【特別企画】
格闘ゲームの祭典「EVO 2019」で見た“格闘ゲームの真の魅力”
「誰が勝ってもおかしくない」、そういわれる大会に全プライドを懸ける選手たちの雄姿
2019年8月11日 11:04
- 8月2日~4日開催
- 会場:米国ラスベガス マンダレイベイ
「Evolution Championship Series」通称「EVO」は、アメリカ・ラスベガスで毎夏開催されている格闘ゲームの世界大会だ。2002年にコミュニティ主体のイベントとして立ち上がり、今年で第18回目の開催を迎えた。開始当時はアーケード筐体を持ち寄って40人ほどの規模で行なわれていた本大会は、格闘ゲームの盛り上がりと共に成長し、今では10,000人規模の大型イベント、様々なメディアや企業を巻き込むまでになった。
筆者は2014年に世界的に有名なプロゲーマー梅原大吾選手の影響で格闘ゲームに興味を持ち、以降熱心なファンとなった。「EVO」は学生であった筆者にとって、夏休みの1大イベントであった。テスト終わりの8月頭に、学校のことを忘れ、昼間から画面にくぎ付けになって配信を見たのは良い思い出だ。そんなファンボーイが今回、念願かなって「EVO」現地へ赴くこととなった。
昨今、格闘ゲームという単語は往々にして“eスポーツ”と結び付けられる。筆者の認識もそうだ。格闘ゲームにハマった頃からカプコンプロツアーがあり、多数のプロプレーヤーがいた。しかし古くからのプレーヤーたちは口をそろえて「格闘ゲームの魅力は、単なるeスポーツには留まらない」と言うのである。ではその魅力とは一体何なのか? 筆者は今回「EVO」を肌で感じることで、格闘ゲームの本当の魅力が少し解ったような気がする。本稿では筆者なりに感じた「EVO 2019」の魅力をお届けしたい。
"Champion at Heart"
今年の「EVO」は昨年と同じように、ラスベガスの大型ホテルの1つ、マンダレイベイで行なわれた。マンダレイベイのアリーナは、ボクシングのタイトルマッチなども開催される由緒ある会場だ。会場に到着すると、2つのパネルが来場者たちを出迎える。
左のパネルは“0-2で負けても、心ではチャンピオン”、そして右のパネルには、「EVO 2017」で優勝した、日本のときど選手がインタビューで放った名セリフ“格闘ゲームとは、なにか特別なものなんです”が綴られていた。最初このパネルを見た時“心ではチャンピオン”なんてチージーなフレーズを掲げていることに、大会運営のセンスを疑った。しかし実際に試合をするプレーヤーたちの姿を見て、格闘ゲームコミュニティの在り方はこのフレーズに集約されるのではないか、と思うようになった。
10,000人規模の会場となると、見渡す限り人だらけだ。これだけ沢山の人々が、全て自分と同じ趣味を共有しているのだという事実を目の当たりにすると、自然と嬉しくなってしまう。皆自分のコントローラーを持参し、好きなタイトルの大会に出場したり、憧れのプレーヤーの試合を観戦したりして楽しんでいる。
しかし筆者が怪訝に思ったのが「EVO」の対戦環境だ。この写真は何も打ち上げ会場で撮った写真などではなく、まさに大会の予選が実行されている場所で撮ったものだ。つまり「EVO」では平場に雑多に設置されたモニターとパイプ椅子こそが主戦場なのだ。集中力がカギとなる格闘ゲームだが、プレーヤーたちは喧噪の中、対戦相手と隣り合わせで試合を行なわなくてはならず、それは世界のトップに君臨するプロプレーヤーであっても同条件なのだ。
こちらが実際の対戦風景だ。写真右に座るプレーヤーは他でもない、韓国の強豪「鉄拳7」プレーヤー、Genuine Gaming所属のSaint選手だ。彼ほどのプレーヤーともなると、後ろにそのプレイを一目見ようと人だかりが出来る、配信では見られない光景だ。「EVO」で戦うプレーヤーたちはこんな環境で試合をしているのか、と思うと同時に、こんな環境でベストなパフォーマンスができるのか?とも思ってしまう。
「EVO」が1台のモニターに対し2人のプレーヤーが横並びに座るいわゆる「横対戦」に拘るのには理由がある。それは格闘ゲームが生まれ、「EVO」のルーツとなったゲームセンターのフィールを損なわないためだ。無論eスポーツ基準で考えればこんな環境はベストではないだろう。しかしこうして対戦することは、自宅からオンライン対戦をするのでは味わえない体験をもたらしてくれる。自分の攻撃1つ当たるたびに、横に座る相手の表情の変化が見える、「戦っている」感覚があるのだ。古くからのプレーヤーの中には、対戦相手のコントローラ捌きを見て行動を予測する妙技を持つ者もいるという。筆者のようなオンライン世代にはない発想だ。
ギャラリーにしてもそうだ。Twitchの配信をみてチャットルームと共に盛り上がるのも良い観戦の仕方だろうが、こうして現地で観戦する緊張感は段違いだ。背伸びをしないと画面が見えなかったりもするが、その分「今どっちが勝ってる?」そんな質問から会話が始まり、コミュニティの輪が広がるのだ。
配信では見ることができない、プレーヤーたちの生の表情
「EVO」はその膨大な試合数から、全ての試合を配信することはできない。そして配信される試合は殆どウィナーズブラケットの試合だ。反対にルーザーズの試合は現地へ行かないと見れない。ルーザーズとは、ダブルエリミネーション方式が採用される格闘ゲーム大会における、「1度負けた者たち」のブラケットだ。つまりルーザーズのプレーヤーたちは後がない、1度負けたら敗退という状況で戦っている。
たかがゲームなのだから、どんなに実力差があったとしても、逆転要素を上手く使えば番狂わせは容易に起きる。しかしプレーヤーにとってそんな事実は気休めにもならない。彼らにとって目の前の一戦、そのゲーム内の一戦に、今までの練習やプライドが詰まっている。「EVO」現地に行くことでプレーヤーたちの「たかがゲームでも負けるわけにはいかない」。そんな気迫を目の当たりにした。それでは筆者が現地観戦した有力選手たちの戦いの模様をお届けしたい。
NuckleDu vs ネモ
2日目の「ストリートファイターV」部門予選、TOP24ルーザーズブラケットで戦うアメリカのEchoFox所属NuckleDu選手(左)と、日本のTeam Liquid所属ネモ選手(右)だ。「EVO」はTOP8に入賞すると賞金が支払われ、そして最終日のアリーナで試合をすることができるため、多くのプレーヤーがTOP8をひとまずの目標にしている。この試合はTOP8を目前にして、負ければトーナメント敗退という状況。実力的にはどちらが勝ってもおかしくない試合に、ギャラリーも注目し、緊張感が漂う。
モニター前のめりになって試合に臨むネモ選手の目つきは、もはや暴力的だ。対するNuckleDu選手は下唇を噛んでこの表情。2016年のカプコンカップ優勝者とは思えない弱弱しい面持ちだ。実際彼はこの試合、ネモ選手の攻撃に圧倒されていた。
結果はネモ選手の勝利。NuckleDu選手は何ともいえない面持ちだ。アメリカの「ストリートファイターV」トップ2プレーヤーはPunkとNuckleDu、以前はそう囁かれていたが、最近のNuckleDu選手の存在感はPunk選手の影に隠れてしまっている。名門EchoFox所属になってからの成績もパッとしない。彼はこの敗北を受けて何を思うのだろうか。1つ言えるのはカプコンカップ優勝者である彼をもってしても、「EVO」は一筋縄ではいかないということだ。
ProblemX vs Punk
同じくルーザーズTOP24での試合、イギリスのMousesports所属ProblemX選手対アメリカのReciprocity所属Punk選手。ProblemX選手は昨年のEVOチャンピオン、Punk選手はこの時点でカプコンプロツアーランキング1位のプレーヤーだ。配信外で行なわれる試合にしては豪華すぎる、グランドファイナルでもおかしくないほどの好カード。実は2人は私生活でも仲が良く、練習相手でもある。しかし、これまでProblemX選手がPunk選手を大会で下したことは一度もない。
「EVO」に対する思い入れでいえば、Punk選手の方が確実に強いだろう。彼が衝撃のデビューを飾り世界中のプレーヤーを蹂躙していた2017年、誰もが「EVO」を優勝するのはPunkだと確信していた。下馬評通りPunkはその年の「EVO」で一敗もしないままグランドファイナルへ駒を進めるが、そこでときど選手に年季の差を見せつけられ敗北する。挑発的な姿勢で有名だった彼が表彰式で流した涙はあまりにも有名だ。2年前の忘れ物を取りに行くためにも、TOP24で負けるわけにはいかないだろう。
誰もが息をのんで見守った試合の結果はProblemX選手の勝利、Punk選手は17位タイで敗退した。今まで何度対戦しても大会ではPunk選手が勝っていたにも拘らず、大事な一戦を落としてしまった。しかし実力を発揮できたのか、満足げな表情をしている。
どぐら vs CeroBlast
こちらは第3プールのルーザーズで勃発したカナダのCeroBlast選手対日本のCAG所属どぐら選手のカード。どぐら選手は関西をホームとするプレーヤーとして日本では有名だが、ここ最近結果が芳しくないのが正直なところだ。昨年は「ドラゴンボールファイターズ」に注力したためカプコンカップ出場も叶わなかった。今年はその雪辱を晴らすために、「ストリートファイターV」を主に練習しているらしく、キャラクターもベガへ変更している。この時点で、同時出場した「ドラゴンボールファイターズ」部門ではTOP8入りを逃しており、チームのために、なんとしても「ストリートファイターV」で結果を残したい。
対するCeroBlast選手はそんなことはお構いなしだ。CeroBlastケンはセオリー無用のEX昇竜拳で試合を荒らす、大会では非常に危険な相手だ。どちらも後がないながらCeroBlast選手の怖いもの知らずの攻撃に、試合は1-1までもつれる。
先の読めない展開に、後ろで見守るどぐら選手のチームメイトであるGO1選手も不安げな表情だ。
結果はどぐら選手が一歩とどまり勝利。しかしこれで一安心かと思いきや、隣に座った次の相手は香港の強豪HumanBomb選手だ。しかも彼に勝っても次の相手はときど選手ときている。ルーザーズにここまで豪華な面子が揃うのは「EVO」だけ。どぐら選手のTOP8入りも相当厳しそうだ。「どうなっとんねんこのプール!」と叫びたくなる気持ちも理解できる。
Jimmy1 vs MenaRD
こちらはドミニカ共和国のMenaRD選手と、日本の若手プレーヤーWE-R1所属のJimmy1選手のルーザーズでの一戦だ。ドミニカ共和国の格闘ゲームコミュニティは、MenaRD選手が2017年のカプコンカップを優勝したことで一躍注目を浴びた。若者ぞろいの彼らは血気盛んで、世界中の大会に精力的に参加している。しかしその勢いとは裏腹に、MenaRD選手のカプコンカップ優勝以降、彼らにこれといったタイトルは無い。先日彼らの地元で初開催となったプレミア大会でも、ドミニカ勢の優勝者は出なかった。「あの優勝はまぐれだったんじゃないのか?」もうそんな事を言わせないためにも、配信外の試合で負けるわけにはいかない。
対するJimmy1選手は、これに勝てば一気に名前に箔がつく。番狂わせを狙ったハングリーな姿勢がプレイにも全面に出ていた。彼はレアキャラであるバルログを使用しており、地元アメリカのギャラリーも完全にJimmy1選手の後ろについていた。
結果はJimmy1選手の勝利、MenaRD選手は65位タイに終わった。盛り上がるギャラリーを背にうなだれるMenaRD選手。彼はこの敗北を受けて、ツイッターのアイコンを黒一面の画像に変更し“ゲームを練習することに嫌気がさした、さようなら”(意訳)とこぼしている。
Trashbox vs キチパーム
「EVO」2日目最終戦となったのは、日本の若手対決だった。WE-R1所属の21歳Trashbox選手対25歳のキチパーム選手、この2人は日本の若手プレーヤーの最注目株と言ってもいいプレーヤーたちだ。TOP16ルーザーズの試合なので、勝てば栄光のTOP8入り、負ければ敗退という試合だ。この舞台まで勝ち上がること自体難しいことなのは間違いないが、ここまで来たからには何としても勝ちたい2人。しかもランク的にも相違ない相手同士、試合はプライドのぶつかり合いになった。
現地時間は23時を回ろうという頃なのに、会場には参加者が大勢残って彼らの試合を観戦していた。ギャラリーは投げキャラであるザンギエフを使うキチパーム選手に付いているようで、スクリューパイルドライバーが決まるたびに歓声が上がる。
接戦の末TOP8入りを決めたのはキチパーム選手だ。観戦していたバーディーのコスプレーヤーからドーナツを借りてこの表情。会場も大いに盛り上がる。
対するTrashbox選手はこの世の終わりのような表情でうなだれていた。彼は最近格闘ゲームのレベル向上のため滋賀から東京へ引っ越し、練習の日々を送っていた。直後の“死にたい”というツイートは、彼の受けたショックの大きさを反映したものだろう。現場ではTrashbox選手は壇上から動けなくなっていた。そんな彼を励まそうと、一人の観客が声援を送る。それが連鎖して“Trashbox!Trashbox!”と、23時過ぎの会場はTrashboxコールに包まれた。
「心ではチャンピオン」
筆者が「EVO」現地へ行って観戦し、プレーヤーたちの一喜一憂を見て分かった「格闘ゲームの真の魅力」とは、昨今のeスポーツブームによって対戦ゲームから奪われようとしている何かなのではないかと感じた。
今日日Twitchを観に行くと必ずといっていいほど何かしらのeスポーツ大会が配信されている。見ると画面に映るのは、ゲーミングチェアに座り、同じジャージを身に纏ってモニターへ向かうプレーヤーたちと、それをスーツで実況するキャスター。彼らに憧れてプロプレーヤーを志す者がいたとすれば、それは何に魅力を感じるからだろうか。賞金の多さか? それともゲームだけで成り立つ生活か?
ゲームとは、やはり娯楽であり「たかがゲーム」だ。ゲームのプロになって一生の大半をその練習に費やし、そして生活をゲームの勝敗に委ねる、そんなのはバカバカしい。これはいくら大手アパレルブランドや著名アーティストがスポンサーになったって変わらない、と考える人は多い。
しかし「EVO」という大会は、そんなバカバカしさをあまり隠さないと感じた。劣悪な環境と過密な日程、誰が勝ってもおかしくない大会で、おまけに賞金も少ないからだ。しかしプレーヤーたちは「EVO」のために何百時間とゲームを練習し、時に十万円を超える渡航費を費やして、毎年ラスベガスへやってくる。
「ストリートファイターV」に限って言えば2,000人弱のプレーヤーが大会に参加しており、その中からTOP8、まして優勝を目指すなど、とても無謀な事である。しかしプレーヤーたちはこの日の為に結果を求め練習しており、その思い入れは半端なものではない。「ゲームにプライドを懸けるなんてバカバカしい」。そんなことはひょっとしたら彼らが一番わかっているかもしれない。しかし彼らはそれでもゲームに熱中する。正直「EVO」を現地で見て、プロの格闘ゲームプレーヤーになりたい、そんなことは到底思えなかった。あまりに過酷な世界だからだ。しかし、バカバカしいことに熱中し、ゲームに勝った、負けたというだけでこんなにも感情が揺さぶられる彼らの真っすぐな姿勢は、とても純粋で魅力的だ。
古くからのプレーヤーが言う「格闘ゲームの真の魅力」とはこういうことなのかもしれない。格闘ゲームに熱中する彼らは、お金のためでもなく、ゲーム漬けの生活のためでもなく、純粋に勝利のため、名誉のために戦っている。その純粋な戦いが格闘ゲームの真骨頂なのだろう。だからこそ彼らは皆「心ではチャンピオン」なのだ、心にゲームへの純粋な愛をもっているから。
「EVO」を形容した言葉にコメンテーターのZhi氏が発した以下のものがあ。”EVO is LOVE when you hold that L and run it back”. “Hold that L”とは、Lつまり負け(Lose)を受け止めるという意味。”Run it back”とは巻き戻す、つまり再度挑戦するという意味だ。”LOVE”という単語からLを除き、反対から読むと”EVO”になる、そんな言葉遊びなのだが、「EVO」というイベントは決して愛無しにしては成り立たないだろう。
「EVO」を現地で見て筆者は、格闘ゲームコミュニティの堅さを感じた。「格闘ゲームは廃れてしまった」そんなことが囁かれるようになった昨今だが、たとえ未来永劫格闘ゲームの新作タイトルが出なくなっても、「EVO」のような場がある限り、プレーヤーたちの格闘ゲームに懸けるプライドと愛がある限り、格闘ゲームコミュニティは安泰だ、そう思える。そして一格闘ゲームファンとして「EVO」での経験は、もっと格闘ゲームをプレイしたい、そう思わせてくるものだった。たとえトッププレーヤーでなくとも、コミュニティ愛さえあれば、「EVO」は誰でも受け入れてくれる。この記事を読んで気になった方がいれば、是非躊躇せず、まずは2020年1月に日本で開催が予定されている「EVO Japan」からでも参加してみては如何だろうか。