2018年5月31日 06:00
右も左もシリーズ物の新作という印象の昨今のゲーム界に新しい風を吹かせた新規IPのRPG――2016年にPS Vitaでリリースされた「Caligula -カリギュラ-」。異色の作風ながらゲームファンから高い評価を得た作品だ。その無印版からストーリーとキャラクターを追加し、グラフィックスやゲームシステムが大幅に改良された完全版「Caligula Overdose/カリギュラ オーバードーズ」が5月17日にPS4で発売された。Vita版の頃からのファンである筆者としては久しぶりに待ちに待ったといえる作品だ。再びカリギュラの世界に浸れると思うと心躍るものがある。
製作陣は過去のアトラスファンにはたまらない面々で、「ペルソナ」、「ペルソナ2」でシナリオを担当した里見直氏が本作の脚本を手がける。さらに音楽は「真・女神転生」シリーズで有名な増子津可燦氏が担当している。両氏の真骨頂であるダークな持ち味が本作にも色濃く出ている。そして、楽士たちの楽曲は動画サイトなどのネットを中心に活躍している人気サウンドコンポーザーが手がけている。作中では戦闘曲にもなっているのでファンにはたまらない。
本作は学園ジュブナイルRPGなのだが、よくあるただの学園ものの作品ではない。物語の舞台となるのは、バーチャルアイドルのμ(ミュウ)が生み出した仮想世界。メビウスと呼ばれるこの世界の住人は皆、現実世界で挫折やトラウマなどに直面し心に傷を負っている者たちなのだ。苦しみから救うために現実に絶望した人々をμは自分の作った楽園に導いているのだ。
メビウスでは老若男女問わず皆が理想の姿でいられる。現実のことを忘れて苦しみの一切ない学園生活を送っているのだ。まさに楽園と呼ぶにふさわしい世界なのだが、中には違和感を感じ、現実世界ではないことに気づいてしまう者たちもいる。それが物語の主人公たちとその仲間である帰宅部のメンバーだ。主人公と仲間たちも例外ではなく現実に苦悩しメビウスに流れ着いてきた。辛い現実を見てきた者にとって楽園であるメビウスを捨て、主人公たちは現実と向き合い元いた世界への帰還を目指すのだった。
“人間の弱さ”や“現代の闇”を描いている、ファンタジーではないリアルでダークな世界観。ハマってしまうと抜け出せない、本作の麻薬的な魅力を存分に語っていきたいと思う。
奥深いゲーム性がさらに深くオーバードーズ(過剰強化)される
主人公たち帰宅部の目的は、μを説得してメビウスから現実世界に帰ること。帰宅部とは相反し、メビウスの秩序を守る者も存在する。主人公たちとは敵対関係にある「オスティナートの楽士」と呼ばれる者たちだ。
メビウスの存在に気づく人間が増えてしまうと世界のバランスが崩れメビウスは崩壊してしまう。楽士たちは現実に居場所がなく、メビウスにしか拠り所がない者たちばかり。ただ1つのユートピアを守るため楽士たちはμに楽曲を与え、歌でμの熱狂的な信者(デジヘッド)を生み出す。デジヘッドを利用してメビウスの存在を気づいた者を洗脳し、この世界の均衡を保っているのだ。
帰宅部と楽士――視点の違いだけでどちら側も正しく、それぞれの正義がある。自分ならばどちらの道に進むであろうか? そんなことを考えさせられる深いストーリー性が、プレイヤーをグイグイと引き込む本作の魅力の1つである。
ゲームの基本はダンジョンを探索して、ボスである楽士を倒しながら進んでいく。フィールド中に敵が配置されているシンボルエンカウント制で、デジヘッドの視界に入ってしまうと戦闘に突入する。気づかれずに奇襲を掛けるとこちらが有利の状態で戦いが始まるので積極的に狙っていきたい。
敵のデジヘッドはμの歌声で暴走して主人公たちに襲い掛かるのだが、その設定がうまく活かされていると思ったのが、敵とエンカウントするとμのボーカル入りの曲になるところだ。別の楽曲に変わるのではなく、戦闘前に流れていたインストバージョンの曲がボーカル入りのバージョンにシームレスに切り替わるのだ。この演出はうまいなとニヤリとさせられた。
ここからは戦闘の話をしていこう。世界観やストーリーだけでも他に類を見ない独自性が光る本作だが、中でも一際輝いているのが戦略性の高いバトルシステムだ。様々なスキルコマンドを駆使して敵を撃破していくのだが、ただのコマンドバトルにとどまらない。敵味方の数秒先の行動が先読みできる「イマジナリィチェイン」システムを採用しており、パーティー全員の攻撃をうまく繋いで爽快なコンボを叩き込んでいくのが戦いのセオリーとなる。
コマンドを選ぶと、そのコマンドを実行することでその後どういう結果になるのかを予測することができる。例えばコンボの起点となる打ち上げ攻撃を仕掛けようとするも、敵の取る行動はガード。この場合このまま実行してしまうと攻撃を防がれてしまうので、打ち上げからガード破壊スキルに行動を変更させたり、攻撃の発動タイミングを調整してガードが解かれた瞬間に合わせれば攻撃をヒットさせることができる。このように敵の行動の裏をかいてコンボの流れを考えながら戦うのがかなり面白い。自由度の高い攻防が楽しめる戦闘システムなのだ。
予測を見てから行動を決定できるのなら、必ず最善の立ち回りができて楽勝過ぎではないのかと思われるかもしれないが、予測での行動はあくまで“可能性”であり不確定な要素も含んでいる。敵が予測と違う行動をとることや、予測ではヒットさせていた攻撃をかわされてしまうこともある。流れを崩されてしまうと戦況が一変してしまう場合もあるので、いかに状況を立て直すかも重要になってくる。
文章にすると少し複雑に感じるシステムなのだが、遊んでみると全くそんなことはない。無印版では確かに多少複雑なポイントや快適じゃない部分もあったのだが、今作では不満のあった部分はほぼ解消されており格段に遊びやすくなっている。どうしても1回の戦闘での手順は従来のコマンドバトルより多くなってしまい、ザコ戦のたびに毎回戦い方を考えるのは少し面倒ではあったのだが、そこもオート戦闘機能の追加によりバッチリ解消されている。プレーヤーが欲しいものを良く理解されていて、かゆい所に手が届く調整が随所に施されている。
キャラクターはさまざまなタイプに分かれており、パーティーを組むキャラクターによって戦術がガラリと変わるのも面白いところだ。状態異常攻撃を持つキャラや、回復支援タイプ、さらに空中やダウン中の相手に真価を発揮するタイプなど、個々がそれぞれ異なる強味を持っている。
格ゲー好きの筆者は、とにかくヒット数が多く高い火力のコンボを食らわせたいというシンプルな戦闘スタイルのもとパーティーメンバーを決めている。コンボの要となる打ち上げ攻撃を持つインファイターの「巴鼓太郎」。浮かした相手に大ダメージを与えられる火力自慢の「佐竹笙悟」。状態異常攻撃で敵の動きを封じることができる「天本彩声」。そしてオールラウンダーの主人公の4人で編成している。
このパーティーが自分の理想とする戦いができて現状ではベストなのだが、まだ少しの不満はある。強いて挙げるなら鼓太郎のSPの消費量と命中率の低さだ。SPとは攻撃をする際に消費するポイントなのだが、鼓太郎の攻撃は他のキャラに比べて膨大なSPを必要とする。SPが切れてしまうと一切攻撃ができなくなるのでこまめにSPを回復させなければならないのが厄介。
そして命中率の低さも時と場合によってはかなりの危険をはらんでいる。コンボの起点となる鼓太郎の打ち上げ攻撃を外してしまうと、敵が打ち上がるのを想定して空中攻撃をスタンバイしているメンバーの行動が総崩れになってしまい、敵から総攻撃を受けてしまうことも……。この弱点を補うため、スティグマ(装備品)で鼓太郎の命中を底上げして戦いに挑んでいる。このように試行錯誤しながらいろいろなキャラクターを使って、自分にハマる戦闘スタイルを模索していくのも本作の醍醐味である。
キャラクターの成長もゲームを進めるうえで重要な要素になる。スキルポイントを使うことで新たなスキルを習得したり、スキルの性能の強化などができる。スキルを覚えていけば戦いの幅も大きく広がり戦闘がさらに面白くなる。
スキルポイントはダンジョンに落ちているものを回収するかレベルアップで手に入るのだが、ポイントは全キャラクターで共有される。無闇やたらに使ってしまうとキャラクターが新たに加入した際に成長できなくなってしまうので注意が必要。序盤の内はパーティーの中心となる主人公を優先的に成長させるのがおすすめだ。
膨大な追加要素を加え、ボリュームはVita版の倍以上に
Vita版にはなかった今作からの追加要素はたくさんある。第一に、自分の分身である主人公の性別が男女から選択できるようになった。ストーリーの本筋は大きくは変わらないが自分好みの主人公でプレイすればゲームにより没入できるだろう。男性主人公の声優が沢城千春氏に対して、今回追加された女性主人公の声優に姉である沢城みゆき氏を起用しているのも遊び心のある面白いキャスティングだ。
今回プレイするにあたって追加された女性主人公でプレイするつもりでいたのだが、無印版からプレイしている身としてはやはり男性主人公への思い入れも強い。迷いに迷った挙句女性主人公は2周目で楽しむと自分に言い聞かせ、葛藤の末今回も男性主人公でプレイすることにしたのだった。
帰宅部サイドと楽士サイドその両方に新キャラクターが加えられられており、それにともない新規のイベントやダンジョンも追加されている。過去にVita版をプレイしていても新鮮な気持ちで遊ぶことができる。
本作の新要素の中で最も目玉なのは楽士ルートの追加だ。帰宅部の敵であるオスティナートの楽士側の物語を収録している。このルートでは楽士のリーダーである「ソーン」に誘われた主人公が謎の楽士「Lucid」となり、帰宅部・楽士のどちらにも正体を隠しながら暗躍していくのだ。
正規ルートでボスであった楽士たちでパーティーを組むことができるのも新鮮で、ストーリー部分もVita版では描かれなかった楽士たちの内面も深く掘り下げられているのもファンには嬉しいポイントである。
ルート分岐は選んだほうを1本道で進めていくのではなく、帰宅部ルートと楽士ルートを並行して物語を進行していき、最後に運命の決断を迫られる。無印版ではただの敵としての扱いだった楽士たちだが、両サイドをプレイしてみると見え方がかなり変わってきて、“単純に敵”という風に思えなくなってくる。裏で楽士に手を貸し、帰宅部に対して裏切り行為を行う主人公だが、果たして楽士ルートはどんな結末が待っているのか、プレイしながら先が気になって仕方が無い。
他のRPGにはない本作ならではの斬新さは、キャラクターたちの不透明さだ。楽士たちはもちろんのこと、仲間である帰宅部のメンバーですらも誰一人ハッキリとした素性は分からないのだ。そのキャラがリアル世界ではどんな人間なのか……それらはストーリー上では断片的にしか語られない。
謎に包まれれば包まれるほど知りたくなってくるもの。キャラクターには親密度が設定されており、それぞれのキャラクターエピソードが用意されている。会話を重ねたり、パーティーメンバーに加えて戦闘を重ねることで親密度が上がり、キャラクターごとの固有イベントを見ることができる。キャラクターエピソードを進めていき真に絆が深まったとき、内に秘めていた全てのこと、なにがきっかけでメビウスに引き込まれたかの真実が分かるのだ。
今回プレイしていて気になったエピソードは新キャラクターの「天本彩声」だ。彩声は病的なまでに男を嫌悪しており、恐怖と怒りで満ちている。主人公の性別で変化するようなのだが、筆者は男性主人公でプレイしているためボロクソな扱いを受けている。
彩声のエピソードは帰宅部のチームワークのため、男性嫌いを克服していこうといったもの。初めは帰宅部のメンバーですら敵視していた彩声だが、親密度を上げていくことで少しずつではあるが心を開いていく。トラウマと向き合い、変わろうとして成長する姿には心打たれるものがある。彼女がここまで男に憎悪する理由はまだ現在の進行状況では分からないが、その原因がどんなものなのか早く真相を知りたいところである。
ギャルゲーファンである筆者はこういった親密度を上げて仲が深まっていく要素は大好物である。キャラクターの内に秘める部分を知っていくほどこのゲームの世界観にどっぷりとハマってしまう。しかし絆を最大まで上げるのは簡単ではなく、イベントで問われる質問で選択肢を間違ってしまうと、あっけなく関係性が壊れてしまう。現実と同じく、人の心の奥に踏み込むのは覚悟と注意が必要なのだ。
本作は主要キャラクター以外にも、メビウス内に存在する生徒たち(いわゆるモブキャラクター)もなんと仲間にすることができ、戦闘に参加させることも可能なのだ。しかもその数500人以上ととんでもない人数が用意されている。
メインキャラクター同様に親密度を一定上げることでパーティーに誘えるようになる。そして親しくなると“トラウマクエスト”に挑戦できるようになる。トラウマの原因をつきとめ、解決してあげればより絆が深まる。
トラウマを解決するメリットは親密度が上がるだけではなく、新しいスキルを習得したり主人公の能力が上がったりもするのだ。そのほかにも絆を深めることで生徒たちのプロフィールが解放されていくなど、やり込みプレイヤーの心をくすぐる要素も満載なのだ。
やり込み繋がりでいうと本作はハクスラ要素も強く、敵からドロップするスティグマの能力はランダムで、同じものでも性能が異なる。高性能なスティグマを求めてひたすら敵を狩りまくるのも一興だ。
発売当時に無印版はクリア済みだが、新要素が随所に散りばめられているのでストーリーの大筋は分かっていてもダレることなく楽しむことができた。新要素をゲームの後半に固めていないという、経験者のプレイヤーも視野に入れている設計はお見事と言いたい。
現在アニメも放送中で勢いのある本作。テーマとゲーム性ともに一癖も二癖もあるゲームではあり、確かに人を選ぶタイトルではある。しかし触れてみればそのアクの強さがむしろ心地良くすらも感じられる中毒性がある。
登場人物にヒーローは存在せず、生きることに苦悩する等身大のリアルなキャラクターばかり。人間の弱さ、生きづらい世の中……誰もが感じたことがあるそんな身近な闇を痛々しく描く「カリギュラ オーバードーズ」。現代を生きる全てのゲーマーにプレイしてもらいたい作品だ。