SIGGRAPH ASIA 2009レポート

セガ、ゲーム開発を支える社員教育のノウハウを公開
業界を生き抜く精鋭クリエイター達はこうして育てられる!


12月16日~19日開催

会場:パシフィコ横浜



 SIGGRAPH ASIA 2009で開講されたセッションの多くは映像製作、コンピューターグラフィックスの最先端研究が中心ということで、ゲーム業界に直結した話題そのものは少数派。そんな中でゲーム業界人の耳目を集めたのが、株式会社セガによるユニークなセッションだ。これまで公に語られることが少なかったテーマ“社内トレーニング”についての講演である。

 その内容としては、「ゲーム業界で生き抜くための陰の立役者─セガの社内トレーニング─」と題し、セガが取り組んでいる新人研修、ノウハウ共有といった社内トレーニングの内実を公開するというものだ。講演には社員教育等を手がけるセガCS R&D事業部システムサポートセクション主任の康 日準(カン・イルジュン)氏らが登壇し、日ごろの取り組みについて幅広い話題を提供した。

 新人研修や社内勉強会といった取り組みそのものは、大手のゲーム企業では珍しくないものだが、ともすれば企業体質の表裏を見透かされる話題であるだけに、その具体的な内容が公に語られる機会はこれまでほとんど無かったと言えよう。今回セガが行なった講演はある意味エポックメイキングなことで、それだけ強い関心を惹く。会場にはゲーム業界関係者をはじめ、教育関係者、そして多数の学生が聴講に訪れ、超満員の盛況となっていた。



■ ゲーム開発に最低限必要な知識とは? セガ流新卒社員トレーニングメニュー

セガの新人研修について講演を行なった康 日準氏
グループトレーニングで教える項目は、ごく基本的なゲーム技術の知識が網羅されている
昔ながらのポリゴン数削減法。こういった知識の吸収により、ゲーム開発に求められる感性を養う
職種毎の個別トレーニングメニューは、企画、アーティスト、プログラマの3種が用意されている

 実に3時間にも及んだこのセッションでは、3つのパートに分けて発表が行なわれた。その中で始めに登壇したのは、R&D事業部システムサポートセクション主任の康 日準氏。社内教育面のサポートも手がける康氏は、セガが長年取り組んでいる新卒社員の研修プログラムについて事細かに披露した。

 セガでは、ゲーム開発関連の部署を希望する新卒社員全員に1カ月の社内研修を実施しているという。そこで新卒社員一同は、ゲーム開発に必要な「最低限の知識」を集中的カリキュラムの中で習得していく。中小規模のゲーム企業でも何らかの新人教育は行なうものだが、セガは業界大手であるだけに例年入社してくる新卒社員の数も多く、それだけシステマチックな体制を構築しているようだ。

 その流れとしては、まず全員が一同に参加するグループトレーニングでゲーム開発の基礎知識を学ぶ。次いで企画、アーティスト、プログラマーといった業種に応じたトレーニングが組まれる。最後にトレーニングの成果を試すためのゲーム実習製作を行ない、1カ月の研修期間を修了するという按配だ。

 康氏によれば、全員がゲーム開発志望の新卒社員とはいえ、当初のゲームや技術に対する理解度はまちまちである。最近でこそ少なくなってはいるが、それまで手書きでのみ絵を描いてきたアーティスト志望の社員などは、PCの使い方すらわからなかったりするそうだ。とはいえ皆何らかの得意分野を持ち、最終面接をパスしてきた英気溢れる社員たちである。まずはしっかりとゲーム開発の基礎知識を伝えれば、各開発チームに配属後、それなりの期間で各々の実力を発揮できるようになるという。

 そこでまず、全員が参加するグループトレーニングでは、「2Dとは何か」、「3Dとは何か」、「ドットとは何か」といったレベルの講習が汲まれている。それもゲーム開発のノウハウに即した内容だ。例えばテクスチャーの透過マスクを作る際、半透明部分が必要なものではテクセルあたり8ビットを使用するが、単に背景が透過するものはテクセルあたり1ビットで作ればメモリが節約できる、という話題である。ごく簡単な話ではあるが、現場に入る前に知っていると知っていないでは大違い。ポイントさえ押さえておけば、高度な開発にも応用が利く。

 こういった形で、グループトレーニングでは「フレームレートの概念」であったり、「Zバッファとは何ぞや」、「LODとは」、「Mipmapとは」という3Dグラフィックスの基本、「ポリゴン数を節約する基本技」、「カリングの概念」といったデータ製作の基本を教え込んでいく。その資料としてはセガのゲームで実際に使われてきたアセットがふんだんに使われ、実例紹介も充実しているようだ。

 グループトレーニングが終わると、各社員は業種ごとの内容に特化したトレーニングに分かれていく。企画志望者は実際に企画書を書くトレーニングを行ない、アーティストは3Dツールのノウハウを学ぶ。プログラマーはコンパイラのインストールから簡単なコーディングとデバッグまでを実習する。

 その中で康氏が強調するのが、商品となるゲームを開発するにあたって必須のメンタリティを持たせる、ということである。それは時間とお金というコストへの敏感な感覚だ。例えば企画者であれば、ターゲットプラットフォームで実現不可能な企画を立てても完全に時間の無駄であり、プロジェクトに遅れと混乱をきたすことになる。そうならないためにはグラフィックスの技術、ゲーム機の性能評価、描画手法によ処理コストといった的確な知識が必要だ。それを重点的に伝えるのがトレーニングコースの重要なポイントとなる。

 このほか康氏は、最近になって教育カリキュラムに取り入れた要素についても紹介した。 ひとつは知的財産権に関する知識。近年ではネット上などで「著作権フリー」とされる音声・画像・プログラム等の素材を手に入れることができるが、つい使って見たところ、実は商用利用には制限があった、というケースがありがちである。そういった誤謬を未然に防ぐためにも、一定の法律知識、典型的なライセンス種別への理解が重要だという。

 さらに英語の重要性も新入社員に伝えているという。康氏は、ネット上の価値ある情報の多くが英語で書かれていることを挙げつつ、それを読み解き使いこなすためには、学校教育で得られる英語力だけでは不十分だとする。特にプログラマーは問題の自己解決能力が重要であり、最先端の開発に取り組むほど、英語力の有り無しの影響は大きい。とはいえ会社が英語専門のカリキュラムを組むわけにもいかないので、そこは独学でも解決していけるよう、強い意識を持ってほしいようだ。

 ちなみに、研修中の社員にはスーツ、ネクタイの着用を義務付けている。康氏によると、「最初の1カ月くらいは、気を引き締めて取り組んでほしい」との願いからである。こうして1カ月の新人研修期間を終えた新卒社員たちは、翌日から念願のカジュアルな服装で出社し、それぞれの開発チームでキャリアをスタートするというわけだ。


「Zバッファとは」、「LODとは」、「Mipmapとは」……。ごく基礎的な知識の習得のためグループトレーニングが行なわれる。特にゲーム関連の専門教育を受けた者である必要はなく、ほとんど誰でもついてこれるペースでカリキュラムが進行していくようだ
セガの新人研修では、おおむねプレイステーション 2世代までに一般化した技術・知識を基礎と捉え、重点的に教えているようだ
企画者には技術とプラットフォームの知識、アーティストにはデータ構造の知識とコスト感覚、プログラマーには自己解決能力と最適化へのこだわりを要求する。ちなみに康氏によると、ここ2年くらいで台頭してきたテクニカルアーティスト業種のなり手が不足しているそうだ。アートとプログラム双方の知識・スキルが必要な専門職で、今後益々重要になっていくとのこと。これからゲーム業界を目指すと言う方はいかがだろうか?



■ 相互モニタリングで大幅スキルアップ! 社内ノウハウ共有の取り組み

2年目以降の社内トレーニング法の話題を提供した築島智之氏
仕事に慣れてからも成長ペースを維持するにはどうするか?ということがテーマ
クローンモニタリング。相互鑑賞あるいは相互監視のシステムと言える。慣れるまでは窮屈そうだが……
この手法にはコミュニケーションの円滑化といった副次的な効果も表れているという

 AM研究開発本部所属のチーフデザイナー築島智之氏が発表した内容は、「2年目以降の社員トレーニング」が主題。月島氏はテクニカルアーティストとして社内のアーティストのスキル向上策を種々実験中であるそうで、伸び悩む時期の社員に効く特効薬をこれまでの成功例から紹介してくれた。

 その真骨頂が、築島氏が「クローンモニタリング」と呼ぶ、いわば同業スタッフ間の相互鑑賞システムである。仕組みとしては単純で、3Dモデリングなどを担当するアートスタッフ2人のペアに対し、それぞれに2台目の液晶モニターを配備。それぞれがメイン作業に使うモニターをスプリッタで分岐し、相方のセカンダリーモニターに出力するというものだ。

 要するに、2人の間で常時、相手の作業風景を観察するという関係が成立するわけである。互いにいつも見られることになるわけでいかにも窮屈な感じもするが、なぜ築島氏はこのような仕組みを試そうと思ったのだろうか。それは、各社員が必ず経験することになる、業務上スキルの「成長曲線の鈍化」を打破するためだ。

 新卒でキャリアをスタートした社員は、たいてい最初の1年は急速にスキルを伸ばす。だが2年目以降となると仕事に慣れてくる反面、自分なりのやりかたを覚えてしまって、新たなスキル、より効率的なやりかたというものを学びにくくなるものだ。たとえ身近により効率的な作業法を知っている人が居るとしても、それに気づくことは少ないし、たまに勉強会を開いてみても、新しいやり方を意見交換するだけではなかなか定着しないものだ。

 築島氏はその解決のため、古来の芸術家が「模倣によって技術を盗み、自らの技術に昇華してきた」というスタイルに注目。また、プログラミングの世界で用いられる「ペアプログラミング」という開発スタイルにも刺激を受けた。密な相互学習の機会をアーティストに与えれば、いまあるスキルの壁は突破できるはずではないか。そのためには、まず作業画面そのものを互いに共有するのがシンプルだ。言うより前にやって見せよ、というわけで、新卒2年目くらいのスタッフと、5、6年目くらいのスタッフを組ませて「クローンモニタリング」を実施した。

 実際に幾例か試した結果として、その効果は抜群のものがあったようだ。互いの作業をリアルタイムで常時見ることで、ある作業を行なう際のノウハウや、本人が意識してもいないような小技といったものが発見されやすくなる。また理解力のアップ、模倣しようとする意欲の向上が見られ、短期間のうちにスキルの大きな改善が見られた。また、そういった経験をすることにより、クローンモニタリングを止めた後もスキルアップに積極的になるという。

 スキルの伝播以外の嬉しい効能もあった。ひとつは問題の早期発見。手順の誤りやデータの誤謬を発見、報告、修正するというプロセスがその場で行なわれ、何かプロジェクトに悪影響を与える前に多くの問題が防がれる。隣り合う席で「クローンモニタリング」し合う同士は会話が弾み、より親密な仲を築く傾向があり、コミュニケーションが円滑になることでさらなる作業の質の向上が計られる。

 また、相互のモニタリングで当然考えられる効果として、仕事中にWEB巡りをして遊んでしまうような時間帯を激減できたそうだ。これには多くの聴講者が笑い声を上げた。

 ただこの手法にはいくつかの問題もあると、築島氏は説明している。ひとつは、あまり長期間クローンモニタリング環境に触れていると、状況に慣れてしまっていつしかセカンダリモニターを見なくなること。はじめは様々な学習の場であったものが、いつしかただのスクリーンセーバーになってしまうというわけだ。このため築島氏は、は半年から1年毎に実施するのが効果的ではないか、と述べている。

 また、悩みとして「高年齢のスタッフから強い抵抗があること」を挙げている。やはりある程度自分の仕事サイクルができた者にとっては、人に常時監視されるというのは嫌なものなのだろう。そのため築島氏は、若いスタッフに率先して実施してもらえるよう働きかけているという。ある程度一般的になれば、先輩スタッフも従わざるを得なくなるだろうという寸法だ。

 この「クローンモニタリング」法は、細かな手作業の積み重ねで作品を作っていくグラフィックアーティストという職種に非常に向いている上、互いのモニタの接続をネットワーク越しに行なう、1対多のモニタリングをするといった応用も考えられて面白い。築島氏はこのほかにも、新人アーティストがアニメーションの技法を効率的に学習する方法の取り組みを紹介するなど、セガ流社内教育の一端を垣間見せてくれた。会場に集まった聴講者、とくに教育関係者にとって刺激的な講演だったように思える。


築島氏は、ノウハウ蓄積の難しいアニメーション製作分野における効率的な学習スタイルを提案。発想としては「アニメ業界における原画マンと動画マンの関係」ということで、既存の完成度の高い手付けアニメーションを題材に、手作業で全く同じものを作らせるというやりかたを取っている。その際、問題を簡単にするため、まずキーフレームの見た目だけ、後でキーフレームのタイミングだけ、という順番で実習させているそうだ
手本のアニメーションを完コピーさせ、次にオリジナルのアニメーションを製作させると劇的に腕前が向上するという。また、実習の最後に復習として「マインドマップ」を書く。これは工夫した箇所などの記憶強化に最適で、なおかつ教官役が試験問題を作らずに済む課題であることから、人手がかからなくて良い、とのことだ

(2009年 12月 19日)

[Reported by 佐藤カフジ ]