【特集】

「水星の魔女」の次に観たい「∀ガンダム」【夏休み特集】

ヒゲガンダムがカッコ良く動く衝撃! 20世紀初頭風世界での"宇宙戦争"

【∀ガンダム】

放送時期:1999年4月9日~2000年4月14日(全50話)

画像は『∀ガンダム』Blu-ray BOXの画像

 ∀(ターンエー)ガンダムの∀は、アルファベットの最初の文字であるAを逆さにした文字から「最初に戻る」と言う意味が込められているという。この作品はガンダムの"輪廻"を描いたとも言える作品なのだ。

 「機動戦士ガンダム 水星の魔女」で「ガンダム作品」に興味を持った人達へ、筆者はこの「∀ガンダム」を勧めたい。理由の1つは「文明がリセットされた世界」が舞台となっていること。何らかの理由でこの世界はかつての高度な文明を失っており、そこから長い年月を経て我々の20世紀初頭、自動車や複葉機が生まれ始めた時代まで復興している。その世界に超文明を持った月に住む人々「ムーンレイス」が現れ、両者は戦争状態になる。

 主人公ロランはその戦いの中で平和を模索していく。彼が駆るのは神の石像の中から現れた、ムーンレイスのMSすら凌駕する高性能な機体「∀ガンダム」。他にも魅力的なたくさんのキャラクター、MSが描かれる。他の未来社会の戦争を描くガンダム作品とはひと味違う、異色作となっているのだ。

 誰も彼もが戦争は不慣れで、牧歌的な描写も多い本作は、だからこそ戦争の悲惨さも、そこに負けない人間の強さも描かれる。他のガンダム作品へ興味を持たせる仕掛けもあり、ガンダムを全く知らない人にもオススメの作品なのだ。「∀ガンダム」の魅力を語っていこう。

地球に帰還する月の民ムーンレイス。戦争の中、ロランは平和の道を模索する

 「∀ガンダム」は、主人公のロランが地球に降り立つところから始まる。ロラン達は月の民ムーンレイスが地球で生活できるかを調査する、いわばスパイとして送り込まれた。ロランはふとした偶然から「ハイム鉱山」の使用人として生活するようになる。2年が経過しロランや他の仲間も地球での安定した生活を手にしたとき、ムーンレイスがやってくる。

 ムーンレイスは遠い昔に「地球から逃げ出した人々」である。科学文明の絶頂を迎えていた地球は大きな戦争の末に文明を"埋葬"し、文明を大きく後退させた。ムーンレイスはその際、地球から月に移り住み、文明を保っていた人々だ。彼等を統治する月の女王ディアナは、地球への帰還を熱望、月の女王の軍・ディアナ・カウンターを通じて入植の交渉を行っていたのだ。しかし地球側ではムーンレイス達の話が信じられず交渉は難航、強引とも言えるムーンレイスの降下作戦が行われることとなった。

「∀ガンダム」は物語をコンパクトにまとめた劇場版も存在しているが、やはりテレビシリーズをオススメしたい。画像は2014年のBlu-ray発売記念のオールナイト上映時のもの

 ムーンレイスと交渉を行っていた地球のイングレッサ領の領主グエン・ラインフォードは交渉を有利に進めるべく軍事組織ミリシャへ積極的に投資を行っていた。不幸にもそれが徒になった。降下してくるディアナ・カウンターの巨大兵器MS(モビルスーツ)にミリシャの複葉機部隊が攻撃を開始したのだ。複葉機でMSに襲いかかる、信じられない蛮行にパニックになったディアナ・カウンターはメガ粒子砲を撃ってしまう。その強力な威力は、地球の人々を萎えさせるどころか、宇宙人への憎しみを燃え上がらせた。

 ロランはその混乱の中、"神の像ホワイトドール"として祭られていた石像がMSだったことを知り、偶然乗り込み、ディアナ・カウンターのMSを撤退させる。父ディラン・ハイムを敵の攻撃で失ったハイム家の次女ソシエは復讐に駆られミリシャに入隊、ソシエが心配なロランもまた「ホワイトドールの乗り手」としてミリシャに組み込まれてしまう。

 平和を望む人々、戦いを望む人々、この機会に権力を拡大しようとするもの……。様々な思惑がからむ中、地球の鉱山から戦いをあおるかのようにMSが発掘され、ミリシャの戦力は増強されていく。MSを手にしたミリシャ達と、ディアナの制止の元、本格的な攻撃ができないディアナ・カウンター。しかしそのバランスは崩れはじめ、戦いは拡大していく。

 そんな中でもロランは平和の道を模索する。天性のパイロットの資質と、他のMSと決定的に異なる高性能な∀(ホワイトドール)を駆るロランは並外れた戦士だ。しかし彼は強引な入植で困窮するムーンレイスの開拓民を助けるためにも∀を使う。そして入植者達に罵声を浴びせる地球人を前に、堪えきれず叫んでしまうのだ。

 「僕はムーンレイスなんですよ! 僕は二年前に月から来ました。けど、月の人と戦います。だけども、地球の人とも戦います。人の命を大事にしない人とは、僕は誰とでも、戦います!」

主人公・ロラン。素直で朴訥な少年だが、したたかな一面も。そして戦闘時には巧みに∀を操る。素晴らしい戦士であるロランが、一貫して平和を求めているところに、本作の面白さがある。画像は第4話「ふるさとの軍人」

 「∀ガンダム」の大きな魅力はこの素直でまっすぐなロランのキャラクター性にあるだろう。彼は強く平和を望む純粋な面と、少し冷めたしたたかな面を併せ持っている。何より優れた戦士だ。れっきとした男性だが、女装もできるような整った顔立ちとほっそりした姿をしている。女性声優の朴ろ美さんが演じていることもあって中性的な魅力がある。

 そして物語の大きな仕掛けであり作品の鍵を握る要素として、月の女王ディアナと、ハイム家の長女キエル・ハイムの外見が瓜2つという面白いポイントがある。ディアナのちょっとしたいたずら心で2人の服を交換したところから運命の輪が回り始める。2人はその後引き離され、ディアナはキエルとしての生活を余儀なくされ、キエルは月の女王であるディアナとして振る舞わなくてはならなくなる。2人がどのように生きていくかは物語の大きな鍵となっていく。

月の女王ディアナ(右)と、ハイム家の長女キエル・ハイム(左)。そっくりな2人が入れ替わることで、運命は大きく動き始める。画像は第6話「忘れられた過去」

 他にも様々なキャラクターが戦争の中でそれぞれの答えを探していく。ロランと共に地球へ降下したキースやフラン。野心を持った領主グエン。ディアナ・カウンターのリーダー・フィル……。筆者イチオシはハイム家の次女ソシエである。ロランが姉キエルを好きなことは知っているが、自分に振り向かせたい。仇であるムーンレイスへの憎しみもある。様々な思いを抱え成長していくソシエはとてもかわいらしく、魅力的だ。

 「∀ガンダム」の戦争ははとても奇妙だ。地球側は20世紀初頭のテクノロジーしかないのに、発掘されたMSに乗り込んで戦っていく。遙かに進んだ科学技術を持つムーンレイスは、ともすれば一方的に蹂躙ができそうなのに、ディアナの制止で思うように戦えない上、末端が制御できなくなっていく。どうして戦争は起き、拡大してしまうのか、平和はどうすれ実現するのか、戦乱の中で人はどう生きるべきなのか? 様々な疑問が浮かぶ。戦争や歴史に関しても考えさせられる作品だ。

とてもかわいらしいソシエ・ハイム。彼女もまた戦争の中で成長していく。画像は第19話「ソシエの戦争」

異質なデザインの主役メカ「∀ガンダム」は、動くと超カッコイイ

 ドラマの魅力はもちろんだが、「ガンダム」といえばやはりMS(モビルスーツ)だ。しかし、主役メカ・∀ガンダムをはじめ、本作のMSはガンダムファンには特に異質に感じるだろう。筆者もはじめてそのデザインを見たとき、かなり"拒否感"を感じた。「これがガンダム?」と思った。

 ∀ガンダムやライバルメカ・スモー、そして中盤から登場するターンXといったメカをデザインしたのはシド・ミード氏。「ブレードランナー」、「エイリアン2」など様々な映画でのメカデザイン、インダストリーデザインを手がけた人物で、彼が「ガンダム」をデザインしたのは、大きな話題となった。

∀ガンダムは工業デザイナーであるシド・ミード氏がデザインした。既存のガンダムのイメージと大きく違うデザインは、発表時はファンの大きな反発を生んだ。しかし番組が放映され、時間を経る中で、説得力と機能性のあるデザイン、設定を活用した劇中の演出など、今では多くの人がそのデザインを評価している。画像はガンプラ「HGCC 1/144 WD-M01 ターンエーガンダム」

 実際にデザインされた∀ガンダムは、それまでのガンダムの特徴であるV字アンテナを口元のチークガードとしてデザイン、劇中でも「ヒゲ」と呼ばれる。手足、体のデザインラインも従来の"ガンダム像"から大きく離れている。実際、当時のファンからはこのデザインが発表された時、大きな反発があった。

 しかしアニメ本編を見て∀ガンダムの"動き"に魅了され、評価を改めた人も多かった。筆者もその1人だ。劇中の∀ガンダムは実に魅力的に動くのだ。ガンダムハンマーをぶん回す。巨大なMSヴォドムを翻弄し、手首のみをたたき落とす。外れた首を走りながら付け直す。細いが高出力のビームサーベルで、敵の手足のみを切り落とし戦闘不能にする。足裏の"スラスターベーン(小型推進器の複合体)"を作動させ飛翔する……。こういったアクションが実にカッコイイ。∀ガンダムは他のMSと明らかに違う存在であることがその戦いぶりからわかる。∀ガンダムの秘められた能力が徐々に明らかになっていくのも物語の大きな要素となっている。

∀ガンダムは劇中で本当によく動く。その描写は従来のガンダムのイメージを大きく変えた。画像は第13話「年上のひと」

 また、ロランが∀ガンダムをどう使っていくかも見所だ。ロランは困窮するムーンレイスの植民者のために∀ガンダムで放棄された牧場から牛を運ぶ。また崩れた橋の代わりに∀ガンダムの背中を使ってトラックを通したりもする。大量の洗濯物を抱えたキエル(ディアナ)のために、川縁で手首を回転させ洗剤を投入、ガンダムを洗濯機として使うのだ。兵器である∀ガンダムをロランがどう使っていくか? それは∀ガンダムが秘めた恐ろしい力が明らかになってい後半こそ、重要な要素となっていく。

 「ガンダムを知らない人にオススメのガンダム作品」である「∀ガンダム」であるが、それまでのガンダムファンがニヤリとさせられる要素もたくさん盛り込まれている。ミリシャが発掘した"味方"となるMSカプルは「機動戦士ZZガンダム」に登場した水陸両用MSだが、ZZの時に比べ小さく、丸くなっており、ソシエ達女の子が乗るとその挙動もかわいらしい。ルジャーナ領のミリシャが使うMSボルジャーノンは「機動戦士ガンダム」でおなじみの"ザク"なのだ。ザクとガンダムが肩を並べて戦う姿は、ガンダムファンにとってとても楽しい瞬間だ。「∀ガンダム」をきっかけに他のガンダム作品への興味もわくだろう。

ガンダムファンには衝撃の「ボルジャーノン」。ザクそのままのデザインで、しかも味方なのだ。富野監督の遊び心が感じられる。画像は第32話「神話の王」

 そしてターンXだ。中盤以降の強大な敵として立ちはだかるターンX。手足をバラバラにした"オールレンジ攻撃"、右手に取り付けられた溶断破砕マニピュレーター「シャイニングフィンガー」など、圧倒的な攻撃力を見せる。この機体を駆るギム・ギンガナムを演じる子安武人さんのぶっ飛んだ演技も見物だ。

強大な敵として現れるターンX。シド・ミード氏が「ガンダム世界のデザインラインを理解した」というデザインは非常にカッコイイ。子安氏が演じたギンガナムのイメージも相まって、人気の高い機体だ。画像は「MG 1/100 ターンX[ナノスキンイメージ]」

 「∀ガンダム」はガンダムを知らない人が前知識なしに見てもSFアニメとして楽しい作品だ。2つの全く異なる歴史を歩んできた民族の戦い。この悲劇はいかにすれば回避できたのか? 戦争のさなかでも人は生きていかねばならない。その時人は何をすべきか? 作品の中では明確な答えが出ない問いかけも多い。キャラクター達のドタバタからシリアスまで幅のあるドラマ、丁寧に描写されるMSの戦いなども面白い。

 キャラクタードラマ、ロボットアニメとして楽しむだけでなく、SFドラマとしてもとても世界設定が非常に凝っている。文明が後退しているように見えるこの世界であるが、土壌改良にナノマシンの特性を使用していたり、屋根の上を覆う植物は、電気を発生させる能力で人々の生活を支えていたりと、先進文明の残滓が生きていたりする。∀やターンXは従来のMSを遙かに越える超科学の産物だ。物語の中で明確に語られないSF設定も多く、興味を持って調べればどこまでも深く楽しめるのだ。まずはドラマに触れ、そこから深く深く楽しんでみよう。

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