【特別企画】
ギアの"軸"の組み立て? オイルの粘度? タミヤRCカーの本格ぶりに圧倒された
"世界のタミヤ"が切り開く、“最高のレースマシン”を自作する高度な楽しさ
2020年5月20日 12:04
「これはすごい!」。思わず声が出た。タミヤのYouTube公式チャンネル「TAMIYAINC」で配信された「RCセッティングアドバイス」を見ての筆者の第一声である。「タミヤがRC関係の実況動画やるから見て見ようよ」という編集者の提案に軽い気持で見始めた筆者は、開始5分で自分の甘さをコテンパンにたたきのめされた。
いきなりダンパーオイルの「型番」の話なのだ。ダンパーというのはタイヤにかかる衝撃を車体に直接かからないように緩和する機構だが、オイルの"粘度"によってこの特性が変わる。凹凸の激しい場所では粘度が低いオイルで深く早くめり込ませる。逆にスピードを重視したいなら粘度を高く固いダンパーを作る……めまいがするようなマニアックな話が展開した。
「これは、伝えられない」というか、正確に表現するとRC歴35年の筆者でも何を言ってるか半分も理解できてない。筆者にとってタミヤのRCは35年ほど昔の高校生時代、模型屋のアルバイトで流れ作業の様に何台も組み立てた思い出深いものだ。万人向けでクセがなく、模型が好きな高校生ならアッと云う間に完成させられるRCカー。……しかしくだんの配信は筆者の認識を打ち砕いてくれた。それはもうその技術で本物の車、それも高度なレースマシンができるのではないかという超本格なものだったのだ。
その高度な技術に感心しながら「面白い」と感じた。タミヤはここまで来たのか。流石「世界のタミヤ」だ。今回はまずタミヤはどんなホビーメーカーなのか、RCカーにおいてどのような役割を果たしてきたかを語りたい。そして今回の番組の本格ぶり、それでいながらその高度な技術をちゃんと伝え、啓蒙しようというタミヤの情熱を深掘りしていきたい。
改めて、タミヤの凄さを感じていただければ幸いだ。
ゲームの任天堂、バイクのホンダ、ホビーにとってタミヤはそんな存在だ
そもそもタミヤ(TAMIYA)とはどんなメーカーか? 自ら長年かけて製作した模型をCGを使わず撮影し「幻のドイツ空軍」という写真集を上梓したエコノミストのリチャード・クー氏が、「世界中どこに行っても☆★のマークがあればそこは模型店だと解る」と語っているぐらい、TAMIYAの2つ星は「模型のアイコン」としての地位を世界的に確立している。二つ星のTシャツを愛用しているタレントは、それだけで「ホビー好き」をアピール出来てしまう。
GAME Watch読者にとっては、ブームが再燃し、今でも大きな人気となっている「ミニ四駆」の直撃世代も多いのではないだろうか? コロコロコミックと二人三脚で展開した「爆走兄弟レッツ&ゴー!! 」はTVアニメ化、ゲームソフト化もされたし、近年はスマホ向けのミニ四駆ゲーム「ミニ四駆 超速グランプリ」もリリース中だ。
あるいは、夏休みに「工作シリーズ」を作った事もあるかもしれない。筆者の世代だと、生まれて初めて身近にソーラーパネルを見たのは、タミヤの「ソーラーカー工作基本セット」であった。
そんな筆者にとって、模型における「タミヤ」と言えば、ゲーム界で言えば「任天堂」、オートバイなら「ホンダ」である。そう、「間違いのない製品」を出してくるイメージだ。堅実で保守的な面もあるが、一方で任天堂やホンダがそうであるように、常に独創的なアイデアを盛り込み、時として業界の地図を塗り替えるブレークスルーテクノロジーを送り出す。
RCカーでも、1976年に発売した「ポルシェターボ934RSR」が世界を席巻している。元になった1/12スケールのプラモデル開発時に実車の「ポルシェターボ911(※934は生産台数31台の稀少車だった)」を購入し、バラバラに分解し設計しており、プラモデルのリアルさは世界を驚かした。RCカーにおいてはこの「ポルシェターボ934RSR」が「電動RCカー界」を生み出し、本商品が提示した「走り重視」の世界は多くのユーザーを魅了し、瞬く間に10万台を売り上げる大ヒット製品となった。
この、実際の走行性能を備えながらも、本物を忠実に再現した模型でもあるという姿勢が、それまでの「走らせてナンボ」だったRCカーの世界に革命をもたらした。そして44年を経た今、世界の電動RCレースのレギュレーションはタミヤの一連の製品から派生したものも多い。
筆者がホンダ、任天堂と並び称するのはそういう理由だ。
だから考えてみれば、それだけのメーカーが、30年前と同じ温度で製品に取り組んでいると思う方が余りにも感傷に毒されていたと言える。
世間的にはスーパーカブやジャイロキャノピー(ピザバイク)でお馴染みのホンダはHRCというカリカリのレース部門を持ち、最低限の保安部品を付けただけの1000ccのレーサーレプリカを販売しているし、任天堂のゲームも誰もが遊べる一方で突き詰めれば何処までも潜れる深さを合わせ持っている。
タミヤも誰もが遊べるRCカーを販売する一方で、世界選手権で他メーカーと争うレース部門、TRF(タミヤレーシングファクトリー)を擁し、そこからフィードバックした製品を発売する様になっていた。
レースと言えば、小排気量のオートバイでもメカニックがいて監督がいて、かなりの至近が必要になる。RCカーならば、1人で組み立て、操縦を行って、最高峰のカテゴリーのマシンでもお小遣いの範囲で挑戦できる手軽さがあるのだ。一方で今や、自分がレーサーであり、メカニックであることまで実現できる深さを持っている。カリカリにチューニングされたマシンを自分で作り上げる楽しさを実現している。そこを語っていこう。
30年前とは比べものにならない細かさと進化「オイルダンパー」
動画の第1回目は「ダンパーの作り方とセッティング(42102 TRFスペシャルダンパー)」。そもそも「ダンパー」とは、値段の高いMTB(マウンテンバイク)だと付いているが、車輪が道の凹凸で弾んだ時に縮んで衝撃を受け止める役割を果たす部分。乗用車にも必ず付いているが、外からはほとんど見えない。電動バギーだと、外側にむきだしで付いているので、効果も解りやすい。
最近、マラソンで早く走れる厚底靴が話題となったが、着地を受け止め、反動を推進力とするその効果は、そのままダンパーのそれに置き換える事ができる。RCカーのタイヤは空気圧での調整が出来ない分、実車よりもさらにダンパーの重要性が増している。そして「オイル」、「ダンパー」は、伸び縮みする時にスプリングと併用してオイルをクッションに使う事でより収縮の効果を高めている。
ネスカフェのCMでお馴染み由良拓也氏デザインによる「ビッグウィッグ」は1986年の発売で当時のタミヤのフラッグシップマシンで、特徴的な黄色い樹脂性のダンパーが付いている。シリンダーの上下をゴムパーツで密封する簡単な仕組みの頃、オイルの種類は「ソフト」と「ハード」という大まかな分類がされていた。
この頃のオイルダンパーは組み立てるのに高度な技術は不要で、2~3台分流れ作業で数本のオイルダンパーを一気に組んでいた。(青くアルマイト処理された車外品のホーネット用オイルダンパーが懐かしい…)。それが今や粘度を数字で表す時代である。
驚かされたのが「引きダンパー」という技術。通常ダンパーは押し込むと戻るのだが、引きダンパーはわざとダンパーを中間くらいまで押し込んだ状態でオイルを入れるので、深くは押し込めずむしろ引っ張られる力に抵抗力を持つ。これはグリップ力の高い路面で車体を安定させるセッティングとのことで、レースマシンなどに有効とのこと。いやはや、本当に想像も及ばない深い世界だ。
オートバイに乗っている方ならエンジンオイルを冬と夏で変えると思うが、それどころではない種類と用途なのだ。ただ、極めるとなれば、気温や路面状況に応じてセッティングの幅が拡がるのは当然楽しさでもある。感心したのは、「オイルダンパーにオイルを入れて、気泡を抜く為の道具」が製品化されていた事。「あったら良いな」を製品化してもらえるのは非常にありがたい。
ボールデフ、ギヤデフ。実車の機構を再現する複雑な組み立て過程
続いて配信されたのが「ボールデフの組み方のコツ(OP.1689 TA07ボールデフ)」。「デフ」は「デファレンシャルギア」の略である。これもほとんどの乗用車の左右の車輪の間に付いている機構だ。
例えば自転車ならば、曲がる時に自然と車体を傾けるだろうと思う。同じ様に、自動車でもハンドルを切った時に曲る方向に対して外側の駆動力を内側より弱める事で、よりスムースに曲がる事ができる。車輪の間にギアを入れて、ハンドルを切ってそこに負荷が懸かった時に外側を空転させて駆動力を左右で変える為の大事な部品が「デフ」である
これも、44年前の「ポルシェターボ934RSR」は、モーターからの動力を受け止める歯車にギアを2つ配し、それを別のギアで左右から挟むだけの仕組みで、説明書の通りにやれば何の問題も無く組み立てられた部分だ。だから「先ずパーツの脱脂をする」という手順に目眩がする思いだった。
さらに「ボールデフ」というのは、3つのギアの代わりにボールを並べる事でより滑らかに動く機構だが、33年前の「トヨタ セリカGr.B」のシャーシでも採用されていた。しかし当時はギアをボールに置き換えた物で、オイルを封入したり車軸にさらに小さなボールを入れるという複雑な機構では無かった。
そして最後は「ギアデフ」で、これも30年前のギア式とは似て非なる部品点数と組み立て手順であった事は言うまでも無い。こちらも細かさ、リアルさには圧倒されるばかりだ。いずれもやはり、突き詰めたい向きには有り難いパーツだろうと思う。ちなみにボールデフはスピードに優れるが耐久性に欠け、セッティングの良好さを保つことが難しい。ギアデフは耐久性に優れ、良好な状態を長く保ちやすいとのことだ。
筆者の頃のギアデフはギアにオイルを塗るだけだった。しかし今は密閉型のギアボックスに、オイルを"封入"するのだ。このオイルの粘度で走りが変わってくる。粘度が高いほどスピードは出るがディファレンシャルギアの働きは重くなりコーナリングの効率が悪くなる。気温でも変わるので、状態に合わせオイルを全部抜き、新しいオイルを入れるとのこと。このオイルを重さを量って注入していく作業などは、35年前には想像もしたことがなかった。
筆者がアルバイトでRCカーを組んでいるときは、部品も少なく、カスタムパーツも少なかったので、まさにプラモデルの延長であり、むしろシンプルな印象さえ持っていた。しかし今の本格的なRCカーは違う。まるで自分でボールベアリングを作るかのようにグリスでボールを軸につけ、ギアをオイルで満たし、しかも自分の走りや路面の状態に合わせ、それを全部最初からやり直す。
アンソニー・ホプキンス主演の「世界最速のインディアン」という映画をご存じだろうか? 60歳を過ぎたお爺さんが、家のガレージで40年落ちのオートバイを、廃品を利用したりしながら手造りで最速を目指すマシンに仕上げ、世界レコードを叩き出す実話を元にした最高の作品である。今のタミヤのRCカーなら、そのロマン、ハンドメイドで世界最速を目指す気分を、誰もが味わえるのだ。今回の動画でそれが実感できた。
正直ギアは本当に作る手順を改めて説明している部分なので、配信内容に対して筆者が語る部分はない。しかし改めてタミヤのYouTubeチャンネル「TAMIYAINC」そのものに対して思うことはあったので、語っていきたいと思う。
タミヤのYouTubeチャンネル「TAMIYAINC」は2007年開設(HIKAKINが上京した年)で、13年の歴史を誇る。日本でYouTubeが世間的に認知されるはるか以前から活動していたのは、流石に国際的な企業だと思わされる。
そもそもタミヤは、デザイン室を社内に擁し、独自の紙媒体である「タミヤニュース」を1967年から発行、さらに「人形改造コンテスト応募作品集」やジオラマの投稿写真集「パチッ特集号」を刊行するなど、自前の情報発信という点ではホビー業界の草分けだ。「ポルシェターボ934RSR」を開発した滝文人氏が「滝博士」として媒体に登場したのは、後にバンダイがガンプラで川口名人を登場させるより遙か先んじていた。
ミニ四駆ブームの仕掛け人でもある前ちゃんこと前田靖幸氏は、1995年にスクウェアに転じ「サガフロンティア」、「チョコボの不思議のダンジョンII」、「チョコボレーシング」、「劇空間プロ野球」の宣伝プロデューサーとなった。(ホンダの社長だった入交昭一郎氏がセガの副社長に転じ、「サクラ大戦」プロデューサーになったが、黎明期のTVゲーム浮上にタミヤとホンダの遺伝子が関わっていたのだ)
また、YouTubeで今も続いている事に驚かされた「タミヤRCカーグランプリ」は、かつてテレビ東京で地上波放送されていた1986年に、声優の日高のり子さんを番組MCに起用している。
今でこそ大御所声優としてテレビ出演も珍しくない日高さんだが、1986年は不遇のアイドルから「タッチの南ちゃん」としてコアなアニメファンに認知されだした頃。また、今でこそ第2次声優ブームと区分されるが、当時、声優のアニメ以外でのメディア出演は野沢那智さん、白石冬美さんの名番組「ナッチャコ・パック」、小山茉美さんの「オールナイトニッポン」や飯島真理さんの「ミスDJリクエスト」などラジオが主流。テレビ東京とは言え、1996年に声優が地上波テレビのレギュラーMCというのは信じられない「早さ」であった。
そういったタミヤとメディア展開の歴史を振り返った上で、メディア戦略に長けたタミヤの、今回のこのLIVE形式でのパーツの組み立てとメンテナンスというのは、どういった意味を持つだろうか。
まず、使っているパーツや工具を公式のコメントで差し込む、「ダイレクトマーケティング」の効果も多少は見込めるだろう。だがやはり大きいのは、視聴者からの疑問質問にすぐに解答できるレスポンスの良さ、ここに感心させられた。
YouTubeが世代によってはテレビを越える影響力を持つメディアになっている事を考えれば当然の事ではあるが、同時にYouTubeに溢れる自社製品に関する動画全てをタミヤがコントロールするのは難しいという側面がある。
無論、ユーザーがそれぞれの立場で製品の欠点を指摘するのは長い目で見ればメーカーとしても有益な事なのだが、「自分が見聞きした、体験した事は全て正しい」という思い込みが何のチェックも受けずに世界に広まるメディアの側面も否定できないのがYou Tubeでもある。
当然、間違った組み立て方やメンテナンスによって誤った情報画拡散し、あらぬ風評被害を受ける事もあるだろうと思う。「First in quality around the world(品質世界一)」を社是とするタミヤが、「メーカーとしての正解」を、よりリーチする形で提示する事は、メーカーとしてのYouTubeに対する今後のあるべき姿であろう。
タミヤらしいメディア戦略。ホビーファンとしては是非とも注目すべきYouTubeチャンネルが「TAMIYAINC」なのだと言えるだろう。
TRFが出来て、タミヤが幅広いユーザーを置き去りにしようとしている訳ではない事が、今回の配信で伝わってきた。変わったのでは無く、間口の広さはそのままで、底の見えない深さへ誘ってくるのがタミヤのRCであると言えるだろう。