【GDC2012】「Gravity Daze」のビジュアルデザイン

~アナタの内宇宙に生じた感覚的現実表現の秘密に迫る


3月5日~9日開催(現地時間)

会場:San Francisco Moscone Center


 完全新作のPlayStation Vita専用ゲームタイトルとして発売され、じわじわとその人気を高めているのが「GRAVITY DAZE:重力的眩暈:上層への帰還において、彼女の内宇宙に生じた摂動」(以下、GRAVITY DAZE)だ。

 GDC2012では、このタイトルのアートディレクション、ゲームデザインにまつわるセッションが行なわれた。

 なお、Gravity Dazeは、欧米圏では「Gravity Rush」として改題されて発売されることが決まっているが、本稿では「Gravity Daze」として記することにする。


セッションタイトルは「Bringing the Visuals of Gravity Rush to PlayStation Vita」登壇した山口由晃氏(ソニー・コンピュータエンタテインメント、インターナルデベロップメント部、ビジュアルアートグループ、シニアアーティスト)




■ 「Gravity Daze」のグラフィックスのヒントはフレンチコミックから


ビジュアルデザインのヒントはフレンチコミックにあった?

 「Gravity Daze」のビジュアルデザインのヒントはフランスの漫画スタイル「バンデシネ」(バンド・デシネ。単にフレンチコミックとも呼ばれることもある)にあったと山口氏は振り返る。

 バンデシネは、適度にリアリティがあり、それでいて日本のアニメにも通ずるような、誇張表現や記号性表現が用いられる傾向もあるため、「Gravity Daze」に必要とされた「新しいゲームグラフィックスの表現スタイル」に適合すると判断された。


セルシェーディングを採用

 実装にあたって用いられた技術はセルシェーディング(トゥーン・シェーディング)と呼ばれる手法だ。

 レンダリング時の陰影計算には法線(面の向き)情報がキーになるが、この法線情報をわざと大まかにしてシェーディングするようなアプローチがセルシェーディングの基本的な考え方だ(実際には、1Dテクスチャを参照するなどして、求めた通常通りの陰影結果から大まかな陰影結果に変換するアプローチを使うことが多いが)。

 山口氏は、ゲームグラフィックスの表現としては「リアルに感じられる絵」の方が、ただ物理的に正しい「リアルな絵」よりも向いている……と自説を展開。人間/プレーヤーにとっては、現実世界の物理法則をそのまま再現したものよりも、誇張されて伝えられたものの方が、感じられる“リアル感”の情報量が多くなる、というのだ。

 これは、直接には触れることのできないゲーム世界とのインタラクションを考える上では、面白い考え方だ。PS Vitaのユーザーインターフェイスは優れてはいるが、結局のところはゲームキャラクターに直接触れることはできないので、どうしても仮想世界と現実世界の境界でリアル感の情報は減退してしまう。そこで仮想世界からのリアル感を増幅してやることで、仮想と現実の境界で減退されてもより多くのリアル感を現実世界にいるプレーヤーに伝えてやろうというのが山口氏の考えなのだ。




■ 「Gravity Daze」のビジュアルデザインコンセプト

 より具体的な「Gravity Daze」のビジュアル設計の段階では、そのコンセプトを明確にすることが行なわれた。

 設定された1つのキーテーマは、ゲームメカニクスの根幹となるオープンワールドをうまく表現すること。もう1つは、ユニークなビジュアルテイストに負けないほどの物量感を構築すること……だった。


主人公キトゥンのデザイン変遷
最終的なゲーム画面と主人公

 キャラクターデザインについては、本作がワールドワイド展開することが決まっていたため、「日本ですんなりと受け入れられつつ、海外でも敬遠されないタッチを目指して行なわれた。

 主人公の少女キトゥンは、忍者、強い女性、無国籍……といったキーワードがディレクション側から与えられ、それを元に何パターンかのデザインが行なわれたという。山口氏によれば、最終的なキャラクターデザインの決定は、セルシェーディングでの見栄え、ゲーム世界(背景側)とのマッチングなどにも配慮して行なわれたとのこと。


息づく背景。これが背景デザインのキーワードになった

 背景側(ゲーム世界)のビジュアルデザインについては「Living Background」(息づいている世界)をキーワードに行なわれた。

 本作の場合は、重力を操作して縦横無尽にオープンワールドを飛び回るが、そのインタラクション先は「背景」として描かれるゲーム世界側だ。なので、背景が「ただ美しい」というだけでは不十分で、その背景がプレーヤーに「その場所に今自分は実在している」という感覚を与えることが求められたのだ。

 それには背景に多くの情報を与え、それをユーザーに的確に認識して貰えるような工夫だった。

 その1つは、背景はかなり遠方までを描き出すと言うことだ。また、遠方の背景にはうっすらと補助線がリアルタイムに入るのは、感覚的にそこも「ただの絵としての背景ではなく、インタラクション可能なゲーム世界である」ということをユーザーに伝えるため。
 また、建造物としての背景だけでなく、街におかれたあらゆる小道具、大道具のオブジェクトに対してインタラクションが可能になっており、これらがゲームプレイの戦略要素として活用できるようにしている。本作では意図して、あるいは意図せずにしても、こうした背景オブジェクトとのインタラクションが起こる。これも、本作の重要テーマとした「感覚リアルの再現」に一役買ったのではないかと思う。実際、セッションのなかで、山口氏も「『Gravity Daze』は、ビジュアルデザインとゲームデザインが相互に密接に関わっていた」と振り返っている。


「Gravity Daze」の背景。現実感覚からすれば異常に違いないはずの緑や黄といった空の色。なのに妙な説得力を感じてしまうのには秘密があった

 筆者が個人的に面白かったのは、実際には全くリアルでない表現を、プレーヤーにリアルに思わせてしまっていたビジュアルデザインだ。それは空の色だ。本作では、ステージとなる街ごとにキーカラーがアートデザイン的に設定されており、例えば空が緑や黄だったりすることもある。リアル系ゲームグラフィックスだったらば、緑や黄の空は不自然に見えるはずなのだが、本作では自然に見えてしまい、妙な説得力すら感じる。これの秘密は、こうした異質な空や天球表現に対しても、リアル系な大気シミュレーションを施しているためだ。

 非リアルとリアルの調合は思わぬビジュアル効果を生むことがあるという好例といえるかもしれない。

 セッションの最後は、ゲームコンセプトやビジュアルコンセプトが確定してから製作されたコンセプト映像が公開された。


「Gravity Daze」の開発初期に製作されたコンセプト映像。タイトルも「Gravite」となっている


北米では発売直前。発売前ながらも各ゲームメディアからは既に絶賛の声

 ゲームそのものの楽しさと、アートとしての美しさの双方がダイレクトに伝わってくる素晴らしい映像だ。

 ゲームに興味を持った人は是非ともプレイしてみて欲しい。「Gravity Daze」は、まだ発売直後と言うこともあって、話題性も十分で非常にホットなタイトルだ。今からでも遅くはない。プレイする価値は十分だ。


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(2012年 3月 11日)

[Reported by トライゼット西川善司]