【特別企画】
暑い夏、旧日本軍「呉鎮守府」へ聖地巡礼してきました
ビッグな海自潜水艦「あきしお」と「1/10戦艦大和」にしびれる
2019年8月15日 18:42
「8月」といって思い出すのは何があるだろうか。夏休み、甲子園、海水浴、キャンプなどなど。年末年始以来の長い休み。楽しいレジャーが待っている人も多いと思う。しかし、特に出かける用事がない人にオススメしたいのがウォーゲーミングジャパンがサービスをしている「World of Warships」(以下、WoWs)だ。夏と言えば海でしょ!
筆者の祖父が日本丸(初代。いまは横浜に展示されてるやつ)の乗組員だったり、叔父が海軍兵学校出身だったりするので、小学生の頃から海軍、とりわけ旧日本海軍の軍艦は好きだった。大和や武蔵、長門、金剛、比叡、榛名、伊勢といった戦艦はもちろんだが、加賀、赤城、蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴といった空母が大好き。タミヤやハセガワ、アオシマのウォーターラインシリーズをそろえては作り、大艦隊を組んで並べ、一人悦に入っていたものだ。
そこから初めて巡洋艦や駆逐艦まで話を広げていくと果てしないのでやめるが、プラモデルを組むまでもなく、自分が軍艦に乗って指揮をして敵を倒す醍醐味を味わえるのが「WoWs」だ。開戦と同時に海原に乗り出し、敵を素早く見つけて攻撃して相手を倒す。しかし向こうも攻撃してくるので、いかにかわしつつ弾をたたき込むかが重要となる。弾を打つという行為はシンプルだが、操舵、狙い、敵の位置予想、味方の攻撃力などなど、複雑な要素が絡み合って戦闘は成り立っている。
そんな折、ウォーゲーミングジャパンから「呉に来ない?」というお誘いをいただいた。実は筆者、海軍好きだけど呉ってまだ行ったことなかったのだ。横須賀とかはしょっちゅう行ってるんだけどね……。これはもう、否も応もなくもちろん参加ですよ。そして8月の暑い夏の日の朝、広島空港に降り立ったのだった。
まずは「海上自衛隊呉資料館」(愛称:てつのくじら館)へ
そこからまず向かったのは「海上自衛隊呉資料館」。ここは愛称で“てつのくじら館”という名前が付けられている。何も知らなければ“てつのくじら”って何だろうと思うかもしれないが、そこには実際に使われていた海上自衛隊の潜水艦「あきしお」が運搬・設置され、艦内を見ることができるようになっているのだ。「あきしお」を鯨に見立てている、というわけだ。
呉駅から少し歩くとてつのくじら館はあるのだが、ショッピングセンターを過ぎて通りに出るといきなり「あきしお」が目に入ってくるので分かりやすい。それにしても巨大なサイズ。横須賀で潜水艦を何回も見ているのだが、遠目に見ているせいかそれほど大きいとは感じなかった。しかしこうして間近に見るとそのサイズに驚く。
てつのくじら館の本館には海上自衛隊の歴史と、ペルシャ湾で行なわれた掃海任務についての展示や、潜水艦に関しの展示がある。もちろん「あきしお」にも入ることができる。
1階の展示、海上自衛隊の歴史については、海軍省から海上警備隊、海上自衛隊へと変化していった歴史がパネルで描かれている。軍が解体されてからいまに至る歴史を見ておくのもよいだろう。
2階にある掃海任務の展示エリアでは、実物大の機雷が展示されている。機雷には、接触して爆発する「触発機雷」だけでなく、微弱な磁気、船が出す音などを感知して爆発する「感応機雷」もある。これがやっかいで、掃海部隊がダメージを受けてしまうこともあるという。近年増えているのはこの感応機雷。センサーが必要なためバッテリーを積んでいるので、かつてはバッテリーの寿命が機雷の寿命と言われたのだが、いまではバッテリーの性能も向上し、センサーの省電力化も進んで、寿命が長くなっているそうだ。このため危険が増大。これまでは水中処分員が行っていた機雷除去を、人による作業に変わって「機雷処分具」が用いられることが多くなった。
3階は潜水艦に関する展示だ。潜水艦のカットモデル模型が置かれており、内部はどのような配置になっているのかを知ることができる。
そして次はいよいよ「あきしお」の船内に入ることになる。どのような構造になっているのか期待が高まる。
実際に入ってみるとやはり狭い。限られたスペースを十分に使うため、機能的に作られている。見学できるのはトイレや洗面台、寝室、艦長室、操舵室の一部などだけだが、就役していた船の中に入れるということで、夏休みの子供たちがいっぱい。中でも人気なのは操舵席。夏休みの子供たちが入れ代わり立ち代わり座っては操縦かんを握っていた。
見学の際には時間に余裕があったので全館を2周してしまったが、「あきしお」艦内を含めて1回目だと見落としていた所もあり、いろいろな発見があった。訪れた際は2周してみることをオススメする。
そして戦艦大和の聖地「大和ミュージアム」へ
てつのくじら館を一通り見終わったあとは、すぐ近くにある「大和ミュージアム(呉市海事歴史科学館)」へ。呉は海軍の工廠があったことでもわかるように、明治からは造船の街として栄えた。そして呉工廠は大和を作った場所でもある。最初に述べた筆者の叔父が江田島にいたとき、実際に大和を見たことがあるという。双眼鏡に入らなかったほど大きかったのだと聞いた。
大和ミュージアムへ入るとすぐに目に付くのが大和の模型。1/10サイズで全長が26.3メートルとかなり大きなサイズ。ぐるっと回るだけでも結構歩く。しかし大きい故に小さなプラモデルとは当然ながらまったく違い、細部までしっかりと再現されており、大和がどのような構造をしていたのかよく分かる。
大和ミュージアムは1階から4階までの構造となっており、上に述べた大和の模型のほか、大和の設計図、写真に加えて、先頃見つかった、大和が沈んでいるときの姿を写真で捉えたパネルと、実際に回収されたものが展示されている。ほかにも呉が明治以降どのような繁栄をしてきたのかわかる「呉の歴史」という展示もある。
ここに来ると、とにかく大和を感じることができる。外には甲板を模した公園もあり、艦橋から艦首に至るまでの距離分に相当する面積を板で覆った場所もある。歩いてみるとその大きさが分かるだろう。展示の中には大和最後の出撃となった時に乗り組んでいた人の名簿や遺書などもあり、戦争の壮絶さを知ることができる。