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次の10年で“モニターで見るゲーム画面”は終焉する。エンハンス水口哲也氏、CEDEC 2019の基調講演でゲームの未来を語る
2019年9月4日 18:53
- 【CEDEC 2019】
- 9月4日~6日開催
- 会場:パシフィコ横浜
「ここから起こる変化は、活版印刷の発明以来、600年ぶりの大革命になる」。「Rez Infinite」や「テトリス・エフェクト」を手掛けたエンハンス代表取締役の水口哲也氏は、CEDEC 2019の基調講演でこう語った。
水口氏が見据える未来は、あらゆるものが「空間的になって、体験化していく」というものだ。解像度は8Kを超え、通信速度は高速になり、リアルとバーチャルは融合していく。それは、モニターという「二次元と四角フレーム」で区切られた世界から離れ、ゲームも含めて事務作業もエンターテイメントも空間で作られ、体験するようになるのではないか。
そもそも、水口氏はゲームを「テクノロジーと共に進化する体験のメディア」だと定義しており、目指すものは最初から一貫している。水口氏がゲーム業界に入るきっかけとなったのは、セガのアーケード筐体「R-360」を見かけたから。シート部分がグルグル回りながらゲームをプレイするという作りに、「体験が国境と言葉を超えている。ゲーム業界はすごいことになっている」と思い、セガの受付に「この会社に入るにはどうしたらいいか?」と直接尋ねたそうだ。
また水口氏が「新しい体験を作る」という点で注目していたのが、NASAが発表した「仮想環境表示システム」。いわゆるVRの最初期の構想であり、当時は火星探索でのロボットの遠隔操作などを想定していたそうだが、水口氏はVRをゲームに活かしたいと強く思っていた。
ちなみに水口氏がセガで最初にやったことは、なんとARの研究。「AR Prototyping at SEGA」という名前の実験作で、ゲームギアを改造し、削った発泡スチロールとハーフミラーを使ってARのヘッドセットを作り、当時の「コラムス」などを空間で遊べるようにしたものだったそう。新卒1年目の水口氏はこれを手に役員会議に持っていったそうだが、「面白いけど難しいね」とあっさりとスルーされたそうだ。
その後、VRのアーケードゲームの研究開発を2年ほど行なったが、当時は3Dグラフィックス前夜であり、技術的な遅延や機材の重さなどが障害となって、「この先、いつか必ず来るから、今のところは封印しよう」とVRへの思いを心にしまい、アーケード「セガラリーチャンピオンシップ」の開発に赴くこととなる。
当時は、音楽をゲームにどのように落とし込むかは技術的に難しかったが、家庭用ゲームが普及したタイミングで可能になった。そこで生まれたのが「スペースチャンネル5」。ダンスのフリ、言葉、歌を用いて、相手が仕掛けてきたダンスに対してダンスを返す。ゲームとしてはシンプルだが、新しいストーリーテリングができたと振り返った。
その次作となるのが「スペースチャンネル5」とは異なる音の力を使った「Rez」だ。ゲームを遊んでいるつもりが音楽を演奏するような気持ちよさもあり、でもリズム感を必要としないゲーム。高解像度の音の体験を、上手くゲームと融合できないかと考えた作品となる。
ただし、完成時には水口氏の中では挫折感もあったという。頭の中での完成形のイメージは3D空間の中を飛び回っているのに、実際のモニターは二次元の四角い画面であり、その中にすべてのゲームデザインを落とし込まないとならなかったのがストレスだったそうだ。
さらに、PSP用に「ルミネス」、Kinect用に「Child Of Eden」を開発する。音とゲームの融合を目指してきた水口氏だったが、「Child Of Eden」制作後は深い喪失感を味わっていたそうだ。
というのも、「Rez」からネックとなっていた「画面枠」問題だ。どんなに3Dになっても結局画面という枠はあるし、Kinectを駆使しても触覚は喪失した状態になる。「限られた画面に向かってゲームをするのが不自然な感じ」であり、ゲーム制作に対するインスピレーションが途切れてきてしまったそうだ。
水口氏は一旦ゲーム制作をやめ、講師など他の仕事をし始めるのだが、その水口氏を再びゲームづくりに戻したのが2014年あたりにアメリカで巻き起こったVRブームだ。水口氏は物事をより速く進めるためにエンハンスをアメリカで起業し、2016年に「Rez Infinite」(参考記事)を発売することになる。
「Rez Infinite」では新たにVR用に作った「Area X」を追加した。今まで四角い画面で遊んでいたものの境目がなくなって、インタラクションと音で彩られた体験の世界がやってくる。「Area X」を最初に体験した人たちは共通して、言葉では感想を上手く説明できなかったそうだ。
そうした反応を見て、作品としては「ものすごくニッチ」であるものの、こうした新たな体験はこれから浸透していくと強く感じたとした。またゲームの世界的表彰イベント「The Game Awards」でVR部門が2016年に新設されると、「Rez Infinite」がBest VR Game部門を獲得。
「Rez」は「未来のゲームのあり方として、必ずこういう形がある」と信じて作ったものの、売れ行きとしてはそれほどインパクトを残せず、また「これはゲームじゃない」と言われたこともあったという。その「Rez」がVRの力を得たことで新作として生まれ変わり、さらに賞を獲得したことは、何より大きな励みになったとした。
「いい体験は劣化しない。本質的な経験や体験を再設計したものは、タイムレスになる。そういったものをこれからも心がけたい」と水口氏は述べた。
その次作となる「テトリス エフェクト」は、「ゲームとして完成している『テトリス』で泣かせることができるか」という挑戦だった。効果音が音楽化していくメカニズムと、旅のように変化するビジュアルでいかにエモーショナルなものにできるか。難しい挑戦だったが、VRの世界だったらできるかもという自信もあったそうだ。
実際にはプリプロダクションに2年ほどをかけた(参考記事)が、「やってみたら結構できた」という。これは「解像度が可能にしたもの」であり、音と映像とゲームがより一体となる「共感覚化」した体験はきっと増えていくのではないか。
実際、「テトリス エフェクト」の試遊で泣いた人もいた。かつて講師をしていたとき、「ゲームで泣いたことがあるか?」と生徒に問いかけると、ほとんど手が挙がらなかった。しかし今は、逆にほとんどの人が手を挙げるという。これは単にストーリーテリングで泣かせてきたというだけでなく、もっと深いレベルで感情に訴えかける設計思想がこれまでのゲームにはあったのではないか。「この思想を突き詰めれば、ゲームというメディアはさらに力強いものになる」。
そうなればゲームは今後、アートの領域に入っていくはず。その直感から、水口氏は現在、ゲーム開発以外にもメディアアートやインタラクティブアートの制作を積極的に行なっている。最新作「シナスタジア X1」は、44個の振動素子と2つのスピーカーがある装置に寝そべり、7分間の音楽を体験する作品。体験すると「音は耳だけで聞いているのではないことがよくわかる」ものであり、簡単に言葉にはできない「想像しているさらにもっと先」の感想を持つという。
そして、水口氏が期待するゲームの未来は、8K解像度の先にある。水口氏に言わせれば、よりエモーショナルな体験を目指すのであれば今の解像度はまだまだ足りないが、人間は8K以上の解像度を判別できないと言われていることから、次の15年で解像度そのものは臨界点が来るはず。そうなれば、開発的な志向はより感情にフォーカスした「質的な深化」にトレンドが移るのではないか。
そこで水口氏が期待している技術が、AR/MRになる。現実の空間に作用するAR/MRが様々なテクノロジーと交わりながら生活の中に浸透することで、情報のやり取りそのものが体験になっていく。「CEDECもこうした対面で行なうのではなく、10年後はグラスをかけて、色々繋がりながら体験するものになるのではないか」とした。
水口氏が「600年ぶりの大革命」と語るのは、この部分になる。モニターを見る時代から、空間で情報を“体験”する時代へ。その変化はゆっくりかもしれないが、技術が揃えば指数関数的に飛躍する可能性もある。そんな時代が訪れた時、ゲームはゲームであり続けるだろうが、ゲームから始まるなにか別のものがあるのではないか。そこで何が生み出せるのか。水口氏は、「そんな挑戦的な発想があってもいいのではないか」と語った。