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企画者のアイデアを「スカウター」で数値化せよ!

ゲームの方向性を定め、チームを団結させる現代的開発手法

8月26日~28日 開催

会場:パシフィコ横浜

菊地麻比古氏

 「CEDEC 2015」の2日目となる8月27日、米TinyCoの菊地麻比古氏による講演「アイデアの戦闘力を計測するスカウターを作る - ゲームエンジンを使った開発におけるゲームデザインの評価基準 -」が開催された。

 菊地氏は日本でセガに勤めた後に米国に渡り、セガやナムコで働いた。現在はアメリカ西海岸のモバイルゲーム会社TinyCoで、企画職であるリードゲームデザイナーを務めている。菊地氏は多くのゲームデザイナーを率いる立場となる仕事の中で、ゲームデザイナーが出してくるアイデアを定量化する方法を考案。漫画「ドラゴンボール」に登場する装置になぞらえて「アイデアスカウター」と呼んでいる。

 漫画のようにワンタッチでアイデアの力が見える装置を開発した……という話ではなく、アイデアを数値化して判断材料にする手法を紹介するというもの。それによって開発チームに何が起こるのか、具体的な事例も交えつつ説明された。

コンセプトを分解し、重み付けをする

アイデアを定量化する「アイデアスカウター」

 アイデアスカウターが必要になったのは、ゲームエンジンを使った開発が増えてきたことが背景にある。ゲームエンジンを使い、大規模で、プレーヤーがより自由に遊べるリアルなゲームが増えてくると、職種が専門化していく。ゲームデザイナーだけでも4つか5つに増えるため、各々がどんなゲームを作っているのかという意思統一がしづらくなる。

 またゲームの中の一貫性の維持も難しい。良質なゲームエンジンにより、企画職がプログラマーの手を借りずに様々なことができてしまうため、各スタッフがよかれと思って手を加え、余計なことまでやってしまう。ゲームをどういう方向性で面白くするかが定まっていないと、多重人格のような主人公が生まれることさえある。また1人が手を加えた要素が他にも提供を与え、問題が発生することもある。

 そこで助けになるのが、アイデアスカウターだ。菊地氏は具体的な手順を経て、アイデアを定量化する仕組みを作り上げている。

 まず最初に、ゲームの企画段階に存在するコンセプトを、5つほどのキーフレーズに分解する。そしてそれぞれのキーフレーズの重要性でポイントを割り振り、重み付けをする。出てきたアイデアは、それぞれのキーフレーズをどの程度満たすものかで判断され、その総合ポイントでアイデアの良し悪しを評価する。

 ゲームコンセプトは、ゲーム全体を貫くネタであり、制作前のゲームを1発で伝える一文であり、偉い人が儲かると感じる一文である。菊地氏が最初に勤めたセガのソニックチームでは、「コンセプトができればゲームは9割できたようなもの」と言うほどコンセプトに対するこだわりが強かったという。

 しかし菊地氏が入社した2001年当時には、ゲームは複雑なものになっていて、1つのネタでゲームを貫くというのは成立しない。つまり1つのコンセプトでゲーム全体を説明するのは難しい時代になっていた。コンセプトにこだわるのは大切なことだが、ゲーム制作現場での意思を統一するのは難しい。「ゲームを作る前に必要な文章と、ゲームを作る時に必要な文章は、そこまで繋がっていない」と感じた菊地氏は、コンセプトを分解してみようと考えたのだという。

 コンセプトをキーフレーズに分解すると、アイデアがどれくらいコンセプトに一致しているかがわかりやすくなる。4つのキーフレーズのうち2つに合致していれば、「50%合っている」と言えるわけだ。当時の菊地氏はこれでいいと思ったそうだが、より多くの人が関わるプロジェクトだと、これでもだめだった。そこでキーフレーズごとに重み付けすることでより詳細なスコアを算出。キーフレーズの1つを100%満たしていなくても、ある程度は満たしているという判断を加えたことで、4つの項目でも「90%合致」といったより具体的な数値が出せるようになった。

 キーフレーズの分解方法は、コンセプトがお客様にどう楽しんでほしいかを重要視しているものだという観点から考える。ネットワークゲームなら、どう体験をシェアしてもらうか。F2Pのゲームなら、どこでお金を払って欲しいか。

 菊地氏の経験談として、チームのコアメンバーそれぞれが全然違うことを考えていた時には、「このゲームはどんなゲームだと思うか、何が面白いと思うか」を、5枚の付箋に書いてもらった。それらをシャッフルして貼っていくことで、このゲームがどんなゲームだと思っているかをビジュアル化し、上位に来るもの、チームが面白いと思っていたものに重み付けしていったという。

スカウター作成手順は意外とシンプル
コンセプトをキーフレーズに分解、その一致度を見る

コンセプトに沿ったアイデアにブラッシュアップ

ゲームのコンセプトを分解して……
キーフレーズを取り出し、重み付けする

 実際にキーフレーズの重み付けがどのように行なわれたかの例として、菊地氏が過去に携わったタイトルの話が展開された。その作品におけるコンセプトは、「1980年代ホラーテイスト満点のバカバカしいまでに残虐な暴力表現が味わえるアクションゲーム」というもの。

 これをキーフレーズに分割。1つ目は「主人公は恐怖のモンスター」。ホラーものの主人公は狙われる側の存在が主流だが、このゲームではプレーヤーキャラクターが1番怖いモンスターという設定。「俺達ならではのゲームだ!」ということで重み付けは最も重い25ポイント。

 2つ目は「極端なまでの流血リアクション」菊地氏がチームに入った時には、発売まで残り9カ月。ゲームはまあまあできているが、チームメンバーは何を作っているのかあやふやな状態だった。残り少ない時間で、規模の大きいコンソールゲームでできることは限られている。何か1つ突き抜けたというのがあってほしいと思った菊地氏は、「世界一血が出るゲームにしよう」と言ってスタッフを盛り上げた。これも最重要の25ポイント。

 3つ目は「圧倒的な武器」。これは既にゲームに実装されていた。重要度は少し落ちて20ポイント。4つ目は「身体破損」。これも既に作りこまれていたが、その段階ではあまり使われていなかった。使わなければもったいないと判断してキーフレーズの1つとし、15ポイントを割り振り。5つ目は「ホラー映画のオマージュ」で、作品全体のトーンを決めるためとし、15ポイントとした。

 最後に、キーフレーズにそれぞれコンセプトアートを添えておく。イメージをわかりやすく伝えるとともに、完成したキーフレーズとコンセプトアートをスタジオの各所に貼り付けておく。それをたびたび目にするスタッフにキーフレーズが印象付けられ、スタッフ同士が互いに「このゲームはこういうゲームだから、キーフレーズにあわないお前のアイデアはダメだ」と言うように促していく。

 これに実際に持ち込まれたアイデアを当てはめていく。ビンゴが大好きなスタッフが考案した「ウェポン・ビンゴ」というアイデアは、武器を回収するとビンゴにチェックがつき、揃うと景品がもらえるというもの。印象としては面白そうだと思ったものの、キーフレーズに照らし合わせると15点にしかならなかった。恐怖のモンスターや流血とは無関係だったのが原因だ。

 その後、アイデアがブラッシュアップされ「ボディパーツ・ビンゴ」になった。各マスに敵の腕や頭があるビンゴで、敵を武器で切断して部位を回収するとチェックがついて武器を獲得できるというもの。ビンゴとはいえ敵をバラバラにするので、怖くて身体破損もあれば、流血もすごい。体のパーツを集めるというのもホラーらしい。結果的に85ポイントという高評価になった。スタッフがコンセプトに沿ったものを自発的に考えるようになるので、上司である菊地氏が何時間も頭を突き合わせる必要がなくなった。

最初のアイデアはアイデアスカウターでは非常に低い点数。このままでは採用できない
キーフレーズに沿ったものにブラッシュアップすると一気に高得点に。コンセプトに合ったアイデアになった証拠といえる

スマートな開発のためのアイデアとして活用を

アイデアスカウターがチームのまとまりを生む

 アイデアスカウターは、アイデア判定のほかにもメリットがある。チームにおいて共通認識ができることで、関係者意識が強まってまとまりやすくなる。またタイトなスケジュールでやむなく要素をカットする時、どれをカットするのかの判断の際に、時間やコストに加えて面白さの面でも評価できる。そのため切られた要素のスタッフもある程度納得がいく。

 スタッフ間で発生する勝手な発注の防止にもなる。勝手発注の例としては、アーティストがやりたい表現をするため、プログラマーに勝手に頼んで実装してもらおうとするなどだ。各スタッフがアイデアスカウターを理解していれば、「コンセプトに合致していないよね?」と言って発注を断りやすくなる。余計なボランティア作業が減り、開発リソースの効率がよくなる。また上から来る断りづらい依頼やアドバイスも、「チームで徹底しているルールなので」と言えば断りやすい。

 多方面において便利に機能するアイデアスカウターだが、注意点もある。あくまでその時点での評価を測れるだけで、潜在的な部分は測れない。またあらゆる要素は最終的にゲーム全体との調和が必要。ゲーム全体を俯瞰した目線を持てるクリエイティブディレクターなどの仕事の重要性は変わらない。

 菊地氏も自らが出したアイデアとして、終盤になってコレクション要素が必要だということになり、ヒロインのヌード写真を集めるというアイデアを出した。これはアイデアスカウターのポイント的にはまるで話にならないが、金のドクロを集めるといった他のアイデアよりも圧倒的に人気があり、実装することになった。実際には血みどろのゲームの中にある一服の清涼剤として、うまく機能したという。菊地氏は「キーフレーズはこれで最後まで行っていいのかということを定期的に見直すことも大事」と語った。

 菊地氏が提案するアイデアカウンターは、手法としてはそう複雑なものではなく、それでいて元々のコンセプトの方向性をスタッフに周知させられるという、極めて有用な手段だ。実際の運用においては、優れたアイデアが埋没する危険性や、スタッフへの運用を徹底させられるかどうかなど問題がないわけでもないが、スマートな開発を目指す上で面白い発想であるのは確か。今携わっているプロジェクトに当てはめたらどうなるのか、と話をしてみるだけでも面白そうな内容だ。

色々な副次的効果もあるが、問題点がないわけでもない。適切に運用することが求められる
アイデアスカウターでは評価が低いアイデアを盛り込むことも時には必要
来年の講演は「納期に間に合う!栽培マンセット」の予定(審査に通れば)

[お詫びと訂正]
記事掲載当初、菊地氏の名前が一部「菊池氏」と表記されておりました。ここにお詫びして訂正いたします。

(石田賀津男)