【特別企画】

「家畜に神はいないッ!!」数々の衝撃的なセリフに心を奪われた「ファイナルファンタジータクティクス」が今日で25周年! 驚愕のSRPGを振り返る

【ファイナルファンタジータクティクス】

1997年6月20日 発売

 スクウェア・エニックス(当時はスクウェア)の「ファイナルファンタジータクティクス」(以下、「FFT」)が、1997年6月20日に発売されてから、本日で25周年を迎えた。

 「FFT」は、プレイステーション用で発売されたシミュレーションRPG。製作スタッフには松野泰巳氏(ディレクター・脚本)や吉田明彦氏(キャラクターデザイン)、皆川裕史氏(アートディレクション)、崎元仁氏(コンポーザー)、岩田匡治氏(コンポーザー)、伊藤裕之氏(ゲームデザイン)らそうそうたる面々が参加している。

 本作は「ファイナルファンタジー」(以下、「FF」)シリーズの外伝的な作品で、SRPGの名作である「タクティクスオウガ」と、「FF」のジョブシステムが合わさったような内容となっている。また、松野氏が作り上げたファンタジー世界の一部である「イヴァリース」という地名が初めて出てきた作品でもある。

 本稿では、25周年を迎えた歴史ある作品「FFT」の思い出を振り返りたい。なお、使用しているSSは、iOS版「ファイナルファンタジータクティクス 獅子戦争」のものとなるので、ご了承願いたい。

【ファイナルファンタジータクティクス 獅子戦争 (for iPhone) Launch Trailer】

「FFT」といえばこのセリフ! 「家畜に神はいないッ!!」

 「FFT」といえばこのセリフ、といわれるほど有名なセリフが、アルガスの「家畜に神はいないッ!!」だ。だが、このセリフがどのような背景から出てきたのかは、ご存じだろうか。

 本作の舞台は、貴族と平民での差別が深い時代。主人公のラムザはベオルブ家という、イヴァリース最強の騎士団・北天騎士団の代々団長を務める騎士の名門貴族の出身の末弟。そしてそのラムザの親友・ディリータは平民の出だったことから、貴族と平民の差に常に疑問を感じていた。そんなふたりの前に現われたのが没落貴族の出身で、だからこそか身分について異様なまでにこだわる騎士見習い・アルガスだった。

 このアルガスとの出会いがラムザとディリータの運命を大きく狂わせてしまうのだが……それはさておき、アルガスが没落貴族の出身が故に歪んだ貴族主義思想を抱えており、「FFT」の中で貴族と平民の扱われ方について、最もわかりやすく体現したキャラクターだとも言える。

 当然ながら平民なのにラムザの親友として士官学校に通っているディリータにも、好意的な感情は一切抱いていない。

アルガスはエルムドア侯爵配下の近衛騎士団所属の騎士見習いで、エルムドア侯爵が誘拐されたことでラムザの……正確には北天騎士団の力を貸してほしいと頼み、随行することになる

 そんなラムザ、ディリータ、アルガスの前に立ちはだかったのが、「平等な世界を築くために戦っている」という“骸旅団”。彼らとの戦いの中、骸旅団の女剣士ミルウーダと出会う。

 ミルウーダとの戦いの最中、彼女は叫ぶ。「私たちは貴族の家畜じゃない!」と。そして貴族と同じ人間であるという彼女の沈痛な叫びに、アルガスは言い放つ。「同じ人間だと? 汚らわしい!」こんな理不尽な出来事を誰が決めたのかと言うミルウーダに、「天の意思だ」と答えるアルガス。「神の前では何人たりとも平等なはずだ」と続けるミルウーダにアルガスが言い放ったのが、「家畜に神はいないッ!!」のひとことだった。そんなミルウーダとアルガスを見て、ディリータはつぶやく。「彼女は本当に僕らの敵なのか……?」

 という、これが有名な名セリフまでの(簡単な)流れである。当時はボイスもなく、テキストだけで物語が進行していく時代だったが、テキストだけでこれだけ痛烈な印象を与える言葉もなかなかないだろう。

 ”そういう役割”を与えられたとはいえ、アルガスの差別主義者っぷりにはプレーヤーも空いた口が塞がらず、アルガスというキャラクターに明確な嫌悪感を抱いた瞬間だったとも言える。

「理想の実現に燃えていた戦士が教会の犬に成り下がったか!」ラムザがウィーグラフに言い放ったセリフ

 こちらは、筆者が個人的に好きだったシーンとなるが、これもぜひ紹介したい。前述のミルウーダの兄で、骸旅団の団長だったウィーグラフが神殿騎士となってラムザの前に再び登場した時の出来事だ。「FFT内で、最大の壁」とも言われるほどウィーグラフとの戦闘で実質”詰み”の状態になってしまうことが多かった。そういった一連の流れも含め、ウィーグラフという人物について語ってゆきたい。

初登場時のウィーグラフ
五十年戦争時に、平民の義勇兵たちで結成された骸騎士団の団長・ウィーグラフ。戦争が終わり骸旅団と名前を変えた今でも、そのまま団長の座を引き継いでいる

 ウィーグラフは高い理想を持ち、その実現に燃えていた。一方で、貴族の薄汚い闇に触れ、実はエルムドア侯爵を誘拐した張本人がラムザの腹違いの兄たちであることも知っていた。誇り高いベオルブ家の人間がそんなことをするはずがない……、と信じないラムザに真実を確かめろと言い残してウィーグラフはその場を去った。

 それから1年後、ラムザはウィーグラフと再会を果たす。だが、そのウィーグラフは、裏で数々の戦乱を操り、それによって腐りきった王家や貴族を駆逐し、平等に暮らせる世界を作り上げようとしていたグレバドス教会の神殿騎士となっていた。そんなウィーグラフに向かって言い放ったラムザのセリフが「理想の実現に燃えていた戦士が教会の犬に成り下がったか!」だった。

 ラムザとウィーグラフとのセリフの応酬も凄まじい場面だが、それ以上にこの場での戦闘は非常に厄介で、まずウィーグラフのスピード値が10と非常に高く(PS版。獅子戦争版では8と、下方修正されている)、ほぼ初手でウィーグラフによって聖剣技が叩き込まれ、ここを耐えきれないとそのまま全滅しかねない。

 しかも、ここは外に出られない場所での連戦続きとなっており、セーブデータが内部のものしか残っていない場合、レベル(ジョブ)上げのために過去データにさかのぼることすらできず、このままここで詰んでしまうという、いわくつきの戦闘でもあった。このことからも、セーブデータは安易に上書きせず、いくつかに分けておくことを、嫌でも学んだものだ。

 そうして3度目の正直となったウィーグラフとの3回目の対峙は、ウィーグラフとの一騎打ち。聖剣技の範囲内ならば無双稲妻突き、射程外に逃げても地烈斬や波動撃といった遠距離攻撃で押してくる。

 しかもここも連戦となっており、2回目の遭遇時に手痛い思いをせずにウィーグラフに勝ててしまい、あっさりとセーブデータを上書きしてしまっていたりすると、レベル(ジョブ)上げのために戻ることもできず、とにかくどうにかして勝つか詰むかの二択しかないという、地獄の選択が待っていた。

 ウィーグラフに辛勝したとしても、このまま悪夢の魔人ベリアスとの連戦が待っている。連戦のため、ラムザのHPなどは1戦目のまま持ち越し。

 だが、ここからは仲間が合流してくれるので少しは楽に……楽にならないのだぁ!! ベリアスはお供にアルケオデーモンを3体もつれており、これがまたダークホーリーやらギガフレアやらで怒涛の攻撃を仕掛けてくる。アルケオデーモンを全部倒してからゆっくりベリアスに集中するか? それとも勝利条件であるベリアスだけ一点集中で倒すか? まだまだインターネットなど個人が当たり前に使える時代でもなかっただけに、どのように攻略すればいいのか、当時はみんな頭を悩ませていたものだ。今だからぶっちゃけるけれど、ウィーグラフとの戦いはいずれも、ラスボスよりキツかったです!!!(本音)

独特の世界観にハマるプレーヤーが続出

 このままだと名セリフと詰んだ話だけで終わってしまいそうだが、最近では「FFXIV」でイヴァリースを舞台にして松野氏が書き下ろしたアライアンスレイド「リターントゥイヴァリース」(以下、「RTI」)もあってか、「FFT」や、同じくイヴァリースを舞台にした「FFXII」なども見直されることが増えてきた。

 ジョブシステムとアビリティの採用による戦略の深さはもちろんのこと、じわりじわりと敵を詰めていくような骨太なバトル。胃がキリキリするほど、重厚感に包まれた世界。ラムザやディリータ、アルガスやアグリアス、ガフガリオン、シドなどキャラクターの濃さ。各場面で、音楽から受ける衝撃。やたらにしっかりと作り込まれたサウンドノベル。本作の全ては簡単に言葉にできるものではない。だが、このゲームを「世界で最高の一本」と称す人がいるのも納得の内容となっている。

 1回では理解しきれないほど複雑に絡み合った各勢力のドロドロした思惑には人間と世界の業の深さを感じ、深いところに根付いた差別による歪さに眉を顰めて、時にはシナリオからにじみ出る真っ黒な泥のようなものに自分の精神すら汚染されていくようなものを覚え、それでもこのイヴァリースの土地に真の平和をと願うラムザの姿に救われ、ラムザの理想は少なからぬ仲間に理解され、そして彼はひっそりと歴史の裏で、誰も傷つかない場所を目指した。

 果たしてそれが叶ったのかどうか——最後の最後まで目が離せない「FFT」。これから遊ぶ人もまだまだいる作品だとも思うだけに、そこは伏せておきたい。

 ちなみに激しく余談なのだが、実は筆者と夫との出会いは「FFT」がきっかけで、発売当時お互いインターネット接続環境があった我々は、「FFT」の某攻略サイトのチャットで知り合ったという経緯がある。今でいえば「FFT婚」とも呼べるものなので、なお一層「FFT」への思い入れも深い。

 毎日、一日中「FFT」の話を仲間でしていた25年前のことを思い出して、改めて懐かしい気持ちになった。最後にその感謝を記して、25周年へのお祝いとしたい。

プレイステーション版「ファイナルファンタジータクティクス」