インタビュー
本間覚氏と西尾勇輝氏、ローカライズスペシャリストが挑む「サイバーパンク2077」
かつてないリッチな環境から生み出される“日本語版”はどこまでスゴイのか?
2019年9月5日 00:00
筆者はE3で「サイバーパンク2077」を取材しているが、その際にJapan Country Managerを務めるCD PROJEKT REDの本間覚氏に細かく話を聞いている。英語の苦手な筆者にとって作品世界の背景なども詳しく説明してくれる本間氏は、本当にありがたい存在で、本間氏の説明があるからこそ、陰謀渦巻く「サイバーパンク2077」の世界観を理解でき、デモプレイの原稿をより楽しく書くことができた。
この「サイバーパンク2077」のローカライズに、スクウェア・エニックスで海外ゲームタイトルのローカライズを担当していた西尾勇輝氏が加わるというニュースは、筆者をワクワクさせた。西尾氏は「ライフ イズ ストレンジ」や「オーバーウォッチ」など様々な作品のローカライズを手がけている。その西尾氏が本間氏とローカライズでタッグを組み「サイバーパンク2077」に取り組む、これはグッと興味が惹かれた。
筆者は“日本語吹き替え版”を好む洋ゲープレーヤーである。海外のクリエイターの独特の価値観が好きだし、どこか殺伐とした世界観も好きだ。そして音声も含めたフルローカライズは、声優達が生み出す洋画の吹き替えのような雰囲気が気に入っている。特に昨今のゲームは、何気ない道ばたの会話なども世界観を補強してくれる重要な要素であり、ゲームのヒントとなる場合も多い。ゲームの要素を全て楽しむには、フルローカライズはかなり有用な手法なのだ。フルローカライズをしてくれるパブリッシャーには本当に感謝しているし、ローカライズスタッフの独特のこだわりも聞いてみたかったのだ。
今回、CD PROJEKT REDのJapan Country Managerの本間覚氏と、Japan Localization Managerの西尾勇輝氏にインタビューを行なった。お2人のローカライズの姿勢やこだわりに加え、「サイバーパンク2077」がどのように開発され、ローカライズ作業が進められているかなど様々な話を聞くことができた。インタビューを読んで作品への期待をふくらませてもらいたい。
本間氏、西尾氏はいかにしてローカライズを仕事としたか?
まずは本間氏、西尾氏に質問したのは、「どのようにしてローカライズを仕事として志したのか?」である。両氏はどういった経緯でゲーム業界に入り、翻訳を専門としたのだろうか?
本間氏は元々ゲームが好きで、その中でも初代「Grand Theft Auto」(ロックスター・ゲームス)に強く衝撃を受けたという。海外のゲームならではの自由度、ハチャメチャさ、ブッ飛んだ倫理観……それまでのゲームにはない様々な要素が本間氏を夢中にさせた。自作PCを作るようになったとき、最初に購入した海外ゲームが「GTA」だったという。そしてこの自作PCを通じて、「スタークラフト」(Blizzard Entertainment)など洋ゲーにのめり込んでいく。
当時は日本語化されるゲームも少なかった。本間氏は翻訳コミュニティに参加し、海外のゲームを有志がローカライズする活動に参加していく。本間氏はイギリスの大学に海外留学をしていたが、PCゲームのMOD制作に没頭し、インストーラー作成までしていたとか。留学を終え日本に帰国し、翻訳会社に就職をした。
翻訳の仕事をしながら本間氏の中で「どうせ翻訳の仕事を続けるならゲームの翻訳の方が面白いんじゃないか?」という想いが大きくなってきたという。当時本間氏は地方で勤務していたが一念発起して上京、スパイク(現スパイク・チュンソフト)に就職し、ゲームのローカライズに関わることとなる。
そしてスパイク・チュンソフトで、「ウィッチャー3 ワイルドハント」(CD PROJEKT RED)を手がけ、そこをきっかけに開発元であるCD PROJEKT REDに籍を移し、本間氏は同社のJapan Country Managerとして「サイバーパンク2077」をはじめとしたCD PROJEKT REDの日本展開を担当する役割を担うようになったのだという。
西尾氏は幼少期をカナダ、アメリカで過ごしており、中学の時に「カウンターストライク」と出会った。カナダの学校は生徒にPCを与え、それを教材としていたが、校内に優秀なLAN環境があったのだ。友人と一緒にプレイできる「カウンターストライク」に西尾氏は夢中になり、その後も様々なPCゲームを遊んでいった。
西尾氏はその後日本の大学に進学し、そこで出会ったのが「Call of Duty」シリーズだ。PCゲームでFPSをプレイしていた西尾氏は当初コンシューマのFPSになじめなかったのだが、ここでドハマリし、シリーズをどんどんプレイ。「Battlefield」シリーズなど、メインストリームになりつつあったFPSの盛り上がりにその身を置いていた。ゲーム漬けの大学生活の中で、就職を考えたのは「映画の字幕翻訳」。バイリンガルを活かし映画業界を志すが、当時の業界は何年かの実務経験を求められる非常に狭い門だった。
その中で西尾氏が見つけたのがゲームの翻訳を行なう会社だった。当時は他のバイトと掛け持ちをしていたとのことだが、その仕事の中で、スクウェア・エニックスのローカライズタイトルに協力することになる。海外の現場で2カ月ローカライズ作業を行なうなどの経験を経て、スクウェア・エニックスに入社した。
スクウェア・エニックスで西尾氏は様々なタイトルを担当。特に「ライフ イズ ストレンジ」では作品の雰囲気を活かしたローカライズが社外でも認知された。またブリザード・エンターテイメントとの「オーバーウォッチ」も英語版の雰囲気を活かした力の入ったローカライズで、ファンからの評価も高かった。
そして、2019年2月にスクウェア・エニックスを退社した西尾氏が「ぜひとも関わりたい」と思ったのが「サイバーパンク2077」だったという。本間氏と食事をしながら西尾氏は「サイバーパンク2077」への想いを語り、本間氏が本社を紹介する形で西尾氏の合流が決まった。
社内にいるからこその濃密な情報量で実現するローカライズ
次にローカライズの仕事によりフォーカスした質問を重ね、ローカライズという仕事の流れや2人の想いを聞いてみた。ゲームには様々な規模、内容があり、ローカライズの必要性も重要度も様々だ。ボリュームの少ないインディーゲームでは個人で翻訳を担当することもあるが、AAAタイトルでは内容も膨大で翻訳スタッフが多く必要になる場合もある。
多くのスタッフがいる場合は最初の段階を何人かで翻訳し、そしてローカライズディレクターが作品全体の雰囲気や、よりゲーム内での正確さを考えて修正していく。吹き替え音声を求められるフルローカライズではテキストを声優が読む台本にしなくてはいけない。そこでは字幕の翻訳とはまた違ったテクニックが求められる。キャスティング、オーディションなどローカライズスタッフの仕事量は跳ね上がることとなる。
翻訳全体を見るディレクターのスタンスも様々だ。上がってきたテキストに対し、「こういう感じで直して」と指示を出す人もいれば、修正は自分自身で直接テキストを書き直す人もいる。本間氏や西尾氏は直接直してしまうタイプ。そのスタイルに関して2人は、近い想いとこだわりを持っているという。
AAAタイトルでフルローカライズを行なう場合、翻訳にさける時間は非常に少ない。ゲームは発売日直前に完成するが、翻訳は完成途中のテキストをローカライズするところから始まる。しかも全世界同時発売の場合は、複数の言語の翻訳スケジュールも厳密に決まっている。もし遅れたら他の言語に迷惑をかけかねない。このため「納期」は非常にシビアな問題だと本間氏は語った。CD PROJEKT REDは多数の言語へのローカライズをするため、他のタイトルに比べてもこの納期設定がシビアなのだという。
「サイバーパンク2077」では、ゲーム開発と翻訳作業は同時に行なわれ、クエスト単位で進められるコンテンツに対しローカライズを行なう。本間氏と西尾氏が担当している日本語ローカライズに関しても、両氏が熱を入れて全体の雰囲気をより原作に近いように調整しているという。本作の雰囲気をできるだけに日本のユーザーに届けるべく努力をしているとのこと。
「できるだけユーザーに届ける作品のカラーを統一したい。僕らの場合それを文字で行なっています」と本間氏は語る。翻訳スタッフにおいては解釈やリズムが変わる場合がある。複数のスタッフが作っている以上、コンテンツそのものの雰囲気が変わる場合もある。しかしユーザーに届く“文字”、それはテキストだけでなく、セリフ回し、用語、キャラクターの言葉など、そういった細かいものに注意深く統一感を持たせることで、ユーザーにしっかりとした世界観が提示できる。そこに“目標”を定めるスタンスは本間氏、西尾氏がお互いに強く共感できる部分だという。
「最終的なところでは自分たちの眼で全部を見る。作業的にはきついんですけど、それがベストだと思っています。私達のローカライズの場合、PRにも携わり作品内のイメージをそのまま伝えられる。他の国の場合、ローカライズとPR、マーケティングがわかれたりでイメージがぶれる場合もあるし、ローカライズスタッフの意思とは異なるPRがされる場合も多い。このようにローカライズに注目してもらえることは良いなと思いますし、他国でももっとローカライズにスポットを当てて欲しいと思います」と本間氏は語った。
本間氏、西尾氏はCD PROJEKT RED社員として業務に携わっている。それは他社のゲームのローカライズとは異なり、より深くコンテンツに携わることができる。これまでローカライズを行なっていて抱えていた想い、つまり作品全体の魅力を、より正確に、内部スタッフだからこそ可能なバックボーンに厚みのある情報をもってしてユーザーに届けたいという願いを、実現する楽しさがあるという。
「私達は今社内の人間なので、外部に出せない資料を見ることができるし、わからないことがあればメッセンジャーで直接開発スタッフに聞くこともできる。ベースとなる情報量がこれまでとはケタ違いです。そのことがローカライズ、そしてPRにおいてもとても有用です」と西尾氏は語った。
また、CD PROJEKT REDはテキストファイル上でもどういう状況でこの会話が成されているかなどの指示が細かいため、そういう部分でもローカライズ作業を進めやすい。納期の厳しさなどもあるが、これまでのタイトルよりローカライズ環境は恵まれている、というのが両氏の意見だ。
他言語チームと情報が共有できるのもメリットが大きいという。フランス語チームの質問が日本語翻訳の上でも役に立ったり、キャラクターの解釈や、言葉の真意など、社内で情報を共有できるからこそ役立つことが非常に多いとのこと。「サイバーパンク2077」、そしてCD PROJEKT REDのコンテンツはクエスト単位で製作されている。そのクエスト製作者にシナリオの真意や、セリフの意味、世界観など様々な質問を気軽にできる環境は、ローカライズを進める上でとても助かるという。
「原文を書いている人はそのセリフの正確な意味、背景、そういったセリフになっている理由など、いわゆる“行間”を把握して書いているけど、テキストだけだとそれがわからない場合がある。そういうときにそのテキストを書いた本人に直接質問でき、ちゃんと解答が帰って来るというのはありがたいです」と本間氏は語った。
コンテンツを開発しながらローカライズを進めていくという体制は、大型タイトルでよく見られるという。しかしそれでもローカライズは開発で後回しにされがちだ。そのなかでCD PROJEKT REDはローカライズに入る工程が早い。それはこういった社内に専門チームを置く体制も含め、ローカライズに対する積極的な姿勢の現われだ。
開発とここまで密接な環境でローカライズを行なう、というのは特に西尾氏にとって初めての体験で非常に勉強になるという。社内共有のメールは非常に多く、数百通のメールが届いたりするとのこと。その中から自分に関係のあるメールを選別するのはちょっと大変だと西尾氏は語った。
会話の流れを重視、様々な選択肢で変化する言葉の繋がりをどう調整するか?
こういったリッチな環境で進めているローカライズだが、西尾氏はローカライズに当たり、元の言語が持つ味を活かすことを心がけているという。原作から外れてしまうような翻訳独自のノリ、といったものが出ないことに気をつけている。
「たまに“どうしても言いたい台詞”が思いついてしまうことがある。個人的にこの場面にぴったりくる言い回しだと感じるんですが、それは原作にはない“色がつきすぎた翻訳”になってしまう。響きが良いだけで、今のこのセリフの意味には合わない、と考えて思いとどまることはあります。原文から大きなズレが発生しないよう、『サイバーパンク2077』では特に気をつけています」と西尾氏は語った。
また本作で気をつけているのは“流れ”だ。「サイバーパンク2077」は、「ウィッチャー3」同様、様々な選択肢で会話が分岐し、流れを作っていく。違う選択肢を選んでもその後の選択肢によって同じ流れに合流したり、全く変わったりする。1つの言葉でもAの選択肢からたどり着いた場合と、Bからきた場合では意味が変わる場合がある。そういった流れを意識し、言葉のニュアンスや、解釈を行なっていく。会話の分岐や、事態が複雑に変化する「サイバーパンク2077」は特にこの流れが難しいという。
実際のプレイと同じように、ファイルとテキストを見ながら選択をシミュレーションする。こういう風に流れれば話し手の声のトーンはこうなる。しかし違うところから来れば話の流れが変わってしまうのではないか? キャラクターの性格からして言い回しはこう。この会話の流れではキャラクターの感情はこうなっているはず、そういった選択肢と会話をシミュレーションした上で意味にあった言葉を探す。ここには本当に時間が取られると西尾氏は語った。
「CD PROJEKT REDはこのフラグ管理が非常に絶妙なんです。『ウィッチャー3』では3つの地域を巡ってから別の地域に向かうという流れなのですが、プレーヤーがハナから一番遠い地域にいきなり向かった場合でもきちんとセリフが用意されている。開発側でプレーヤーのあらゆる行動がフォローできるようなセリフがちゃんと用意されているんです。『サイバーパンク2077』でもプレーヤーの行動をきちんとフォローしたセリフが多数用意されています」という本間氏のコメントに、「ここにこのセリフがあるということは、こんな面白いルートもあるのか、と思うこともありますね」と西尾氏も補足した。改めて本作の綿密なフラグ管理に驚かされるという。
自由度が高く、様々な選択肢が与えられている「サイバーパンク2077」だが、主人公のV(ヴィー)のキャラクターは、舞台となるナイトシティでビッグになろうとする夢見る若者であることに代わりはない。プレーヤーは外見や性別を選べるが、彼(彼女)自身が何を考え、どういった想いを持っているかは、プレーヤーの選択を通じてゲーム内で明確に語られる。そういう意味では、本作のVは「ウィッチャー」シリーズのゲラルトのように、非常に個性的なキャラクターであるといえる。
Vは今の境遇から何とか脱却しようとあがいている。ナイトシティでどう生きていくか、そこが「サイバーパンク2077」の面白さだと本間氏は語った。またVはよく話すキャラクターでもある。まだ発表できないがキャストも決まっており、男女それぞれの声優が起用されている。今後キャストの発表も行なわれるとのこと。
そして、本間氏は「当たり前ではあるが、誤訳をゼロにしたい」というのがローカライズでのこだわりだという。ローカライズにおける誤訳はユーザー間でも指摘される場合がある。それは開発環境などで生まれてしまう場合もあるが、本間氏はそのミスをできるだけ減らそう、という意識を持って仕事に臨んでいるという。本間氏のチェックの細かさには西尾氏も感心させられるとのこと。
キャラクターの距離感、代名詞が指すもの、前後のつながり、会話の流れ……そういったあらゆる要素を確認し、正しいローカライズを行なっていく。そして「サイバーパンク2077」は“録り直し”を前提とした開発を行なっているのも大きな特徴だという。シナリオに変更があったり、調整したり、ゲームに実装したときテキストが変わる場合がある。録り直しをした場合、声優へのギャラ、収録スタジオの確保などコストが跳ね上がる。しかし、最初から撮り直しの可能性も視野に入れた予算編成にしており、それだけの予算を掛けて、より正確なローカライズを行なう体制になっている。
コンテンツができてくるのに合わせて収録も行なっているが、後になると解釈が変わったり、収録期間も長いので前回とテンションが変わってしまう場合もある。もちろん収録は最初から手を抜かない。しかし修正も辞さない覚悟で取り組む。そういった力の入った取り組みが質の高いローカライズを実現する。それは手間やコストがかかってもクオリティを守るために必要なことなのだ。それはオリジナルである英語も同様だという。
「サイバーパンク2077」が切り開く、めくるめく新世界
その上で本作は“サイバーパンク”である。既存の価値観を破壊し、反権力、反体制、音楽やファッション、イデオロギーなど様々に波及するサブカルチャーとしてのパンクを取り入れ、そして人体の能力、感覚を拡張することで新しい世界を切り開くサイバーパンクという文化の上に成り立つゲームである。その世界観は破滅的で、頽廃的、そして暴力的だ。ゲーム内で使われる言葉も、とげとげしく、汚いものが多い。その言葉をどうローカライズしていくか?
「カッコイイ言い回し、おしゃれな言葉もあるんですが、このゲームで使われる言葉は本当に汚いものが多く、純粋に下品なのもたくさんある。そういう意味で従来のゲームではセーブしていたところ、押さえていたところを、本作ではギリギリまで攻めたい。もちろん倫理面などでは調整しますが、英語版の危ない表現を忠実にしていきたいと思っています。この作品に合う下品さと言うことで、こちらも新しい引き出し、新しいセリフ回しで挑んでます」と西尾氏は語った。セリフも演出も、パンクという表現がぴったりの過激なものになっているとのことだ。
「サイバーパンク2077」は我々の世界と大きく異なる世界が舞台だ。この世界ならではの価値観、特殊なスラング、用語……ゲーム内のキャラクターが常識として話す言葉が、プレーヤーにはわかりにくい場合がある。初見ではわからなくても、繰り返すことで意味がつかめたり、会話の流れで把握できる、それは原文でも気が使われている部分だ。
サイバーパンク小説ではふりがなで原文と本当の意味を並列的に並べる表現が出てくる。そのことを言うと西尾氏は「ホントそれができれば良いなと思うんですよ」と答えた。ローカライズにおいてふりがな表現は憧れだが、多言語ではふりがな表現がなく、それを表現できるフォントやプログラムもない。読むスピードも小説と字幕では全く違う。このため雰囲気を活かしつつわかりやすさも考えたバランスを考えながらの作業をしているとのことだ。
筆者はサイバーパンクという世界は、剣と魔法とドラゴンに象徴される「中世風ファンタジー」以上に日本人にはなじみのない世界ではないかという想いを持っている。本間氏は「ここにきて、サイバーパンクというジャンルの盛り上がりを感じています」と答えた。
今年、“近未来”、“パンクという文化”、“ドラッグによる人間の能力の拡張”といったテーマを扱った「AKIRA」の新アニメーションの製作が決定した。「AKIRA」は2020年の東京オリンピックの前年、2019年という“現在”を扱ったストーリーである。もちろん現代の日本とは全く違う世界だが、この偶然はファンを大きく盛り上げている。その流れを受けての新アニメーション決定である。
日本でサイバーパンク文化を一気に知らしめた「攻殻機動隊」も新作アニメーション「攻殻機動隊 SAC_2045」としてNetflixでの2020年の配信が決定している。「ブレードランナー」でも新しい動きがあるなど、サイバーパンクの流れを汲む作品が盛り上がりを見せている。もちろん「サイバーパンク2077」はその中でも大きな台風の目であるが、様々なサイバーパンク的世界観を持つ作品が今動き出そうとしている。
「実はサイバーパンクってワールドワイドでもそこまで集客力のあるジャンルじゃないんです」と本間氏は指摘する。サイバーパンクの世界で世界的に大ヒットしたゲームというのは多くはない。しかし、だからこそCD PROJEKT REDは「ウィッチャー4」ではなく新しい挑戦として「サイバーパンク 2077」を選んだのではないだろうか。もちろん本作の原作となったTRPG「サイバーパンク 2.0.2.0.」のファンが社内にいたからという理由も大きいが、ファンタジーではなくサイバーパンクでしか描けない物語に、CD PROJEKT REDは挑戦することとなったのだ。「サイバーパンク2077」がこのジャンルの起爆剤となって欲しい、そういう思いを開発スタッフは強く持っていると本間氏は語った。
それは日本でのパブリッシャーであるスパイク・チュンソフトと、力を合わせて日本市場に切り込んでいこうという本間氏自身も強く思っていることだ。「ウィッチャー3」のヒットによって、「サイバーパンク2077」では、「ウィッチャー3」が発売された当時とは比べものにならない大きなプロモーションを展開できるようになった。
コアなファンは本作を「ウィッチャー3」からさらに発展したゲームとして注目している。またサイバーパンクというテーマに惹かれる人もいる。しかしより多くの人に注目してもらうためにマーケティングは不可欠。日本でも今後、大型の展開が予定されているとのことだ。
天才が生むセリフ回し、雰囲気を日本のユーザーにも楽しんで欲しい!
一方で、筆者のような「サイバーパンク」ファンにとって、本作は強い魅力を感じているところがまさに人体を拡張する“サイバー感”である。3人称の「ウィッチャー3」から、1人称の「サイバーパンク2077」になることで、視覚情報、本来目に見えない情報が人間の感覚を越えて表示されたり、遠くにあるカメラの視界をジャックしたり、より実感できる形でわかりやすく電脳世界を提示する本作にはワクワクさせられた。
さらに武器との神経リンクや、様々な機器のハッキング、神経加速による高速戦闘など、魔法や超能力とは異なる、未来のテクノロジーによる人体の強化、そしてそれがメジャーになった世界をどう描いていくか、サイバーパンクそのものに強く惹かれた。「サイバーパンク2077」は、テーブルトークRPG「サイバーパンク2.0.2.0.」から50年後の世界という独自の世界観を構築し、独特の未来世界を描いている。
「サイバーパンク2077」の注目の1つが“日本”という存在だという。現在の情報では、光学系のメーカーや、バイクメーカーで日本企業の名前が出るくらいだが、存在感としては大きいとのこと。それはTRPG「サイバーパンク2.0.2.0.」が制作された1988年は日本企業が自動車産業を席巻し、アメリカのメジャーな企業を買収するなど脅威とも言える躍進を果たした時代の雰囲気があり、それが未来予測に多分に影響しているからだ。現代とは異なる日本の描かれ方も、日本ユーザーにとっては注目だろう。
このため開発スタッフから本間氏、西尾氏に「日本ではこれをなんて言うか?」といった質問が寄せられることも多い。社内には日本通の人もいるのだが、日本の現地スタッフの知識はやはり大きい。バイクの名前は本間氏の意見だし、西尾氏が名前を決めたものも存在する。「ゲームの世界観を理解したうえで、日本の知見を生かして意見をくれるスタッフ」として社内での認知も高まっていることを実感しているという。
CD PROJEKT REDのゲームは元来、彼らの母国語であるポーランド語で紡がれる。それをまず英語にローカライズした上で各国の言語にするのだが、初代「ウィッチャー」からCD PROJEKT RED作品の英語テキストを書き続けている、英語の翻訳スタッフはまさに“天才”だと西尾氏は絶賛する。言葉の使い方、リズム、ノリ、英語の専門家である西尾氏だからこそ、その凄さを実感するとのこと。
セリフ回しが非常に独特で、クセの強い文章なのだが、それが作品にマッチする。それは「サイバーパンク2077」だけでなく、ファンタジーの「ウィッチャー3」でもぴったり合う。作品の世界に合わせて、ぴったりの言葉を選ぶのだという。本間氏はその文章を「ツイストが効いた感じ」と表現した。
「英語と日本語は大きく異なる言語なので、そのノリをそのまま表現することはできません。しかし、同じ“体験”を提供できるよう努めたい。英語版の天才の語感が与えてくれる楽しさと同じような体験をして欲しい、そう思ってローカライズに取り組んでいます」と西尾氏は語った。
フルローカライズだからできる体験! 五感で楽しむサイバーパンク
「ウィッチャー3」の主人公ゲラルトは、妖怪と人間の間に立ち、プレーヤーの選択でスタンスが決められるところが楽しい要素だ。「サイバーパンク2077」のVもまた幾多の対立している企業から様々な依頼を受け、時には企業間の争いに翻弄されながらも自分の立ち位置を探していく存在となる。
クライアントはこちらを利用しようとする。実際、E3でのデモプレイでは任務を達成したにもかかわらず殺されるような羽目にまでなった場面がある。そういう危険なクライアントと緊張感のある取引をする、それこそが「サイバーパンク2077」の醍醐味と言える。
その中で本間氏は、張り巡らされた伏線に注意して欲しいという。クライアントがこちらをだまそうとしているか、ホントのことを言ってるかなどのヒントは、そこら中にある。落ちていた本の一節や、街の住人の会話、言葉の端々、そういったヒントに気がつくことで事態を有利に進めることができる。この手法は「ウィッチャー3」でも積極的に取り入れられていた。情報収集はCD PROJEKT REDのゲームをプレイするときには心がけておきたい要素だ。
だからこそ「サイバーパンク2077」はフルローカライズで楽しみたい作品だ。街で何気なく聞いた話や、伏線を意識して書かれたテキストを読む声優の声に込められた感情、そういった細かいニュアンスもローカライズされているからこそ楽しむことができる。社内スタッフである本間氏、西尾氏だからこそ実現できるリッチなゲーム空間が広がっているのだ。そしてそういったゲーム体験をして欲しいからこそ、CD PROJEKT REDはローカライズに力を入れているのである。
音声の収録に関しての西尾氏、本間氏のこだわりは「同じ語尾を何度も続けない」。これは特に声として聞くと不自然に感じるという。西尾氏も極力気をつけるが、本間氏のこだわりはそれ以上で、こういったこだわりも共感できる部分とのこと。こういった共感できる部分が多いというのは一緒に仕事をして改めて気がついたことだと両氏は語った。「収録は楽しく」というのもポリシーとして持っているところだという。
「ゲラルトを演じてくださった声優の山路和弘さんは、色々な人からゲラルトの話を振られるようになって、ご自身としてもキャリアの中の1つとして加えていただいてるそうです。Vを演じる男女の声優さんとっても、記憶に残る役になってもらいたいと思っています」と本間氏は語った。
最後にユーザーへのメッセージとして本間氏は「今回はローカライズにフォーカスしたお話をさせていただきました。私だけでなく西尾という強力なメンバーを得て、『ウィッチャー3』以上の音声、テキストの日本語版をお届けできると思います。ぜひご期待下さい」。
西尾氏は「発売はまだ先ですが、今回のようにローカライズをピックアップしていただけるのはありがたいです。これまで違う会社でやっていた2人がタッグを組んで『サイバーパンク2077』に挑むというのは過去にも中々なかったことだと思います。我々も気合いを入れて日本語版の制作をがんばっていますので、ご期待いただければと思います」と語った。
2人の話を聞き、改めてローカライズの面白さ、難しさを実感した。そして何より、早く「サイバーパンク2077」をプレイしたいと思った。「サイバーパンク2077」の発売は2020年の4月16日、まだまだ先だが、今後発売に向け様々な盛り上げ方をしていくと言うことで期待したい。コンテンツを触れる際や、吹き替え版のムービーでは、ローカライズも意識して楽しみたいところである。
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