2018年5月31日 12:00
※本レビューはネタバレ要素があります。
スクウェア・エニックスは6月7日に、「ライフ イズ ストレンジ ビフォア ザ ストーム(以下、「ビフォア ザ ストーム」)」を発売する。なお、前作である「ライフ イズ ストレンジ」のダウンロード版を購入したユーザーに限り、5月31日からプレイできる。そのため、本日レビューを掲載したい。
筆者は本作をプレイする前、“不安”があった。「ビフォア ザ ストーム」を手がけたアメリカのDeck Nine Gamesは、前作「ライフ イズ ストレンジ」を制作したフランスのデベロッパーDONTNODとは違う会社なのだ。解釈などが異なっていたら、ズレを感じたらどうしよう、という心配があった。
ファーストインプレッションで語っているが、筆者の心配は杞憂に終わった。本作は主人公である“クロエ”をさらに掘り下げ、より強く感情移入できる作品となっている。プレーヤーはクロエの孤独に苦しみ、それでももがきながら明日を探す彼女と一体化し、そして彼女の生き方を見守る作品となっている。“青春”を描く作品として、心に残るゲームである。
「ビフォア ザ ストーム」の本編は3つのエピソードで形成されている。本レビューはエピソード1の内容に触れているのでネタバレ注意である。「前知識なしでプレイしたい」という人は、プレイを終えてから読んで欲しい。
主人公クロエの視点で描かれる、少女の青春物語
「ビフォア ザ ストーム」は、前作「ライフ イズ ストレンジ」の“前日譚”となるアドベンチャーゲームだ。「ライフ イズ ストレンジ」では突如“時間を巻き戻す”能力を得たマックスが、5年ぶりに再会した親友クロエと、オレゴン州の街アルカディア・ベイで冒険を繰り広げる、という物語だった。
「ライフ イズ ストレンジ」で5年ぶりに会ったクロエは不良少女になってしまっていた。彼女は学校をやめ、髪を青く染め、たばこを吹かし、ドラッグの売人とすら面識がある。マックスはクロエの変化に驚きつつも、彼女と様々な事を経験する中で、親友としての絆を取り戻していく……。
前日譚である「ビフォア ザ ストーム」は、クロエを主人公にしている。前作ではバックボーンとして語られたクロエのこれまでの生き方が語られることとなる。マックスと離れた後に得たクロエの新しい親友・レイチェルとの出会いを中心に、大きすぎる悲しみに自暴自棄になり、周りから誤解され、孤立していったクロエの物語が描かれる。
どうにもできない苦しいクロエに一瞬差した光、それこそがレイチェルだった。クロエとレイチェルはどう出会い、絆を深めていったのか、プレーヤーはその物語を知ることとなる。
本作は様々な状況に対し、選択することで物語が変化していくアドベンチャーゲームだ。前作は時を戻すという特殊能力が物語の雰囲気にも大きな影響を与えていたが、クロエには特別な力はなく、単純にシステムとしてみるとオーソドックスになっている印象を受ける。
しかし本作には、「バックトーク」というクロエらしい新システムが盛り込まれている。これは気が強く頭の良いクロエならではの“舌戦”の能力で、こちらの主張で相手を圧倒し、説得したり、やり込めたり、クロエの“我”を押し通す能力だ。場合によってはかなり無理なことも成功できる、不良少女の胆力だけで相手にこちらを認めさせる、爽快なシステムである。
「ビフォア ザ ストーム」はクロエというキャラクターをより深く知り、そして、彼女の傷つきやすく、誤解されやすい、若く危うげな生き方を見守るゲームだと言える。リアルさを感じさせる1人の少女の青春活劇であり、多くの人にその魅力を感じてもらえる作品だと思う。「等身大の青春物語」という、誰もが共感できるテーマは、前作のファンだけでなく、多くの人に楽しんで欲しいと思う。
触る者を傷つけずにはいられない、学校にも家にも居場所がないクロエ
ここからはいよいよストーリーを語っていこう。クロエは出口のないつらい世界にいる。2年前大好きだった父親が死んだ。親友のマックスは今は遠くシアトルにいて、悲しむ彼女を支えきれず連絡も取れなくなっている。学校はお金持ちの子供が多いブラックウェルで、クロエ自身がうまく溶け込めないというか、クロエ自身が繋がりを拒否している。
元々言葉遣いも乱雑だった彼女だが、何かというと攻撃的な言葉で周りを傷つけ、酒やたばこにも手を出してしまう。そして、“不良”として扱われる中でますます孤立していく。奨学金をもらっているが、成績は下がり授業もサボりがちだ。校長からは厄介者扱いされていて、反抗的なクロエはつい挑発的な態度を取ってしまう。
クロエは家の中にも居場所がなくなりつつある。ダイナーに勤め家計を支える彼女の母・ジョイスは、デイビッドと親密になろうとしている。デイビッドは元軍人で強面、命令口調でクロエに接してくる。優しかったパパとは正反対の男だ。家計の苦しさ、ママの寂しさも理解できるが、パパの思い出を捨てるような真似は許さない。それなのに、デイビッドとジョイスは家で一緒に暮らそうとしているのだ。
「ビフォア ザ ストーム」は、クロエの不器用さ、純真さをとてもよく表現した作品だ。クロエは父親の死という大きな悲しみから逃れられないでいる。プレーヤーはゲームを始めることでクロエの強い孤独と直面し、彼女を助けてあげたいと思うことになるだろう。プレーヤーは選択肢を選ぶことでクロエをその境遇から救うべく働きかけることもできる。
クロエは、実は学校では一目置かれた存在だ。クロエの独特なセンス、強い者にもこびない反抗心、機転の利く頭の良さは周りの反応から知ることができる。そう、クロエがほんの少し心を開けば、学校の仲間達は彼女を受け入れてくれるかもしれないのだ。
ジョイスはクロエの味方であろうとしてくれるし、強く愛してくれる。そしてもちろんデイビッドも不器用ながら愛情を向けてくれているのだ。プレーヤーはクロエの目を通じながら、そういったいくつものクロエの救いの道を見つける事となる。そしてそれを単純に受け取れないクロエの複雑さ、痛みに苦しむ心を見ていくこととなる。プレーヤーはクロエの心の傷を少しでも癒やすことができるだろうか? 孤独なクロエを救い出したい、それは本作の大きなテーマといえる。
そしてそんな苦しいクロエの人生に大きな転機が訪れるのが、レイチェル・アンバーとの出会いだ。検事の娘であり、モデルのような美人、成績は優秀で、学校の演劇で主役を務めるスター、生徒達のSNSでの中心人物でもある。誰もがレイチェルの行動に注目している。そんな彼女が、何の気まぐれか、クロエに興味を持ったのだ。クロエはいきなり近づいてくるレイチェルに戸惑うこととなる。
クロエを振り回すレイチェルその本心は……どこにある?
レイチェルは嵐のように突然クロエの前に現われる。潜り込んだファイアウォークのライブ、チンピラに絡まれていたクロエに救いの手を伸ばしてくれたのだ。そしてそのままライブの最前列で2人は音楽に身をゆだねた。クロエにとってそれはまさに夢のような時間だった。
レイチェルはその行動1つ1つが他の生徒の注目になるような憧れの存在だ。ライブの次の日、レイチェルとクロエが写った写真が学校のSNSにアップされると誰も彼も、男も女も「レイチェルってどんな子なの?」と聞いてくる。レイチェルは誰からも好かれる優等生なのだが、実は皆彼女のことを知らないのだ。
そんなレイチェルが突然クロエとの距離を縮めてくる。彼女は「学校をサボろう」とクロエを誘ってくる。思わずその提案を受けてしまうクロエ、それこそが2人の運命の始まりだった。貨物列車の貨車に忍び込み、クロエとレイチェルの冒険が始まる。
レイチェルは“嘘”と“演じること”に強いこだわりを持っている。彼女は「ゲームをしよう」といって、「嘘をついたことを当てるゲーム」、「観察した人のセリフや考え方を演じるゲーム」を提案してくる。クロエはレイチェルに言われるままそのゲームに付き合う。
レイチェルは“役者”だ。学園の劇で主役を務めるだけあって、芝居がかった台詞が得意で、彼女の嘘もわかりにくい。……だからこそ彼女の本心がわからない。それがクロエを不安にさせる。クロエはノリが良く頭の回転が速い。彼女自身も「自分ではない誰かになりたい」といつも思っていて、TRPGでもノリノリで演じる。クロエとレイチェルは似たもの同士なのだ。
レイチェルとクロエは「今すぐにもこの町から出たい」という想いで、強く共感し合っている……とクロエは感じたのだ。しかしそれさえもレイチェルの演技かもしれない。なぜレイチェルはクロエを誘ったのだろう? その不安は、嫌な形で的中する。レイチェルは全く突然、あまりにも突然に「1人にして欲しい」とクロエに背中を向けたのだ。
自分を振り回すレイチェルの仕打ちに思わず声を荒げてしまうクロエ、クロエはその怒りをそのままぶつけようとするが、自分を抑え、絞り出すように素直な気持ちを、レイチェルと友達になりたいという気持ちを吐露する。口に出して初めてクロエは自分の中の本当の“寂しさ”に気が付く。
そう、クロエはいつも寂しがっていた、得られない助けを欲していた。レイチェルとの出会いはほんの少しだけ見えた光明だったのだ。クロエ自身がそれを自覚したとき、レイチェルは一瞬戸惑うが……背を向けてしまう。クロエは1人取り残され、感情を爆発させる。
始まるクロエとレイチェルの物語。その先に光はあるか?
レイチェルには“秘密”があり、それがエピソード2以降の大きなテーマとなる。クロエはレイチェルと秘密を共有し、レイチェルを助けながら、自分の心とも向き合っていくこととなる。
エピソード1では様々な“伏線”が用意されている。学校の生徒や職員、もちろんジョイスとデイビットとの繋がりも継続していくこととなる。エピソード1のプレーヤーの決断が、エピソード2、エピソード3に影響し、物語を変化させていく。
よりよい方向を考えてエピソードごとにやり直しても良いし、まずは突っ走ってしまうのもアリだ。一度エピソードをクリアすると「パラレルワールド」という、選択内容を保存しないゲームプレイも可能となる。これで展開を確かめ、自分の中のベストとも言える選択を探していくのも良いだろう。
「ビフォア ザ ストーム」の物語はクロエとレイチェルの物語だが、もう1つ大きな要素が「クロエの父親への想い」である。本作では死んでしまったはずの父親が出てくるのだ。どのように登場するかは、プレイして確かめて欲しい。
本作は英語音声でもプレイできるが、筆者は日本語吹き替えの声優さんの演技が大好きだ。クロエのすぐ調子に乗る感じや、ジョイスの苦労人らしい声の出し方、他のキャラクターもそれぞれ雰囲気がある。レイチェルの自分の魅力を自覚している、こちらを探るようなしゃべり方の感じも楽しい。熱意を込めて、楽しんで演じている感じが伝わってくる。
本作はとても丁寧に、愛情を持って作られた「ライフ イズ ストレンジ」の前日譚であり、外伝であるといえる。クロエというキャラクターだけでなく、様々なピースがこの3年後に始まる「ライフ イズ ストレンジ」にはまるように作られている。もう1度「ライフ イズ ストレンジ」をプレイしたくなるだろう。
もちろん「ビフォア ザ ストーム」ならではのテーマ、開発者達のクリエイターとしての考え、ゲームとしての取り組みもきちんと込められており、本作だけを独立して楽しむこともできる。本作のノリの方が好き、という人もいるだろう。
筆者の個人的な好みから言えば、やはり「時間を巻き戻す」というゲーム的な要素を取り入れ、物語のテーマに昇華させた前作はやはり別格であり、「ビフォア ザ ストーム」は比べるとドラマとしては負けてないが、ゲームとしてもう少し冒険ができたのではないかな、とも感じた。こういった要素はファン同士で議論してみたいところだ。
とはいえ、あのアルカディア・ベイに再び戻れるのは、やはりとてもうれしいし、本作ならではの面白さも大きい。これほど真正面から“等身大の青春”を描くゲームも多くない。ぜひ本作をプレイして、自分に重ねてみて、人生を振り返ったり、これからの人生に思いを馳せて欲しい。
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