「Deracine」レビュー

Deracine(デラシネ)

妖精さん、あなたはそこにいますか。止まった時と命に干渉し少年少女と触れあうVRアドベンチャー

ジャンル:
  • VRアドベンチャー
発売元:
  • ソニー・インタラクティブエンタテインメント
  • フロム・ソフトウェア
開発元:
  • フロム・ソフトウェア
  • ソニー・インタラクティブエンタテインメント
価格:
3,240円(税込、ダウンロード版)
 
3,000円(税別、パッケージ版)
 
4,000円(税別、限定版)
 
発売日:
2018年11月8日

 妖精さん、妖精さん、きこえますか?あなたはこれから”止まった時”に触れて、6人の子供たちと、1人の先生と遊ぶの。ハーブが大好きな女の子、いちばん大人で心優しい男の子、みんなのお姉さんに勉強家、帽子好き、かわいい妹に、校長先生。

 あなたはみんなの姿が見られるけれど、みんなからはあなたの姿は見えない。――だって妖精だもの。でもね、みんな、あなたと友達になりたがってるのよ。だからあなたは、その世界に触れて、思い出を視て、ときにはいたずらをして……みんなと仲良くしてあげて。

 ――というわけで、本稿は「Demon's Souls」や「Bloodborne」を作り上げたSIE JAPANスタジオとフロム・ソフトウェアというタッグのもと制作されたVRアドベンチャー、「Deracine(デラシネ)」のレビューである。

 なのだが、まずひと言。これは血塗られた獣狩りの夜や魂を喰われた王国の物語ではなく、寄宿学校で暮らす、なんでもない人間たちが大団円へ向かう物語だ。VRという場だからこそ引きずり込まれる物語、紡がれる言葉、触れるものすべてに目を凝らし、主観し続けることで心に深い深い傷痕を残す。フロム・ソフトウェアが得意とする、世界観を読ませ考えさせることで(心に)致命の一撃を与える絶技、その極致をこのタイトルに見た。

硝子細工のような、美しく儚く優しい世界

 寄宿学校は、生物の研究者である老爺が校長だ。至る所に風景や虫、鳥を描いた絵画、スケッチが飾られており、風呂や寝室、食堂はもちろん礼拝堂、音楽堂も存在する。猫も居着いていて、廊下に座り込んでは「に"ゃあああああお」とこちらを威嚇する。妖精、猫、きらい。猫が立ち塞がった先には移動もできなくなる。

黒板には人間たちの似顔絵が描かれている。絵面をみるにマリーが描いたのだろうか

 人間たちは誰も彼も美しい。妖精の存在を信じるユーリヤ、足に怪我をした小さなロージャ、大きな丸眼鏡と端正な顔立ちが特徴のニルス、大柄に見合う優しさをもったお兄さんのルーリンツ、いつも帽子を被って思慮深いハーマン、皆を気遣うお姉さんのマリー、めったに姿をみられないがすべてを知っていそうな校長先生。だれもが個性的で、それでいて互いを思いやり手を繋ぎあおうとする姿は美しい。

左がハーマン、右がルーリンツ
ニルス
ロージャ
マリー

 とくにユーリヤがたいへんな魅力。「Bloodborne」でいえば人形のように。こちらを見つめようとする視線に、誰もが可愛らしいと思えるであろう幼さを残した顔立ち、色素の薄いしなやかな髪、華奢なラインを描く肩――どこにもいないような、透き通った少女。だれよりも妖精を信じ、妖精を愛し、妖精に頼ろうとする。彼女が妖精のために優しい文字でしたためた手紙は、必ずあなたの役に立つだろう。

操作感覚は脱出ゲーム?触れて拾って干渉し鑑賞する

 本作はPlayStation Move モーションコントローラーを2本使って操作する。それぞれが左右の手として機能し、触れられるものや思い出をトリガー(Tボタン)で掴むのだ。移動はポイントを視線で指定するもので、しゃがんで視線を下げることもできる。また全てのオブジェクトにはフレーバーテキストがあり、特定のアイテムは持ち物として保管できたり、触れるだけでストーリーが進行するものもある。

 フレーバーテキスト。本作では――もちろん筆者の主観的にではあるが――そのテキストの物語への依存度が他タイトルより圧倒的に強い。明確なストーリーが設定されているからだろうか。文字通りすべてのアイテムにテキストが存在するので、くまなく探し隅々まで読み込むと濃厚なエッセンスとして機能する。

 操作感覚は「オブジェクトをポイントし、適切な場所で使う」ということに絞れば2000年代のブラウザゲームで流行った脱出ゲームに近い。もちろんPS VRの世界をPS Moveで操作するのだからその楽しさは桁違いだ。アイテムを持った手をひねれば裏側を確認できるし、アイテムを持っている最中にもう片方の手を近づけてトリガーを引けば持つ手を替えることもできる。

 また、ものに触れたり仕掛けを解くと温かそうな光の玉が生まれることがある。これは人間たちの言葉や想いが、妖精が触れられるようになったものだ。加えて黄色い残像で描かれた人間たちは「思い出」。ストーリーを進める要素ではないが、ヒントになる。

ユーリヤが纏うケープの柔らかな感触とか

 そうそう、「触れる」ということで言えば、ものに触れたときに生まれる音にも気をつけてほしい。手に取ったときに限らず、たとえば、人間の服に触れたとき。聴覚を彩るのは重みのある優しいBGMだけではないのだ。

指輪、いのちと時を司る指輪

 妖精は右手に赤い指輪、左手に青い指輪を嵌めている。この指輪には、赤には「触れた生物の命を奪い、また与える」能力、青には「時の振れを観測する」時計――「時振計」を備えている。時振計はゲームの目標を確認するのにも使え、必要な工程の数を教えてくれる。必要なことが済めば時の振れは固定され、次の時間(シーン)へと移動できるようになる。

 赤い指輪の力は強い。植物なら植物、動物なら動物へと命を奪い、指輪に留め、失われた命へ送る。命のやり取りは人間たちには文字通りの奇跡に映り、妖精の存在を確信させるものになるだろう。

この胸を刺し貫く貴い感情を

 本稿をお読みのあなたへ。「Deracine」の世界は美しい。強く生きる生徒たちの想いに惹かれ、この眼が眩んでしまうほどに。私は無意識のうちに身構えていた。あの獣の夜を描いた開発陣であるなら、ここにどんな深い闇が待ち受けているのだろうと。黄昏に浸る校舎、柔らかい熱をもった陽光に照らされた少女のいまにも消えてしまいそうな笑顔。新しい出会いを期待したであろう、左手の小指に嵌められた質素な指輪。あの笑顔をもういちど見たいと思い続けて、私は力を使った。温かな命の灯火を描くこのタイトルに、ぜひ触れてほしい。