが、PS Vitaなど他のハードは出さないのですか。

安田氏: やろうとも思っていますが、正式にとなると、許可を求めるプロセスが大変なんです。だからまずはPS3をやって次という形でやりたいです。すぐにできるということが現時点ではあまり無いんです。何でも正式に許可を取ってからやるので。“堅い会社でハンコが10個つかないとできない”というような、今はまだそんな雰囲気です。ただ、この国も変わってくると思いますよ、外で学んでくる優秀な役人さんも増えてきてます。そういう人達がどういうプロセスを踏んで変えていくか、彼らなりに一生懸命考えています。


■ 中国戦略について。ChinaJoyへ4年ぶりに出展、簡体字ローカライズも強化、PSNは「まだ時間が掛かる」

「最終的には販売がしたい。そのための準備をしていく」と安田氏
2008年のChinaJoy SCEブースの様子。この年を境にSCE AsiaはChinaJoyへの出展を辞めた
実はSCEH(HongKong)は英語、繁体字に加えて簡体字にも対応している

――今回のセレモニーでは「広東動漫城の人材教育プログラムへの積極支援」、「SCEGDの設立」、そして「プレイステーション体験センターの設立」という3つの発表を行ないましたが、それ以外で中国でどのようなことをやっていきたいと考えていますか?

安田氏: やりたいことはいっぱいありますが、約束していったことをきちんとやっていくのがここから1年の仕事だと思っています。販売はできるだけ早くに進めていきたいですが、売れない物を出すのは非常に困る。久夛良木さんがプレイステーションを作ってみんなが飛びついたというのは、みんながそれを待ってたからです。鉄砲を撃ったら弾が前に飛ぶ、車が前に走る、そういったハードをみんなが待っていて、だからこそ売れた。今はそこまで強烈なニーズはないにしても、みんなが欲しがるハードになれればと。

藤井氏: 次のステップでの我々の露出は、久々のChina Joyへの参加となります。

安田氏: 中国の皆さんには広州まで来てもらうのではなく、上海で行なうChina Joyで、今回は話題になると思います。出展は4年ぶりになります。

――2008年で出展を辞めたChinaJoyに再出展するというからには潮目が変わりそうだという具体的な手応えはあるわけですね?

安田氏: 食わず嫌いというか、「ゲームは邪悪なものだ」と考える方がいます。ですがChina Joyに来てもらって、「ふーん、今回そんなことをやり始めたんだ。実際どんなの?」と、見てもらった結果、「結構良いじゃない」、という風に思ってくれれば良いな、と思っているんです。

――China Joyの出展は、どのようなものになるでしょうか。

安田氏: 今回は、PS3と、PS Vitaと、PS mobileです。

本間氏: 広さ的には、台北ゲームショウの3分の2程度になります。我々としても本気の出展です。

――ソフトウェアはどうでしょうか。

藤井氏: ソフトに関しても、内部制作はもちろん、サードパーティのご協力いただいている方のソフトを出していきます。ただこれもまた出展のための許可が要りますので、きちんと申請が通ったものを、きちんと並べる。売れ線のものを中心に、できれば新しいものも混ぜて、普通のゲームショウと同じようなアプローチをするためのソフトの選択を今やっているわけです。

――ソフトウェアに関する規制についてはいかがでしょうか? 暴力表現など、独自の規制はありそうなのですか?

安田氏: 地域の管轄政府部門によるセンサーシップがあります。ショウに参考出展する場合でも、簡易審査は通さなくてはなりません。それは中国だから、ということではなく、一般論として、多様な価値観が存在するアジア地域においては、政治に関するものは注意深く扱っています。

――確かに、ゲームに登場する動物キャラクターの取り扱われ方が指摘対象になったとか、そういった話も聞きましたね。

藤井氏: それはもう8年前のPS2の話ですから。素材の扱い方だというのが感触でしたね。当時と今はまたずいぶん変わってきたと思います。エンターテイメントの“面白おかしく”というのが、教育的志向の強い方にとっては、「それは行き過ぎでないか」と。他のケースでは大丈夫だったのですが、打ち出し方、素材の使い方だったのかもしれません。あまり法則が当てはまらないんですよね。予想外に大丈夫だったり、思いがけないところでダメだといわれたり……。試行錯誤が必要です。また、世の中の事件に引っ張られることもあります。悲しい殺人事件があったりすると、それに紐づけられたコンテンツなどが厳しく見られたりします。

――アジアでの価格設定に関しては、安田さんは昔からこだわりがありますが、中国ではどういった設定を想定していますか。

安田氏: 日本や欧米と比べ、特別安くするとよからぬ事が起こる可能性がある。どういう風に工夫して価値を付けていくかというのが問題だと思います。

――しかし、欧米日と同じだと、所得差の問題で、正規品があったところでやっぱりソフトは買えないということになりませんか?

安田氏: いや、ソフトを買ってもらうのが大前提です。ソフトも買うと値段が張るので、セットにするとか、そういったことで緩和していきたいなと。ただ、何割引です、といったところまでできるかというとなかなかできないでしょうね。

――中国だからといってドラスティックなビジネスモデルをするわけではないと。

安田氏: できないです。

藤井氏: まずはローカライズタイトルを1個でも増やしていくということです。台湾でもローカライズセンターを作りましたが、中国でも中国語にしないと伝わらないですし、そういう意味でも1タイトルでも多く中国語ローカライズを増やすというのが、今のできることです。

安田氏: どこまで親切にするか、ということも検討しなくてはいけないことだと思うんです。全部赤絨毯を敷いても、お客さんが何も考えなかった、ということもいけない。現に今台湾でローカライズしている人は、「ゲームで日本語を覚えちゃいました」という人達で、ローカライズをしていないからこそ一生懸命調べて覚えたので。ただ、一般的には、ローカライズはしないよりした方が効果的だということです。

――現在アジアでリリースしている中文版は、簡体字、繁体字の両方に対応しているのですか?

藤井氏: ものによりけりで、繁体字だけのものもあります。売り上げ枚数に応じてコストのかけ方も変わってくるので、タイトルによっては日本語のままのものもあります。簡体字、繁体字両方もあれば、繁体字だけのものもある。

――4月に台湾にローカライズセンターが設置され、今回SCEGDの設立ということで、今後は簡体字に対応するタイトルも増えていくのでしょうか?

安田氏: そうしてもらわなきゃいけないですよね。

本間氏: 中国で売れるようになればそうなっていきます。繁体字から簡体字にすることの容易さなども調べています。自動で変換できるソフトもあるのですが、それだと誤訳が出てしまうのですよね。

藤井氏: 簡体字は広東や中国展開ばかりを意識しているのではなく、香港などでも使われています。PS Storeにも、香港では簡体字のストアがあるのです。そうしたこれまで準備してきたのが、ここに来て色々役に立つようになった、ということです。

――もうひとつ、PS3やPS Vitaには優れたオンラインサービスPlayStation Networkがありますが、当然中国でも対応する必要があると思うのですが、こちらについてはどのようにするつもりですか?

安田氏: その前に、中国政府は外国企業が有料コンテンツを配信することを許可していませんから、そういうことも徐々にロビー活動をして変えていきたいなと。これはまだ時間がかかります。1番簡単に皆さんが考えるのが、中国の企業と半々の合弁会社を作ってやるということですが、うまくいかないですよ。色んなところでコンサルタントの方などとも話をしますが、うまくいきません。我々がやるときには、その辺は周到に準備してやっていきたいなと。

――そうなると、中国ではまずハードとソフトだけで始める可能性もありますか?

安田氏: あります。そしてオンラインも徐々に模索していくと。

藤井氏: 台湾でもそうでした。海外と同時発売をするのが第1プライオリティなので。ただ、今は、香港、台湾、シンガポールでもPSNは普及していますし、他地域並みの配信も可能となり、売り上げも上がりつつあります。中国でもちゃんとやりたいと思っています。順番に、ステップを踏んでやっていきます。

――SCE Asiaは、他のリージョンに比べて、オンラインサービスの利用率はどうなのですか?

安田氏: 地域柄、低いですよ。インフラなどの問題です。

藤井氏: 公称数値と、実際に繋いだときのスピードが違う地域が多いです。何GBの配信が難しい場合があります。あとは例えば、市内のネットカバー率100%と言っているのに、実際には70%くらいだったりですね。

――しかし、現在は、大型のコンテンツもオンラインで配信される時代になりつつありますよね。

安田氏: そうです。だから、手をこまねいているとアジアはさらに遅れちゃいますよ、ということはことあるごとにアジアの政府関係者などには言っています。


■ SCE Asiaは違法改造、海賊版、中古品など、アジア特有の課題をどう克服していくのか?

屈強のコピープロテクトを誇ったPS3も今や完全にハックされている。写真はインタビュー後に訪れた広州、深センで見かけたPS3コピーの実態。この矛盾の争いを未来永劫続けるのか、コピー行為がユーザー増に繋がるフリーミアムに転じるべきなのか、アジアビジネスはまさに正念場を迎えている

―― 中国市場は、違法改造や海賊版など、SCEさんとしては頭の痛い問題の“聖地”となっていますが、SCEGDができたことで、このあたりをどう変えていくつもりですか?

安田氏: 「ダメよ」といって、すぐ聞く奴らじゃないから。ただ、議論はされるようになるんじゃないか。中国だけじゃなくて、アジアでは、今までは議論すらされなかった。15年前は、手入れしても、「こんな良い商売、何が悪い」というところからのスタートでしたからね。

――それでも私の実感では、上海はここ数年でかなり減ったなという実感があります。

本間氏: 万博の時ですね。

安田氏: 万博やオリンピックといった節目で掃除はされるのですが、しばらくして復活したり、地下に潜ってしまうこともある。

藤井氏: とはいえ、アジアで30万枚も出ているPS3ソフトもあるので、正規版のソフトを買うユーザーが増えている、という雰囲気は、確かにあると思うんです。

――そのアジアで売れた30万枚のうち、中国に並行品として入る割合はどのぐらいなのですか? 中国に入る並行輸入は、日本からが1番多いんでしょうか。

藤井氏: ローカライズなどで、中国に入る割合は変わります。

安田氏: 輸入は、日本からが1番多いですね。その次がアメリカ。アジアでの共食いもありますが、多くはない。

――そうなると、ローカライズをもっと頑張れば、並行品の問題は自然と解消されそうですね。

安田氏: 少しづつ解消されていくとは思いますが、まだ“運ぶのが仕事”という人も多いですから、運べなくなったら仕事がなくなってしまうので、簡単にはなくならないでしょうね。

――中国以外のアジア地域では中古品の問題がありますが、こちらについてはどのように考えていますか。

本間氏: アジアでは、日本と違ってお店での買い取りもバラバラですね。中古を現地で消化するより、日本から仕入れた物を販売する方が安定しているようです。データベースなどを作るのが苦手なのかもしれません。最近は日本から回ってきたものを、パッケージは別に新しくして出す、といったようなこともやっています。

安田氏: ヘビーユーザーで無い人には、まだ中古品はいいですね。暖かい国の人はめんどくさいことが嫌いですから、どうしても中古ビジネスのような方向に流れやすい。


■ SCE Asiaはフリーミアムにどう向き合っていくのか? 「我々は常に“円”に近い商売をしていきたい」

インタビューでは毎回自らの呼び方が“わたくしども”から始まり、終盤には“おれたち”になる安田氏。この頼もしさが中国市場でも遺憾なく発揮されることを期待したい
安田氏が太鼓判を押す“安田組中国支部”ことSCE Asia中国担当のスタッフ

――今、日本や欧米では、基本プレイ無料のソーシャルゲームがゲーム市場を賑わせていて、プラットフォームもゲーム機ではなく、iPhoneやAndroidなどのスマートフォンがメインです。そうしたビジネスモデルの変化については、SCE Asiaさんとしてはどのように考えていますか?

安田氏: 俺達は1個1個の商品を大事に売ると言うことをやってきたわけです。これは1人勝ちをするためのものじゃない。1社が勝つような商売は、“円”じゃなくて角張ってしまうので、回らなくなる。ユーザーも、お店も、流通も儲かる、メーカーも利益が出る。常に“円”に近い商売をしていきたいと思っていますね。

――例えば、所得格差のある地域に対して、プラットフォーマーの立場から基本プレイ無料のサービスを始める可能性はあるのでしょうか?

安田氏: ソーシャルゲームのようなことを作ることはあるかもしれない。でも商売の形態は違ったものになるかもしれない。そうじゃないと何をやっているかわからなくなる。ソーシャルゲームも一時的に良いことはあるかもしれないけど、長く続かないと思いますよ。

藤井氏: サードパーティの皆様は「フリーミアム」にトライなさる方もいらっしゃいます。ソフトを無料で出して、追加コンテンツで回収するというものです。それはネットでの取引となる。しかし、ネット環境を介したビジネスは、他の地域と比べ、アジアではグッと減ってしまう。現在はまだ利益の上がる組み立てがが難しいところがあります。

――なるほど。確かにインドネシアなどではFacebookなどのSNSが盛んで、今にもアジアでソーシャルゲームが爆発しそうな雰囲気がありますが、実際はアジアで現地の人に話を聞くと、所得やインフラなどの面で意外なところに落とし穴があって一筋縄ではいかないなということを実感しますよね。

藤井氏: Facebookなどは、プロモーションチャンネルとしてはいいと思うんです。ただ、そこからお金を回収する、というのはまだ早いかな、と思っています。

大和田氏: 台湾や中国のゲーム屋さんの話を聞いていると、ユーザーは「これが面白いぞ」という気持でゲームを買うわけです。それは店長に教えてもらったりで、知識を得るわけですが、ソーシャルゲームは“ゲームを薦めてくれる人”が誰もいない。そのために大量に広告をうってるんだと思うんですよ。

 また、そういう売り方をするのでメディアもカバーできず、「ゲームは面白い」というところと、全く違うところでのビジネスになってしまう。売り手であるディーラーさんとしては嬉しくないモデルです。ですから、アジアではディーラーさんにも喜んでもらえて、ユーザーさんも楽しくゲームを買えるというところがいいというのが、ディーラーさんと話していてわかります。

安田氏: PS Vitaでは今、色々な機能を説明する講習会を開いています。説明書無しでも遊べるけど、「こんな機能もあったのか」と発掘してもらって、口コミにして売っていこうということもやっています。

――SCE Asiaとしては今後もアジアでのビジネスモデルは変わらないし、変えるべきではないと?

安田氏: 変わらないつもりですが、そういった人間もだんだんいなくなってきています。今後はどうなるかは考えていかなくてはならないですね。

――SCE Guangdongを通じての中国戦略について、改めて教えてください。

安田氏: 「外国だ」ということです。日本じゃないので、私達のやりたいことを話し、中国のやりたいことを聞き、時間が必要なものは時間を掛けてやっていきます。ただ、私ももう60歳ですが、今日同席したメンバーを見てもらえればわかるように、人材は育っていますので、今後もこのペースを維持できると思っています。

 

――販売開始の目標はいつぐらいですか? 年内に始められそうですか?

 

 

安田氏: やりたいですが、許可とか色々な問題があります。そんな風に聞かれたって、答えられるわけないだろう(笑)。

 

――今後、SCE Asiaでの中国のウェイトは大きくなっていきますか。

安田氏: 大きくなっていきますよ。ただ、やっぱり慎重にね。1度撤退してるビジネスですから。言っときますけど、私がやった商売じゃないですから(笑)。後始末は私がやりましたけれども。ただ、もう1回失敗すると“バカ”と言われると思いますので、言われないように慎重にやりたいと思います。

――最後に中国のゲームファンに向けてメッセージをお願いします。

安田氏: 正規品を買いましょう。安く買っても壊れて修理ができなかったら、結局損をしてしまう。その点を考え、私達の正規品をお買い上げ頂ければ、ということぐらいが今の段階で言えることです。

 スタッフのみんなは本当に良く頑張っているんですが、中国市場はまだそんなに早く進められない。2歩進んで1歩下がるというような感じで進めていて、将来的には良い報告ができると思うんですが、余計なことを言うと人に迷惑がかかる可能性もありますから、言葉を選んでしかまだお話ができない状況ですが、嫌いにならないで、今後もお付き合いをさせて頂ければと思います。

――ありがとうございました。

(2012年 6月 28日)

[Reported by 中村聖司]