インタビュー

現代に蘇る「時計じかけのオレンジ」、「ねんどろいど アレックス」インタビュー

その狂気と暴力性、ぞくりとする美しさを、ねんどろいどに凝縮

2020年7月発売予定

価格:4,364円(税別)

 グッドスマイルカンパニーが、7月に発売予定のデフォルメフィギュア「ねんどろいど アレックス」。このニュースを目にしたときに、驚いた人も多いのではないだろうか。筆者もそのうちのひとりで、思わず商品名をコピペして検索し、そのまま予約完了するまで5分も掛からなかったほどであった。

 「ねんどろいど アレックス」は、スタンリー・キューブリック監督が1971年に製作した映画「時計じかけのオレンジ」の主人公・アレックスをモチーフとしたディフォルメフィギュアだ。筆者にとってキューブリック作品はとても好きな作品で、「時計じかけのオレンジ」はその中でも普段からスマホの待ち受け画面を「時計じかけのオレンジ」にしているほどにファンなのだ。この商品が発表された瞬間購入を決意するほど、思い入れの強い作品であり、キャラクターなのだ。

おじさんやクリーチャーを可愛くするのが得意だと語るグッドスマイルカンパニーの榎本氏

 それにしても、「なぜ今このタイミングで商品化? それもねんどろいどで!?」という衝撃がかなり強かった。「時計じかけのオレンジ」は、魅力的ではあるけれども、今の若い人は知らないし、モチーフとしてはかなり人を選ぶ題材だと思ったのだ。これは是非とも話を聞いてみたいと思い、本商品の企画担当者であるグッドスマイルカンパニーの榎本氏にインタビューを行なった。

 開口一番、榎本氏は「自分はグッドスマイルカンパニーの中では、やや異色の存在だ」と語った。主に担当しているのは、アメコミなどの実写映画や海外CGアニメ、海外ゲームなどで、「オーバーウォッチ」や「ソリッド・スネーク」のねんどろいども榎本氏が企画したものだ。こうした商品をリリースしていく中で、徐々に海外向けのねんどろいどの可能性を感じていったのだという。そして「ねんどろいど アレックス」はこういった活動があってこそ生まれた、本商品の発表は榎本氏にとっての「目標」の1つだと言うのだ。

 今回のインタビューでは、「ねんどろいど アレックス」が生まれた経緯やキューブリックに対する思い、商品に対するこだわりなども含め、とことん掘り下げて話を聞いてきた。

土壌を耕し続け、満を持してリリースした「ねんどろいど アレックス」

 「時計じかけのオレンジ」は、英国作家アンソニー・バージェスの同名小説をスタンリー・キューブリック監督が1971年に映画化した作品だ(日本では1972年に公開)。近未来のロンドンを舞台に、ひたすら凶器じみた暴力に明け暮れる若者たちの姿とその後の転落など、社会を強烈に風刺した物語が描かれている。

 マルコム・マクダウェルが演じる主演のアレックスは、当時の社会を凝縮したようなダークヒーローだ。「時計じかけのオレンジ」の大きな魅力はこのアレックスにある。アレックスは時に楽しそうに、時に冷酷に強盗や殺人を行なっていく。そんな彼は警察に捕まり、ある“実験”を受けることとなる。……その後の展開、そして印象的なラストも含め、筆者や榎本氏も含めた多くの人に影響を与えた作品である。

 榎本氏はちょっと他の子供達とは違う憧れを持つ子供だったという。同世代の子達が特撮ヒーローに憧れるなか、榎本氏のヒーローは堺正章演じる悟空だった。両親の影響で堺正章が主演を務めたドラマ「西遊記」を録画したVHSを繰り返し観て育っており、ちょっと怖く、クセのあるヒーローが好きになった。そんな榎本氏が背伸びをするような気持ちで中学生の時にレンタルビデオで「時計じかけのオレンジ」だ。

 ミーハーな気持ちで“おしゃれっぽい映画だから”という理由でこの作品を選んだそうだが、中学生の榎本氏にはズドンと来るほどの衝撃だった。それまで勧善懲悪もののストーリーばかり観てきたということもあったが、善と悪の区別がグレーで良いとされてきた物がほんとにいいことなのか考えさせられ、作品に触れる感性にとってもターニングポイントとなったという。

 アレックスについて榎本氏は、「悪行が悪行に見えないというか、どこかアーティスティックなところがあり、純粋に悪いことをしている。良くはないけど強盗に押し入って『雨に唄えば』を歌うという演出は、僕の中で初めての体験でした」と、当時の思い出を語った。

ベルトよりも伸びる棒が好きだったという榎本氏。中学生で観た「時計じかけのオレンジ」のインパクトはかなり強かったようだ

 今回商品化される「ねんどろいど アレックス」は、いわば、榎本氏が長年温め続けた商品といえる。人気映画のキャラクターというだけではなく、無数にある海外作品の中で誰もが知っているシルエットを持ち、すでにアイコン化もされている。そのため、商品化については消費者のニーズや世の中の流れなどを見ながら、タイミングをうかがってきた。

 数年前までは、まだ映画系の作品がねんどろいどシリーズでは出揃っていなかった。そうした状況で商品をリリースしても、その魅力を感じてもらうのは難しい。榎本氏が最初に携わったアメコミヒーローのねんどろいどは、その当時としては異色なものであった。しかし、そうした作品や海外ゲームのねんどろいど化などを経て、徐々に土壌を耕してきたのである。

 飛び道具的なネタはいくつか構想しており、チームのスタッフと共有しながらどのタイミングで出すと喜んでもらえるかということも、常日頃から検討されている。いわば、今回のアレックスは、その飛び道具第1弾ともいえる作品なのだ。

下まつげにあえて赤を入れることでアレックスらしさを強調

 アレックスに限らず、実写のキャラクターをデフォルメ化するためには、ねんどろいどのフォーマット向けにかわいらしさとシンプルさを意識したアレンジを加えながら、キャラクターが持っている特徴をきちんと残し、さらに強調するという、独特のバランスが求められる作業をしていかなくてはならない。

 しかし、榎本氏にはアレックスとねんどろいどの相性がマッチするという自信があった。この相性の良さは、まったく絵心がない人が絵を描いたときでも、何のキャラクターなのかなんとなくわかるかどうかで判断される。これは、そのキャラクターがアイコンとして人々の心の中にどれぐらい残っているのかという指標でもあるのだ。

 アレックスの場合は、全身白いコスチュームに特徴的なサスペンダーと腰のパーツが印象的だ。また、ねんどろいどは顔が大きいため、目の印象がかなりのウェイトを占める。そうした意味でも、アレックスの特徴的なまつげはポスターになるほどアイコン化されている。

 元々イケメンのキャラクターをデフォルメ化すると、どうしてもプレーンな顔になりがちだ。通常、ねんどろいどのまつげはすべて黒が使われているのだが、キャラクターの暴力性や凶暴じみた部分を出すために、あえて下まつげの部分に赤が入れられている。

 アレックスがちょっと顎を引いてにらみをきかせる表情を見せるときがあるが、そのときにまぶたと眼球の間にある内側の粘膜部分を、赤を入れることで表現しているのだ。これにより、若干充血したような表情になり、よりアレックスらしさが出るようになった。

目の下側に注目。赤いラインがアレックスの表情を演出しているのだ

 髪の毛も塗り分けられており芸が細かいが、ねんどろいどが出始めた14~15年前までは、こうしたデフォルメというジャンルにおいてグラデーションで綺麗に塗装するという文化はなかった。そうした意味でも、ねんどろいどはエポックメイキングな作品となっている。実は「ねんどろいど アレックス」をアレックスたらしめているともいえるのが、この髪の毛の部分である。いわれてみないと気が付かなかったのだが、帽子のサイドから出ているボブの髪型が、アレックスの持つアイコニックな部分を醸し出しているのである。

 オプションパーツには、杖やミルク、マスクなども付属しており、映画の名シーンを再現することもできる。こうしたパーツなどの選択については、「あのシーンが再現できるんだ」と思ってもらえることを念頭に置いて、造形に活かされているという。

表情パーツではないが、雨に唄えばのシーンに登場するマスクも帽子に直接取り付けられるようになっている

 ねんどろいどには、腕や足が少しだけ動いてパーツを交換することでポージングができるものと、普通のアクションフィギュアのように肘や膝がたくさんあるフル可動仕様のものの2種類のラインが用意されている。今回のアレックスの場合は、普段アクションフィギュアなどになれていない人が購入することも想定して、あえてパーツを差し替えるだけでポーズが取りやすいようになっている。

 逆にいうと、ポーズが限られるため腕を曲げた状態で特定のポーズを取らせるにはどれぐらいの曲げ具合がいいのかというレベルでこだわって作られているのだ。パーツを増やしても遊びにくくなってしまうため、可能な限り少ないパーツ構成と造形表現で映画の印象的なシーンを再現できるようにしているのである。

 実は、印象的なシーンばかりを再現できるようにしても良くないのだと榎本氏はいう。そこで、わかる人にはわかるような細かな部分で、ポーズやパーツが盛り込まれている。その中のひとつが、袖に付けられている目玉のアクセサリーだ。ポスターやソフトのジャケットにも描かれてはいるが、実際は血の模様が付けられており、そちらもしっかり再現されている。

 今回のアレックスには、2種類の交換用表情パーツが付属している。映画のオープニングでは、ヘンリー・パーセルの「メリー女王葬送曲」が流れる中、アレックスのアップで始まる。世の中を軽く見ているかのような表情だが、それを再現しているのが「ニヤリとした顔」だ。もうひとつの「真剣な顔」は、遊びながら暴力を振るっているときに、急に無表情になり凄みをきかせて凶暴性をあらわにしているときの表情である。このふたつが一番映えることから選ばれている。

コロヴァ・ミルクバーでのシーンが頭に浮かんできそうだ

他のキューブリック作品の商品化についても夢が広がる!?

 ねんどろいどを商品化するときに、値段に対してどれぐらいの価値を持っているのかという部分も気にしていると榎本氏は語る。ねんどろいどには大まかな平均価格帯があるが、商品の魅力とプレイバリューを考えたときに、どうしても高めの価格を設定しなければいけないときがある。なぜそれが、平均価格よりなぜ高いのかわかりやすく伝える必要があるのだ。

 たとえ話として、もしアレックスのフィギュアを「販売価格500円」で作るとすれば、サスペンダーや腰のパーツを塗り分けたり、目玉の血の模様まで再現したりするかというと、そういったコストはかけられない可能性が高い。そうであるならば、4~5,000円出してフィギュアを買ってくれる人たちのために、造形にこだわり注目ポイントをできるだけ盛り込みたいのだという。

サスペンダーの金具も色もしっかりと塗り分けされている。値段に見合うだけの細かな作り込みが行なわれている一例でもある

 気になる他のキューブリック作品の商品化については、商品のアイデアさえ合致すればフィギュアに限らず様々な可能性を秘めていると榎本氏は語る。グッドスマイルカンパニーはフィギュアがメイン事業ではあるが、モデルカーやヘッドフォンなども出しており様々なプロダクトを扱ってきている。そのため、キューブリック作品についても、夢は広がっているという。

 最後に榎本氏から、7月の発売を楽しみにしているファンに向けてのメッセージを語ってもらった。

 「時計じかけのオレンジという作品を好きな方、フィギュアを好きな方、キューブリック作品や映画が好きな方、いろんな方々に楽しんでいただける作品を、今後も継続していきたいと思っています。

 そういったところでのお客様の声、SNSやネットでの盛り上がりはとてもつぶさにチェックしております(笑)。まずはアレックスを買って、ガシガシ遊んでいただいて、商品としてのいろんな魅力を楽しんでいただけたらなと思います。

 お部屋に飾って、たまにポージング変えていただいても結構ですし、写真を撮っていろんなシチュエーションを再現してみたり、ちょっと小ネタを仕込んでみたり。ぜひみなさん手に取って、いろんなアレックスをお楽しみいただけたらなと思います」

言語化できない魅力がつまった作品

 ライターという職業は、なぜそれが素晴らしいかを言語化して魅力を伝える職業である。しかし筆者の場合、今回なぜこのアレックスのねんどろいどを買わずにいられなかったか、自分でも上手く説明することができない。これは、本当に素晴らしい物と思ったものに対して直感的に欲しいと感じてしまったからだ。それだけぱっと見で商品の素晴らしさを感じ取り、思わず即ポチしてしまったのかもしれない。

 今回は、まだ世界に1体しかないという貴重なアレックスを間近で見せてもらえる機会を頂いた。どの角度から見てもまごうことなくアレックスらしさが出ており、みじんたりとも最初に感じたインパクトから外れない完成度の高さであった。パーツがいろいろと付け替えられるのもねんどろいどの魅力だが、今は早く7月になり自らの手でいじり倒してみたい衝動に駆られている。