インタビュー

「サイバーパンク エッジランナーズ」プロデューサーインタビュー

ゲームの中で"聖地巡礼"したくなる、ゲーム世界を見事に換骨奪胎したアニメーション

【サイバーパンク エッジランナーズ】

9月13日よりNetflixで配信

制作:TRIGGER

原案・スクリーンストーリー:CD Projekt RED

エピソード:全10話

レーティング:15才未満の未成年者の視聴は推奨しない

 Netflixは、9月13日よりアニメ「サイバーパンク エッジランナーズ」を放映する。全10話で、初日より全話が視聴可能だ。本作はCD Projekt REDが製作した「サイバーパンク2077」をベースとしている。舞台も同じ「ナイトシティ」であり、時間軸はゲームのほんの少し前、ゲームスタッフが提示した原案と、スクリーンストーリーを提示した上でのアニメとなっている。

 アニメは「天元突破グレンラガン」や「キルラキル」、「プロメア」などを手がけた制作会社TRIGGER。「サイバーパンク エッジランナーズ」は、キャラクターデザイン、描写、ストーリーラインなどその手触りは完全に「日本のアニメーション」である。日本のアニメスタッフが、その持ち味を最大限に使って「サイバーパンク2077」の"もう1つの物語"を作ったら……。というとても挑戦的な作品となっている。

「サイバーパンク エッジランナーズ」は、ゲーム「サイバーパンク2077」の世界で展開するもう1つの物語。時間軸はゲームの少し前の話だ

 ゲームとアニメーション、ポーランドと日本。「サイバーパンク エッジランナーズ」は、共に作品作りのプロであり、それぞれが物語の表現手法に強いこだわりを持つスタッフがお互いの強い主張をぶつけ合う激しい現場になったという。その橋渡しを担当したのが、本作のプロデューサーを務めるエルダー爽氏と、本間覚氏である。

 エルダー氏はスクウェア・エニックスの「キングダムハーツ」シリーズなどで英語版ローカライズを担当した経験を持つ。日本のクリエイターが神経を研ぎ澄ませて日本語で描く物語のエッセンスを、いかに英語で再現するかに挑戦してきた人物だ。

 本間覚氏はCD PROJEKT REDのJapan Country Managerを務め、「サイバーパンク2077」の日本での展開における中心人物だ。「サイバーパンク エッジランナーズ」でもプロデューサーとしてエルダー氏をサポートする。

 本作でエルダー氏はポーランドの「サイバーパンク2077」開発チームがいかにゲーム世界にこだわり、提示する原案に深い思い入れを持っているかをTRIGGERスタッフに説明し、TRIGGERがその想いに応え、自分たちができる最高のストーリーテリングを理解してもらうという、2つのクリエイター集団の折衝役となってこのプロジェクトを進めてきた。さらにエルダー氏は日本のアニメである「サイバーパンク エッジランナーズ」の面白さを海外に正確に伝えるため、英語版ローカライズも担当している。

 今回のインタビューでは、ゲームとアニメお互いが強いこだわりとプライドを持つスタッフが真っ正面から向き合うことで、どのように「サイバーパンク エッジランナーズ」という物語が生まれたかを聞いた。そしてこのアニメができたことで、今後「サイバーパンク2077」がどう進化していくかも質問してみた。

【Cyberpunk: Edgerunners - Inside Look #2】

 「サイバーパンク エッジランナーズ」は本記事と同時に作品そのものの感触を紹介するインプレッションを掲載している。併せてチェックして欲しい。

「それはアニメとして面白くはならない」、TRIGGERが提示する日本アニメの手法

 「サイバーパンク エッジランナーズ」は物語の骨子や基本的なキャラクター設定、流れなどはCD Projekt RED側が提示しているため、英語で書かれている。TRIGGER側に「こういうアニメを作って欲しい」ときちんと伝えるためには、このテキストをきちんと制作側の強い想い入れを込めて訳し、説明しなくてはいけなかった。

 エルダー氏は日本語の物語をきちんと海外に伝えたい。エモーショナルな物語を英語で表現し、英語圏の人達に、オリジナルの物語の意図にできるだけ近い感動を届けたい、そういう想いで仕事をしてきた。このため制作者としてTRIGGERとCD Projekt REDの橋渡しをするだけでなく、日本のアニメとして制作された「サイバーパンク エッジランナーズ」を英語でローカライズする事へも注力したという。

本作のプロデューサーを務めるCD PROJEKT REDのエルダー爽氏。本作の持ち味を全世界に届けるため、英語版ローカライズも担当

 Netflixは日本のアニメ制作者によるオリジナル作品も多く配信されているが、その作品での作り手のスタンスは様々だ。日本制作でありながらも、先に英語で音声を収録し、後から日本語にローカライズする作品もあるという。しかしTRIGGERからは、「日本語ですべて作りたい」という強い要望があった。日本語での演技やキャラクター間のやり取りを前提としてアニメを作り、それを世界向けにローカライズして欲しい、という事で制作がスタートしたとのこと。

 このため「サイバーパンク エッジランナーズ」はまず英語でのコンセプトを正確にTRIGGERに伝え、TRIGGERは日本語で脚本を作り、CD Projekt REDは英訳された脚本をチェック、そして完成した日本語のアニメを日本語版はそのまま、世界向けに英語およびその他言語に翻訳するという手法をとっている。

 英語のローカライズはNetflix側でやる作品も多い中、CD Projekt REDとエルダー氏のこだわりで英語版も制作することとなった。これだけでもエルダー氏と本間氏が本作にどれだけ重要な役割を果たしたかがわかる。制作側が英語と日本語のやりとりをできるだけスムーズにするために尽力しただけでなく、こだわりを持った英語版を作るためにも労力を掛けたとのことだ。

 エルダー氏は"英訳"に関して「ネイティブなユーザーが違和感を感じない英語、違和感を感じさせないローカライズ」を目指すというポリシーを持っているという。「アニメを見たときに『これは日本の作品だ、私の国の言葉じゃない』と思われない作品を目指したいです」とエルダー氏は語った。

CD PROJEKT REDのJapan Country Managerの本間覚氏も本作のプロデューサーとしてエルダー氏をサポート

 本間氏は補足としてゲームの「サイバーパンク2077」の制作でもローカライズチームの貢献度は大きいことを語った。CD Projekt REDのゲームの場合、脚本はポーランド語で書かれ、英語にローカライズされる。また、「サイバーパンク2077」はアメリカを舞台としているため、各キャラクターの言葉のなまりや言葉選びにも細かい地域性が出る。CD Projekt RED社内には英語のエキスパートがそろっており、作品のテーマや想いを英語で伝えるというノウハウとこだわりが元々強かったとのこと。

 エルダー氏は「サイバーパンク エッジランナーズ」を実現させるためにCD Projekt REDに参加した。このためまず1から「サイバーパンク2077」を学んでいった。このときTRIGGERのスタッフと一緒に勉強していったという。ポーランドのワルシャワへいき、生の開発現場も見て作品の根幹も学んでいったとのこと。

 エルダー氏がローカライズとして一番大変だったのが、ゲームスタッフがTRIGGERに向けて「こういう主人公で、こういうストーリーをアニメにして欲しい」というプロットと原案を提示するところだったという。結果としてこのとき提示したものは、現在見ることができる「サイバーパンク エッジランナーズ」とは全く違うものとなった。

「サイバーパンク エッジランナーズ」の主人公デイビッド・マルティネス
こちらが「サイバーパンク2077」のゲーム画面。この世界をアニメでどう表現するかが大きなテーマとなった

 CD Projekt REDはアニメーション制作の経験が全くなく、「面白いストーリーがあれば、面白いアニメが作れる」というかなりシンプルな考えを持っていた。プロットやストーリーは既にゲームスタッフにとっては「完成形」であり、キャラクター同士の心理戦や、モノローグを多用したシーン展開、頭の良さを活用し敵を翻弄する様子など、こだわりに満ちたストーリーを提示し、「これをアニメ化してくれ!」とTRIGGERの前にバーンと提示したのだという。

 しかしアニメのプロ集団であるTRIGGERは「それはアニメとして面白くはならない」と真っ正面から言ってきた。提示されたプロットではキャラクターの細かな表情や、実写に近いカメラワークでストーリーを表現しようとしていたが、TRIGGERの持ち味であるダイナミックな演出、派手な画面作り、視聴者の心を一気に魅了する"動き"を最大限に活かすためには、こうしたほうがいい、というやりとりを何度も繰り返すことになった。この脚本の調整には、まるまる2年かかったという。「どういうアニメを作るか」というところに、一番時間がかかったとのこと。

 エルダー氏は、英語で提示されたアイディアを日本語に訳しTRIGGERに説明、それに対し「アニメにするならこうするべきだ」という意見をCD Projekt REDに英語で説明しなければならなかった。作品を英語化するのではなく、まだ形になっていないアイディアや意見のやりとりを英語と日本語で橋渡しする。これはエルダー氏にとっても初めての経験だった。本間氏のサポートを受けながら、細かいやりとりを何度も重ねていったという。「ものすごく手間のかかることですが、日本のアニメスタジオと仕事をする以上、必要なプロセスでした」と本間氏は語った。

 どちらもストーリーテリングには強いこだわりのある集団だ。「ナイトシティをどう描くか?」でも全く違う。ゲームはあらゆるディテールが描き込まれていて、その中をプレーヤーが動く。しかしアニメは構図としての絵と、動かすために流れる背景では描写のバランスが全く変わる。こういう「アニメの手法」がわからない人が脚本を書いてしまうと、「そこはアニメにできない」という答えが返ってくる。なぜできないのか、アニメにおける表現というのはどういうものか、そういう"齟齬"を翻訳者を介して理解を深めていくというのは、本当に大変な、しかし重い責任のある作業だ。

 CD Projekt REDは強い愛着を持ってキャラクターを設定しているが、「よりアニメ表現を強めるため」にキャラクターの"改変"が提案されてくる。その違いが一際大きく出たのがデイビッドの仲間の1人、「レベッカ」だ。アニメではかなり幼そうな、かわいらしいデザインとなっている。このレベッカが過激な言葉を使い、両手に銃を持って派手に銃をぶっ放すところに日本のアニメとしてのギャップと面白さがあるのだが、「アニメの手法」を知らない人には、そういった"常識"は理解の外だ。TRIGGER側から出てきたキャラクターデザインに、CD Projekt REDは当初かなり難色を示したという。

レベッカ。幼さを感じさせるキャラクターデザインは、当初CD Projekt RED側は難色を示したという。しかしアニメを見れば、彼女がこのデザインだからこその面白さがあることがわかる

 「こんなかわいらしいキャラクターを出したら『サイバーパンク2077』の世界が壊れてしまう! キャラクターデザインを変更して欲しい」というCD Projekt REDに対し、TRIGGERは、「そうじゃないんだ、このかわいらしいレベッカがいるからこそ、アクションが映える、何より制作のモチベーションが段違いなんだよ!」と答える。現場の激しいぶつかり合いが端的にわかるやりとりだ。面白いアニメにするための方程式が、文化が違うとわからないのである。また、ヒロインであるルーシーは、設定上はもっと過激な服を着ていたとのこと。日本のアニメのバランスを色々考えさせられる。

 「もちろんCD Projekt REDが制作をお願いしているので、無理を聞いてもらうことが多かったのですが、実際にアニメを作るのはTRIGGERさんなので、かなり『こう作りたい』というところは叶った作品になっていると思います。だからこそアニメとしてとても魅力的な作品になりました」と本間氏は語った。「アニメ作品にするのは、TRIGGERさんの想いを活かそう」とCD Projekt REDを説得する作業も、エルダー氏と本間氏の重要なタスクだったとのことだ。

 次ページではアニメ「サイバーパンク エッジランナーズ」と「サイバーパンク2077」の関係性をさらに掘り下げていきたい。