IGDA日本、iPhone/iPod touchのゲームセミナーを開催

新清士氏、南雲玲生氏がApp Storeの今を語る


8月28日 開催

会場:アップルストア銀座



 国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)は、アップルストア銀座で8月29日、セミナーイベント「iPhone/iPod Touch Game Devシリーズセミナー(1): App Storeの現状を考える」を行なった。セミナーでは、IGDA日本代表でゲームジャーナリストの新清士氏と、ユードーの南雲玲生氏が講演。新氏はApp Storeがゲーム産業に与えたインパクトについて、南雲氏はアプリの販売経験から得た、さまざまな知見について語った。

 IGDA日本には現在8つの専門部会(SIG)があり、本セミナーはその中の1部会であるiPhoneアプリ部会(SIG-iPhone Apps)が開催したもの。同SIGでは、「日本のiPhone/iPod touchのゲーム開発者向けコミュニティの形成を手伝い、情報の流通が起きるような手伝いをする」、「開発者間の交流を通じて、互いが切磋琢磨できる環境を整え、ゲーム産業とゲームそのものの発展に協力する」という2点を目的としている。




■ App Storeがゲーム産業に与えたインパクト

IGDA日本代表の新清士氏。iPhone 3Gをソフトバンク表参道で発売日に購入後、日々愛用しているという

 はじめに新氏は講演のポイントとして、「ゲーム産業が直面している課題」、「市場の現状」、「なぜiPhoneのような環境が整ってきたのか」、「今後何が起きるのか」、「どこに収益のポイントが存在するのか」、「企業はどのような事業戦略を組み立てるべきか」という6点を挙げた。そしてマインドマップを駆使しながら、これらを1つずつ読み解いていった。

 平均で20~30億円、大型タイトルだと50億円を超える……。これが現世代機の大型タイトルでの開発費の現状だ。昨年秋の世界同時不況以降、この大作指向が海外ではじけ、プロジェクト中断や開発スタジオ閉鎖が相次いだ。中でも象徴的だったのが、世界最大級のゲームパブリッシャー、Activision Blizzardの赤字転落だ。新氏は家庭用ゲーム産業は曲がり角を迎えつつあり、業界再編はさらに進むと予測する。

 その一方で台頭してきたのが、FacebookなどのSNSゲームや無料のブラウザゲームといった、カジュアルゲーム群だ。日本ではニンテンドーDSを卒業したティーン層がPSPに進む傾向にあるが、北米ではiPod touchに流れる傾向もあるという。もっとも「ドラゴンクエストIX」の大ヒットに見られるように、コンシューマーゲームやパッケージ流通自体が短期に崩壊するわけではない。とはいえ、全体的に見ると家庭用ゲーム産業が「イノベーションのジレンマ」に陥りつつあり、岐路にさしかかっていると警鐘を鳴らした。

 こうした中で昨年登場したのが、iPhone/iPod touchのアプリを配信するApp Storeだ。新氏はApp Storeについて「Xbox Live アーケードなどをよく研究し、後発の強みを生かして、シンプルで使い勝手のいいコンテンツプラットフォームを作り上げた」と論評した。北米では既にiPhoneがPSPの普及台数を凌駕し、欧州でもそれに迫る勢いだという。この根底にあるのがPCと同じオープン戦略で、SNSゲームなども同様だ。これに対して国内ではコンシューマーゲームのクロースド戦略が中心で、大きな違いがある。

 ただし、App Storeがゲーム業界を救う福音というわけでもない。さまざまな統計データからの試算によると、App Storeにおける全世界のゲームアプリの市場は426億円で、日本の携帯電話ゲーム市場の750億円よりも少ないのだという。これはApp Storeがプロとアマチュアが混在しており、フリーソフトの蔓延などから、ゲーム単価が圧倒的に安いことが原因だ。特にゲームアプリは全ジャンルの中でも平均単価が低い。そのため大手はなかなか本腰が入れにくいのが現状だ。

 ただし、ベンチャーなどの小規模企業には、これが有利に働いている。ポイントは20%のユーザーが毎月11ドル以上払っていることで、「この高額利用者層にリーチできるかが重要だ」と指摘した。アーケードゲームやPCオンラインゲームのアイテム課金などと同じ、「2:8の法則」が当てはまるというわけだ。そのためにはマスマーケットを狙わず、ニッチ狙いで高価格帯のゲームを定期的に投入して、趣味でゲームを作ってフリーで配布する層と差別化していくことが重要だという。

 その上で新氏は勝ち組の例として、iPhoneパブリッシャーのngmoco:)と、ミドルウェアベンダーのPlus+を挙げた。ngmoco:)は、アクションゲーム「Roland」などで継続的にアップデートして収益を上げる戦略をとっており、パブリッシャーとしても存在感を増している。Plus+はiPhoneアプリとFacebookなどをつなぐライブラリを、デベロッパー向けに提供するB2B戦略だ。これに対して日本企業も、FacebookやTwitterとの連動をはじめ、ありとあらゆる方法でネット上での口コミを喚起し、アプリのプラットフォーム化をめざすべきだと指摘した。またプロモーション戦略の一環として、IGF(Independent Game Festival)をはじめとした、世界中のコンテストに応募することを強く勧めた。

iPhoneの普及台数は北米ではPSPを抜いており、アプリ数も増え続けているが、ゲームの平均単価は低い。「上位2割の顧客が売り上げの8割を占める」という2:8の法則を生かすべきところだ
関連URL: http://148apps.biz/app-store-metrics/
App Storeは後発ゆえの強みを生かしているが、デジタル財の単価は下がり続ける。収益化のためにはニッチ狙いの囲い込み戦略が重要だ
継続アップデートとパブリッシャー戦略をとるngmoco:) と、B2Bに徹するPlus+。ベンチャーが生き残るには、コンテストなどで少しでも話題を集めるべき
関連URL: http://www.igfmobile.com/02finalists.html



■音楽アプリに注力するユードーの戦略

ユードーの南雲玲生氏。漢字TALK7.1におけるラジオCMのサウンド制作が、ゲーム業界に入る契機だったという

 セミナーの後半では、ユードーの南雲玲生氏が「ぼくらの価格・プロモーション戦略」と題して、過去の経験を振り返った。南雲氏はKONAMIで「beatmania」などの音楽ゲーム開発に携わった後に独立し、DS用健康ソフト「健康検定」や、Wiiウェア用音楽ゲーム「Aero Guitar」などを経て、現在はiPhoneアプリのリリースを精力的に続けている。なお、南雲氏のこれまでの取り組みについては、過去のインタビュー記事(http://game.watch.impress.co.jp/docs/20081203/yudo.htm)も参照して欲しい。

 第1弾の音楽ゲーム「Aero」シリーズは、北米で10位以内にチャートイン。フリー版も含めると、380万ダウンロードを達成するなど、好調なスタートを切った。その後、1ドルで遊べるカジュアルゲーム「1$ Games」シリーズの展開を経て、現在力を入れているのは音楽アプリだ。ピアノアプリの「Piano Man」では、海外アーティストのカーディガンズや、マルーン5との提携も果たした。さらにロボットボイスなどが表現できるボコーダー「SV-5」、マルチトラックレコーダー「RECTOOLS」、ファミコンサウンドが再現できるシンセサイザー「8BITONE」など、高性能な音楽ツール群へと展開してきた。

 現在「1$ Games」で低価格帯、「Aero」、「Piano Man」で中価格帯(約600円)、音楽ツール群で高価格帯(約1,700円)と3つの価格帯があるが、収益性が高いのは高価格帯だという。今後はiPhone 3GS向けに32トラックのマルチレコーディングができる「RECTOOLS」の最上位版を、5,000円前後でリリースする計画もあるほどだ。このように、音楽アプリで高価格帯を狙う理由として南雲氏は、「ユードーの専門性を発揮でき、世界で唯一のアプリが開発できる」、「社内のモチベーションも高まる」という2点を挙げた。

ボコーダー「SV-5」、レコーディングアプリ「RECTOOLS」、8bitシンセサイザー「8BITONE」。ユードーの音楽ツール系アプリ群だ
低価格帯の「1$ Games」、中価格帯の「Piano Man」などと組み合わせ、価格帯を広げている

 続いて南雲氏は、「企画書がいらない」、「資本金は99ドルとMacBook」、「世界がマーケット」というApp Storeでの開発メリットを挙げた。中でも、「思い立ったらすぐに作り始められる気軽さが、App Storeをブレイクさせた大きな要因だ」と賞賛した。ちなみに南雲家では小学2年生の息子にiPhone 3GSを買い与えている。すると、稚拙ながら紙と鉛筆でゲームデザイン(の真似事)をするようにもなった。こうした姿から、基本に戻ることの大切さを感じさせられるという。

 各国語対応については、北米のダウンロード数は日本の約6倍で、英語化は必須であるとした。一方でヨーロッパ圏はコストに見合わず、英語以外での問い合わせもないため、割り切ったという。機種対応については、国内未対応のiPhone 2Gでの不具合について問い合わせが来ることもあるため、全バージョンでテスト機が揃っている。ちなみにローカライズは日本のゲーム開発に憧れ、ユードーにやってきた外国人スタッフが行なっており、デバッグ作業は社員が総出で行なっているそうだ。

 価格帯については、世界のトップアプリケーションを調べたところ、0.99ドルが圧倒的に強いものの、4.99ドルも意外に多いと指摘。「ここを積極的に狙っていくことが重要だ」という。またApp Storeで有料配信が始まると、毎日19時前後に配信報告がAppleから届く。これを見てアップデートや対策などを考え、翌朝の朝礼でアイデアを話し、実装にとりかかる毎日で、不眠症になってしまったと苦笑していた。

企画書不要で開発でき、カスタマーレビューで反応が見えるのが特徴だ南雲氏の息子さんが書いたiPhoneゲームの仕様書
iPhoneやiPod touchをバージョン別にそろえて起動確認を行なっている人気有料ソフトでは3.99ドルが少ない一方で、4.99ドルが意外に健闘

 次に南雲氏は「こういう場では成功体験だけが話されるが……」と前置きし、同社の「失敗事例」についても公開した。まず第1の失敗は「Piano Man」シリーズで、ある時、有料版と無料版を同時アップデートしたところ、審査の都合で無料版が先に公開されてしまい、「無料版よりも有料版の方が機能が少ない!」とiTunesのカスタマーレビューに書かれてしまったことだ。教訓その1は「アップデートは有料版を先にすること」だ。

 2点目はバージョンアップの結果、アプリのUIがかえって使いにくくなってしまったことだ。これについてもカスタマーレビューで不満が並んだ。そこで大急ぎで再アップデートを行ない、UIを修正した。また、あわせて「ごめんなさいキャンペーン」を行ない、無料で練習曲を3曲プレゼントしたという。「終わりよければすべてよし」という、ピーク・エンドの法則の実践というわけだ。教訓その2は「UIの修正は慎重に。ユーザー対応は誠実に」だ。

 3点目は「8BITOON」の完成時に、南雲氏がプライベートなブログでアプリの概要を書き込んだところ、有名ニュースサイトに取り上げられ、そこから世界中のブログに広まる、という思いがけない展開を見せたことだ。これだけならネットの口コミマーケティングの成功例だが、肝心のアプリが審査中で、リリースされていなかった。そのため少なからぬ販売機会を逃してしまったという。教訓その3は「ブログで書くときは、くれぐれもリリース後に」というわけだ。

先に無料版のアップデートが公開されてしまい、有料版にはない機能を持ってしまったよかれと思ったバージョンアップで、UIが使いにくくなってしまったことも世界中のブログで話題になったが、リリース前で機会損失を起こしてしまった

 最後に南雲氏は今後の展開について「世界一の音楽アプリメーカーになる」という目標を掲げた。これまでPC文化だったDTMが、今ではiPhoneで、手のひらで可能になった。今後はこれにジオタグ(GPSの位置情報)などを用いて、楽曲データと地図アプリを組み合わせるなど、世界中のユーザーと音楽ライフを楽しむインフラも提供していきたいという。また年内目標で大作ゲームアプリを開発中であること。そしてiPhoneやFacebookなどでリリースしたアプリを、コンシューマーゲームに展開する、などの計画も明かした。
 

iPhoneのヘビーユーザーだが、Intel Macは所有していなかったという新氏。セミナー修了後にMacBook Proを衝動買いする一幕も

 IGDA日本では、アップルストア銀座で来年3月まで、毎月セミナーを実施する。次回は9月14日に開催予定で、タイトーの「SPACE INVADERS INFINITY GENE」のメイキングと、CRI・ミドルウェアによるマーケティングツールの講演が予定されている。入場は無料。


(2009年 8月 31日)

[Reported by 小野憲史]