【特別企画】

オール1年生&未経験の高校生「LoL」チームはPDCAサイクルを回す!

「第2回 全国高校eスポーツ選手権」、真の意味でゼロから始めた福岡県立八女工業高等学校の練習風景とは?

【第2回 全国高校eスポーツ選手権】

「リーグ・オブ・レジェンド」部門

オンライン予選:11月16日~17日、11月23日~24日

オフライン決勝:12月28日~29日

 前回お伝えした山形県立酒田光陵高等学校に引き続き、「学校の部活としてのeスポーツ」第2弾として今回は福岡県立八女工業高等学校のeスポーツ活動をご紹介したい。八女工業高校チームの特徴は、何と言ってもメンバーが全員1年生、しかも「リーグ・オブ・レジェンド」(LoL)歴1カ月というスーパーフレッシュである点だ。変に「LoL」への知識がない分、その練習風景がとても興味深かった。

福岡県立八女工業高等学校 情報技術研究部 eスポーツチーム

発足:2019年5月
人数:5名
競技種目:リーグ・オブ・レジェンド、ロケットリーグ
リーダー:澁田隼人さん(1年生)
主な実績:
第2回全国高校eスポーツ選手権「ロケットリーグ」予選出場
STAGE:0「クラッシュロワイヤル」予選出場

「生徒の表情が明らかに変わった」。校長発案でeスポーツ活動が始動

 八女工業高校の最寄り駅となっているのは、JR鹿児島線の羽犬塚駅。いわゆる筑後エリアの中心に位置する駅で、10分ほど歩けば校舎が見えてくる。羽犬塚、と言うだけあって駅の前には羽の生えた犬(羽犬)の像が鎮座しており、豊臣秀吉関連した伝説が残されている。

羽犬塚駅前にある「羽犬の像」

 八女工業高校には電子機械科、自動車科、電気科、土木科、工業化学科と、今回取材した情報技術科がある。この情報技術科と関連性の高い情報技術研究部の一部メンバーが、eスポーツに取り組む日々を送っている。

 eスポーツの活動が始まったのは2019年5月。つまり今年度からのスタートだ。そのきっかけとなったのは、先日決勝大会が行なわれた茨城国体の文化プログラム「全国都道府県対抗eスポーツ選手権 2019 IBARAKI」開催が発表されたこと。

 このニュースを聞いて、eスポーツによって「生徒の活躍の場を広げられる」と可能性を感じた校長自らが教員に指示を出し、eスポーツが部活動の1分野として始まることとなった。顧問を担当しているのは古家明夫先生と中野博之先生。2人は情報技術科の教員でもあるが、ゲームの知識はほとんどゼロだったという。それでも他の部活動の経験を活かし、必要な知識を勉強しながら活動できる環境を整えていった。

顧問を担当する古家明夫先生と中野博之先生。普段は古家先生が活動を見ていて、環境面を整備したり、ときには他校との練習試合などを組むこともあるもあるという

 改めて前回のレポートで取材した酒田光陵高校の湯澤先生が挙げた“3大eスポーツ部始動の障害”を引用させてもらうと、「管理職の理解」は問題なし、「予算」は「eスポーツ部 発足支援プログラム」を利用することでこれも問題なし。ただ、「回線」はもともと設置されていなかったが、同窓会からの支援により、“eスポーツ活動専用”の光回線を引くことができたという。

 公立高校でeスポーツ活動をするとなると何かしら問題が起こるようなイメージを持っていたが、八女工業高校の場合はこちらが拍子抜けするほどスムーズに始動できている。とはいえ、はじめから「管理職の理解」をクリアしているアドバンテージがかなり大きいのも事実だ。酒田光陵高校でも感じたが、トップの理解があると何事もスピード感が違う。トップがやると言えば、eスポーツすら簡単に始められる。この2校のケースは、eスポーツに取り組むかどうか悩んでいる学校にとって心強い後押しになるのではないだろうか。

それまで使われていなかった「準備室」を利用し、5台のゲーミングPCを常設。専用の光回線も引いて、プレイ環境としてはバッチリ整っている

 またeスポーツを始めてみて、その成果に驚いているのは中野先生自身でもある。普段の授業の様子を見ていても、リアルなスポーツではいまひとつ活躍できなかった生徒たちが、eスポーツに取り組み始めると元気を取り戻し、声がよく出るようになったそうだ。

 eスポーツという未知の分野に最初こそ戸惑ったものの、やってみたら生徒には目に見えて効果が表われたのである。「eスポーツを始めて、生徒の表情が明らかに変わりました」と話す中野先生の表情は、とても嬉しそうだった。

伸びしろ満天、声掛け抜群のフレッシュ「LoL」チーム

 現在eスポーツチームは1年生5名が在籍しており、全員で1つの「LoL」チームとして活動している。8月には「第2回 全国高校eスポーツ選手権」の「ロケットリーグ」部門に挑戦したが、あえなく予選敗退。そこで気持ちを切り替えて、改めて「LoL」部門に挑むことにした。

 とはいえチャレンジングなのは、この時点で「LoL」プレーヤーがいなかったどころか、PCでゲームをした経験もないメンバーがほとんどだったこと。「eスポーツ部 発足支援プログラム」を導入して初めてゲーミングPCというものに触り、「そもそも『LoL』とはどんなゲームか」を全員で理解するところからのスタートだったという。

 eスポーツチームの活動はまずミーティングから始まる。取材した日の目下の話題は「苦手なチャンピオンにどう対策するか」。まっさらな状態からプレイを開始しているため、そもそも「どんなチャンピオンがいるか」を知ることが課題となっており、実戦で苦手と感じたチャンピオンを「モルデカイザーなら……」、「ソラカなら……」とホワイトボードを使用しながらそれぞれのポイントを洗い出していく。

取材した日のホワイトボード。内容にはモザイクをかけているが、実際には多くの情報が書き込まれている。書き込み具合から「LoL」への本気度が伝わってくる

 活動の中で意識しているのは、工業高校らしく計画、実行、評価を繰り返すPDCAサイクル(室内にポスターも張り出されている)を回すこと。ただこれは特別なことではなく、他の部活でもベースとなっている学校全体の指針だそうだ。

 eスポーツの部活となるととにかくプレイを繰り返すようなイメージがあるが、八女工業高校チームは話し合いと情報共有に多くの時間を割く。実戦ももちろん行なうが、活動は話し合いが軸となっているので決して無闇矢鱈なものではない。リーダーの澁田隼人さんを中心に、「LoL」の基礎知識とプレイスキルをチーム全員でひとつずつ蓄積していっているわけだ。

リーダーの澁田隼人さん

 とはいえ、始めて1カ月というディスアドバンテージは小さいものではない。オンライン対戦は「常にボロ負けなので気持ちが折れる」とのことで、実戦の多くは苦手なチャンピオンを並べたAI戦となる。

 見ていると、確かにAIにキルを取られる場面が多くあった。それも個々の細かいプレイスキルというよりは、やや突っ込みすぎて戻りきれずに倒されてしまうような、押し引きのタイミングのズレでやられているような感じだ。

 一方で、プレイ中はチーム全員が積極的に声を掛け合っていて、そこは光るポイントだなと思った。「真ん中大丈夫?」、「そっち行こうか?」など、お互いをフォローするような声掛けがそれぞれできていて、コミュニケーションの面では始めたばかりとは思えないような熱量がある。

プレイ中は積極的に声を掛け合う。キルを取られても腐らず、常にポジティブさを失わない

 そして試合後はすぐに集まって、反省点を話し合う。そうしたミーティングでも全員が意見を出し合っており、このまま活動が続いていくのであれば、どこかで急激に伸びる場面が来るのではと予感させるチームとなっていた。その点で、今後が非常に期待できる。

 澁田リーダーの目標は、「まず1勝すること」。とはいえ第2回全国高校eスポーツ選手権の予選大会まで時間がないため、部活の時間以外にも自宅で個人練習をしたり、動画を見て研究したり、その成果や発見したことをみんなに共有するなどして、大会に向けて濃密な「LoL」時間を過ごしているそうだ。

 澁田さん自身は現段階でも「いいチーム」だと感じているが、「使える役割を増やして作戦の幅を広げたい」とも思っているという。今は「第2回 全国高校eスポーツ選手権」が目の前に控えるが、その先の活動でもチームの実力はどんどんと伸びていくだろう。可能性という点で、とても楽しみなチームだと感じた。