インタビュー

BlueStacks CEOが見る日本、そしてアジアのゲーム市場とプラットフォーム戦略

100カ国で愛用され、ユーザー数も増加中の「BlueStacks」についてインタビュー

【インタビュー】

2月14日 実施

 世界中だけでなく、日本でもユーザー数を大きく伸ばしている「BlueStacks」というソフトをご存じだろうか?AndroidのアプリをPC環境で動作させる、乱暴な言い方をすれば「仮想マシン」、「エミュレーター」と呼ばれるプラットフォームだ。

 その「BlueStacks」は、先日Android N、つまりAndroid 7.xへの対応を発表し、「BlueStacks +N」バージョンのオープンβテストを開始した。これを機に、開発元であるBlueStacks SystemsのCEO、Rosen Sharma氏が来日するとのことで、お話をうかがってきた。

 今回はメディア共同インタビューという形式で、4社6媒体が参加。事前に質問状を送り、その内容を踏まえたうえで、日本でカントリーマネージャーとして広報を担当されている松本千尋氏のリードでRosen氏がスピーチし、それを通訳していただく、という変則的な形式となった。

 はじめに書いておくが、日本でエミュレーターというと、不正な手段で入手したソフトウェアを自由に動かせてしまうものというイメージが根強い。実際そうした機材に関して権利関係の訴訟が何度も起きていることもあり、日本ではこうしたエミュレーター的なものの印象はあまりよくない。同社もそれは十分理解していて、何度か話題にも上った。しかし、BlueStacks Systemsの場合はそうした印象とは真逆に各IPメーカーと良好な関係を築いているようで、アンダーグラウンドな雰囲気はまったく感じられなかった。

 そもそもAndroidはオープンソースのOSであり、そのハードウェアの開発推進団体「オープン・ハンドセット・アライアンス」の中心をなすQualcommが株主として加わっている「BlueStacks」そのものに違法性はまったくない。この上で動作するアプリケーションも、Googleプレイストアから正規に入手するため、法的にはクリアな存在である。また、IntelやAMDといった企業も同社に投資していることからも、同社と「BlueStacks」がどう見られているかの一端がうかがえる。

BlueStacks SystemsのCEO、Rosen Sharma氏。起業家でもあり、ひとつ前に興した会社はセキュリティ関連。マカフィー、そしてインテルに買収され、そこでCTOを務めていた
通訳&司会進行役のBlueStacks Systemsカントリーマネージャー、松本千尋氏。アドリブでRosen氏のプライベートな情報を挟んだりしつつ、わかりやすく話をまとめてくださった
インタビューは東京・勝どきにある住友商事の会議室で行なわれた

セキュリティ関連企業でCTOを務めた後、BlueStacks Systemsを起業

 まずは松本氏から、Rosen氏の経歴が紹介された。BlueStacks Systemsで8社目の起業になるというRosen氏は、コーネル大学、スタンフォード大学で学び、Googleの創業者たちとも同期で高い技術的バックボーンと豊富な人脈を持つという。BlueStacksの前の会社はセキュリティ関連企業でマカフィーに買収され、そのマカフィーがさらにインテルに買収され、そこでのCTOという役職が前職に当たるそうだ。

 大の日本好きで、前職で手がけたセキュリティシステムがローソンなどに置かれたATMにも採用されていたこともあり、来日経験は50回以上にも上るとのこと。起業したCEO自らがかなりのレベルの技術的バックボーンを持っている辺りは、いかにもシリコンバレーの企業らしい。

BlueStacks本社の様子

ワールドワイドな展開とコアなユーザー層をメーカーも評価

 世界的に見て現在、eスポーツの活性化もあってPCにおけるゲーム市場はかなりの拡大傾向にある。それに呼応するように「BlueStacks」も各国で非常に好調で、全世界100カ国にまたがり、トータルで毎日20万人というペースで新規ユーザーを増やしているといい、変わったところでは、なんと南極にもユーザーがいるそうだ。

 一方、メーカーサイドに目を転じてみると、ワールドワイドでトップ50に入るゲームメーカーのうち、30社くらいとの取引があるとのこと。前述のようにエミュレーターに対してどこか斜に構えてしまう日本での空気を考えると意外な感じがするが、コアなユーザーが集まる「BlueStacks」では、モバイル版に比べ、ユーザーからの売り上げは5倍に上るという数字もあるそうだ。

 ワールドワイドで展開している点も高く評価され、非常に魅力的なプラットフォームとしてとらえているメーカーが多いというのが実情らしい。一例として「リネージュ2 レボリューション」では、ネットマーブルと共に、ワールドワイドのプロモーションを展開したほか、ネクソンや中国のネットイースともいろいろな取り組みを行なっているという。

「日本市場は変化が速く、おもしろい」

 Rosen氏の話は日本のゲーム市場にも及んだ。同氏にとって、日本市場は重要というだけでなく、3つのトレンドが「おもしろい」のだそうだ。

 ひとつめはeスポーツの盛り上がり。先日も「闘会議 2018」が幕張メッセで開催されたばかりだが、そうしたイベントが盛り上がってきていると同時に、プロライセンスの制度化と言ったユニークな動きもある。eスポーツはPCで遊ぶのが主流であるため、日本でもPCゲームが今後、メインストリームとなっていくことも期待できる。たとえば「PUBG」こと「PLAYERUNKNOWN'S BATTLEGROUNDS」では、現在全体の25%が日本人プレーヤーだそうで、こうしたことも同じPC上でのゲームプラットフォームという点で「BlueStacks」にとっては好影響と見ているようだ。

 2つめはモバイルゲーム市場の飽和。日本だけでなく、韓国でも見られる傾向だが、モバイルゲーム市場はあまり成長が見られない状況にある。しかし、開発にかかるコストは増大する一方であり、それをカバーするためにはひとつのコンテンツをマルチプラットフォームで展開することが不可欠。Cygamesの「シャドウバース」はその先駆けのひとつと言えるが、今後、モバイル版の後にPC版をリリースする流れは増えていくことが予想される。

 BlueStacks SystemsではBtoBの開発者向けシステムとして「BlueStacks inside(仮称)」を近日リリースする予定でいるが、これは文字通り、「BlueStacks」を内包させることで、ユーザーは「BlueStacks」の存在を意識することなく、モバイル版をスタンドアロンなPC版アプリとして動作させられる、というもの。アプリ本体はほぼモバイル版そのままでPC版として動作するため、移植にかかる開発コストを劇的に削減でき、Steamなどでの配信も可能になるそうだ。

 3つめのトレンドとしてRosen氏が挙げたのは、中国のネットイースや韓国のネットマーブルといった海外のデベロッパーが積極的に日本市場への進出を果たしている点。同氏はこの流れは昨年辺りから顕著になったと言い、さらに今後も加速していくだろうと見ている。この背景として、中国、韓国では日本のコンテンツが人気で、その流れに乗った作品が両国から出て来るようになったために、日本でも受け入れられやすくなってきているのではないかと指摘している。前出のメーカーをはじめ、中韓の会社が日本市場へ参入する際にはBlueStacks Systemsを頼るケースが多いのだそうだ。

 近年はモバイルゲームの市場では上位に入る人気作の顔ぶれがなかなか入れ替わらず、停滞感があったが、こうした他国の積極的な参入は日本国内メーカーにいい刺激を与えることにも繋がっているとRosen氏は見ている。

「BlueStacks」アプリのトップにはランキングやおすすめのゲームがズラリと並ぶ

各国間の文化的な垣根がなくなり、スピード感が増していると分析

 続けてRosen氏は先に挙げた3つのトレンドは日本に限ったことではなく、韓国、台湾、中国では3年ほど前に見られ、また、ロシアはその最中にあると語った。つまり、かなり広範囲にわたって国ごとに受け入れられるコンテンツの垣根が払拭されてきているとRosen氏は見ているのだ。

 これには市場のなかで活発な動きを見せる若年層がYouTubeなどを通じて他国の文化に触れる機会が増大していることが大きく影響しているという。その一例として挙げられたのは、ブラジル。彼の国において「BlueStacks」上でもっとも遊ばれているゲームは中国製で、しかもまったくローカライズなどされていない状態で人気を博しているそうだ。

 同様に、現在ユーザー数を大きく伸ばしている「アズールレーン」を開発したのは中国のメーカーで、日本においては日本語にローカライズされたものが出る前から中国語版が大きな話題を呼んでいた。

 つまり、前出の3つのトレンドはどんどん加速していく傾向にあり、また、どれもBlueStacks Systemsにとっては歓迎すべきものであるというのがRosen氏の見立てなのだ。

 もちろんRosen氏は日本市場の特殊性もきちんと見据えている。前述のように日本ではエミュレーターにあまりいい印象を持っていない人が多い。そのため、ゲームメーカーに対してもユーザーに対しても、ひとつひとつ信頼を築いていくことが大事だと考えているそうだ。そういう意味では株主として住友商事が名を連ねていることも日本における信頼感の構築に役立つのではないかと語っていた。

「BlueStacks」を選ぶのは4タイプのゲーマー

 そもそもなぜ「BlueStacks」は全世界100カ国でユーザーを伸ばしつつあるのだろうか?Rosen氏によれば「BlueStacks」で遊ぶユーザーは大きく分けて4タイプが存在するという。

 まずはゲームのヘビーユーザー。ゲームに対して熱意の高いプレーヤーはハードウェアの処理能力や操作環境の面でより快適なPCを選ぶことがあるという。また、2番目のタイプとしては、通信に必要なデータ容量の問題で、BlueStacksを選ぶケース。Rosen氏の娘さんもモバイルで遊べる環境があるものの、通信量を気にする必要のないPCでゲームを遊ぶのだそうだ。

 3つめのタイプは、先進国ではあまり見られないが、スマートフォンのスペックが低いために最新ゲームを遊びにくく感じたり、満足に動かない、というもの。「BlueStacks」のユーザー数は東南アジアや南米でも大きく伸びているが、これらの地域ではこのタイプが多いという。

 4つめのタイプはもともとPCでゲームを遊び慣れた人たち。最近のスマートフォンは解像度が高く、それを見越して作られた美しいグラフィックのゲームをより大画面で楽しみたいと、「BlueStacks」を選ぶのだそうだ。

 「これは余談ですが……」 そう切り出したRosen氏が茶目っ気たっぷりに付け加えたのは「年配のゲームユーザー」。老眼の人たちにはスマートフォンの画面で遊ぶよりも、PCの大画面で遊ぶ方が快適、というわけである。これにはコンテンツ側の作りもひとつ影響していて、より解像度の高く大きな画面ではそれに応じて視野が広がるような設計のものが出てきているという。こうしたコンテンツ側のトレンドも、ユーザーが「BlueStacks」を選ぶひとつの要因になっているそうだ。

大画面でスマホゲームを楽しめるのも魅力のひとつ

エミュレーター=チーティングツールというイメージへの対策も万全

 スマートフォン本体でなく、PC上でアプリを操作するという環境的な面において、エミュレーターは比較的、チート行為をやりやすいと言える。その点についてどんな対策を講じているのかも聞いてみた。

 PCで動作するAndroidエミュレーターは「BlueStacks」以外にもいくつか存在するが、それらとの決定的な違いが、アンチチーティングへの取り組みにも注力している点。しかもそこがゲームメーカーが「BlueStacks」に興味を持つひとつのきっかけにもなっているという。

 「BlueStacks」ではクライアント側でスクリプトや自動操作を検知する機能を内蔵しているほか、ルート化も禁止されている。つまりチート行為をユーザーアカウントと紐を付けて検知、把握が可能で、チート行為を検出した際にはメーカー側への報告も行なっているという。この辺りの機能には、Rosen氏の前職がセキュリティメーカーだったことが大いに役立っているとのことだ。

 ただ、Rosen氏によると、チート行為=即アカウント停止に直結するということもないのが実情だそうだ。というのも、そのタイトルがリリースされた直後でユーザー数、コミュニティの拡大を狙っているような時期には、あえてメーカー側も厳しい処罰を取らないことがあるという。

 また、チートとは違うが、PCとスマートフォンでは操作環境の違いがプレーヤー間の勝敗に影響を与え、不公平感を生む。前述のように「BlueStacks」のユーザー数が増えている理由のひとつともなっているわけだが、この点についても質問を投げてみたところ、一例として中国ネットイースのゲームでは「BlueStacks」などPCからのユーザーと、スマートフォンのユーザーとでサーバーを分けているそうだ。「BlueStacks」自身が対処するのではなく、ゲームメーカーサイドで対処ができるわけである。

最新版「BlueStacks」はAndroid 7.xをサポート

現在「BlueStacks +N」バージョンのオープンβテストを実施中

 現在のスマートフォンはAIチップの搭載や画面の高精細化、高速化とどんどん性能が向上するとともに、多様化の一途を辿っている。また、ゲーム自体も驚くべき勢いでタイトル数が増えている。こうした状況のなか、「BlueStacks」の互換性を高く保つためには非常に高い技術が投入されているという。BlueStacks Systemsの株主にIntel、AMD、Qualcommという違うジャンルのメーカー各社が名を連ねているところも、同社が持つ技術の高さ、そして「BlueStacks」に投入された技術の複雑さの現われだとRosen氏は語っていた。

 また、互換性という点に関して言うと、技術面だけでなく、ビジネスとしての側面も無視できない。技術的には動作させることが可能であっても、警戒感を抱いたメーカー側から制限を掛けられるケースがあるのだ。実際に韓国では2年くらい前に「PCで遊んで欲しくない」というメーカー側からの要請で制限をかけたことがあったというが、現在はそういったタイトルはなく、逆にメーカー側から「BlueStacks」で動作するよう対応を迫られるケースもあるそうだ。こうしたメーカー側から「BlueStacks」へのアプローチが届くようなケースは日本でもいずれ起こるとRosen氏は見ている。

 現状は市場に流通している95%のタイトルが動作するという。互換性という点を考えてみると、スマートフォンでも端末によって動かないアプリケーションはいくらでもある。しかし「BlueStacks」では95%、ほぼすべてのAndroidアプリをフォローしたうえ、動作環境の基準を満たしたWindowsマシンならまず間違いなく動かすことができるわけだ。確かにこれは驚くべき技術力と言えるのかもしれない。

 ちなみにPCでスマートフォンのアプリを動かすプラットフォームは「BlueStacks」以外にもいくつも存在する。Rosen氏によると、中国などでは「BlueStacks」の技術をそのまま盗んだようなものも見受けられるそうだ。しかし、現時点での技術をコピーできたとしても、最新の環境へ継続して適応していくのは難しい。特にAndroid 7.xへの対応は「BlueStacks」が世界でも初であり、ここまで高度な技術を持つメーカーは限られ、この先は淘汰が起こるとRosen氏は見ている。

 また、Androidだけでなく、iOSエミュレーターの開発についても質問が挙がった。Rosen氏によると、2013年当時はiOS版開発も検討していたそうだが、メジャーなアプリはiOSとAndroidで同時にリリースされるものがほとんどとなってしまった現在では、その必要性を感じていないという。

 なお、「BlueStacks」の最新版は、Windows版のみで、Mac OS版の開発は数年前で止まっていた。しかし、Windows用として今回リリースされたひとつ前のバージョンに近いものをiOS向けに近日リリースする予定で、その後、「Android 7.x対応版」もリリースしていく予定だそうだ。

DMMとのパートナーシップなど、「BlueStacks」の今後の活動は?

2017年のカンファレンスで「BlueStacks」との協業について言及したDMMの坂本 学氏

 2017年8月31日に東京都内で開催された「DMM GAMES カンファレンス 2017」において、DMM GAMESが今後、スマートフォンアプリのPC版を配信することに注力するという発表がなされた。その施策のひとつとして、BlueStacks Systemsの技術提供により、DMMのPC用プラットフォームにカスタマイズされた「BlueStacks」の最新バージョンを実装する予定であるという。

 この点にも質問が及んだが、BlueStacks SystemsとDMMのパートナーシップは良好で、先日発表されたDMM GAMESの分社化によって今後はDMM側がより自由度の高い活動が可能になると思われる、とのことだった。

 DMM以外にもゲームのプラットフォームを運営するメーカーからアプローチもあるとのことで、もしかすると日本では今後、AndroidアプリのPC展開ということはどんどんメジャーになっていくのかもしれない。また、BlueStacks Systemsとしては、2018年の日本における大きな戦略のひとつとして、海外のアプリをより多くの日本人に楽しんでもらえるような機能を実装していくつもりでいるそうだ。

 Rosen氏が日本でのeスポーツの隆盛に対して興味を抱いているという話を受け、最後にBlueStacks Systemsが主催となってeスポーツの大会を開催する予定はないのかと尋ねてみたところ、実はすでに中国と台湾では開催の実績があり、日本でも開催したいとの意向だそうだ。

 ゲーム画面とカメラ映像を合成したり、巨大スクリーンへの投影、ストリーミング配信など、ゲーム映像の活用を考えた場合、PC環境で動作させる「BlueStacks」はシステムの構成がスマートフォンより格段にラクだ。そういう意味ではeスポーツの大会のようなイベントのほか、YouTuberらのゲーム実況などにおいても「BlueStacks」の需要はあるだろう。

 そうした需要が高まるまさにこのタイミングでAndroid 7.xへ対応した「BlueStacks」。より高度な内容のゲームも動作するようになった今後は、その名を耳にする頻度が格段に増えそうな気配である。